お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第8章 執事でなくなる日

ダメなのに

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(どうしよう、手が……っ)

 その後、レオに手を引かれペットショップに向かうことになった結月は、その状況に酷く困惑していた。

 お互いの手がしっかりと重なる感覚。いつもは手袋越しにしか触れないし、触れられたとしても手を添える程度だ。

 それが、こんなにもしっかりと握りしめられたとなると、さすがに動揺せずにはいられなかった。

(は、離してって言わなきゃ……っ)

 こんな所を、誰かに見られたら大変だ。

 なにより、五十嵐の彼女がいる。もし万が一にでも、彼女にこんな所をみられてしまったら。

 だが、何故か「離して」と、その一言が言えず

(っ……なんで? やっぱり、私おかしいわ)

 今日は、どこかにおかしい。

 ただ執事の手を取っているだけなのに、不思議と胸の奥がざわついた。

 自分よりも大きくて、逞しい手。

 まるで、大切に守っているかのように、優しく強く握られた手に、不思議と安心感を覚える。

(このままじゃ、ダメなのに……っ)

 どうして、この手を、離すことが出来ないのだろう──


「ついたよ」
「……ぁ、はぃ」

 不意に呼びかけられ顔を上げると、そこは既にペットショップの前だった。

 透明なケースの中には、まだ生まれて数ヶ月の仔猫や仔犬が、欠伸あくびをしたり遊んだり、居眠りをしたいと、和やかに戯れていた。

(わッ……かわいい!)

「結月は、猫好き?」

「う、うん。好きよ……! 猫が一番好き」

「そう……」

 愛らしい動物たちに、思わず胸を高鳴らせた。

 すると、そう言った結月の言葉に、レオは、どこか安心したように微笑んだ。

 その表情に、結月の心はまた乱される。

 繋がった手は、ずっと熱いままで、動揺が、今にも伝わってしまうのではないかと言うくらい。

「ル、ルナちゃんて、どんな子なの?」

「え?」

 すると、それを気取られぬように、結月は話を逸らす。

「ほ、ほら、色とか、年齢とか? 五十嵐、猫飼っているのでしょう?」

「うん……黒猫だよ。今8歳」

「8歳? 性別は? 女の子?」

「うん」

「可愛い?」

「あぁ、可愛いよ。とっても」

「そう……あ、品種とか?」

「……雑種かな」

「雑種?」

「あぁ、ルナはこのケースの中にいる猫みたいに値段なんて付ける価値もない、だよ」

「…………」

 透明なケースの中には、毛並みの美しい猫たちが十数匹。そしてその下には、それぞれ品種と一緒に金額が書かれたプレートがあった。

 命につく──値段。

 結月には、その金額が高いのか安いのかすら、よく分からなかった。

「雑種って、価値がないの?」

「こういった市場ではね」

「同じ命なのに?」

「あぁ、でも、例えそうだったとしても、俺にとっては、かけがえのない家族だよ」

 そう言って笑ったレオは、とても優しい目をしていて、それを見れば、そのルナという黒猫のことを、とてもとても大切にしているのが伝わってきた。

(きっと、ルナちゃんは幸せね……)

 誰にも求められなかった。
 その言葉は酷く胸に突き刺さった。

 だけど、世間から、どんなに「価値がない」と言われても、こんなに愛してくれる

 飼い主に出会えたのは、きっと幸せなことだと思った。

「ルナちゃんのこと、とても大切にしているのね」

「あぁ、世界でに愛おしいとすら思うよ。それに、顔つきもシュッとしてて毛並みもすごく綺麗だし、きっと、ここにいるどの猫よりも美人!」

(っ……案外、親バカ)

 だが、まさに目に入れても痛くないとでもいうように、酷く可愛がっている姿を見て、結月は更に表情を引き攣らせた。

(ぅう、どうしよう。世界で二番目なんて……そこまで可愛がっている飼い猫の名前を、私が"ぬいぐるみ"に付けたなんて、すごく言いにくいわ!)

 困った。非常に困った!

 こうなれば、もう名前を変えるとか、初めから付けなかったということにした方がいいかもしれない。

(せっかく刻印してもらったけど、五十嵐に気を使わせるよりは……)

「結月」

 すると、再びレオに呼びかけられ、結月は顔を上げた。
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