お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第6章 執事の休息

ヤマユリの花

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「ん……」

 チリン――と、どこかから鈴の音が聞こえて、レオはふと目を覚ました。

 薄ら薄ら揺らぐ視界の先では、こちらを見つめている愛猫の姿。レオは朧気な意識のまま、ルナの頭を撫でると

(……俺、寝てたのか?)

 のそりと起き上がり、辺りを見回す。

 今、何時なのか?

 外を見れば、日に照らされた木の影が、来た時よりも細長く伸びているのに気づいた。

 どうやら、暫く眠っていたらしい。

「あ、起きたのかい?」
「……!」

 すると、縁側の方からルイの声が聞こえてきて、レオはゆっくり視線を移す。

「よく寝てたね。もうすぐ四時だよ」
「四時!?」

 そう言われ、慌てて腕時計を確認すると、どうやらここに来て、軽く三時間は眠っていたようだった。

「よほど、疲れてたんだね。あれじゃ、イタズラされても気づかない」

「……イタズラ、してないだろうな」

「してないよ。ずっとルナちゃんが見張ってたからね……あ。そういえば、レオ夕飯はどうするの? 食べてく?」

「いや、いい……夕方には屋敷に戻るって伝えてある」

「そっか。まぁ、僕の料理より屋敷のシェフの料理の方が、何万倍もおいしいだろうしねー」

「誰も、そんなんなこと言ってないだろ」

 少し嫌味ったらしい言い方をされ、すぐさまレオが反論する。

 シェフの冨樫には叶わないにしても、ルイが作ってくれるフランスの家庭料理も、なかなかのものなのだ。

 まぁ、料理の腕だけいうなら、レオの方が上だが……

「次は、昼前にくる」
「そう。わかった」

 また、にっこり微笑むと、ルイは縁側から庭先に出て鯉に餌をあげ始めた。

 外からは夕方の涼し気な風が、そよそよと吹き抜けていた。

 レオは、それを見ながら一つ欠伸をすると、横にいたルナを、そっと抱きよせる。

「ごめん、ルナ。せっかく遊んでやるつもりだったのに……」

「みゃー」

 顔を近づけ謝罪すると、鼻先を舐められた。ザラリとした舌が肌に触れ感触は、少しくすぐったい。

(三時間も寝てたなんて、俺、何のために来たんだか……)

 構ってやれなかったことに、申し訳なさを感じた。だが、ぐっすり寝むれたおかげで、思いのほか頭はスッキリとしていた。

「ルイ、お前に一つ頼みがあるんだが」
「頼み?」

 レオが問いかければ、ルイは振り返りつつ首を傾げた。

「頼みって?」

「お前、そこそこ顔広いよな。どこかに、いいを知らないか?」

 ──転職先。
 その言葉に、ルイは眉をひそめる。

「え!? どうしたの? まさか執事辞めるの!?」

「誰が、俺が転職すると言った」

 困惑するルイを見つめ、レオが呆れ気味に応えた。やっと結月の執事になれたのだ。こんな早々、辞めるはずがない。

「俺じゃない。年齢は42歳。高校生の息子を2人持つ母親で、今はメイドの他に結月の家庭教師も兼任してる。多少厳しい面はあるけど、仕事に関してもかなりしっかりしてるし、機転もきく……人材としては申し分ない」

「へー、40代の主婦か……その人、転職先を探してるの?」
 
「いや……でも、上手くいけば、また一人、

 視線を落とし、低く呟いたその言葉は、まるで凍えるような気迫に満ちていた。

 ルイはそんなレオを見つめ、クスリと口角をあげると

「追い出せる……か。でもその人、ユヅキちゃんにとっては家族同然の人なんじゃないの? それじゃぁ、まるで悪役のセリフだな」

「悪役だよ。俺がしてることがことだなんて始めから思ってない」

 膝の上で蹲るルナの背を撫でながら、レオはスっと目を細めた。

「結月は優しすぎるんだよ。あれじゃ、親も使用人も、簡単には切り捨てられない」

「だから、彼女の代わりに自分が悪役になるって?」

「あぁ、結月ができないなら──俺がやる」

 だからこうして、執事になって戻ってきた。

 優しい結月は、きっと、非情にはなりきれないから。

 だから、これは、全部、俺が仕組んだことで、結月は、なにも悪くない。

 例え、この先、どんな『深い業』を背負うことになったとしても

 悪いのは
 怨まれるのは

 俺一人で、十分だから───


「……相変わらずだな、レオは。なにか悩んでるのかと思ってたけど、どうやら僕が悩み聞くまでもないみたいだ」

「聞いてくれるつもりだったのか?」

「必要ならね。でも、レオの意思は昔からなにも変わらないや」

「そんなことないさ、俺だって……」

 俺だって、迷いが無いわけじゃない。

 両親の言葉を聞いて、喜んでいる結月をみて、彼女が思い描く、この先の未来に自分がいないのを目の当たりにして

 ――わからなくなった。

 結月にとって、なにが一番いいのか?
 だけど……

「俺はただ、諦めが悪いだけだ」

 8年間──ずっと、結月を思い続けてきた。

 それは、こんなことくらいで諦めてしまうような、軽い気持ちではなくて──

「一途だねー。ちょっと怖いくらいだ」

「悪かったな」

「はは、まぁ、いいよ。君の悪巧みに付き合ってあげる。二週間後、また来るといい。就職先、いくつか見つておくよ」

「あぁ、助かる」

「しかし、ユヅキちゃんも大変だね。まさか、こんな悪魔みたいなやつに好かれてるなんて」

「そうかもな。でも、その悪魔を助けたのは──結月だよ」

 幼い頃の記憶を思い返して、レオは一人頬を緩めた。

 もし、あの日の出会いが、また違うものだったら、結月をこれほどまでに好きになることもなかったのかもしれない。

 なぜなら、自分にとって、あの「阿須加家」は

 憎むべき対象でしかなかったから──


「にゃ~」

 その後、ルナが再び一鳴きすると、レオは優しく微笑み、ルナを腕の中に抱き寄せた。

 ふと視線をそらせば、池の淵で揺れるヤマユリの花がみえた。ふっくらと蕾を付けたそのユリの花は、もう時期すれば、綺麗に開花するのだろう。

「ルイ。そこのヤマユリ、もらってもいいか?」

「ん? べつに構わないよ。ルナちゃんもいるし、どうせ、家じゃ飾らないし。もしかして、ユヅキちゃんへのプレゼント?」

「あぁ。昔、好きだったんだ。今はどうか、わからないけど……」

 自分で言っていて、少しだけ切なくなった。

 あれから、8年。好きな花なんて、もうとっくに変わっているかもしれない。

 だが、それでも—―

「早く思い出すといいね」
「あぁ……」

 二人の思い出を、少しずつかき集めて君に捧げたら、君は俺を思い出してくれるだろうか?

 出来るなら、早く思い出してほしい。
 そして、また俺を愛してほしい。

 そうすれば、俺は、なんの迷いもなく、君を奪いさることができるから……



 腕の中で、ルナを優しく抱きしめると、レオはそっと目を閉じた。

 願わくば、二人の『夢』が

 またあの頃と、同じになりますように—―と。
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