お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第8章 執事でなくなる日

執事の失態

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 午後二時すぎ──

 夏休みが始まり、本格的に受験勉強に精を出し始めた結月は、暫く机に向かったあと、んーと背伸びをした。

 部屋の中央に置かれた猫足の丸テーブル。その斜め向かいに腰掛けるのは、メイド長の矢野やの 智子ともこ

 午前中から午後にかけ、結月は、矢野に勉強を見てもらっていた。正直こういう時、メイドが家庭教師を兼任しているのはとても便利だ。

 なにより、矢野の説明はとても丁寧だし、わかりやすい。

「今日は、ここまでにしましょう」
「そうね。ありがとう」

 広げていた問題集をパタンと閉じる。

 すると結月は、その問題集の残りが、あと数ページしかないことを思いだした。

(また新しい問題集、買ってきてもらわなきゃ)

 必要なものは、いつも五十嵐か恵美にお願いする結月。

 夏休みは、まだまだある。

 この夏にしっかりと受験の対策を練り、苦手科目を克服するためには、あと数冊は問題集が欲しいところだった。

「ねぇ、矢野。五十嵐は、今どこにいるのかしら?」

「五十嵐ですか? 庭の手入れをすると申していましたので、今は外にいるはずです」

「外?」

「はい。必要とあらば、今すぐ呼び出しますが」

「うーん……」

 そう言われ、結月は考える。

 問題集ひとつ頼むのに、わざわざここまで呼び出すのは忍びない。

 そう思った結月は……

「いいわ。部屋に引きこもってばかりも良くないし、五十嵐を探すついでに庭に出てみようかしら」

 そういったあと、結月は窓の外を見つめた。

 本日は快晴。
 外には、晴れやかな青空が広がっていた。




 ✣

 ✣

 ✣


「ふぅ……」

 その頃、レオは屋敷の裏庭にいた。

 いつもの執事服ではなく、黒のTシャツにハーフパンツといったラフな……というか、汚れても良い服に着替えたレオは、昼すぎから屋敷の外に出て、庭の手入れをしていた。

 今の時間は、一番日差しが強い時間帯だ。

 なんでこんな時間帯に?と思われるかもしれないが、夕方からは、またお嬢様のお世話で忙しくなる。

 三時にお茶やデザートをお出して、お嬢様の相手をしたあとは、ディナーの用意をするため、キッチンで冨樫の手伝いをする。

 ディナーが終われば、次にお風呂の準備をして、お嬢様が入浴をすませたら、髪を乾かし丁寧に梳いてさしあげる。

 その後一旦休憩を挟んだら、お嬢様にナイトティーをお出し、明日のスケジュールを確認して、最後に戸締り。

 だからか、空いた時間に作業するとなると、この一番暑い時間帯しかなく、炎天下での作業は軽く地獄だった。

「はぁ……しかし、無駄に広いな。この屋敷」

 おまけに、使用人の数に対して、庭がバカみたいに広い。

 昔は専属の庭師がいたらしいが、少し前までは斎藤が運転手の仕事と兼任していた。

 だが、花壇の手入れだけならまだしも、草むしりは毎日でもこなしていかなくては、この美しさは、絶対に維持出来ない。

「ていうか、金持ちの家ならスプリンクラーくらいつけとけよ……っ」

 一通りの作業を終え、ホースで水撒きをしながらレオは愚痴をこぼす。

 大抵のお屋敷には、自動的に庭に水をまいてくれるスプリンクラーなどという便利なものが備え付けられているだが、この屋敷は古いからかそれがなく、しかも、老朽化が進んでいるため修繕する箇所も次から次へと出てくる。

 だが、結月がいなくなったら建て壊すなどと言っている親だ。今更リフォームしたり、修繕する気はサラサラないのだろう。

(あ……でも、は修繕されてたな)

 すると、ふと古い記憶を思い出して、レオは温室に目を向けた。

 今はもう使われていない温室の奥。

 レンガでできた高い塀の一角に、昔50センチばかりの穴が空いていた。

 子供が一人通れるくらいの小さな穴だったが、流石にそこは修繕したらしい。

(まぁ、部外者が侵入して来たら、色々と厄介だしな)

 クスリと笑みをこぼす。

 あの頃二人が見てきたもの、触れてきたもの。それが一つなくなってしまったのは寂しいが、今更修繕したところで、もうそのは、既にこの屋敷に侵入している。

 それも、お嬢様に仕える執事として──

「ふふ……」

 少し水圧を強めた水をホースで満遍なく辺りに振り撒きながら、レオは止まらなくなりそうな笑みを堪えつつ、空を見上げた。

 一面に広がる青い空には、まるで描かれたように白い雲が漂っていた。

 日差しの強い夏の日は、とてもとても暑い。

 それでも、レオが人工的な雨を作り出せば、辺りはほどよく涼しくなり、風が吹けば、自然と気分も晴れやかになる。

(そろそろ、切り上げないとな……)

 ふと我に帰り、ポケットから懐中時計を取り出し時刻を確認すると、針は二時半にさしかかろうとしていた。

 そろそろ切り上げてシャワーを浴びないと、お嬢様の三時のおやつに間に合わない。

 そう思って、レオが上空に向けていたホースを下げ、身体の向きを変えた時

 ──バシャ!!!

「きゃ!?」

 突然、女の叫び声がして、レオは視線を上げた。

「ぃ、五十嵐……っ」

「……………」

 すると、そこには、フリルのついた白のブラウスに、黒のロングスカート。

 清楚な服から水を滴らせ、全身びしょ濡れになった、お嬢様が立っていた。
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