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第5章 二人だけの秘密
秘密
しおりを挟む「昔、お父様とお母様に言われたことがあるの、私と一緒に食事をとると、料理がまずくなるって」
「…………」
その言葉に、レオは言葉を失った。
どう考えてもそれは、親が娘に告げる言葉ではなかったから。
「五十嵐も気づいてると思うけど、私、お父様とお母様に嫌われてるの。阿須加家は、昔から男児が家を継ぐことになっていて、だから本当は、二人とも、男の子が欲しかったんですって……」
すると結月は、ポツリポツリと両親のことを話し始めた。
元々、阿須加家は、明治から続く老舗旅館だった。そして、時の流れと共に、今のホテル業へと変化した。
そして、ホテル業へと新設させたのが、結月の祖父である、阿須加 善次郎。そして、その祖父には、息子が二人と娘が一人。
また、結月の父である洋介は、一番末の次男として生まれたらしく、祖父には、大層可愛がられていたらしい。
だが、本来なら長男が継ぐはずの家督を、祖父が洋介に継がせるといったことから、家族関係は一気に決裂し、その後、親類関係も破綻。
そして、家と会社、更には遺産まで受け継くことになった洋介と、その妻であった美結は、跡取りになる男児を産めと、ひどくプレッシャーをかけられたらしい。
だが、その後、何年経っても子宝に恵まれず、二人へ風当たりは日増しにはげしくなり、それから数年、親類縁者からの罵倒に耐え続け、三十をすぎ、やっと授かった子供が──結月だったらしい。
待ち望んでいた、跡取りと成りうる子は、女の子。
それを知り、父親は落胆し、母親は結月をみるたびに癇癪を起こし、とても育児ができる精神状態ではなかったらしく、最終的に結月は、屋敷のメイドたちに預けられることになった。
そしてその際、結月の世話役を任せられたのが、幼い頃、結月が母のようにしたっていた──白木 真希だったそうだ。
「私の顔を見ると、その時のこと思い出して嫌なんですって……だから、二人とも屋敷にきても、私と一緒に食事を取りたがらないわ」
淡々と話す結月の表情は、諦めにも似た、どこか感情のない顔をしていた。
だが、その顔を、無理やり明るくすると……
「きっと、初めからダメだったのね。私が、娘として生まれてきた時から。……でも、それでもいい子にしていたら、いつか娘として受け入れてくれると思っていたの。だけど、18年続けてきたけど、未だに私は──あの二人の子供にはなれない」
「…………」
「だから、私の家族といえるのは、屋敷の使用人たちだけ。でも、五十嵐に言われた通りよ。みんなが私に優しくしてくれるのは、私が阿須加家のお嬢様だから……本当はね、ちゃんと分かってるの。前に、家族なら一緒に食事をとるものだって言われて、皆にわがままを言ったことがあるの『私もみんなと一緒に食事をとりたい』って」
「…………」
「でも、その後、みんな困り果ててしまったわ。当然よね。屋敷の主人と使用人が一緒に食事を摂るなんて、本来あってはならないことだもの。だから……だから、こうして、私と一緒にメロンパン食べてくれる五十嵐は……変わってるなって」
悲しげに瞳を揺らす結月は、またゆっくりとメロンパンを口にした。
親に嫌われ、家族のように慕う使用人たちからは一線をひかれ、結月はずっと、あの大きな屋敷のなかで、たった一人、食事をとりつづけてきた。
誰もが羨む裕福な生活をしていながら、結月の心は、今もあの頃と同じだった。
本当に欲しいものが手に入らず泣いていた、あの頃と同じ──
「五十嵐は、私とメロンパン食べてて、本当にいいの?」
「…………」
少し不安げに見つめてくる結月は、今のレオの行いを案じて言っているのだろう。
確かに、執事であるレオが、こうして結月の隣に座り、一緒に何かを食すなんて、あってはならないこと。
本来、主人は敬うべきもの。それ故に、どんなに打ち解けようが、対等な立場になることは許されず、幼い結月のワガママに、使用人たちが困り果てたのも、それをよくわきまえていたからこそだった。
だが、レオは──
「ダメなら、一緒に食べていませんよ」
「そうだけど、五十嵐は執事でしょ? クビになったらどうするの?」
「じゃぁ、内緒にしておいてください」
「え? 内緒?」
「はい。今日、ここでのことは、旦那様にも奥様にも、他の使用人たちにも誰にも話さない──二人だけの秘密です」
口元に人差し指を立てながら、そういえば、結月は、そんなレオを見つめ、一層目を丸くした。
「……やっぱり、五十嵐は変わってるわ」
「お嬢様は、こんな執事はお嫌いですか?」
そう言って、また微笑みかける。
すると結月は、その後、ふわりと笑いながら
「うんん。嫌いじゃないわ。今まで代わり映えのしない毎日だったから、五十嵐が来てから、とても新鮮よ!」
無邪気に笑う結月に、レオも自然と笑みを漏らすと、二人はクスクスと笑い合った。
それは、まるで、あの頃に戻ったみたいに──
「ありがとう。五十嵐のおかげで、なんだか元気が出たわ。明日、お父様に何を言われても、ちゃんと受け止められそう」
どこか安心したように、じわりと涙を浮かべた結月は、また噛み締めるようにメロンパンを口にした。
そんな結月を見て、レオは思う。
明日のことを考えると、まだ不安はある。だけど、今は、彼女の心を支えられるよう、執事として、できることをしよう──
「それにしても、このメロンパン本当に美味しいわね。私、外で食べるパンがこんなに美味しいなんて、知らなかったわ」
「食べたくなったら、また連れてきてあげますよ」
「ほんと?」
「はい、約束します」
するとレオは、結月に向け、そっと小指を差し出した。
差し出された指を見て、結月は一瞬考えるが、結月もまた、レオの指に自身の指先を絡める。
「えぇ、約束よ」
笑い合い、繋がった小指が小さく熱を持つと、レオは、記憶のない結月と、何度目かの約束を交わした。
いつか、この先の未来で、この『幸せ』が、二人の『当たり前』になるといい。
そんなことを、願いながら───
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