お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
35 / 289
第4章 執事の策略

お払い箱

しおりを挟む

 それから数時間が経った、午後のこと──

 休憩室の中で、レオは結月の両親が住む別邸に電話をかけると、その屋敷のメイドである戸狩とがりと話をしていた。

『わかりました。では旦那様と奥様に、そのようにお話しておきます』

「はい。宜しくお願いします」

 要件を伝え終わり、受話器を元の位置に戻すと、丁度そのタイミングで、矢野やのが休憩室にやってきた。

「どちらに電話を……」

「別邸の方に。矢野さんは、今から休憩ですか?」

「はい。五十嵐さんは?」

「私も、お嬢様を迎えにいく前に、少しだけ休憩を挟むつもりです。矢野さんも、コーヒーを飲まれますか?」

「そうですね。いただきます」

 矢野の返事を聞くと、レオは壁際のテーブルの前まで移動し、そこでコーヒーを淹れ始めた。

 だが、そんな中、また矢野が声をかける。

「五十嵐さん、今朝の話ですが、私はまだ認めたわけではありませんから、お嬢様の身の周りのお世話を男性がおこなうなんて!」

「…………」

 まるで噛み付くように発された言葉。レオはそれをきいて、無意識にこめかみを引くつかせた。

 今朝、使用人達に、その話をした際、最後まで納得しなかったのが、この矢野だった。

 きっと、この屋敷で一番厄介なのは、このメイド長だろう。

「……矢野さんは相変わらず厳しいですね。私はそんなに信用できませんか?」

「信用できる出来ないの話ではなく、倫理観の問題です。前にも申しましたが、もし、お嬢様に邪な感情を抱こうものなら、即刻屋敷から追い出しますので、そのつもりで!」

「…………」

 真横から、きつい言葉を浴びせられる。

 確かに、異性が身の回りの世話をするという案は、いささか強引すぎたかもしれない。

 前の執事のこともあるから、より神経質になっているのだろう。

 まぁ、一人くらい矢野のように厳しい人材がいた方が、仕事をする上では身も引き締まる。だが、レオがこの屋敷を牛耳るには、些か厄介な相手でもあった。

(追い出す、か……)

 しかし、さすがに追い出されるわけにはいかない。それに、追い出されるのは……

「そうですね。が追い出されるのも、時間の問題かも知れませんね?」

「え?」

 コーヒーを淹れ終わると、レオはくるりと向きを変え、ニッコリと笑った。だが、その言葉に、今度は矢野が顔をしかめる。

「なにを、言っているのですか?」

「ご存知ないのですか? 最近、阿須加グループの業績は、あまりかんばしくないようですよ。株価もだいぶ下がってますし、経営が苦しいのではないかと」

 コーヒーを二つ手にしたレオは、矢野の前に歩み寄り、そのうちの一つを差し出しながら

「ホテル業界は、昔からハードな仕事だと言われていますが、旦那様の経営するホテルは、特に酷いとの噂ですよ。サービス残業なんて当たり前だし、勤務時間も長い。そのせいで離職する社員も増えてますし、おかげでサービスの質は低下して、客足は遠のくばかり……」

あるじの会社に向かって、なんてこと言うのですか?」

「これは失礼。でも、昔ほど栄えていないのは確かですよ。それに、所詮、旦那様たちにとって、社員や使用人なんてただの使い捨ての駒《こま》。どのみち私達も、お嬢様がご結婚されたら『お払い箱』ですからね?」

「…………」

 予期せぬ話に、矢野は更に表情を曇らせた。

 ずっと、この屋敷でメイドとして働いてきた矢野だ。本来なら、この先も阿須加家に仕える気でいるだろう。だが──

「この屋敷も、お嬢様がいなくなられたら、建て壊すそうですよ」

「……」

「まぁ、お嬢様がご結婚されるのは、まだ先の話だとは思いますが、先は見越しておいた方が良いかと。仕事がなくなるのは、お互い困りますしね?」

 すると、レオはあっさりコーヒーを飲み終わり、再び矢野をみつめた。

「では、私はそろそろお嬢様をお迎えいく準備を始めますので。矢野さんは、どうぞごゆっくり」

「ぁ、はい……お気をつけて」

「あ、それと。お嬢様の進路相談の件で、また戸狩さん(別邸のメイド)から返事を頂くことになっていますので、連絡があったら教えてください」

「進路相談?」

「はい。なかなか返事を下さらないので、少し催促を。来週中に提出しないといけないプリントがあるので、近いうちに、お嬢様と一緒に旦那様と奥様の元に伺う予定です」

「そうですか。わかりました」

 矢野が返事をすると、レオは休憩室の入口へと歩き出す。そして

「あ、進路相談といえば、息子の浩史こうじくんは、に行きたいそうですね?」

「……え?」

 だが、不意に放たれたその言葉に、矢野は目を丸くした。
 無理もない。矢野は自分の息子が、本当は大学に行きたいだなんて、全く知らないのだから。

「だ、大学? いえ、あの子は就職すると」

「あれ、そうでしたか? 先日、矢野さんの鍵を預かった時に、大学に行きたいと話していましたよ」

「……」

「どうぞ、浩史こうじくんに、受験勉強を頑張るよう伝えてください。では、私はこれで」

 レオは再びにっこりと笑うと、その後、休憩室からでていった。

「だ、大学って……そんなこと、あの子、一言も……っ」

 そして、矢野の小さな声が休憩室に響いたのを聞き届け、レオは扉を閉めると、その後、すっと目を細めた。

「……さて」

 俺が、追い出されるのが先か?
 それとも、矢野さんが出ていくのが先か?

 一体、どっちかな?
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...