お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
85 / 289
第9章 執事の悩みごと

良心の呵責

しおりを挟む

 そんなこんなで、あれから、あっという間に一日が経ち、そして、もう既に夕食の時間を迎えていた。

 夕方6時。いつもの様に、一人で食事をとる結月の傍らに立つレオは、昨日と変わらず気難しい顔をしていた。

(……どうしよう。もう、時間がない)

 明日の朝、遅くとも、昼過ぎには別邸に、結月のスリーサイズ諸々を記入したリストを届けに行かなくてはない。

 この先、アイツらを油断させるためにも"優秀な執事"でいなくてはならないレオにとって、頼まれた仕事を期日までに果たせないなんて、あるまじきことだった。

 だが、もうすぐ夜を迎える。

 この夕食を終えたあとは、結月はいつものようにお風呂に入り、部屋で読書でも楽しんだあとは、あっさり寝てしまうのだろう。

(もう、こうなったら、結月が風呂に入ってる間に──)

 今、持っている服や下着のサイズを調べれば、ある程度は分かるかもしれない!

 と、なると

(忍び込むか? 部屋に……)

 食事をする結月を見つめながら、邪なことを閃く。いや、執事なのだから、主の部屋に入るのは自由。だから、忍び込むことにはならないだらう、多分。

 だが、執事とはいえ、女性の部屋のクローゼットの中に入り、服や下着のサイズを調べるのは、さすがに大問題だ。

 むしろ、男として終わってる!

(あー、なんで俺、あの時下着のサイズ見ておかなかったんだ……!)

 前に、恵美から結月の身の回りの世話を引き継いだ際、結月に男性を意識させるために、着替えを用意したことがあったのを思い出して(第33話参照)、レオは失笑する。

 あの時、下着のサイズを見ておけば、今こうして悩む必要はなかったかもしれないのに、この真面目な性格が災いして、まさか、こんな目にあうなんて!!

(でも、もうこの方法しか……っ)

「五十嵐。やっぱり、昨日から様子が変よ?」

 すると、苦渋の決断を強いられたその時、食事を終えた結月が、レオを見上げた。

 昨日から、上の空な執事。
 その珍しい姿に、結月は改めて首を傾げる。

「やっぱり、何か悩みがあるんでしょ?」

「あ、いえ……」

「無理しないで。私にできることなら、何だってしてあげると言ったはずよ?」

「……っ」

 結月の心遣いに、じんわりと胸が熱くなる。執事のために、何でもしてあげると言ってくれるのだ。

 その結月の気持ちは、嬉しい。

 だが、それはそれとして、別の感情もふつふつと湧いてくる。

 今は、自分が執事だからいいが、結月は自分以外の男にも、こんなふうに「何でもしてあげる」などと言ってしまうのだろうか?

「お嬢様。お気持ちは嬉しいですが、男相手に気安く"なんでもする"などと、言ってはいけませんよ」

「あら、どうして? 何でもしてあげたいというのは、嘘じゃないわ。それに、困ってる人がいたら助けてあげなさいと、昔、白木さんからも教わったし」

 あぁ、白木さん!

 結月がこれだけ純粋に育ったのは、全てあなたの教育のたまものです!

 だけど、できるなら、男は狼なのよ的なところまで教えといて欲しかったな!?

 いや、辞めさせられた時、結月まだ10歳だから仕方ないけど! ていうか、なんでアイツら、白木さん辞めさせたんだ!!

「あの、お嬢様。さすがに、はよくないです。出来ないようなことをお願いされたらどうするのですか?」

「出来ないようなこと?」

「そうですね。例えば『お嬢様のスリーサイズが知りたい』なんて言われたら、お嬢様、教えてくださいますか?」

「ふふ、なにそれ。絶対に教えたくないわ!」

「あはは、ですよね~」

 もう、気持ちいいくらいの、拒絶の言葉が返ってきた!!

(よかった、聞かなくて……)

 昨日、妄想で終わらせたのは正解だった。するとレオは、軽く流しながらも苦笑いをうかべると

「本当に、何でもありませんので、気になさらないでください」

「そう?」

 そして、心配そうな結月を見つめ、またもや話をそらしたレオは、いつも通りに笑いかける。

 さぁ、これでいよいよ後がなくなった!




 ✣

 ✣

 ✣


「……はぁ」

 そんなこんなで、お嬢様の入浴中。
 レオは結月の部屋の前で、ずっと悩んでいた。

 何を悩んでいるかって?

 それは、もちろん、お嬢様の部屋のクローゼットに忍び込むか否か!

 もう、これしかなかった。結月のスリーサイズを調べるには、服を調べる他なかった。

 だが、執事としての役目以前に、男としての良心がそれを邪魔する。

(俺……何やってるんだろう)

 いくら仕事とはいえ、なんだか悲しくなってくる。だが、やるなら早くやらねば、結月が戻ってくる。
 もしも、下着のサイズを調べている最中に、結月が戻ってきたら、もはや、言い逃れはできない。

(……でも、よく考えたら、男に調べさせるっておかしいよな)

 だが、ふと、そんなことを思って、レオは考え込む。
 他の男の手がつくのをことごとく嫌っているあの親が、自分に結月のスリーサイズを調べろと言ったのが、イマイチ腑に落ちない。

(もしかして、俺が裏で画策してるのがバレたとか?)

 だから、解雇するに相当な理由を与えて、クビにするつもりなのかもしれない。

(いや、でもあの親が、そんな回りくどいことするとは思えない)

 使用人なんて、使い捨ての召使いだなんて思っている奴らだ。クビにすると決めたら、もはや理由なんてなくても実行するだろう。

(それに、俺が怪しいことしてるってバレてるなら、それが辞めさせる理由に相当するし……さすがに、考えすぎか?)

「あ、五十嵐さん」

「……!」

 すると、そこにメイドの恵美めぐみが通りかかった。

「お嬢様を、お待ちですか?」
「は、はい……」

 まさか、お嬢様のクローゼットに忍び込もうとしてました!なんて言えず、レオはニコニコと恵美に笑いかける。

「相原さんは、どうしてここに?」

「あ、私はお嬢様に、湯加減はいかがかを確認しに」

 そういうと、恵美はにこやかに笑いながら

「お嬢様なら、もうすぐ戻られると思いますよ。先程、あと少ししたら上がると仰っていましたから」

「そ、そうですか……っ」

 そして、もう直、結月が戻ると聞いて、レオは冷や汗をかく。

 ここを逃せば、もうあとはない。仮にあるとすれば、結月が寝ている時に忍び込むしかない。

 だが、それは最早、人としてダメというか。
 明らかに犯罪というか。

 いや、もう本当、なに悩んでんだろ!?

「じゃぁ、私はこれで」
「……!」

 すると、恵美は会釈して、レオの前を通り過ぎる。だが、その時だった。

「相原さん!」
「ひぁッ!?」

 突然、恵美を呼び止めると、レオは勢いよく壁に手を付き、恵美の行く手を阻んだ。

「ッ……!」

 いきなり壁際に追い詰められ、至近距離でレオと目が合えば、その瞬間、恵美は顔を真っ赤にする。

 これはアレだ、いわゆる壁ドンというやつだ! なぜか五十嵐さんに、壁ドンをされている!?

「な、ななな、なんですか!? どうしたんですか、五十嵐さん!?」

「あの、相原さんに、折り入って相談したいことが……」

「え?」

 切羽詰まった表情で見つめるレオに、恵美は目を見開く。

 いきなりのことに驚いたが、その瞳は、まるで助けてくれと言わんばかりに思い詰めた色をしていて──

「五十嵐さん……?」

「あなた達、そこで何してるの?」

「「!!?」」

 だが、その瞬間、二人はビクリと肩を弾ませた。

 壁に手を付き、恵美を覆い隠すような体勢のまま、レオがゆっくりと視線を向ければ、そこには、お風呂からあがった結月が、壁ドン中の二人をしっかり見つめていた。






しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...