お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第6章 執事の休息

迷い

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「にゃ~」

 レオがルイと雑談していると、廊下の奥から一匹の黒猫が現れた。

 スラリと細い肢体をしたその黒猫は、リンと首元の鈴を鳴らしながら、レオの元に駆け寄って来る。

「ルナ」

 久しぶりに会った愛猫の姿に、レオはすぐさま膝をつき、そっと手を差し出すと、そのレオの手にルナがスリスリと擦り寄る。

「みゃ~」
「ゴメンな。なかなか来てやれなくて」

 どこか甘えたような鳴き声。それを聞いて、レオは、優しくルナの頭をなでると、その瞬間

『ずっと待ってたんだよ、レオのこと──』

 そう言っていたルイの言葉を思い出して、申し訳なさそうに目を伏せた。

 いくらルイがいたとはいえ、ルナには心細い思いをさせてしまった。

 レオは、自身の手に擦りよるルナを、優しく抱き抱えると、その後、愛おしいそうに抱きしめ、その背を撫でる。

 腕の中に収まったルナは、ひどく抱き心地がよかった。暖かい体温に、柔らかな毛並み。こうして撫でていると、不思議と心が落ち着いてくる。

「よかったね、ルナちゃん。レオが来てくれて」

 すると、真横からルイがニコニコ笑いながら、声をかけてきた。

 昔、フランスで暮らしていた時、ルイも実家で3匹ほど猫を飼っていた。だからか、猫の扱いには慣れているのか、ルナも、ルイにはよくなついているようだった。

「あ、そうだ。これルナのご飯」

 すると、思い出したとばかりに、レオは足元に置いた荷物に視線を移す。

「あぁ、わざわざ買ってきてくれたんだ。ありがとう!」

「いや、こちらこそ悪いな。ルナの世話、押し付けて」

「押し付けられたなんておもってないよ。ルナちゃん、可愛いし。それに、一人暮らしの僕には、丁度いい話し相手だ。それと、奥の部屋、好きに使っていいからね」

「お前は?」

「僕は、まだ少し仕事が残ってるから。それに、レオとルナちゃんの邪魔をする気はないよ。それじゃぁ──ごゆっくり♪」

 そう言って、ルイはレオを和室に通すと、ヒラヒラと手を振りながら、その更に奥の部屋へと立ち去っていった。

 綺麗な桜の絵が書かれた襖を開けると、そこには六畳の和室が二間続きで並んでいた。

 畳の匂いと、縁側から吹き抜ける風のにおい。

 レオは、ルナを抱えたまま、和室の中にはいると、荷物をおき、畳の上に座り込んだ。

 そよそよとなびく風が優しく頬を掠める中、ふぅと息をつくと、レオはルナを見つめ、ポツリポツリと語り始めた。

「ルナ。結月は、なかなか思い出しそうにないよ。俺のことも、お前のことも」

 愛猫の眼を見つめて、切なげに呟く。まるで、忘れ去られたもの同士、慰め合うかのように

「はぁ……」

 静かな室内には、サラサラと木々が揺らぐ音が耳に響いていた。そして、その音を聞きながら、レオは深くため息をついた。

 じゃれつくルナの喉を撫でながら、それでも考えてしまうのは、やはり「愛しい人」ことだった。

「結月……大学に、行きたいのかな」

 眉を下げ発した言葉は、とてもとても小さな声だった。

『せっかくお父様が、あー言って下さったんだもの。自分の将来のこと、ちゃんと考えてみるわ!』

 そう言っていた結月は、なんだか、とても嬉しそうで、両親が尋ねて来てから、自分の将来について真剣に考え始めた結月は、あれから、大学に進む道を選択したようだった。

 でも──

「俺と一緒だと、大学には、行かせてあげられないよな」

 大学に進みたいのなら『執事』としては、応援したい。
 だけど、今自分が、やろうとしていることは、それとは、かけ離れたもので

 もし、今の結月の気持ちを無視して、自分がその『夢』を叶えてしまったら

 今ある結月の『夢』は、消えてなくなってしまうのだろうか?

 夢を見ることすら失っていた結月が、やっとまた、夢を見始めたのに、そんな結月の夢を奪ってまで、自分の気持ちを優先させていいのか?

(もし、あの親が、本当に心を入れ換えたのだとしたら……)

 少しでも、結月の心に、寄り添えるようになれたのだとしたら

 今の『お嬢様』である結月にとって
 今の『記憶がない』結月にとって

 一番いい選択は、はたして、なのか?



 ザー……

 再び風が吹き抜けると、それはレオの前髪をサラリと揺らした。

 初夏の涼し気な風に誘われて、ふと視線を逸らすと、先程、庭先でみつけたヤマユリの花が目に入った。

『ねぇ、この花の知ってる?』

 植物図鑑を見つめる、幼い日の結月の姿が脳裏によぎって、レオは目を細めた。

 あの頃誓った『二人の夢』は『同じ』だった。

 それなのに、どうして、こうも変わってしまったのだろう。

「みゃー……」

 思い悩むレオを見上げ、ルナが小さく鳴き声をあげた。

 どうやら、落ち込んでいるのに、気づいているのか、まるで労わるように、頬に顔を擦り寄せてくるルナをみて、レオは苦笑いを浮かべた。

「大人になったら『夢』なんて簡単に叶えられると思ってたのに……」

 ボソリと呟いて、ルナを抱きしめたまま、畳の上に寝そべった。

 自身の胸の上で丸くなるルナの背を撫で、レオは再度ため息をつくと、その後、ゆっくりと目を閉じる。

「ルナ……俺は、これから……」

 ──どうすればいいと、思う?



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