お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第11章 執事の誘惑

叶わぬ恋

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「いってらっしゃいませ、お嬢様」

 次の日──学校に登校してきた結月は、必死に平常心を貫こうとしていた。

 いつものように車から降りる際、エスコートしてくれる執事。自分よりも逞しいその手で優しく握りしめられると、それだけで胸がドキドキしてしまう。

(お、おちつかなきゃ……いつもと同じよ。何も恥ずかしがる必要はないわ)

 車から降りると、結月はあくまでもいつも通りを装い「行ってきます」と執事に笑いかけると、そのまま校舎の中へと入っていった。

 そして、そんな結月を見送ったあと、レオは深くため息をつく。

 昨日は、休むと言ったきり結月は部屋に閉じこもってしまい、あの言葉の本当の意味を聞くタイミングを逃してしまった。

 結月は、一体どういうつもりで、あの時『好き』と囁いたのだろう。

 すると、触れた手の温もりを確かめるように、レオはそっと、自身の手を握りしめた。

 あの声が忘れられない。
 しがみついて、耳元で小さく好きと囁いた、あの甘ったるい声──

(もし、結月が、俺のことを好きになってくれていたら……)

 そう、思ってしまうのは、あの後から、少し様子がおかしいから。

 あまり、目を合わそうとしないし、触れれば、顔を赤くしてばかり。

 だからこそ、自分に都合の良い妄想ばかりしてしまう。

(結月、お前は今……俺のことを、どう思ってる?)

 なんとかして、知る方法はないのだろうか?

 結月の今の気持ちを───





 ✣

 ✣

 ✣




「はぁ……」

 その後、教室に入った結月は、ずっとため息ばかりついていた。

(どうして私、五十嵐のこと、好きになっちゃったのかしら。五十嵐には、彼女だっているのに)

 五十嵐のことを考えると、胸が苦しくなる。

 なぜなら、どうしたって、叶わぬ恋だから。

 五十嵐には、彼女がいて、その彼女のことを、とてもとても愛している。

 何より、自分にも、もう婚約者がいる。

 どうしたって、叶わない。
 叶うべきではない。

 だからこそ、今自分がすべきことは、この気持ちを隠し通して、餅津木 冬弥を、好きになること。

「はぁ……」

 だが、そうは思っても、なかなか気持ちが追いつかない。

(……恋って、厄介なものね)

「あら、阿須加あすかさん。どうしたの、ため息なんてついて」

 すると、結月が暗い顔をしていると、同じクラスの有栖川ありすがわが声をかけてきた。

「あ……ごめんなさい」

「いいのよ、何か悩みがあるなら相談に乗るわよ。それに、昨日はおやすみしていたし、お身体の具合はいかが?」

「…………」

 心優しい言葉に、自然と胸が暖かくなる。

 だが、昨日はで休みましたなどとは言えず、悩みにしても、執事に恋をしたなんて、口が裂けても言えなかった。

「大丈夫。もう良くなったわ。それに、悩みなんてないから心配しないで」

「あら、そう?」

「有栖川さん!」

 すると、また別のクラスメイトが有栖川に声をかけてきて、二人は同時に、その女性を見つめた。

「先日、借りた本、とても面白かったわ!」

「あら、ほんと!」

「えぇ、やはり恋愛ものは、ハッピーエンドが一番ね。思わずキュンとしてしまったわ」

「それなら、良かった! 喜んで貰えて私も嬉しいわ!」

 どうやら有栖川から、本を借りていたらしい。

 文庫本を返しながら会話を弾ませる二人を、結月が、ただただみつめていると

「阿須加さんも、読んでみる?」
「え?」

 突然話を振られて、結月はキョトンと首を傾げた。

「私?」

「えぇ、実はこの本、前に貸した本と同じ作者が書いた本なの!」

「とても、面白かったし、感動したわ。親が、勝手に婚約者を決めてくるんだけど、初めは嫌いだった婚約者のことを、次第に好きになっていく物語なの」

「婚約者……」

 まさに、今の自分だと思った。
 親が勝手に決めた、苦手な婚約者がいる。

 それに、もし、その婚約者ことを好きになれるのだとしたら……

「有栖川さん! 私にもその本、貸してくださらない!」

 すると、結月は藁にもすがる思いで、有栖川の手を取った。そして、当然、有栖川は

「もちろんよ! 上下巻あって、上巻は今別の子に貸してるから、帰ってきたら2冊まとめて貸してあげるわ」

「ありがとう!」

 瞬間、結月の表情は、ぱっと明るくなる。

(そうよ、今までだって知らないことは本で調べてきたし、恋のことだって、本を読めば、きっと分かるはずだわ)

 苦手な婚約者を、好きになる方法も、執事のことを忘れる方法も、きっと──

「あ、でも……」

 だが、結月はふと思い出した。

「あの……その本にもあるのかしら、そのなかんじの……?」

「えぇ、少しだけね」

「……そ、そう」

 瞬間、借りるのはいいが、今度こそ執事には見つからないようにと、結月は固く心に誓ったのだった。

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