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第10章 餅津木家とお嬢様
乾杯
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※ご注意※
未成年者による、飲酒の表現があります。
未成年者の飲酒、並びに、大人が未成年者にお酒をすすめる行為は、法律で禁止されております。
また、この作品は、飲酒を推奨するものではありません。お酒と煙草は、二十歳になってから。
それをふまえた上で、閲覧ください。
✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣
「失礼します!」
部屋の扉が開くと、ホテルのスタッフだろう。黒のスラックスに、細いストライプが入ったグレーのベストを着た青年が、ワゴンを押しながら入ってきた。
「お待たせ致しました。えと、ブ、ブルーチーズと……クランベ、べリーの、スプリング?ロールと、ザクロと、オレンジと白身魚の……カルパッチョと……ロブスターの……」
まだ若いスタッフが、拙い声で料理を読み上げると、その後、冬弥と結月の前には、数種類の料理が並んでいく。
この緊張のさなか、あまり料理を味わう気にはなれなかったが、婚約者と打ち解けるためにと、結月も黙ってそれを見つめていた。
すると、料理の後に、シャンパングラスに入った飲み物が運ばれてきた。
目の前に置かれた二つのグラス。ワイン色の液体が入ったそれは、甘い果実の香りがした。
「あの、冬弥さん。私、まだお酒は」
「あー、これはジュースですよ」
「え? でも、冬弥さんは、お酒を飲まれるんじゃ」
「えぇ、でも、先程のパーティで少し飲みすぎてしまったので、ここでは結月さんと同じものを飲もうかと」
「私とですか?」
「はい。だから、気にしないで下さい。グレープジュースはお嫌いですか?」
「いいえ、大丈夫です」
冬弥が笑うと、結月は差し出されたグラスを手に取った。
「では、乾杯!」
冬弥の掛け声に、ぎこちないながらも、結月もグラスを傾ける。
(私に合わせて、一緒にジュースにしてくれるたんだ。冬弥さんて、思ったより優しい人なのかも?)
同じものをと言ったその心遣いに、結月は温かい気持ちになりつつ、そのジュースに口にする。
口当たりのよいそのジュースは、とても飲みやすく、芳醇な香りと甘さ、そして、少しだけ酸味のある味がした。
「?」
「どうかした?」
「あ……いえ、変わった味のジュースですね?」
「そう? ストレートジュースだけど。もしかして、口に合わなかった?」
「あ、いえ! とても美味しいです!」
素朴な疑問を、つい口にしてしまったことを後悔する。
(なに言ってるのかしら。冬弥さんに、嫌われたら大変なのに……っ)
相手は、婚約者。
嫌われたら両親に申し訳が立たないし、何より、この先、自分自身が辛くなる。
そんなことを思いながら、結月は二口目を口にする。
「ドレス、とても似合ってますね」
すると、再び冬弥が話しかけてきた。
「ありがとうございます。両親がプレゼントしてくれたもので」
「あぁ、それなら、僕のためもあるかもしれません。好きなドレスな色を聞かれたので」
「え? そうなんですか?」
「はい。赤が好きだと答えたら、結月さんが着ていたから驚きました。こんなに美しい方を妻にできるなんて、僕は幸せ者だなー」
「…………」
はにかむ冬弥を見つめ、結月は苦笑する。
両親がドレスをプレゼントしてくれたのが、婚約者のためだなんて、結月は少し複雑な心境になった。
(でも、そうよね……あの両親が、私に、普通にプレゼントなんてしてくれるわけないもの)
少しだけ、おかしいなとは思っていた。
だが、やはり、どこか悲しい。
「やっぱり、まだ緊張してる?」
「あ、ごめんなさい、冬弥さん。緊張というか、いきなりのことだったので何を話せばよいのか」
「そうだよね。結月さんは、さっき聞いたばかりだし」
「冬弥さんは、違うんですか?」
「あぁ、僕は、8年も前から知っているから」
「え?」
8年──その数字に驚く。
そんな昔から、婚約の話が決まっていたのかと
「そ、そうなんですか……っ」
「本当に忘れてしまっているんですね」
「え?」
「先程は『初めまして』と言いましたが、実は僕たちは、前にも、会っているんですよ」
「前にも……?」
そう言われ、不意に夢の中の『モチヅキ君』のことを思い出した。
8年前、一緒に過ごしていた──初恋の男の子。
「あの、もしかして、あなたは……」
──ガシャン!?
「「!?」」
だが、問いかけと同時に背後から物音が聞こえてきた。銀の食器同士がぶつかる金属音だ。
「おい! 何やってる」
「あ! し、失礼いたしました!! その、ロブスターを捌くのに苦戦していて……っ」
冬弥が振り向き声をあげれば、ナイフを片手にロブスターと奮闘している先程の青年スタッフが、あたふたと答えた。
ネームプレートには『古賀』という名前。きっと、また勤めて間もない子なのだろう。
「はぁ……他にいないのか、できるやつは?」
「す、すみません! ベテランスタッフはみんなでパーティの方に……あの、下で切り方教わってきます!」
そう言うと、古賀はわたわたと出ていって、それをみて、結月は申し訳なさそうに、冬弥に頭を下げる。
「あの、うちの従業員が、大変な失礼を……」
「あ、いいんですよ。結月さんは、気にしないでください。でも、僕がこの会社を継いだ暁には、社員教育にも力を入れなくてはいけませんね」
「そ……そうですね」
怒らせてしまっただろうか?
そんな不安もよぎり、結月が不安そうにしていると、冬弥は、またグラスを差し出してきた。
「まぁ、気を取り直して、飲みましょうか」
「………はい」
そう言われ、結月は再びジュースを口にすると、幼い頃に好きだった『モチヅキ君』を再び思い浮かべた。
(あの男の子は……冬弥さんなのかしら?)
✣
✣
✣
「うわ~、やべー!」
一方、上客の前で、見事にしでかしてしまった古賀は、従業員用のエレベーターの前で、冷や汗をかいてきた。
上客を怒らせてしまった!
次、何かやらかしたら、下手すれば始末書を書かなくてはいけないかもしれない。
そんな不安がよぎりつつも、ロブスターを捌くということに一抹の不安を抱えていた。
「どうかしたの?」
「?」
すると、古賀にむけ、誰かが声をかけてきた。
見れば、そこには、スラリと背の高い青年が一人。
黒のスラックスに、白いシャツ。そして、ストライプ入りのグレーのベストを着た、その姿を見れば、自分と同じホテルの従業員なのだと分かった。
「あ、実は、お客様を怒らせてしまって!」
「怒らせた?」
「ロブスターが、なかなか捌けないんすよ!? あんなの手を使わずに捌くなんて、俺にはムリっす!」
「あぁ、なんだ、そんなことか」
「そんなことじゃないっすよ~。次、失敗したら、始末書かも」
「じゃぁ、俺が代わりに捌きにいくよ」
すると、黒髪の青年が柔らかく微笑んだ。
古賀はそれを見て、パッと目を輝かせる。
「ホ、ホントっすか!?」
「あぁ、ロブスターなら、いつも捌いてるから」
「マジっすか!? 凄いっすね!?」
「ナイフとハサミは、部屋にあるかな?」
「はい!」
「そう。じゃぁ、その上客のお客様は、俺が引き継ぐから、君は厨房に戻っていいよ」
「いいんすか!? ありがとうございます! 助かったっス!!」
すると、古賀はエレベーターに乗って、一階へと降りていって、そのもう一人の従業員は、その後、小さく笑みを浮かべた。
「ふ……むしろ有難いのは、俺の方だよ。古賀くん」
まんまと従業員になりすましたのは、執事のレオだった。
そして、部屋に入る正当な理由を手に入れたレオは、しっかりとホテルの従業員になりすまし、結月の元へと向かう。
心の中に、冬弥への静かな怒りを隠しながら──
未成年者による、飲酒の表現があります。
未成年者の飲酒、並びに、大人が未成年者にお酒をすすめる行為は、法律で禁止されております。
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部屋の扉が開くと、ホテルのスタッフだろう。黒のスラックスに、細いストライプが入ったグレーのベストを着た青年が、ワゴンを押しながら入ってきた。
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まだ若いスタッフが、拙い声で料理を読み上げると、その後、冬弥と結月の前には、数種類の料理が並んでいく。
この緊張のさなか、あまり料理を味わう気にはなれなかったが、婚約者と打ち解けるためにと、結月も黙ってそれを見つめていた。
すると、料理の後に、シャンパングラスに入った飲み物が運ばれてきた。
目の前に置かれた二つのグラス。ワイン色の液体が入ったそれは、甘い果実の香りがした。
「あの、冬弥さん。私、まだお酒は」
「あー、これはジュースですよ」
「え? でも、冬弥さんは、お酒を飲まれるんじゃ」
「えぇ、でも、先程のパーティで少し飲みすぎてしまったので、ここでは結月さんと同じものを飲もうかと」
「私とですか?」
「はい。だから、気にしないで下さい。グレープジュースはお嫌いですか?」
「いいえ、大丈夫です」
冬弥が笑うと、結月は差し出されたグラスを手に取った。
「では、乾杯!」
冬弥の掛け声に、ぎこちないながらも、結月もグラスを傾ける。
(私に合わせて、一緒にジュースにしてくれるたんだ。冬弥さんて、思ったより優しい人なのかも?)
同じものをと言ったその心遣いに、結月は温かい気持ちになりつつ、そのジュースに口にする。
口当たりのよいそのジュースは、とても飲みやすく、芳醇な香りと甘さ、そして、少しだけ酸味のある味がした。
「?」
「どうかした?」
「あ……いえ、変わった味のジュースですね?」
「そう? ストレートジュースだけど。もしかして、口に合わなかった?」
「あ、いえ! とても美味しいです!」
素朴な疑問を、つい口にしてしまったことを後悔する。
(なに言ってるのかしら。冬弥さんに、嫌われたら大変なのに……っ)
相手は、婚約者。
嫌われたら両親に申し訳が立たないし、何より、この先、自分自身が辛くなる。
そんなことを思いながら、結月は二口目を口にする。
「ドレス、とても似合ってますね」
すると、再び冬弥が話しかけてきた。
「ありがとうございます。両親がプレゼントしてくれたもので」
「あぁ、それなら、僕のためもあるかもしれません。好きなドレスな色を聞かれたので」
「え? そうなんですか?」
「はい。赤が好きだと答えたら、結月さんが着ていたから驚きました。こんなに美しい方を妻にできるなんて、僕は幸せ者だなー」
「…………」
はにかむ冬弥を見つめ、結月は苦笑する。
両親がドレスをプレゼントしてくれたのが、婚約者のためだなんて、結月は少し複雑な心境になった。
(でも、そうよね……あの両親が、私に、普通にプレゼントなんてしてくれるわけないもの)
少しだけ、おかしいなとは思っていた。
だが、やはり、どこか悲しい。
「やっぱり、まだ緊張してる?」
「あ、ごめんなさい、冬弥さん。緊張というか、いきなりのことだったので何を話せばよいのか」
「そうだよね。結月さんは、さっき聞いたばかりだし」
「冬弥さんは、違うんですか?」
「あぁ、僕は、8年も前から知っているから」
「え?」
8年──その数字に驚く。
そんな昔から、婚約の話が決まっていたのかと
「そ、そうなんですか……っ」
「本当に忘れてしまっているんですね」
「え?」
「先程は『初めまして』と言いましたが、実は僕たちは、前にも、会っているんですよ」
「前にも……?」
そう言われ、不意に夢の中の『モチヅキ君』のことを思い出した。
8年前、一緒に過ごしていた──初恋の男の子。
「あの、もしかして、あなたは……」
──ガシャン!?
「「!?」」
だが、問いかけと同時に背後から物音が聞こえてきた。銀の食器同士がぶつかる金属音だ。
「おい! 何やってる」
「あ! し、失礼いたしました!! その、ロブスターを捌くのに苦戦していて……っ」
冬弥が振り向き声をあげれば、ナイフを片手にロブスターと奮闘している先程の青年スタッフが、あたふたと答えた。
ネームプレートには『古賀』という名前。きっと、また勤めて間もない子なのだろう。
「はぁ……他にいないのか、できるやつは?」
「す、すみません! ベテランスタッフはみんなでパーティの方に……あの、下で切り方教わってきます!」
そう言うと、古賀はわたわたと出ていって、それをみて、結月は申し訳なさそうに、冬弥に頭を下げる。
「あの、うちの従業員が、大変な失礼を……」
「あ、いいんですよ。結月さんは、気にしないでください。でも、僕がこの会社を継いだ暁には、社員教育にも力を入れなくてはいけませんね」
「そ……そうですね」
怒らせてしまっただろうか?
そんな不安もよぎり、結月が不安そうにしていると、冬弥は、またグラスを差し出してきた。
「まぁ、気を取り直して、飲みましょうか」
「………はい」
そう言われ、結月は再びジュースを口にすると、幼い頃に好きだった『モチヅキ君』を再び思い浮かべた。
(あの男の子は……冬弥さんなのかしら?)
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「うわ~、やべー!」
一方、上客の前で、見事にしでかしてしまった古賀は、従業員用のエレベーターの前で、冷や汗をかいてきた。
上客を怒らせてしまった!
次、何かやらかしたら、下手すれば始末書を書かなくてはいけないかもしれない。
そんな不安がよぎりつつも、ロブスターを捌くということに一抹の不安を抱えていた。
「どうかしたの?」
「?」
すると、古賀にむけ、誰かが声をかけてきた。
見れば、そこには、スラリと背の高い青年が一人。
黒のスラックスに、白いシャツ。そして、ストライプ入りのグレーのベストを着た、その姿を見れば、自分と同じホテルの従業員なのだと分かった。
「あ、実は、お客様を怒らせてしまって!」
「怒らせた?」
「ロブスターが、なかなか捌けないんすよ!? あんなの手を使わずに捌くなんて、俺にはムリっす!」
「あぁ、なんだ、そんなことか」
「そんなことじゃないっすよ~。次、失敗したら、始末書かも」
「じゃぁ、俺が代わりに捌きにいくよ」
すると、黒髪の青年が柔らかく微笑んだ。
古賀はそれを見て、パッと目を輝かせる。
「ホ、ホントっすか!?」
「あぁ、ロブスターなら、いつも捌いてるから」
「マジっすか!? 凄いっすね!?」
「ナイフとハサミは、部屋にあるかな?」
「はい!」
「そう。じゃぁ、その上客のお客様は、俺が引き継ぐから、君は厨房に戻っていいよ」
「いいんすか!? ありがとうございます! 助かったっス!!」
すると、古賀はエレベーターに乗って、一階へと降りていって、そのもう一人の従業員は、その後、小さく笑みを浮かべた。
「ふ……むしろ有難いのは、俺の方だよ。古賀くん」
まんまと従業員になりすましたのは、執事のレオだった。
そして、部屋に入る正当な理由を手に入れたレオは、しっかりとホテルの従業員になりすまし、結月の元へと向かう。
心の中に、冬弥への静かな怒りを隠しながら──
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