お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第9章 執事の悩みごと

秘密の場所

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 午後2時──ルイの家から帰宅後、レオは自分の部屋に戻ると、一人鏡の前に立っていた。

 いつもの執事服に袖を通して、真っ白な手袋をすると、身なりを整えたあと、使用人の部屋がある別館を出て、本館に向かった。

 休みの日ではあったが、どうしても結月の顔を見ておきたかった。

 矢野の話を聞いて、落ち込んでいるかもしれない。もしかしたら、泣いているかもしれない。

 そう思うと、足取りは自然と早くなった。

「あれ、五十嵐さん!」

 本館に戻ると、掃除中だったのか、箒を手にした恵美と出くわした。

「どうしたんですか、執事服なんて着て! 今日はお休みのはずでは」

「はい、そうですが……お嬢様のお顔を見ておきたいと思いまして」

「あ、矢野さんの件ですか?」

「……はい。お嬢様はどのようなご様子で」

「特に、お変わりはありませんでしたよ」

「え?」

「私も落ち込むんじゃないかと思っていたんですけど……意外と普段通りで」

「……そう、ですか。それで、お嬢様は今どちらに?」

「お庭を散歩してくると言われて、先ほど、外に」

 そう言われ、レオは屋敷を出ると、広大な屋敷の庭を広く見渡した。

 午後二時すぎ、今はまだ、日が高い時間帯だ。

 こんな時間にわざわざ散歩に出るなんて──と、レオは心配になりつつも、早くみつけようと、小走りで屋敷の庭を進んでいく。

 だが、噴水の前や花壇のそば、緑豊かな木陰の並木道。思い当たる場所は全て探したが、結月が見つかることはなく……

(結月……どこに、行ったんだ?)

 結月がいつもぶらついている散歩コースはあらかた探し尽くした。すれ違って屋敷に戻ったのだろうか?

 そう思ったが、ふとある場所が頭によぎって、レオは足を止めた。

 もしかしたら、にいるかもしれない。

 そう思って、レオが向かったのは屋敷の裏手にある温室だった。

 八角形のガラス張りの建物だ。

 ドーム型の屋根からは、いつも優しい光が差し込んでいて、冬でも暖かいその場所は、一年中緑に囲まれていた。

 入口の扉を開けて中に入れば、まず目に付くのは天井からぶら下がる観葉植物。

 長くたれさがるそれは、まさに緑のカーテンと呼ぶにふさわしく、温室に植えられた色鮮やかな花々を、よく引きたてていた。

 そして、レンガでできた道を進むと、温室の中央には、お茶を楽しむために置かれたテーブルとパラソル。そしてベンチがあった。

 屋敷から少し離れた場所にあるその温室は、絶好の隠れ家だった。

 あの頃、こっそり忍び込んでいた屋敷の中。

 そこは、二人の秘密の場所でもあった。

 誰も寄り付かない、あの温室で

 なんど結月と、語り合ったかしれない。


 二人の未来の話を───…




(こんなところに、いるわけないのに……)

 温室の前まで来ると、レオは思わず息をつめた。

 何を期待してるのだろう。少し考えれば分かるはずなのだ。こんなところに、結月がいるはずがない。

 なぜなら、その温室は

 もう、使われていなかったから──


(……見る影もないな)

 入口の前に立つと、酷く荒れ果てた温室を見て、レオは悲し気に目を細めた。

 緑に囲まれていたあの美しい空間は、今はもう遠い幻のようだった。

 天井から下がる緑のカーテンはなくなり、むき出しの鉄骨は少し錆び付いているのが見えた。

 いつから温室の手入れをしなくなったのか?
 前に斎藤に聞いたら、ここ数年の話らしい。

 庭師を雇わなくなって、しばらくは屋敷の使用人達が温室も維持していたらしいが、使用人が少しずつ減り、庭の手入れで手一杯になってからは、温室の手入れまで行き届かなくなり、いつしか閉めることにしたらしい。

 中に入れば、当然そこに花や緑はなく、その代わりに、使われなくなったプランターや鉢が片隅にまとめられているのが見えた。

 まるで、使わなくなったものを一時的に保管する倉庫のような、そんな物寂しささえ感じる。

 ホコリっぽくなった温室は、当然ティータイムを楽しめるような状態にはなく、二人がこっそりと秘密の時間を共有していた隠れ家は

 もう――廃墟と化していた。


(8年で、こうも変わるとはな……)

 結月がいないと諦めつつも、レオはその閑散とした温室の中を、広く見渡した。だが、その時──

「……っ」

 温室の中央、二人がけのベンチに小さくなって座っている、結月の姿が見えた。

 表情はわからなかった。時間帯のせいか、屋敷が大きな影を作って、温室の半分は日差しが遮られていたから。

 使われなくなった温室は、窓が開け放たれていて、時折夏の風が吹けば、結月の髪をサラサラと揺らした。

「……お嬢様?」

 戸惑いと同時に声をかける。すると結月は、ゆっくりと顔をあげた。
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