お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
86 / 289
第9章 執事の悩みごと

お嬢様の苛立ち

しおりを挟む

「あなた達、そこでなにしてるの?」

 壁に手を付き、恵美に迫るような体勢のままレオが視線を向ければ、そこには、お風呂からあがった結月が、二人をしっかり見つめて立っていた。

 まるで、執事がメイドを口説いているような、そんな体勢の二人を見て、結月が少しばかり困惑した表情を見せる。

 すると、ことの事態を察知して、はっと我に返った恵美が、慌ててレオを押しのける。

「い、五十嵐さん、お話はまた後で! 先に、お嬢様の髪を!」

「え! あ……はい」

 すると、恵美から離れた執事は、バツが悪そうに視線を泳がせた。

 それを見て、結月は心の中で、モヤモヤとが渦巻くのを感じた。

「お嬢様、どうぞ中へ」
「………」

 だが、その後、いつも通り扉開け、エスコートする執事に、結月はモヤモヤの原因がわからぬまま、中へ入ると、そのままドレッサーの前に腰掛けた。

「失礼します」

 そう言って、結月の濡れた髪に触れ、櫛でとかしはじめる執事。

 優しく髪に触れられれば、いつもならリラックスしながら、軽い雑談に花を咲かせたりするのだが、何故か今日の結月は、終始無言のまま。

(もしかして、結月……怒ってる?)

 あんな所を見られ、尚且つ、ずっと黙ったままの結月に、レオは軽く冷や汗をかく。

「……あの、お嬢様。お風呂はいかがでしたか?」
「えぇ、いつも通りよ」

 レオから話を振るが、どこか冷たい声が返ってくる。

 あ。やっぱり、怒ってる。
 声のトーンが、ちょっと低いし。

 そして、それから暫く、ただただ無言のまま時が過ぎ去った。いつもと違う空気感に、レオは困り果て、そして結月は、案の定怒っていた。

(五十嵐、やっぱり悩みがあるんじゃない。私には、何もないって言ってたのに……)

 先程のレオと恵美との会話を一部始終聞いてしまった結月は、実はレオが恵美に何かを相談しようとしていたのに気づいていた。

 自分だって、心配で相談に乗ろうとしていたのに、五十嵐は自分ではなく、メイドの恵美を選んだのだ。

(なんで、こんなにイライラするのかしら……)

 さっきから、ずっと感じているモヤモヤの原因は、これだろう。

 自分を選んでくれなかった。

 ただ、それだけの事が、何だかとてもショックで、自分は、こんなにも五十嵐に心を開いているのに、五十嵐は、そうではないのだ。

 そう考えると、胸の奥にまたモヤモヤと悲しい影が渦巻いていく。だが、よくよく考えれば、それも仕方のないことだった。

 五十嵐は執事で、自分はお嬢様。

 いくら『相談して』といったところで、そこには、絶対的ながある。

(バカね……気軽に相談し合えるような対等な立場になんて、なれるわけないのに)

 結月の心は、更にズキズキと痛む。それはまるで、"一方通行の片思い"でもしているかのよう……

「お嬢様」
「……!」

 すると、執事がまた声をかけてきて、結月は顔を上げた。

「あの、先程は……失礼致しました」

「あぁ、恵美さんとのこと? 別に、構わないわ。相談したいことがあるのでしょう。なら、しっかり聞いて貰ってね、恵美さんに」

「……っ」

 まるで、突き放すような結月の声に、レオは思わず手を止めた。

 きっと、自分に相談してくれないことを怒っているのだとおもった。

 相談出来る話なら、いくらでも相談していた。

 だけど、やはりスリーサイズを知りたいなんて、聞けるはずがない。しかし、このまま、結月とぎこちなくなるのも嫌だった。

(もう、こうなったら、思い切って本当のことを話して──)

 あんな親のサプライズ企画なんて無視して、結月にありのままを話せば、結月だって、自分の悩みを理解してくれるかもしれない。

「五十嵐、もういいわ。ありがとう」
「……!?」

 すると、髪をまだ乾かしきらないうちに、もういいと言われた。まるで拒絶するような結月の態度に、レオはぐっと奥歯を噛み締めた。

 触れていた手から、結月の髪が逃げるように遠のくと、なんとも言えない虚無感が襲ってくる。

 ドレッサーの前から立ち上がり、自分に背をむけた結月。

 このまま、誤解されたままは、嫌だ。また、なにもかもに戻るなんて、絶対に嫌だ。

「お嬢様!!」
「……きゃ!?」

 瞬間、立ち去る結月の肩を掴むと、その体を強引にこちら側へと向けさせた。

 不意に距離が近づけば、まるで捨てられた子犬のように、悲しげに瞳を揺らす執事と目が合って、結月は大きく目を見開く。

「い……五十嵐?」

「お嬢様。私の悩み、聞いていただけますか?」
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...