103 / 289
第11章 執事の誘惑
叶わぬ恋
しおりを挟む「いってらっしゃいませ、お嬢様」
次の日──学校に登校してきた結月は、必死に平常心を貫こうとしていた。
いつものように車から降りる際、エスコートしてくれる執事。自分よりも逞しいその手で優しく握りしめられると、それだけで胸がドキドキしてしまう。
(お、おちつかなきゃ……いつもと同じよ。何も恥ずかしがる必要はないわ)
車から降りると、結月はあくまでもいつも通りを装い「行ってきます」と執事に笑いかけると、そのまま校舎の中へと入っていった。
そして、そんな結月を見送ったあと、レオは深くため息をつく。
昨日は、休むと言ったきり結月は部屋に閉じこもってしまい、あの言葉の本当の意味を聞くタイミングを逃してしまった。
結月は、一体どういうつもりで、あの時『好き』と囁いたのだろう。
すると、触れた手の温もりを確かめるように、レオはそっと、自身の手を握りしめた。
あの声が忘れられない。
しがみついて、耳元で小さく好きと囁いた、あの甘ったるい声──
(もし、結月が、俺のことを好きになってくれていたら……)
そう、思ってしまうのは、あの後から、少し様子がおかしいから。
あまり、目を合わそうとしないし、触れれば、顔を赤くしてばかり。
だからこそ、自分に都合の良い妄想ばかりしてしまう。
(結月、お前は今……俺のことを、どう思ってる?)
なんとかして、知る方法はないのだろうか?
結月の今の気持ちを───
✣
✣
✣
「はぁ……」
その後、教室に入った結月は、ずっとため息ばかりついていた。
(どうして私、五十嵐のこと、好きになっちゃったのかしら。五十嵐には、彼女だっているのに)
五十嵐のことを考えると、胸が苦しくなる。
なぜなら、どうしたって、叶わぬ恋だから。
五十嵐には、彼女がいて、その彼女のことを、とてもとても愛している。
何より、自分にも、もう婚約者がいる。
どうしたって、叶わない。
叶うべきではない。
だからこそ、今自分がすべきことは、この気持ちを隠し通して、餅津木 冬弥を、好きになること。
「はぁ……」
だが、そうは思っても、なかなか気持ちが追いつかない。
(……恋って、厄介なものね)
「あら、阿須加さん。どうしたの、ため息なんてついて」
すると、結月が暗い顔をしていると、同じクラスの有栖川が声をかけてきた。
「あ……ごめんなさい」
「いいのよ、何か悩みがあるなら相談に乗るわよ。それに、昨日はおやすみしていたし、お身体の具合はいかが?」
「…………」
心優しい言葉に、自然と胸が暖かくなる。
だが、昨日は二日酔いで休みましたなどとは言えず、悩みにしても、執事に恋をしたなんて、口が裂けても言えなかった。
「大丈夫。もう良くなったわ。それに、悩みなんてないから心配しないで」
「あら、そう?」
「有栖川さん!」
すると、また別のクラスメイトが有栖川に声をかけてきて、二人は同時に、その女性を見つめた。
「先日、借りた本、とても面白かったわ!」
「あら、ほんと!」
「えぇ、やはり恋愛ものは、ハッピーエンドが一番ね。思わずキュンとしてしまったわ」
「それなら、良かった! 喜んで貰えて私も嬉しいわ!」
どうやら有栖川から、本を借りていたらしい。
文庫本を返しながら会話を弾ませる二人を、結月が、ただただみつめていると
「阿須加さんも、読んでみる?」
「え?」
突然話を振られて、結月はキョトンと首を傾げた。
「私?」
「えぇ、実はこの本、前に貸した本と同じ作者が書いた本なの!」
「とても、面白かったし、感動したわ。親が、勝手に婚約者を決めてくるんだけど、初めは嫌いだった婚約者のことを、次第に好きになっていく物語なの」
「婚約者……」
まさに、今の自分だと思った。
親が勝手に決めた、苦手な婚約者がいる。
それに、もし、その婚約者ことを好きになれるのだとしたら……
「有栖川さん! 私にもその本、貸してくださらない!」
すると、結月は藁にもすがる思いで、有栖川の手を取った。そして、当然、有栖川は
「もちろんよ! 上下巻あって、上巻は今別の子に貸してるから、帰ってきたら2冊まとめて貸してあげるわ」
「ありがとう!」
瞬間、結月の表情は、ぱっと明るくなる。
(そうよ、今までだって知らないことは本で調べてきたし、恋のことだって、本を読めば、きっと分かるはずだわ)
苦手な婚約者を、好きになる方法も、執事のことを忘れる方法も、きっと──
「あ、でも……」
だが、結月はふと思い出した。
「あの……その本にもあるのかしら、その官能的なかんじの……?」
「えぇ、少しだけね」
「……そ、そう」
瞬間、借りるのはいいが、今度こそ執事には見つからないようにと、結月は固く心に誓ったのだった。
2
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる