お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第11章 執事の誘惑

バラの花束

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 あれから、三週間がたった十月中旬。

 矢野が退職し、屋敷には、お嬢様と執事と使用人二人の四人だけとなった。

 そんな中、学校が休みの今日も、レオは執務室で仕事をしていた。

「五十嵐さん!」

 だがそこに、メイドの恵美が両手に抱えるくらいのバラの花束を持ってきて、レオは眉を顰める。

「また、冬弥様から花束が……」

「あー、捨て」

「はい?」

「……ぁ、いえ、お嬢様にお見せしたあと、また廊下の花瓶にでも生けておいてください」

 思わず出そうになった本音を笑顔で誤魔化すと、恵美が出ていったあと、レオは深く息をついた。

 あれから冬弥は、時折こうして、結月にバラの花束を送ってくる。

 正直に言えば、まるで自分の存在を主張するように咲きほこる、あのバラを見る度に不快な気分になる。

 あんなことをしておいて、花ごときで詫びれるとでも思っているのか?
 できるなら、結月の目に触れぬよう、とっとと葬り去ってしまいたい。

 だが、花にはなんの罪もない。

 それに自分は今、執事。
 私情を挟むわけにはいかない。



 ✣✣✣


 それから、しばらくして、一通りの仕事を終えると、結月の様子を見に行こうと席を立つ。

 執務室から出て、お茶を用意して、そのまま結月の部屋に向かう。

「お嬢様」

 扉をノックすると、お嬢様の返事を待つ。
 だだ、その後、返事がくることはなく

(また、居眠りでもしてるのか?)

 今はまだ朝の10時。

 この時間には珍しいなと扉を開けて中に入ると、結月は眠ってはおらず、ベッドに腰かけたまま背中をむけていた。

「お嬢様」

「ぁ……五十嵐。ごめんなさい、気づかなくて」

 結月は振り返り、申し訳なさそうに笑うと、また執事に背を向け、しゅんとする。

「如何なさいました」

 少し思い詰めた様子の結月を見て、レオが声をかければ、結月は手にした手紙を見つめながら答えた。

「ねぇ、ヤマユリの花って、今は咲いてないのかしら?」

「ヤマユリは夏に咲く花ですから、今の時期はないかもしれませんね」

「そう……なら仕方ないわね」

「仕方ない?」

「あ、うんん。冬弥さん、私の好きな花、忘れちゃったのかなって……思っただけ」

「…………」

 その話に、レオは手にしたティーセットをテーブルの上に置くと、どこか複雑な表情を浮かべた。

(結月、俺以外にも、好きな花の話してたのか……)

 それも、あの餅津木 冬弥に──

「さっき、冬弥さんから花束が届いたでしょう」

 すると、また結月が語りかけてきて、レオはレモンティを入れながら、小さく相槌を打つ。

「はい」

「あれにね、お手紙が添えられていて」

「え?」

「『今度また、お会いしたい』って……」

「…………」

 まさか、手紙が添えられていたとは。
 おもわず手元が止まり、レオは考え込む。

 どうやら三週間たち、あちら側も動き出したらしい。

(それで、こんなに元気がないのか)

 きっと、返事に迷っているのだろう。

 だが、それも無理はない。いくらホテル側のミスだと主張されても、結月はあの日、とても不安思いをしたのだから。

「お会いしほうがいいわよね、婚約者だし」

「……」

「あの、なんてお返事を書くべきかしら…『私も会いたい』と書いたほうがいいのかしら」

「………」

 聞けば聞くほど、イライラしてくる。

 なんで、結月があんな男のために、ここまで悩まないといけないのか?

 しかも、会いたい?
 そんな手紙一生書かないで欲しい。

「お嬢様、嘘をつくのはいかがなものかと」

「でも、会いたくないと、書くわけにはいかないでしょう」

(会いたくないのか……)

 個人的には、ストレートにそれを書いて欲しいところだが、洋介に二人の仲を取りもてと言われた以上、上手くたちまわらなくてはいけないわけで……

「お嬢様。今は『もう少し時間をください』で、よいのではないでしょうか?」

「時間を……」

「はい。それに、もしそれでも冬弥様が、お嬢様にお会いしたいと、しつこい……いえ、ご希望でしたら、この屋敷でお会いしたいとお伝えしてください」

「この屋敷で?」

「はい」

 あちらのテリトリーに結月を送り込むよりは、こちらのテリトリーに冬弥を招き入れた方が何かと動きやすい。

 それに、こっちの屋敷で会うとなれば、下手な小細工は出来ないだろうし、なにより、冬弥の目的が、結月との間に子供を作ることなら、なおのこと、結月を冬弥と二人きりにするわけにはいかない。

「この屋敷にお招きくだされば、私が丁重におもてなしいたしますよ」

「そうね。確かに、屋敷の中なら、五十嵐がいるものね」

 そう言って、結月が安心し表情を緩めると、レオは結月の前に膝まづき、そっと手を握りしめた。

「はい。私はどんな時でも、お嬢様のお傍におります」

「……っ」

 穏やかに微笑みかけられ、結月は微かに頬を赤らめる。

 ただ、傍にいてくれるだけで、こんなにも胸が熱くなってしまう。

 五十嵐には彼女もいるし、ここまでしてくれるのは、自分がお嬢様だからだということもわかってる。

 それでも、笑いかけてくれるのが嬉しい。
 大切に扱ってくれるのが嬉しい。

(やっぱり、こんな気持ちじゃ、冬弥さんには会えないわ)

 執事に恋をしたまま、婚約者には会えない。

 まずは、この気持ちを、忘れてしまわないと───


「そうだ、お嬢様。デートしましょうか?」

「え?」

 瞬間、想像もしなかった言葉が聞こえてきて、結月は目を丸くする。

「な、なに言って……っ」

「最近、お嬢様が、ため息ばかりついてらっしゃると、みんな心配しております」

「え?」

「ですから、気分転換に私とデートをしましょう。前に二人だけで行った公園、覚えていらっしゃいますよね?」

「ぇ、ええ、あの、人面魚がいるとかいってた……!」

「いえ、人面魚はおりません」

 執事が言っているのは、前に学校帰りにつれていかれた、池のある大きな公園のこと。

 二人きりで公園を回って、メロンパンを食べて、ただただ穏やかに話をした。

 それを五十嵐は、デートなどと言っていた。

「あの時、また連れていくと約束しましたよね」

「そうだけど……っ」

「今日は、天気もいいですし、あの公園の紅葉はとても綺麗なんですよ」

「そうなの?」

「はい……」

 執事の言葉に、心を揺さぶられる。

 見てみたい気がした。
 この屋敷以外の、秋の姿を……

「それとも、デートというのは、抵抗がありますか?」

「……っ」

 そう言って、握りしめられた手を、思わず握り返した。

 忘れなきゃいけない。
 忘れて、別な人を好きにならなきゃいけない。

 それなのに───


「デートって……どんなことするの?」

「え?」

「普通の恋人同士は……みんな、どんなデートをしているの?」

 それは、ただの興味本位だった。

 自分は、一般的な『デート』というものを、あまりよく分かっていないから。

「そうですね。普通の恋人同士なら、手を繋いだり、食事をしたり、夢や将来についてかたりあったり、あとは──キスをしたりでしょうか?」

「キス……?」

 ──その言葉に、結月は小さく反応する。

 もし、五十嵐と恋人同士になれたら、どんなに幸せだっただろう。

 この優しさも、微笑みも
 声も、言葉も、温もりも

 何もかも全部、一人占めにできたら、どんなに幸せだっただろう。

 でも──

「そう。じゃぁ……やっぱり『お散歩』って言わなきゃダメね」

 結月は小さく笑い、執事にそう返した。
 これ以上は、望んじゃいけない。

 夢を語るのも
 将来を語るのも
 キスをする相手も

 五十嵐には、もう相応しい人がいるから──

 だから、今は、ただ、貴方と出かけられるなら、それだけでいい。

 そばにいてくれるなら、ただそれだけで


 私は、きっと『幸せ』だから───


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