お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
65 / 289
第7章 夢の中の男の子

モチヅキ君

しおりを挟む

「五十嵐、あなたは──」

 結月の指先が、そっと執事の頬に触れる。

 髪の色が、同じだった。声は、子供の声だったから、違うようにも聞こえたけど、声質や、その雰囲気は、どことなく、似ている気がした。

 あなたは──あの男の子ではないの?

 記憶の中で、私にヤマユリの花を届けてくれた

 あの───モチヅキ君





「…………」

 瞬間、頬に触れていた手が、ゆっくり降下する。

(……そんなわけ、ないわよね)

 何を考えているのだろう。

 名字だって違うのに、あの記憶の中の男の子が、五十嵐かもなんて……

「お嬢様?」

 呆然と見上げていると、戸惑い声をかけてきた執事と再び目が合った。

 自身のありえない想像に、結月は苦笑すると、その後、何事もなかったように微笑みかける。

「うんん。なんでもないわ。それより、この体勢、何とかならないかしら? 押し倒されたままというのは、さすがに……」

「……あ」

 お互い我に返って、自分たちの状況を、改めて確認する。

 乱れた制服と、ほどかれたスカーフ。

 男が女を押し倒すその光景は、なんとも刺激的な光景で……

「こんなところ誰かに見られたら、五十嵐、クビになっちゃうわよ?」

「あはは、それは困りますね」

 さすがにクビは、マズイ。レオは結月からはなれると、横になる結月の手をとり引き起こすと、そのまま結月の足元に膝をついた。

「大変、失礼致しました」

「本当に反省しているの?」

「勿論」

(っ……こういう所は信用出来ない)

 ベッドに腰掛けたまま、結月は、執事を見下ろし、眉を顰める。

 にっこり笑顔の執事。本当に反省しているのかは、はなはだ疑問だ。

「それにしても、人の悪口が聞きたいなんて相変わらず、五十嵐は変わってるわね」

「そうでしょうか。主人の愚痴を聞くのも執事の役目ですよ。それに、誰だって負の感情の一つや二つ持っているものです」

「誰だって? それは、五十嵐も?」

「はい。俺なんてきっと、真っ黒ですよ」

 そう言って笑えば、結月はキョトンと首を傾げた。

 さっきの話を聞いて、結月を奪いたいと言う気持ちが益々強くなった。

 きっと、結月をあの親から奪えば、自分は世間から「悪」とののしられるのだろう。

 お嬢様に恋をして、その一人娘を親から奪った「悪魔」のような執事

 でも──善と悪なんて、見方が変われば、あっさり入れ替わる。

 例えそれが、常識的に「間違ったこと」だとしても……俺は、俺にとっての「正義」を貫く。

「ふふ、真っ黒は言い過ぎじゃない? 五十嵐にはどんな"負の感情"があるの?」

 すると、結月がクスクス笑いながら問いかけてきて、レオはそれを聞いて、再び結月を見上げると

「そうですね、例えば、お嬢様を誘拐してみようかな?……とか」

「……え?」

 軽く小首を傾げた結月の瞳が、よりいっそう丸くなる。

 驚いているのか? 呆れているのか?
 その後、結月は──

「ふふ、なにそれ! 相変わらず、ふざけたことばかりいうのね、五十嵐は!」

 案の定、その言葉はあっさり流され、予想通りの反応にレオは苦笑すると、その場から立ち上がり、改めて、時刻を確認する。

「それより、お嬢様。そろそろ朝食のお時間です」

「そうね。身支度を整えたら、すぐに行くわ」

「かしこまりました」

 その後、レオが一礼して部屋を出ていくと、結月はレオがいなくなった部屋の中で、ポツリと呟いた。

「誘拐……か」

 一瞬、と、思ってしまった。

「バカね。冗談だってわかってるのに……」

 甘い夢を見るのはやめよう。
 私は一生、この家から逃げられない。

 きっと、この先もずっと、私は、あの親の元で


 心を殺して

 生きていくしかないのだから──






 ✣

 ✣

 ✣




「それで、どうだったの?」

 阿須加家・別邸にて──

 結月の母親である美結みゆは、朝食をとりながら、隣に座る洋介ようすけに話しかけていた。

 洋介は、昨夜、高級レストランでの会食を終え、遅くに帰宅した。

 その席でのことを言っているのか、洋介は、手にしていたナイフをピタリと止めると、ふと、昨夜あったのことを思いだす。


 ✣✣✣

『どうですか、。うちの娘は』

 レストランの奥、広く洗練されたVIPルームに通された洋介は、上座に座る強面の男に声をかけていた。

 イタリア製のスーツに身を包んだ恰幅のいい男・餅津木もちづき 幸蔵こうぞうは、手にした写真を、まるで品定めでもするかのようにじっくりと見つめていた。

『はい。お話に聞くとおり、とても聡明なお嬢さんにお育ちのようですね』

『ありがとうございます。では、縁談の話は』

『はい。今度、うちの長男の誕生パーティがある。そこで、改めて、顔合わせといきましょう』


 ✣✣✣

 男との会話を思い出し、洋介は、その後小さくほくそ笑む。

「あぁ、問題ない。上手くいきそうだ」

「そう、なら融資の件も?」

「あぁ、この縁談が上手くいけば、阿須加家の将来も安泰さ」



 それは、からりと晴れた初夏の朝。

 親の思惑など知りもしない、お嬢様と執事の──波乱に満ちた夏が、始まろうとしていた。










しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...