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第5章 二人だけの秘密
ガラス越しの景色
しおりを挟む「はぁ、明日かー……」
金曜日──結月の両親が訪れる前日。
屋敷の中では、夕食の仕込みをする冨樫の近くで、恵美が深々とため息をついていた。
「どうしよう、緊張する~!」
「まぁ、旦那様も奥様も、滅多にこちらには来ないしね。来るとなったらオオゴトだよねー」
「愛理さん。明日の仕込みどうするんですか?」
「うーん……夕食は召し上がらないって聞いてるけど、念のため仕込むよ。あと、二時過ぎにいらっしゃるみたいだから、デザートはあった方がいいだろうし。まぁ、ないとは思うけど、いきなり予定が変わる場合もあるから、恵美もそのつもりでいてね」
「は、はい……! 五十嵐さんからも、それは聞いてます。でも、旦那様たち、来てもいつもお嬢様とお食事をとられないし、用意するだけ無駄な気もしますけどね。前に屋敷に来たのも、正月すぎに来たきりじゃないですか!」
「まーね。お嬢様の誕生日ですら、顔を出さなかったし」
「なんか、こんなこというのもアレですけど、旦那様たち酷いですよね。お仕事で忙しいのかもしれないけど、さすがに、お嬢様のこと蔑ろにしすぎじゃないですか?」
冨樫の背後で、恵美が皿を拭きながらポソリと呟く。いつも近くでお嬢様をみているからか、あの両親の対応には、時折、疑問を感じていた。
「なんで、お二人とも、お嬢様にあんなに冷たいんだろう」
すると、その言葉に、冨樫は包丁を持つ手を止め
「それは多分、お嬢様が、女の子として生まれてきたからだよ」
「え?」
その言葉に、恵美は目を見開く。
「お、女の子としてって……なんですか、それ!?」
「私も、前に気になって、斎藤さんに聞いたことがあるんだけど……」
すると冨樫は、更に表情を暗くし
「旦那様たち、本当は、男の子が欲しかったんだって──」
✣
✣
✣
「お帰りなさいませ、お嬢様」
学校が終わり、結月がロビーに出ると、黒のスーツを着た五十嵐が、いつものように校舎の外で待っていた。
ここ連日、降り続けていた雨。
それが昨日からあがり、今日は美しい青空が広がっていた。
久しぶりに晴れた空の下、結月は、迎えに来てくれた執事に「ただいま」と声をかけると、そのまま車まで歩き出した。
ロータリー脇にある駐車場。
何人かの女子生徒とすれ違いつつ、結月が車の前に立つと、執事が、そっと車のドアを開けてくれた。
スモークフィルムの貼られた後部座席に乗り込めば、気が抜けたのか、結月は、しなだれかかるように座席にもたれかかり、その後、窓の外を見つめ、小さくため息をついた。
外を見れば、見知った顔の女子生徒たちが、それぞれ車に乗り込む姿が見えた。
最近、生徒達の間でも『進路』について話す姿をよく目にするようになった。
お金持ちのお嬢様が通う学校だけあり、聞く話によれば、就職よりも進学率の方が高かった。
先日、本を貸してくれた有栖川さんは、有名大学へ進むらしいし、その友人の神宮司さんは、親が病院を経営しているため医大に進むといっていた。
みんな結月とは違い、親と話し合い、自分が納得した上で決めてきた進路。
(……明日よね、お父様たちがくるの)
車が進み出すと、不意に明日のことが過ぎり、結月は不安そうに、その瞳を揺らした。
明日の午後、両親が久しぶりに訪ねてくる。
最後に会ったのはいつだったか?
確か三ヶ月程前、父の友人が主催するパーティに、両親と共に出席した時以来。
だが、それもパーティが終わると、すぐに両親は別邸へ帰ってしまったし、結月は、ほとんど話をすることなく別れてしまった。
(今度は、何を言われるのかしら……)
プリントを提出しなくてはならない以上、この先のことについて話を聞かなくてはならない。
だが、これまでのことを考えると、心の中はどんよりと沈み込み、あまり穏やかではなかった。
幼い頃から、両親は結月の話を聞こうとはせず、一方的に、あちらの希望を伝えてきて、反発しようものなら、叱られた。
小学6年の時には、いきなり中学受験をしろと言われ、しかも、受ける中学も既に決められていて、小学校で親しくなった友人は、親によって付き合いを一掃された。
結月の友人は、基本的に女子しか許されず、それも比較的よい家柄の娘とだけ話すよう命じられた。
ほかにも、学校帰りの寄り道は禁止。
部活も禁止。
学校が終わったら、すぐに屋敷に帰って、その後は屋敷からでてはいけない。
そして、それも全て、結月に余計な「虫」を寄せ付けさせないため。
もし、よく知りもしない男性との間に、あらぬ噂がたてば、後に現れる『婚約者との縁談』に影がさすかもしれないから──
「はぁ……」
深くため息をついて、結月は目を閉じた。
結局、自分は政略結婚のための、ただの『道具』でしかない。
明日の話し合いだって、また、一方的に決められてしまうのだろう。
だけど、そんなことは、とっくの昔に分かっていた。はずなのに──
(……あれ?)
だが、その瞬間、ふと視線をそらした先で、ガラス越しに見えた景色に、結月は眉を顰めた。
車の外には、全く見覚えのない景色が広がっていた。
そう、それは明らかに、いつもとは──違う道。
「五十嵐? なんだか、いつもと道が違うみたいだけど」
結月が、後部座席から斜め前の運転席をみつめると、五十嵐は、ただ黙ったまま車を走らせていた。
大きな通りを過ぎると、車はさらに進み、細い路地へと入ていく。
「ねぇ……五十嵐? どこに、向かってるの?」
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