お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
95 / 289
第10章 餅津木家とお嬢様

スイートルーム

しおりを挟む

「──どうぞ、入って」

 21階のスイートルーム──招かれた結月は、冬弥とうやに誘われるまま部屋の中に入った。

 だだっ広いその部屋には、外を一望できる大きな窓と、格調高い黒のローテーブルとベルベット調のソファー。

 そして、部屋の片隅には、メイドが二人待機していて、結月は、ほっと胸をなでおろした。

(……良かった。いきなり、二人っきりってわけではないみたい)

 いくら婚約者とはいえ、いきなり初対面の相手と二人だけにされるのは、女子校に通い、男性と話す機会が少なかった結月には、少し気が重かった。

 すると、冬弥に促されるまま結月はソファーに腰掛けると、その後、横に座った『餅津木 冬弥』にそっと目を向けた。

 スラリと背の高い、黒髪の青年。

 年は二十歳で、今は父親の会社で、兄の春馬と一緒に働いているらしい。

 だが、父の話しぶりからしたら、結婚したあとは、阿須加家が経営するホテルの次期社長となるのだろう。

(私……この人と結婚するのね)

 覚悟はしていた。

 顔も知らない相手と結婚させられるだろうと、ずっと思っていた。だが、実際に目の当たりにすると、やはり、そう簡単に受け入れるものではなかった。

「そう、緊張しないで下さい。結月さんは、苦手な食べ物とかは」

「いぇ……特には」

「そうですか。では、飲み物と軽い食事などを持たせましょう。まずは、こうしてお会いできた記念に、乾杯でも」

「……はい」

 戸惑いながらも笑顔を作ると、冬弥がメイドを呼び、飲み物などを頼み始めた。

 そんな冬弥を見つめながら思いだすのは、自分の"執事"の事だった。

(五十嵐、私がここにいるの、きっと知らないわよね……心配してないといいけど)



 ✣

 ✣

 ✣



(おっそい……!)

 1階、エレベーター前──

 結月の思う通り、心配しまくっている執事は、エレベーターの前に立ち、イライラしていた。

 早いところ、21階にのぼりたいのに、なかなかエレベーターが降りてこないからだ。

(たくっ……なんでこんな時に限って)

 ロビー近くのエレベーターは、なにかと人目に付くし、各階で停車していたら時間もかかる。

 そのため、あまり人目につかないエレベーターを使ったのが、それもあまり意味がなかったようだった。

(落ち着け。エレベーターは直に来る。だけど問題は……)

 だが、イライラしつつも、レオは冷静さを取り戻しながら、先のことを考える。

 そう、問題は21階に行ったところで、自分が堂々と結月たちがいる部屋に乗り込むわけには行かないことだ。

 自分は、あくまでも──執事。

 冬弥とうやが現・婚約者なのだとしたら、その冬弥は、いずれ自分の主人になりかねない相手。

 そんなこと微塵も想像したくないが、今の立場からすれば、迂闊に反抗などしてはならない相手だった。

古賀こがくん! これ、21階に運んで!」

「?」

 だが、その瞬間、不意に女性の声が聞こえてきて、レオは視線を向けた。

 見れば、このホテルのスタッフだろう。男女の2人組が、ワゴンの前で話をしているようだった。

「えっと……21階のスイート。料理は、ブルーチーズとクランベリーのスプリングロールと、ザクロとオレンジと白身魚のカルパッチョと他数種。ワインは、シャトー・メルロー。上客のお客様だから、粗相のないようにね!」

「了解! 21階っスね!」

 軽いトーンの声が響くと、古賀と呼ばれた青年はワゴンを押して、従業員用のエレベーターの方へと向かっていった。

 ──ピンポン!

「!」

 すると、丁度レオの前のエレベーターもおりて来て、レオは、その中に一人乗り込むと、顎に手を当て考え込む。

(……シャトー・メルローって、確か)

『シャトーメルロー』は、少し前に友人のルイから聞いた、フランス産の赤ワイン。

 それに、あの時ルイは

『シャトー・メルローは、あまり女の子にすすめていいお酒じゃないよ。甘くて口当たりがいいし一見ジュースみたいだけど、かなりアルコール度数が高いからね。お酒に弱い子が飲んだら、すぐ意識飛ばしちゃうよ』

 そう言っていた。

 だが、さっきのボーイが向かったのは、21階のスイートルーム。

 そう、冬弥と結月がいる部屋だ。

「…………」

 無言のまま、エレベーターのパネルをみつめると、レオはゆっくりと上がっていく数字を睨みつけた。

 ──なんだか、嫌な予感がする。

 そう思ったレオは、結月の身を案じ、きつく拳を握りしめたのだった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...