お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第9章 執事の悩みごと

遠くない未来の話

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 ノートを広げ、スラスラと鉛筆を走らせる結月は、一段落してふぅと息をついた。

 今日は、朝から受験勉強に励んでいた。先日、五十嵐と恵美と共に問題集を選びに行って数日。自分で選んだ問題集を着々とこなし、3分の1ほどは終わらせた。

「お嬢様」

 すると、部屋の扉をノックする音がして、結月が部屋の入口を見やると、どうやらメイドの矢野がお茶を用意してきてくれたらしい。

 それを見た結月は、ぱっと顔を明るくして、矢野に声をかける。

「ありがとう。ちょうど休憩をしようと思ってたの」

「お勉強の方はいかがですか? わからない所がありましたら、ご遠慮なく」

「そうね。また、午後にでもお願いしようかしら」

 窓際の勉強机の前から、部屋の中央の猫足の丸テーブルまで移動すると、結月は矢野が淹れてくれた、アップルティを手に取った。

 側には、冨樫とがしが作ってくれたミルフィーユ。

 ちなみに、いつもお茶やデザートを用意してくれる執事の五十嵐は、今日は休みで、朝から外出している。

「お嬢様、おくつろぎ中、申し訳ないのですが……」

「?」

 すると、結月がティーカップを受け皿に戻した瞬間、矢野が改まって声をかけてきた。

 真面目な顔をした矢野に、結月は首を傾げる。

「どうしたの?」

 すると、矢野は

「実は、お嬢様にお伝えしたいことが、ありまして……」




 ✣

 ✣

 ✣



「いらっしゃい、レオ!」

 一方、朝一番に屋敷を出たレオは、ルイの家に訪れていた。

 外国人が住んでいるとはとても思えない、純日本風の一軒家。屋根付きの冠木かぶき門に、友禅とした日本庭園。

 石で囲われた池には錦鯉にしきごいが泳ぎ、雄大な松の木がたつその庭を横目にながしながら、門前から石畳いしだたみをすすむと、玄関先でルイが出迎えてくれた。

「久しぶり」

「あぁ」

「あ、そうだ! 実はこの前、どこぞの五十嵐さんから、立派なが送られてきたんだけど?」

「……っ」

 来て早々、先日、送り付けたキャットタワーのことを問い詰められた。

 やはり、勝手に送り付けたのは、まずかっただろうか?

「す、すまない。あれは……」

「すまないじゃないよ。まぁ、どうせ、また結月ちゃんが選んでくれたからとかでしょ? 本当、レオって、お嬢様に弱いよねー」

 呆れた──と言わんばかりにきびすを返すルイ。レオは、そんなルイのあとを追いかけながら、屋敷の廊下を進む。

「仕方ないだろ。あんな顔されたら」

「まぁ、レオらしいけどね。別に怒ってるわけじゃないよ。ルナちゃん喜んでるし、奥の和室なら広いから邪魔にもならないし。それに元々この家は──の家だしね?」

 先を歩くルイが、軽く振り向きながらそう言うと、レオは目を細めた。

「もう、8年も昔の話だ」

「8年か……しかし勿体ないよねー。こんなにいい家なのに、売りに出されてたなんて」

「俺も、まさかルイが買うことになるとは思わなかったよ」

「あ。一応言っとくけど『返して』なんて言っても返さないよ。僕この家、気に入ってるから♪」

 廊下を進み、その先の和室に入ると、レオは8年ほど前、毎日のように目にしていた床の間や欄間に目を向けた。

 幼い頃、住んでいた家。

 あの頃は、もっと広く感じていたが、大人になったせいか、どこかこじんまりとしているように感じた。

 もう戻ることのない日々を、憂う。
 この家には、色々な感情が詰まってる。

 喜びも
 悲しみも
 怒りも

 だが、もう二度と入るこはないと思っていたこの家に、こうして再び足を踏み入れることになるなんて、ルイが日本に行くまでは想像もしていなかった。

「返せなんて言わない。どの道、あの屋敷を出てたあとは、ここじゃない、どこか遠くの町で暮らすつもりだから」

 結月を奪ったあとのことを考える。

 名家の一人娘を奪う。ある意味、誘拐じみたことを計画しているのだ。この町にも、この家にも、居座る訳にはいかない。

「そっか……じゃぁ、レオとのもそこまでだね」

 すると、ルイが少し切なげな表情で呟いた。
 フランスでルイと出会って8年。
 きっと、ルイはわかっているのだろう。

 結月を奪ったあと、レオがこの町の繋がりを完全に切って、自分の元から立ち去るのだと言うことを──

「そうだな」

「……まぁ、そうなるよね。この町の住人との接点なんてない方がいい。万が一どこからか足がついたら、大切なお嬢様、連れ戻されちゃうかもしれないし」

 万が一なんて、ルイならきっと起こさないのだろうと思った。だが、それでも、ほんの少しの関わりも残さないように……

「すまない」

「謝る必要はないよ。きっと僕がレオでも同じことをする。それに、君が夢を叶えるために努力している姿を、僕はずっと見てきたよ。その夢の邪魔だけはしたくないからね。たとえ、この先、一生会えなかったとしても、この世界のどこかで、幸せに暮らしていてくれたら、それでいい」

「………」

 ルイの青く綺麗な瞳は、とても優しい色をしていて、レオは無意識に奥歯を噛み締めた。

 守るためには、断ち切らなきゃならない縁もある。

 だけど、このルイとの縁を切ることには、少しばかり躊躇いをおぼえてしまう。

「お前との縁がきれたら、もう、お前に振り回されることもなくなるな」

「あれ? 僕そんなに振り回してたかな? 全く覚えてないや」

「覚えとけ」

「あはは」

 ルイが笑いながら和室の奥に行くと、縁側で丸くなっていたルナがピクリとも耳をたてた。

「にゃー」

 と、ルナが一鳴きすれば、ルイはその前に座り込み、ルナの首元を優しく撫でる。

「ねぇ、レオ……いつか結月ちゃんを連れて、君が僕にサヨナラをいう日がくるのを、楽しみに待ってるよ。まぁ、何年かかるか分からないけど」

 少し挑発するように不敵に笑ってみせたルイに、レオも同じように微笑み返す。

「安心しろ。そう、遠くない未来にしてやるよ」

 何年も、かけるつもりはない。

 屋敷の使用人、みんな追い出したら、早々に、決着をつけてやる。

 アイツらへの"復讐"も

 なにもかも、全て───


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