100 / 289
第10章 餅津木家とお嬢様
結婚の条件
しおりを挟む
「よぅ、冬弥!」
餅津木家が所有するビル。
企画開発部として、多くのショッピングモールを手がけるそのビルの一室で、ソファーに腰掛けタバコを吸っていた冬弥に、兄の春馬《はるま》が声をかけてきた。
「お前、失敗したんだってな?」
「…………」
どこか小バカにするような抑揚のある声。それを聞いて、冬弥は眉を顰める。
「うるせーな。なんの用だよ」
「そう怒るなよ。落ち込んでる弟を慰めにきてやったんだろ」
えらく機嫌の悪い冬弥を流し見たあと、春馬はその隣にドサッと腰かけると、同じようにタバコを取りだし、火をつけた。
「しかし、うちの親もイかれてるが、あっちの親もかなりのイかれ具合だな。まさか、結婚の条件が"子供を授かったら"だなんて……」
「………」
子供を授かったら──その言葉に、冬弥は再び婚約の話が持ち上がった時のことを思い出した。
なんでも洋介たちは、結婚後、何年も子供ができず、親戚から酷い言葉を嫌という程浴びせられたらしい。
その苦労を娘に味あわせたくないのか、わからないが『子供を授かってから、籍を入れること』という条件がだされた。
「まどろっこしいもんだ。そんな神頼みにも近い条件だされるなんて……」
「あっちは一人娘だし、子供が出来ないのを理由に離婚なんてしたら、体裁が悪いからだろ」
「まぁ、失敗はできないよなー」
ふーと煙を吐き出しながら春馬がそう言うと、冬弥は、昨日の夜のことを思い出した。
この婚姻を確実なものにするためには、結月との間に、子供をもうける必要があった。
やり方は汚いが、婚約者でゆくゆくは結婚する相手。あっちだって、それなりの覚悟はあるはずで……だからこそ、酔わせて早急に一線を超えてしまおうと思った。
一度、関係を持ちさえすれば、次から身体を許すハードルは格段に低くなるから。
(くそッ、あの女、また俺を拒絶しやがった!)
昨晩の結月の言葉を思い出し、冬弥の胸中には更に醜い感情が増していく。
あと少しだった。ベッドに連れ込んでしまえば、こっちのものだと思った。
それなのに──
(また、あの時と同じだ……っ)
冬弥は、八年前のことを思い出す。父に連れられて、初めて阿須加の屋敷に行った日。
冬弥は、結月に拒絶された。
婚約者だと紹介された自分を見るなり、結月は『嫌だ』と言い出したのだ。
『ごめんなさい! 私、好きな人がいて。だから、あなたとは結婚できません!』
好きな人がいるから、結婚できない。
父親の前で真っ向から否定されたその記憶は、今でも鮮明に残っていた。
屈辱的だった。何もかもが──
だからこそ、あの時の雪辱を、今晴らしてやろうと思った。
自分をコケにした女を組み敷いで、好きに弄べる。
8年前と違い、女らしく成長した結月が、ワインとは知らずそれを飲む姿には、妙な高揚感を覚えた。
もうすぐ、この女の全てが手に入る。
赤いドレスを脱がして、その白い肌に自分の跡を刻みつけることができる。
そう思ったのに、結月は、身体を許すどころか、帰るとまでいいだした。
「あー、ムカつくッ!」
「おいおい、そう荒れるなよ。どの道、邪魔した執事は、今頃クビになってるさ」
春馬の言葉に、さらに執事のことまで思い出した冬弥は一段と深く眉間にシワをよせると、タバコの吸い殻を、灰皿に強く押し付けた。
好きな男にまでなりすましたのに、結月には拒絶され、その上、執事にワインをぶっかけられ、散々な目にあった。
(クソ……どいつもこいつも、俺をバカにしやがって!)
「そうだ冬弥。言っとくが、次は、ないと思えよ」
「ッ……」
だが、その後、二本目のタバコに火を付けようとした瞬間、春馬にそう言われ、冬弥は動きをとめた。
次はない──その言葉に、思わず息を飲む。
「冬弥。俺たちの計画が上手くいくかどうかは、全てお前にかかってるんだ。阿須加家は、なかなかいい場所に土地を持ってる。特に駅前のホテルとかな。あそこは、かなりの集客力が見込める。ゆくゆくは、阿須加が所有するホテルをぶっ壊してデパートを建てる。その計画は、もう8年も前から進んでるんだぞ」
「………」
「洋介さんも年だ。いずれ社長の座をお前に引き継がせるつもりでいる。だが、正式に籍を入れないことには話にならない。いいか、お前があの阿須加家のトップにたてば、ゆくゆくあの家の土地は全てお前の……いや、俺たちのものになる。だから、早急に娘との間に子供を作れ。お前は、親父を誑かした妾の子なんだ。そのくらい楽勝だろ?」
「…………」
妾の子──その言葉に冬弥は苦々しげに眉を寄せた。
冬弥は、ただ一人、上の三人とは母親が違った。いわゆる、妾《めかけ》。つまり、父である幸蔵が愛人に産ませた子供だ。
「まぁ、ざっと見て2年てとこだろうな。2年で子供が出来なければ、婚約の話ですら危うくなる。せいぜい励めよ、結月ちゃんと!」
そう言って笑う春馬は、冬弥の肩をポンと叩いた。
軽く痛みを感じた肩に、冬弥は春馬を軽く睨みつけたが、その後、タバコを吸い終えた春馬は、颯爽と部屋から出ていった。
「励めって、言われても……っ」
昨日の件で、確実に不信感はいだかれている気がした。ならば、一筋縄ではいかないだろう。
だが、父や兄が目論むその計画は、全て自分にかかっていた。
今度こそ、失敗はできない。8年前のような失態を繰り返すわけにはいかない。
「ちっ、とりあえず、詫びに花でも送っとくか」
改めて、二本目のタバコに火をつけて、冬弥は深く息をつく。
(今度こそ、手に入れてやる)
あの土地も、あの家も、当主という地位も
そして、結月の心も身体も、全て──
餅津木家が所有するビル。
企画開発部として、多くのショッピングモールを手がけるそのビルの一室で、ソファーに腰掛けタバコを吸っていた冬弥に、兄の春馬《はるま》が声をかけてきた。
「お前、失敗したんだってな?」
「…………」
どこか小バカにするような抑揚のある声。それを聞いて、冬弥は眉を顰める。
「うるせーな。なんの用だよ」
「そう怒るなよ。落ち込んでる弟を慰めにきてやったんだろ」
えらく機嫌の悪い冬弥を流し見たあと、春馬はその隣にドサッと腰かけると、同じようにタバコを取りだし、火をつけた。
「しかし、うちの親もイかれてるが、あっちの親もかなりのイかれ具合だな。まさか、結婚の条件が"子供を授かったら"だなんて……」
「………」
子供を授かったら──その言葉に、冬弥は再び婚約の話が持ち上がった時のことを思い出した。
なんでも洋介たちは、結婚後、何年も子供ができず、親戚から酷い言葉を嫌という程浴びせられたらしい。
その苦労を娘に味あわせたくないのか、わからないが『子供を授かってから、籍を入れること』という条件がだされた。
「まどろっこしいもんだ。そんな神頼みにも近い条件だされるなんて……」
「あっちは一人娘だし、子供が出来ないのを理由に離婚なんてしたら、体裁が悪いからだろ」
「まぁ、失敗はできないよなー」
ふーと煙を吐き出しながら春馬がそう言うと、冬弥は、昨日の夜のことを思い出した。
この婚姻を確実なものにするためには、結月との間に、子供をもうける必要があった。
やり方は汚いが、婚約者でゆくゆくは結婚する相手。あっちだって、それなりの覚悟はあるはずで……だからこそ、酔わせて早急に一線を超えてしまおうと思った。
一度、関係を持ちさえすれば、次から身体を許すハードルは格段に低くなるから。
(くそッ、あの女、また俺を拒絶しやがった!)
昨晩の結月の言葉を思い出し、冬弥の胸中には更に醜い感情が増していく。
あと少しだった。ベッドに連れ込んでしまえば、こっちのものだと思った。
それなのに──
(また、あの時と同じだ……っ)
冬弥は、八年前のことを思い出す。父に連れられて、初めて阿須加の屋敷に行った日。
冬弥は、結月に拒絶された。
婚約者だと紹介された自分を見るなり、結月は『嫌だ』と言い出したのだ。
『ごめんなさい! 私、好きな人がいて。だから、あなたとは結婚できません!』
好きな人がいるから、結婚できない。
父親の前で真っ向から否定されたその記憶は、今でも鮮明に残っていた。
屈辱的だった。何もかもが──
だからこそ、あの時の雪辱を、今晴らしてやろうと思った。
自分をコケにした女を組み敷いで、好きに弄べる。
8年前と違い、女らしく成長した結月が、ワインとは知らずそれを飲む姿には、妙な高揚感を覚えた。
もうすぐ、この女の全てが手に入る。
赤いドレスを脱がして、その白い肌に自分の跡を刻みつけることができる。
そう思ったのに、結月は、身体を許すどころか、帰るとまでいいだした。
「あー、ムカつくッ!」
「おいおい、そう荒れるなよ。どの道、邪魔した執事は、今頃クビになってるさ」
春馬の言葉に、さらに執事のことまで思い出した冬弥は一段と深く眉間にシワをよせると、タバコの吸い殻を、灰皿に強く押し付けた。
好きな男にまでなりすましたのに、結月には拒絶され、その上、執事にワインをぶっかけられ、散々な目にあった。
(クソ……どいつもこいつも、俺をバカにしやがって!)
「そうだ冬弥。言っとくが、次は、ないと思えよ」
「ッ……」
だが、その後、二本目のタバコに火を付けようとした瞬間、春馬にそう言われ、冬弥は動きをとめた。
次はない──その言葉に、思わず息を飲む。
「冬弥。俺たちの計画が上手くいくかどうかは、全てお前にかかってるんだ。阿須加家は、なかなかいい場所に土地を持ってる。特に駅前のホテルとかな。あそこは、かなりの集客力が見込める。ゆくゆくは、阿須加が所有するホテルをぶっ壊してデパートを建てる。その計画は、もう8年も前から進んでるんだぞ」
「………」
「洋介さんも年だ。いずれ社長の座をお前に引き継がせるつもりでいる。だが、正式に籍を入れないことには話にならない。いいか、お前があの阿須加家のトップにたてば、ゆくゆくあの家の土地は全てお前の……いや、俺たちのものになる。だから、早急に娘との間に子供を作れ。お前は、親父を誑かした妾の子なんだ。そのくらい楽勝だろ?」
「…………」
妾の子──その言葉に冬弥は苦々しげに眉を寄せた。
冬弥は、ただ一人、上の三人とは母親が違った。いわゆる、妾《めかけ》。つまり、父である幸蔵が愛人に産ませた子供だ。
「まぁ、ざっと見て2年てとこだろうな。2年で子供が出来なければ、婚約の話ですら危うくなる。せいぜい励めよ、結月ちゃんと!」
そう言って笑う春馬は、冬弥の肩をポンと叩いた。
軽く痛みを感じた肩に、冬弥は春馬を軽く睨みつけたが、その後、タバコを吸い終えた春馬は、颯爽と部屋から出ていった。
「励めって、言われても……っ」
昨日の件で、確実に不信感はいだかれている気がした。ならば、一筋縄ではいかないだろう。
だが、父や兄が目論むその計画は、全て自分にかかっていた。
今度こそ、失敗はできない。8年前のような失態を繰り返すわけにはいかない。
「ちっ、とりあえず、詫びに花でも送っとくか」
改めて、二本目のタバコに火をつけて、冬弥は深く息をつく。
(今度こそ、手に入れてやる)
あの土地も、あの家も、当主という地位も
そして、結月の心も身体も、全て──
2
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる