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第6章 執事の休息
真相
しおりを挟むそれから暫く、レオは帰り支度をし玄関に出ると、ルイに抱かれたルナの頭を撫でながら、柔らかく微笑む。
「じゃぁ、ルナのこと宜しく」
「うん。じゃぁ、また二週間後に」
可愛い愛猫のことを再度ルイに託すと、その後、荷物と、庭先に咲いていたヤマユリの花を手にし、ルイの屋敷をあとにした。
時刻は四時半──
外に出れば、鮮やかな夕焼け空が広がっていた。
オレンジから赤色に変わりはじめる空はとても美しく、その情緒溢れる景色に、思わずため息が漏れた。
(帰るか……)
冠木門を通り抜け、レオはルイの家から立ち去ると、そのまま阿須加の屋敷を目指した。
幼い頃通った道筋は、八年の歳月を経て僅かな変化を見せていた。
通りには真新しい店が増え、見知った民家は空き家となり、公園に植えられていた桜の木は、前より少し大きくなっていた。
たかだか八年。
だが、その八年で世間も自分たちも、変わってしまったのだと実感する。
✣
その後、暫く歩くと、住宅街の中に阿須加の屋敷が見えてきた。
高い塀と青い屋根の西洋風の屋敷。
日が沈み始める中、レオは門を開け中に入ると、ちょうど屋敷の中からでてきた人物に声をかけられた。
「五十嵐くん!」
「……!」
その声に、下げていた視線を上げる。するとそこには、穏やかな表情で佇む初老の紳士の姿があった。
それは数ヶ月前まで、共にこの屋敷で働いていた
「斎藤さん……」
──斎藤 源次郎だった。
✣
✣
✣
「お嬢様、大丈夫ですか?」
ソファーに腰掛け、赤くなった目元をハンカチで押さえる結月を見つめ、メイドの恵美が声をかけた。
昼間、突然訪れた来客は、二ヶ月前に辞めてしまった運転手、斎藤 源次郎だった。
結月にとっては、父のように慕っていた人。その斎藤が再び尋ねてきてくれたことに、結月は喜びのあまり涙を流していた。
「ありがとう、恵美さん……恵美さんは知ってたの? 斎藤の……奥様のこと」
「ぁ、はい……私達は、みんな知っていました」
恵美が申し訳なさそうに、視線を落とす。
斎藤が辞めた理由──それが病を患った妻のためだと言うことを、恵美を含む、矢野も冨樫もみんな知っていた。
斎藤が辞めた日の朝、執事である五十嵐に
『斎藤さんは、急遽で退職することになりました。彼の行っていた業務は、全て私が引き継ぎますので……』
そう告げられ、皆があっさりそれを納得したのも、斎藤が今年に入ってからずっと『仕事を辞めたい』と旦那様たちに掛け合っていたのを知っていたからだ。
「申し訳ありません、お嬢様。ずっと黙っていて……」
隠していたことを恵美が素直に謝ると、結月は自分の前に傅く恵美に向け、優しく微笑みかけた。
「いいのよ。責めてるわけじゃないの……斎藤が急に辞めたのは心配したけど、奥様が入院されたのなら、それも仕方のないことだし。何より、また斎藤に会えて、奥様が無事に退院されたと聞いて安心したわ」
「…………」
ハンカチで涙を拭いながら、結月が笑うと、それを見て、恵美はきゅっと唇を噛み締めた。
結月はずっと、斎藤を気をかけていた。
そのうえ、両親から辞めたがっていたのは結月のせいなどと嘘をつかれ、不安すら抱いていた。
だが……
(やっぱり、本当のことは伝えない方がいいよね……)
知っていながら、誰もが結月にその真相を話そうとはしなかったのは、他でもない
『このことは、お嬢様には決して話さないように』
それが、執事からの命令だったからだ──
✣
✣
✣
「斎藤さん……」
屋敷の前で対面した斎藤を見つめ、レオは小さく声を発した。
夕日が照らす中、二人視線が合わさると、斎藤は更にレオの前へと歩み寄ってきた。
「五十嵐くん、よかった。君にも、ちゃんとお礼を言いたいと思っていたんだ」
そう言って笑みを浮かべる斎藤に、レオもまた顔を綻ばせる。
「お久しぶりです。いつ戻られたんですか?」
「昨日だよ。ずっとお嬢様のことが気がかりだったが、やっと会いに来れた」
その様子を見れば、自分が不在中に訪れたのだろう。久しぶりに斎藤に会えて、喜ぶ結月の姿が目に浮かんだ。
きっと安心したことだろう。
結月はずっと、斎藤のことを気にかけていたから……
「あれから、奥様の容態はいかがですか?」
すると、ふと気になっていたことをレオが問いかけた。
レオが、そのことを知ったのは、三ヶ月前。阿須加家の執事として雇われ、まだ一週間もたたたない頃のことだった。
その頃のレオは、屋敷の業務をよく斎藤から教わっていて、共に過ごす時間が長かった分、プライベートな話を聞くことも何度かあった。
だが、それはレオが一人で、別邸に訪れた時、業務報告をするため、結月の父である洋介の部屋を尋ねた時のことだった。
「お願いします! どうか、早く辞めさせてください!!」
「?」
扉をノックしようとした瞬間、中から聞こえてきたのは、斎藤の悲痛な声だった。
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