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第7章 夢の中の男の子
夢と現実
しおりを挟む「……モチヅキ、君?」
脳内の痛みと同時に、結月は思い出す。
目を見開き、ドクドクと鼓動が早まるのを感じながら、恐る恐る自身の頭に手を伸ばすと、まるで、降って湧いたかのように、身に覚えのない《記憶》が、自分の中に飛び込んできた。
抜けていたパズルのピースがぴったりとはまるような。
だけど、パズルが完成するにはまだ程遠いような、そんな曖昧で欠落した記憶が、頭の中で混濁する。
「な……に、これ……っ」
知らない男の子
知らない名前
知らない場所
知らない時間
だけどそれは、"夢"のようで"夢"ではない──現実の出来事。
「っ、あ……」
指先が、微かに震えた。
覚えていないけど、確かに実在する「記憶」が自分の中にあった。
でも、それ以上のことは何も思い出せなくて、曖昧な記憶は曖昧なまま、自分の中に、ぽっかりと空白をつくる。
『咲いたら、見せてやるよ。ヤマユリの花──』
すると、その瞬間、またあの男の子の声がこだました。
脳内がチカチカと揺れる感覚。
頭の中には、ヤマユリの花と、あの「空っぽの箱」を手にした自分に、語りかける男の子の姿が見えた。
『結月──』
そして、その声は次第に大きくなって
『──約束』
結月の心に、何かを訴えてくる。
「っ……やく、そく……?」
呼吸が荒くなり、心拍はますます早くなって、結月は崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
「ッ……な……に?」
──この記憶は、なに?
なんで私は、男の子と話をしているの?
なんで、あの『箱』をもっているの?
なんで? なんで? なんで?
私は──
「私は……何を……"約束"した……の?」
✣
✣
✣
執務室を後にすると、レオは結月の部屋に向かった。
清々しい朝の時間。静かな廊下には、レオの靴音だけが響く。
(……結月、喜んでくれたかな?)
昨夜、結月が入浴している間に、こっそりヤマユリの花を部屋の花瓶に生けてきた。
たとえ思い出さなくても、今でも変わらず、あの花を好きでいてくれたら……
まるで、あの頃の面影を探し出すように、花に思いを託す自分に失笑しつつ、レオは結月の部屋の前に立った。
いつも通り扉をノックすると、中からの返事を待つ。だが、いつもはすぐに返事が返ってくのに、今朝は珍しくそれがなかった。
レオが、身の回りの世話をすると決まってから、結月は執事が起こしに来るより前に起きて、身支度を整えるようになっていた。
それなのに、今日は寝坊でもしているのか?
レオはゆっくりと扉に手をかけると、そのまま中へと入った。
シンと静まり返った室内は、少しだけ開けられたカーテンから、朝の優しい光が差し込んでいた。
それでもまだ薄暗い部屋に中、レオはお嬢様を起こすべく、レースのカーテンで囲まれた天蓋付きのベッドまで歩み寄る。
「?」
だが、そっと中を覗き込むも、そこには肝心のお嬢様の姿はなく……
(……顔を洗いにいっているのか?)
そんなことを考えつつ、レオは視線をあげる。
すると、天蓋のカーテンの向こう側、入口からは死角になるその位置で、床に座り込んでいる結月の姿が見えた。
窓際の机の前で、縮こまるようにして蹲る結月。
それを見て、レオは何事かと眉をひそめると、その後ベッドから離れ、結月の元へと向かった。
「お嬢様……?」
「……ッ」
背後から声をかける。するとその瞬間、弾かれたように結月が振り向いた。
だが、振り向むいたその瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。まるで宝石のように、綺麗な涙が頬を伝った瞬間──
「え? お嬢さ」
「私……何か忘れてるッ」
「……!」
そう、叫ぶような結月の声が響いて、レオは大きく目を見開いた。
忘れてる──その言葉は酷く脳内を刺激した。
だが、まるで助けをこうように涙を流すその姿は
肩を震わせ、怯えながら言葉を放つその姿は、あまりに弱々しくて──
「……忘れ、てるの……ッ、なにか……なにか、とても大切な……でも、思い……出せなくて……ッ」
「…………」
再度声をかけようとしたレオの言葉を遮り、結月は、ただただ涙を流しながら訴えた。
忘れてる。
何か、大事なことを
忘れてはいけないこと
忘れたくなかったこと
でも──
「でも、おかしいの……っ」
「……」
「記憶をなくした間も……それまでと変わらない生活をしてたって……言ってたの。みんな、みんな……みんな、そう言ってて……でも、でも、違ってて……なんで──」
──わからない。
「なんで、私……っ」
──知らない。
──思い出せない。
「私……っ」
どうして、思い出せないの?
あの子は、誰?
あの箱は、なに?
なんで、なんで、なんで……っ
「──怖……い…っ」
怖い。記憶がないことが、こんなにも
────────怖い。
「ッ───!」
だが、結月が恐怖に震えたその瞬間、突如温かい感触に包まれた。
視界がグラリと揺れば、その直後、力強い腕が背中に回った。
溢れた涙で視界が霞む最中、ゆっくりとその目を見開けば──
「ぃ……がら……し?」
結月は、執事にきつくきつく、抱きしめられていた。
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