お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第11章 執事の誘惑

あの頃の二人

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 その後、恥ずかしさのあまり、結月は無言のままパンを食べ続けた。

 だが、それはレオも同じで、予想外の結月の発言に、口を開けば、顔がゆるんでしまいそうだった。

 だが、このままずっと黙ったままというのは勿体ない気もして、数分の沈黙ののち、結月が意を決して話しかける。

「あの、五十嵐」

「はい」

「えっと、五十嵐は、甘いもの苦手じゃないのね」

「そうですね。レストランでアルバイトをしていた時にデザートの試食も良くしていました。だからか、料理はどんなものも食べますし、作るのも好きですよ」

「凄いわね、私なんて料理はさっぱりよ。いつから料理をしているの?」

「小学生の頃からでしょうか」

「小学生!? そんな小さな頃から? よっぽど料理が好きだったのね」

「いえ、子供の頃は、好きでやっていたというよりは、だっただけです」

「え?」

 パンを食べ終わり、そう呟いた執事は、どこか陰りのある悲しそうな顔をしていて、結月は言葉を詰まらせた。

 "やらざるを得ない環境"とは、一体どんな環境だったのだろう。

 小学生の男の子が、料理をしないといけない環境──

「あの……五十嵐のご両親って」

 ふと、気になって問いかけた。
 自分は、執事のことを何も知らない。

 その生い立ちも、なぜ、執事になろうとおもったのかも?

「両親は、フランスにいますよ」

「え?」

「子供は私だけでしたので、今は夫婦二人、悠々自適に暮らしています」

「そう……なの?(なんだ、二人ともご健在なのね)」

 ふと、亡くなっているのでは?──と思った。
 だけど、どうやら両親共に元気らしい。

「それより、他に見て回りたいところはありませんか?」

「あ、そうね。あっちには、なにがあるの?」

「あちらには、遊具のある公園があります」

「遊具?」

「はい。今ごろ、子供たちがたくさん遊んでいるのではないでしょうか?」


 ✣

 ✣

 ✣


「こっち、こっちー!」

 その後、二人は遊具のある公園に向かうと、そこは、楽しそうな子供たちの声でいっぱいだった。

 日曜の昼だからか、学校が休みの今日は、子供たちだけでなく、親子連れの姿も多くみかけた。

「まぁ、みんな元気ね!」

「そうですね。あの年代の子達は、体力がありあまってますからね」

「あ、あの遊具しってる! ジャングルジムって言うんでしょ?」

「はい。よくご存知でしたね」

「えぇ、図鑑でみたの!」

(ほんと、妙な図鑑の知識だけは豊富だな)

 遊具が載ってる図鑑があるのかは知らないが、それでも、公園の中の遊具に目を輝かせる結月は、見ていてとても心が和んだ。

(ジャングルジム……のぼったことあるんだけどな、結月も)

 そして、それと同時に思い出したのは、幼い頃のことだった。



 ✣✣✣


「おい、結月、大丈夫か?」
「大丈夫!」

 それは──8年前のこと。

 何回目だったか、二人でいった小さな公園の中で、結月が、ジャングルジムにのぼりたいと言ったことがあった。

「すごーい、高ーい!」

「そんなに、はしゃぐことか?」

「だって、うちの屋敷にジャングルジムなんてないし。本当は木登りとかもしてみたいけど、私が怪我したら、白木さん達が怒られちゃうもの」

 フリル付きのオシャレなワンピースとブーツを履いた結月は、あの頃から可愛かった。

 だが、一般人には明らかに"よそ行き"ともいえる高そうな服でジャングルジムにのぼる結月は、少し異質だったと思う。

「ねぇ、望月もちづきくんの通う小学校には、こんな遊具がたくさんあるの?」

「たくさんってわけじゃないけど、そこそこは。お前の小学校にはないのか?」

「うん。うちの小学校、勉強ばかりの上品な学校だから、あまり遊具はないの。あってもブランコくらいかな」

「ふーん。それより、スカートでのぼって大丈夫か?」

「え?」

「パンツ見えるんじゃねーの?」

「え!?」

 上ばかり見ていて、下のことは考えてなかったのか、その後顔を真っ赤にした結月は

「うそ、見えてるの!?」

「見えてねーよ、まだ」

「まだって……見ないでね! 絶対、見ないでね!!」

「見ないから、早く下りてこい」

 正直、危なっかしくて見ていられなくて、ジャングルジムの下から結月を見上げながら、ヒヤヒヤしていた。

 だけど、その後、結月は……

「あ、どうしよう……っ。下りるの、少し怖いかも?」

「…………」

 のぼったはいいが、下をみて怖気付いたらしい。顔を青くしながら、結月がそう言って、俺は深くため息をついた。

(全然、大丈夫じゃねーじゃん)

 そんなことを思いながら、でも結局、見捨てることも出来なくて……

「ほら」

「え?」

「受け止めてやるから、その手離して、飛び降りてこい」

「……っ」

 そう言って、腕を広げた俺を見て、意を決して手を離した結月は、その後、俺の腕の中に飛び込んできた。

 自分より一回り小柄な結月を抱きとめて、だけど、結局支えきれず、そのまま二人倒れ込んで、俺は頭を打って、結月は、そんな俺を見て、すごく心配していたけど

「ありがとう、望月くん!」

 そう言って笑った姿は、今でもよく覚えてる。



 ✣✣✣


(今なら、倒れずに抱きとめられるかな?)

 あの頃からしたら、背も伸びたし、力もついた。

 子供だった自分は大人になって、こうして、結月を守れるようになった。

 結月は、あの頃のことを全く覚えてないけど、それでも──

「……白木さん」
「え?」

 だが、その瞬間、ぽつりと結月が呟いた言葉に、レオは目を見開いた。

 白木しらき──その言葉に困惑する。

 結月が向けた視線の先には、髪の長い女性の姿が見えた。

 少し、年は取っていた。

 だけど、レオも数回、見かけたことがあるその女性は、結月が幼い頃、母親のように慕っていた当時のメイド

 ──白木しらき 真希まきだった。


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