お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第6章 執事の休息

フランス人と猫

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「Hey Leo! Ça fait longtemps!」

 暫くして、その戸がカラカラと音を立てて開くと、中から、家主がひょっこりと顔を出した。

 肩にかからないくらいの金色の髪と、海のように深く美しい青い瞳。

 それでいて、抜群のスタイルと整った顔立ちをしたその人物は、尋ねてきたレオを見るなり、ニッコリとキレイな笑顔を向けて、話しかけてきた。

「mon ange, tu m'as tellement manqué!」

、日本語で話せ」

 でてくるなり、いきなりフランス語でまくし立てられ、レオは迷惑そうに答えた。

 ルイ──と呼ばれたその人物は、8年前、レオがフランスで知り合った友人の一人だ。

 たまたま家が近く、なぜか妙に懐かれたのもあってか、レオは当時、ルイから、よくフランス語を教わっていた。

 そして、その代わりと言ってはなんだが、日本のことを聞かれ、色々と教えてあげたところ、日本が好きになったばかりか、見事日本語をマスターし、挙げ句の果てに日本に移住までしてきた、ちょっと変わり者のフランス人だ。

 果たして、こんな純日本風の家に、金髪碧眼のフランス人が住んでるなんて、誰が思うだろうか?

 ちなみに、一見女性にも見間違えるほどの綺麗な顔立ちをしているが、これでも、レオより二つ年上のだったりする。

「酷いなー。少しくらい、付き合ってくれてもいいのに」

 一瞬つまらなそうな顔をすると、その後ルイは流暢りゅうちょうな日本語で話し始めた。

 ちなみに、先程のフランス語は

 Hey Leo! Ça fait longtemps!
 (やぁ、レオ! 久しぶり!)

 mon ange, tu m'as tellement manqué!
 (とっても、会いたかったよ!)

 という意味。

「こっちじゃ、あまりフランス語使わなくてさー。僕がフランス語しゃべれなくなったら、レオのせいだよ」

「俺のせいにするな。それに、早々忘れるものでもないだろ」

「まぁ、そうかもね。それより、可愛いを放り出して二ヶ月も音信不通だなんて……執事の仕事って、そんなに忙しいのかい?」

 すると、ろくに挨拶もせず、レオが玄関に上がった瞬間、ルイが意味も分からないことを問いかけてきた。

「恋人?」

「うん。ずっと待ってたんだよ、レオのこと」

 そう言って、小首を傾げたルイの瞳は、悲し気に揺れていた。

 確かに、ここ最近忙しくて、なかなか来てやれなかった。だが、そんなにも、寂しい思いをさせていたなんて……

「そうか、悪いことをしたな……。でも、は、恋人じゃなくて、だ」

「え?」

 すると、間髪入れず修正された言葉に、今度はルイが首を傾げる。

 『ルナ』とは、レオが大事にしている愛猫あいびょうの黒猫のこと。

 阿須加の屋敷に住み込む前は一緒に暮らしていたのだが、流石に屋敷で猫を飼えるはずもなく、レオが執事になると同時に、ルナは友人であるルイに預けられたのだが……

「あれ? 娘? でも『ルナ』って、Fiancé婚約者の名前から付けたんじゃないの? ルナちゃんをでる時のレオ、かなりデレてたし、てっきりお嬢様の身代わりか、なにかかと思ってた」

(身代わり!?)

 全く悪気なく飛び出してきた言葉に、レオは眉をしかめる。

 確かにルナは、ラテン語で『月』という意味だし、結月の『月』からとったと思われても仕方ない。だが、ハッキリ言って、身代わりとして飼っていたわけではないし、その言い方には酷く語弊がある!!

「身代わりとか言うな。それに、ルナの名前は結月が付けてくれて」

「へー、そうだったんだ。じゃぁ、さしずめルナちゃんは、ってところかな?」

「……っ」

 流石、フランス人!
 言葉のチョイスが、ストレート過ぎる!

 たしかに、結月もルナも、レオにとっては大切な存在。だが、さすがに『愛の結晶』などと言われると、ちょっと恥ずかしくなる。

「それで、どうなの?」

「え?」

「レオの『夢』は、叶いそう?」

 すると、廊下を進みながら、ルイが再びレオに問いかけてきた。

 これでもルイは、レオの事情を知っている唯一の理解者だった。

 付きあい自体は数年だが、それでも年が近いのもあってか、こうして執事として日本に戻って来たあとも、何かと世話になっていた。

「いや……」

「そっか……ねぇ、レオ。もういっその事、、何もかも話して」

 まるで、悪魔の囁きのような、そんな甘い言葉をかけられた。じわりと、まるで心に染み入るように。

 奪ってしまえば──そんなこと、何度と考えた。
 何度、結月を、このまま奪い去ってしまおうかと

「そうだな。やっぱり、それが一番」

「あ、待って。今の冗談!」

 だが、思ったより真剣な返事が帰ってきて、ルイは、苦笑いをうかべた。

(うーん……なにかあったな。この感じは)

 友人の冗談を、冗談だと気づけないくらい、なにか思い悩むことがあったのだろう。

 ルイはレオを心配しつつも、また優しく微笑む。

「まあ、今日はゆっくりしていきなよ。可愛いルナちゃんとも、久しぶりに会うんだし」

「あー、そうする。それより、ルイの方はどうなんだ?」

「え? 僕?」

 すると、廊下をすすみながら、今度はレオが尋ねた。

 ルイは日本に来てから、出版会社に務め、翻訳の仕事をしながら生計をたてていた。

 フランス語で書かれた本や文書を、日本語に翻訳する仕事。だが、いくら日本語がペラペラと言っても、翻訳家として食べていけるのは一握り。

 しかも、まだ若いルイに、そう簡単に仕事が舞い込む訳もなく……

「うーん。まぁまぁかな。少しずつ仕事は増えてはいるけど……あ。でも、最近は、モデルの仕事も引き受けてるよ」

「モデル?」

「うん。さすがに翻訳の仕事一本で、食べていけるほどじゃないからね」

「まぁ、その顔なら、引く手数多だろうな。そのうち、そっちが本業になるんじゃないか?」

「まさか! 僕、目立つの嫌いだし。どちらかと言うと、家で本読んだり、机に向かってる方が性に合ってる」

 そう言って、爽やかに笑いかけるルイを見て、レオはルイと初めて、出会った時のことを思い出した。

 フランスに行って、まだ間もない頃、道に迷い途方に暮れていた時に、たまたま声をかけてくれたのが、ルイだった。

 右も左もわからず、言葉も通じない異国の地。

 そんな心細い場所で、ニッコリと笑って声をかけられ、不思議と安心したのを覚えてる。

 色素の薄い金色の髪は、夕陽に染まってキラキラと輝いていて、もともと線が細く、女の子のような顔立ちをしたルイは、当時からとても綺麗だった。

 それこそ、天使でも舞い降りたのかと思った程に……

 だが、そんな劇的な出会いも、あっという間に覆された。

 六人兄妹の末っ子で、散々甘やかされて育ってきたルイは、思っていよりも自由奔放な性格で、そのあとは、この悪友に振り回された記憶しかない。

(モデルねぇ……)

 まぁ、この見た目なら納得だな──と、レオは一人感心する。すると、そのタイミングで

「にゃ~」

 と声を上げながら、一匹の黒猫が姿を現した。
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