79 / 289
第9章 執事の悩みごと
遠くない未来の話
しおりを挟むノートを広げ、スラスラと鉛筆を走らせる結月は、一段落してふぅと息をついた。
今日は、朝から受験勉強に励んでいた。先日、五十嵐と恵美と共に問題集を選びに行って数日。自分で選んだ問題集を着々とこなし、3分の1ほどは終わらせた。
「お嬢様」
すると、部屋の扉をノックする音がして、結月が部屋の入口を見やると、どうやらメイドの矢野がお茶を用意してきてくれたらしい。
それを見た結月は、ぱっと顔を明るくして、矢野に声をかける。
「ありがとう。ちょうど休憩をしようと思ってたの」
「お勉強の方はいかがですか? わからない所がありましたら、ご遠慮なく」
「そうね。また、午後にでもお願いしようかしら」
窓際の勉強机の前から、部屋の中央の猫足の丸テーブルまで移動すると、結月は矢野が淹れてくれた、アップルティを手に取った。
側には、冨樫が作ってくれたミルフィーユ。
ちなみに、いつもお茶やデザートを用意してくれる執事の五十嵐は、今日は休みで、朝から外出している。
「お嬢様、おくつろぎ中、申し訳ないのですが……」
「?」
すると、結月がティーカップを受け皿に戻した瞬間、矢野が改まって声をかけてきた。
真面目な顔をした矢野に、結月は首を傾げる。
「どうしたの?」
すると、矢野は
「実は、お嬢様にお伝えしたいことが、ありまして……」
✣
✣
✣
「いらっしゃい、レオ!」
一方、朝一番に屋敷を出たレオは、ルイの家に訪れていた。
外国人が住んでいるとはとても思えない、純日本風の一軒家。屋根付きの冠木門に、友禅とした日本庭園。
石で囲われた池には錦鯉が泳ぎ、雄大な松の木がたつその庭を横目にながしながら、門前から石畳をすすむと、玄関先でルイが出迎えてくれた。
「久しぶり」
「あぁ」
「あ、そうだ! 実はこの前、どこぞの五十嵐さんから、立派なキャットタワーが送られてきたんだけど?」
「……っ」
来て早々、先日、勝手に送り付けたキャットタワーのことを問い詰められた。
やはり、勝手に送り付けたのは、まずかっただろうか?
「す、すまない。あれは……」
「すまないじゃないよ。まぁ、どうせ、また結月ちゃんが選んでくれたからとかでしょ? 本当、レオって、お嬢様に弱いよねー」
呆れた──と言わんばかりに踵を返すルイ。レオは、そんなルイのあとを追いかけながら、屋敷の廊下を進む。
「仕方ないだろ。あんな顔されたら」
「まぁ、レオらしいけどね。別に怒ってるわけじゃないよ。ルナちゃん喜んでるし、奥の和室なら広いから邪魔にもならないし。それに元々この家は──君の家だしね?」
先を歩くルイが、軽く振り向きながらそう言うと、レオは目を細めた。
「もう、8年も昔の話だ」
「8年か……しかし勿体ないよねー。こんなにいい家なのに、売りに出されてたなんて」
「俺も、まさかルイが買うことになるとは思わなかったよ」
「あ。一応言っとくけど『返して』なんて言っても返さないよ。僕この家、気に入ってるから♪」
廊下を進み、その先の和室に入ると、レオは8年ほど前、毎日のように目にしていた床の間や欄間に目を向けた。
幼い頃、住んでいた家。
あの頃は、もっと広く感じていたが、大人になったせいか、どこかこじんまりとしているように感じた。
もう戻ることのない日々を、憂う。
この家には、色々な感情が詰まってる。
喜びも
悲しみも
怒りも
だが、もう二度と入るこはないと思っていたこの家に、こうして再び足を踏み入れることになるなんて、ルイが日本に行くまでは想像もしていなかった。
「返せなんて言わない。どの道、あの屋敷を出てたあとは、ここじゃない、どこか遠くの町で暮らすつもりだから」
結月を奪ったあとのことを考える。
名家の一人娘を奪う。ある意味、誘拐じみたことを計画しているのだ。この町にも、この家にも、居座る訳にはいかない。
「そっか……じゃぁ、レオとの縁もそこまでだね」
すると、ルイが少し切なげな表情で呟いた。
フランスでルイと出会って8年。
きっと、ルイはわかっているのだろう。
結月を奪ったあと、レオがこの町の繋がりを完全に切って、自分の元から立ち去るのだと言うことを──
「そうだな」
「……まぁ、そうなるよね。この町の住人との接点なんてない方がいい。万が一どこからか足がついたら、大切なお嬢様、連れ戻されちゃうかもしれないし」
万が一なんて、ルイならきっと起こさないのだろうと思った。だが、それでも、ほんの少しの関わりも残さないように……
「すまない」
「謝る必要はないよ。きっと僕がレオでも同じことをする。それに、君が夢を叶えるために努力している姿を、僕はずっと見てきたよ。その夢の邪魔だけはしたくないからね。たとえ、この先、一生会えなかったとしても、この世界のどこかで、幸せに暮らしていてくれたら、それでいい」
「………」
ルイの青く綺麗な瞳は、とても優しい色をしていて、レオは無意識に奥歯を噛み締めた。
守るためには、断ち切らなきゃならない縁もある。
だけど、このルイとの縁を切ることには、少しばかり躊躇いをおぼえてしまう。
「お前との縁がきれたら、もう、お前に振り回されることもなくなるな」
「あれ? 僕そんなに振り回してたかな? 全く覚えてないや」
「覚えとけ」
「あはは」
ルイが笑いながら和室の奥に行くと、縁側で丸くなっていたルナがピクリとも耳をたてた。
「にゃー」
と、ルナが一鳴きすれば、ルイはその前に座り込み、ルナの首元を優しく撫でる。
「ねぇ、レオ……いつか結月ちゃんを連れて、君が僕にサヨナラをいう日がくるのを、楽しみに待ってるよ。まぁ、何年かかるか分からないけど」
少し挑発するように不敵に笑ってみせたルイに、レオも同じように微笑み返す。
「安心しろ。そう、遠くない未来にしてやるよ」
何年も、かけるつもりはない。
屋敷の使用人、みんな追い出したら、早々に、決着をつけてやる。
アイツらへの"復讐"も
なにもかも、全て───
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる