お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
90 / 289
第10章 餅津木家とお嬢様

誕生日

しおりを挟む

『あのね、モチヅキ君、明日は、会えないの』

 懐かしい夢を見た。

 あれから、よく見るようになったモチヅキ君の夢。そして、その夢の中の私は、明日会えないというだけで、すごく寂しそうにしていた。

『そうなんだ、残念』

『……ごめんね』

『何か用事?』

『うん。明日、私の誕生日なの』

 私がそういえば、モチヅキ君は少し驚いた顔をして

『誕生日……』

『うん。あ、でも誕生日っていっても、お母様たちは来ないし、白木さんたちが祝ってくれるだけなの。でも、外で遊ぶのは無理だろうから』

『……いいよ、気にしなくて。祝ってくれる人がいるのは幸せなことだよ』

『そうだよね。……あ、そういえば、モチヅキ君の誕生日はいつなの?』

『俺? 俺の誕生日は───』



 ✣

 ✣

 ✣


「お嬢様」
「んぅー……」

 布団にくるまっていると、不意に声が聞こえてきた。

 聞きなれた男性の声。ぼんやりとした視界をゆっくり覚醒させると、そこにはいつものように、優しく微笑む執事の姿があった。

「お嬢様、起きてください」

「きゃ! 五十嵐、なんで……っ」

「申し訳ございません。寝起きを見られるのは、嫌だとは存じてはおりましたが、なかなか起きてこられないので、心配になりまして」

「え? うそ。今何時?」

「7時すぎです」

 いつもは、6時前には起床する結月。それなのに、今日は寝坊してしまったようだった。

「起こすのは忍びないと思いましたが、朝食のお時間が遅くなってしまいますから」

「あ、そうね。ごめんね、心配かけて」

「いえ、昨夜は、あまり眠れなかったようですね。今日は、がある日ですから」

「……っ」

 その言葉を聞いて、一気に現実に引き戻された。

 本日、9月28日──午後6時から開かれる餅津木家の長男、春馬の誕生パーティーは、阿須加家が経営するホテルで行われるらしく、結月は両親と共に、そのパーティーに出席することになっていた。

 それも、あの赤いドレスを着て──

「ダメね……お父様たちと一緒に出席する時は、いつも緊張してしまうわ。特に餅津木様は、お父様のご友人みたいだし」

「旦那様たちがご一緒となれば、気遅れしてしまうのは仕方のないことです。ですが、心配せずとも、お嬢様はとても聡明な方です。力を抜いて普段通りしていれば大丈夫ですよ。それに、今夜は私も同行致しますから、困った時には、すぐに、お呼びつけください」

「ありがとう。五十嵐がいてくれたら心強いわ」

「いえ。では、私は何が温かいものでも、お持ちいたしましょう」

「ええ、お願い」

 その後、執事が一礼して退出すると、結月はベッドの中で小さく息をついた。

(また、モチヅキ君の夢……)

 ぼんやりと、夢の中の男の子のことを思い出す。夢の中の自分は、いつもモチヅキ君に会えるのを楽しみにしていた。

 モチヅキ君といると、不思議と胸がドキドキして、温かい気持ちになって……

(私……好きだったのかな。モチヅキ君のこと)

 なんとなく、そんな気がした。

 もしかしたら、それは、叶うことのない"片思い"だったのかもしれないけど

(……恋、したことあったのね、私)

 前に恵美や五十嵐に、恋をしたことがないと言ったことがあった。ずっと、恋など無意味だと思っていて、それは今でも変わらない。

 だけど、夢の中の自分は、確かに恋をしていた。あのモチヅキ君に──

(あれから、モチヅキ君とはどうなったのかしら……)

 たった半年の間の出来事。

 もしかしたら、自分が記憶をなくしたせいで、それっきりになってしまったのかもしれない。

 もしそうなら、会って謝りたい。

 何か、約束だってしていたはずのに、それすらも思い出せない。

 あのモチヅキ君と、どうやって出会って、なんの話をして、なぜ自分は、彼を好きになったのだろう。

(また会いたいな。モチヅキ君に……)

 会ったら、いろいろ聞いてみたい。

 忘れてしまった半年間の事とか、モチヅキ君自身のこととか。なぜなら、今、自分が知っているのは「モチヅキ」と言う名字だけだから──

「誕生日……いつだったのかな?」

 夢の中で、誕生日を聞けなかったことを、結月は少し後悔していた。

 何か少しでも、手がかりがあればいいのに、自分は彼の”名前”すら知らないのだ。

「あ……」

 だが、その瞬間、ふと今日のパーティーのことを思い出した。

 餅津木 春馬の誕生パーティー。

(そういえば、餅津木様も"モチヅキ"だけど、なにか関係があったりするかしら?)

 父の古い友人らしい。もしかしたら、春馬さんにも、あったことがあるかもしれない。

「あ。でも、春馬さんは、確か今日で28歳になるっていっていたし、私とは10歳も違うのよね」

 8年前に会っていたとしたら、春馬さんは20歳だ。だけど、あのモチヅキ君は、自分とそう年が変わらない気がした。なら、春馬さんではないのかもしれない。

(せめて、誕生日だけでも、思い出せたらいいのに……)

 そう考えながら、結月はベッドからおりると、あの小さな『箱』を手にした。

(もしかしたら、この箱も……モチヅキ君から、だったりするのかな?)

 大事そうに箱を握りしめながら、結月は思う。

 出来るなら、思い出したい。自分が、幼い頃好きだった

 モチヅキ君のこと──

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...