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第3章 独占欲の行方
あの頃の二人
しおりを挟む「大体、こんな男のどこがいいんですか?」
「え!?」
こんな男──そう言われ、結月は目を丸くする。これは、つまり小説の中の執事のことを言っているのだろうが
「え、でも、その小説の執事が、五十嵐に似てるって、クラスの人が」
「…………」
昼間、有栖川に言われたことを素直に告げると、レオは、なんとも言えない複雑な表情を浮かべた。
「え? 俺、こんな四六時中、発情してるような男だと思われてるんですか?」
「あ、いや、そっちじゃなくて……その、仕事ができるところとか、見た目とか雰囲気とか、あと、物静かでミステリアスなところとか、なんだか似てるなーって」
酷く心外そうな顔をした執事に、結月が慌てて弁解すると、レオは再度、その文庫本を見つめた。
物静かで、ミステリアス??
「ふ、ははは……! 俺、そんな風に思われてるんですか?」
「……!?」
すると、思いもよらぬ印象を告げられ、堪えきれなくなったらしい。レオが、肩を震わせ笑い出した。
だが、その表情は、まるで少年のように屈託のない表情を浮かべていて
(……五十嵐って、こんな風に笑うことあるのね)
普段からは想像もつかない姿に、結月は呆気にとられた。
いつもは事務的な会話しかしないからか、笑っていても穏やかなもので、こんなふうに声を上げて笑うことがあるなんて、思いもしなかった。
それに──
「五十嵐って、普段は俺って言ってるの?」
「え?」
いつもの「私」言葉ではなく「俺」と言った、その一人称が気になって、結月が首を傾げる。すると、レオは
「あ……、申し訳ありません。つい」
「いいのよ。別に、怒ってるとかじゃないの。ただ、私言葉よりも俺って言ってる方が、なんだかしっくりくるなって……おかしいわね? 初めて聞いたはずなのに」
「…………」
結月が不思議がりつつも微笑めば、その瞬間、レオは目を見開いた。
あの頃と変わらない、優しげな笑顔。
昔、よくこうして二人は並んで話をしていた。
くだらない話をするレオの言葉を、結月はいつも興味津々に聞いていて。だけど、結月は、そんな二人のことを、今は何も覚えてなくて……
「お嬢様は……誰かを好きになったことはありますか?」
「え?」
思わず、喉をついてでた言葉。
脳裏には、自分の名を呼びながら駆け寄ってくる、結月の幼い日の姿が過ぎった。
思い出してほしい。
また、あの頃のように『レオ』と、名前で呼んでほしい。
「そんなの、あるわけないでしょ」
だが、淡い期待を込めたレオの言葉は、あっさり打ち砕かれた。
あるわけない。それは、誰も好きになったことなどないと、強く否定する言葉で、そして、その言葉に、レオは、これでもかと胸を締め付けられた。
「五十嵐も聞いてるでしょ? 私は将来、この阿須加家を継がなくてはならないの。だから、身も心も全て、生涯夫になる方に捧げなさいと言われています。だから、もし、私が誰かを好きになるとしたら、お父様に選ばれた、その『婚約者』だけだわ」
「…………」
悟りきったように呟いた結月の言葉を聞いて、レオはそっと目を細めた。
(本当に、何も覚えてないんだな。俺たちのこと……)
期待してはいけない。
そんなの、よくわかっていた。
だけど、『しっくりくる』と言ってくれたその言葉に、もしかしたらと、淡い期待を抱いてしまったのは、例え記憶をなくしていたとしても、変わらない『何か』があると、信じたかったのかもしれない。
「それより、どうしてそんなこと聞いてくるの? お父様に『聞いてこい』とでもいわれたの?」
すると、結月がまた問いかけてきて、レオは再び目を合わせると
「いえ、そういうわけではありません。ただ……」
「ただ?」
きょとんと首を傾げながら、こちらを見上げてくる結月。その姿をみて、レオは、その後またニッコリと微笑み
「意外とお嬢様みたいな方に限って、こっそり男と逢引なさっていた可能性もあるかもなー……なんて?」
「なっ!?」
沈んだ空気をやわらげるかのように、レオが笑ってそういえば、結月は再び顔を赤くした。
「あ、逢引って!? ありません!! そんなこと神に誓ってもありません!」
(うわ、神に誓っちゃったよ)
神に誓えるほど、見事になかったことになっているとは、さすがに泣きたくなってきた。
だが、顔を真っ赤にして、恥じらいながらも怒る結月は、今日見た、どの表情よりも可愛らしくて
(まぁ、いいか……)
たとえ、今は思い出せなくても、少しずつ少しずつ、ゆっくりでいい。
もし、二人の出会いが、運命なのだとしたら、きっと、またいつの日か、二人同じ『夢』を見ることができるはずだから……
レオはそう思うと、ベッドから立ち上がり、手にしていた文庫本を机の上に置く。
「お嬢様、もう読書の時間はおしまいです。明日も早いですから、そろそろおやすみ下さい」
「あ、そうね」
「はい。では、おやすみなさいませ」
ベッドに座る結月に、レオは頭を下げると、その後、再度戸締りを確認して、部屋の扉の方へ歩き始めた。
「あ、そうだ」
「?」
だが、扉の前までくると、レオは一度足を止め、改めて、結月の方へと振り向き
「もし、小説と同じようなことがしたくなったら、いつでも仰ってくださいね。お嬢様が満足されるまで、私がお相手致しますので」
「……へ?」
不意に放たれた言葉に、結月は首を傾げる。
小説と、同じ──?
「ッ!!?」
だが、その意味に気づいた時には、もうレオの姿はなく
「もう、だから、違うって言ってるのに!!」
しかも、これから眠ろうという時に、再び小説の官能的なシーンを思い出してしまう、一度収まった身体が、再び火を噴くように熱くなる。
そして、赤らんだ頬を両手で覆うと、結月は、先程のレオの言葉を思い出した。
──私を、愛してください。
その言葉は、ひどく耳に残っていた。
手袋越しに握られた手の感触は、とても男らしいもので、小説の真似事として紡がれたはずのあの声も、本気かと思わせるほど、酷く艶やかな声だった。
だけど、真っ直ぐに見つめるその瞳が、なんだか、とても寂しそうで──
(っ……どうしよう。これじゃ、眠りたくても眠れないじゃない……っ)
✣
✣
✣
そして先程、去り際に、なぜレオがあんなことを言ったのかというと
(結月のやつ。このまま、俺のことだけ考えて、眠れなくなってしまえばいいのに)
散々メンタルを抉られたせいか、少しだけ仕返しをしたくなったからだった。
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