お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第4章 執事の策略

白い日記帳

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 深夜0時──

 全ての業務を終え自室に戻ると、レオはシャワーを浴びたあと、窓際に置かれた机についた。

 木製の机には、いくつか引き出しが付いていて、その中の一番上の引き出しから、白い日記帳と黒革の手帳をとり出すと、机の上に日記帳を広げ、今日の出来事を簡単に記していく。

 そこそこ厚みのあるこの日記帳は、レオが中学の時、フランスに移住してからつけているものだった。
 毎日書いているわけではなく、書きたい時にだけ、書いているもの。

「将来……か」

 すると、昼間の結月の言葉を思い出し、レオは眉をひそめた。

『私も、もう3年だし、将来のこととか色々決めなくてはいけなくて……だから、近々お父様とお母様のところに連れて行ってくれる?』

 あの親の「希望」なんて、もう分かりきってる。

 仮に大学に進学するにしても、きっと、また親の決めた大学に行かされるのだろう。

 そして、そのあとは、親の決めた好きではない相手と結婚させられる。

 そしてそれを、結月自身よく分かっていて、もう自分で進路を選ぶことすら放棄してる。

「お前の将来は……『俺が貰う』って、約束をしたのに」

 結月と別れた時のことを思い出して、レオは悲しげに、その瞳を揺らす。

 8年前──レオは結月を置き去りにして、日本をたった。

 できるなら離れたくはなかった。だが、その頃の自分たちは、まだ子供で、どうしても親の元で生きていかなくてはならなかった。

『レオ、いかないで……っ』

 そう言って、涙を流す結月を必死に慰めた。

 離れたくない気持ちを押し殺して、レオは結月の手を握りしめ『いつか必ず迎えに来るから』と、約束した。

 いつか二人、大人になったら
 自由になれたら──結婚しようと。

 大輪の花を咲かせた『ヤマユリ』の花と、あの小さな『箱』に夢を託して──結月にキスをした。

 だけど、愛しい人を置き去りにした代償は、あまりに大きく。

 数年ぶりに再会した結月は、自分と過ごした『時間』や『約束』だけでなく『夢』を見ることですら、全て忘れてしまっていた。

 あの時、誓ったのは
 空っぽにしたかったのは

 結月の『心』ではなったはずのに……。


「はぁ………」

 スラスラと日記帳にペンを走らせていた手を止めると、レオは深くため息をついた。

 あの頃の結月を取り戻すためには、失った記憶を思い出させるのが手っ取り早い。だが……

「お兄ちゃん……か」

 思いのほか、それは前途多難だった!

 あろうことか結月は、今、自分のことをではなくのような存在だと認識している。

(この前、あんな本読んでたくせに、まったく意識してないなんて……っ)

 正直、結月が、お嬢様と執事の恋愛小説を読んでいた時は、素直に嬉しかった。

 だが、小説の中のお嬢様と執事は、あんなにも淫らに愛を確かめあっていたというのに、結月は自分のことを、本気でとしか思っていない。

 ここ二ヶ月、あくまでもは侵さない程度に、レオは結月に、それなりに近い距離で接してきた。

 だが、まったく意識すらせず、自分を『家族のような使用人』と認識している結月。

 というか、いくら使用人とはいえ、赤の他人を信頼しすぎではないだろうか?

 前任の執事に恋心を抱かれ、軽く修羅場ったわりには、学習能力がないのか、はたまた人を疑わない純粋すぎる性格なのか、こうも使用人に対して、無防備だと流石に心配になってくる。

「なんとかしないと、マズイな。あれは……」

 レオは再度、ため息をつく。

 自分がこの街に戻って来たのは、結月と『家族』になるため。だが、決して『兄』になる為ではない。

 なら──

「まずは、執事もだってこと、ちゃんと分からせてあげないとな」

 なにか悪巧みでも思いついたのか、レオは小さく呟いたあと、軽く口角をあげた。

 記憶を思い出させるためにも、このまま「ただの執事」で終わるわけにはいかない。

 結月が、自分を異性として見る気がないというなら、こちらだって、執事という立場を利用して、本気で攻めればいいだけだ。

 例えそれが、執事として、あるまじき行為だったとしても……

「覚悟してろよ、結月──」

 白い日記帳をパタンと閉じると、レオは怪しい笑みを浮かべ、窓の外を見上げた。

 かすみがかった空を見上げれば、昼間降っていた雨が上がり、綺麗な三日月が、雲間から顔をのぞかせていた。

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