お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

文字の大きさ
上 下
25 / 289
第3章 独占欲の行方

身分違いの恋

しおりを挟む

 ✣✣✣

 それから、一日はあっという間に過ぎ去り、結月は、一人掛けのソファーにゆったりと座りこみ、本を読んでいた。

 時刻は、もう夜の11時過ぎ。

 あの後、チョコレートを食べてすぐに、五十嵐がコーヒーを持って来てくれた。だが、丁度コーヒーが欲しいと思っていたから驚いた。しかし、その後

『チョコ、食べたんですか?』

 なんて聞いてくるものだから、素直に「食べた」と報告すると、五十嵐は、どこか嬉しそうに笑っていた。
 
 だが、そのあとは特段いつもとは変わらず、朝のような嫌がらせをしてくることもなかった。

 結局、どうして急にあんなことをしたのか分からないまま、結月は、朝クラスメイトから借りた文庫本を読み始めたのだが……

「っ……」

 半分ほど読んだあと、その文庫本を一旦閉じた結月は、顔を真っ赤にしていた。

(ど、どうしよう……これって)

 ──もしかして、というやつでは?

 小説の中では、男女がベッドの上で濃厚に絡み合っていた。結月は、そのページを読んだ瞬間、恥ずかしそうに本で顔を隠した。

 内容は、身分違いでありながらも恋に落ちてしまった、お嬢様と執事の恋愛物語。

 だが、始まりは普通の恋愛小説のようだったのだが、蓋を開ければ、その内容があまりにも過激すぎた。

 いわゆる大人の女性向けに作られた小説だろう。特段、年齢制限がもうけられている訳ではないが、確実に小中学生にはオススメできない内容だった。

 勿論、お嬢様と執事という立場の違いからくる二人の葛藤など、繊細な心理描写もあるのだが、物語は進むにつれて次第に過激な描写が増えはじめ、更には、使用人達に隠れて、屋敷の至る場所で情事に赴くという、リアルに考えたらツッコみたくなるような内容も盛り沢山だった。

(まさか、学校に、こんな本を持って来てたなんて……っ)

 「これも立派な文学よ」なんて言っていたものだから、普通に純文学とか、執事が謎を解く推理ものとか、そんなたぐいの話だと思っていた。

 もちろん、官能小説だって、立派な文学だ。

 だが、あまりこういった本を読んでこなかった結月にとって、その内容は、あまりに刺激的で……

(みんな……こういうの、普通に読んでたりするのかな?)

 温室育ちで、屋敷からは、あまり出ない結月。

 読みたい本があれば、メイドにたのむか、図書館から借りてくるかだし、なによりも、両親から「貞淑ていしゅくであれ」としつけられてきた結月が、このような本を自ら手にすることはなかった。

(どうしよう……こんな本読んでるなんて、お父様とお母様に知られたら、きっと怒られるわ)

 みさおは全て、いつか現れる『婚約者』に捧げろと言われていた。

 生涯、夫になる相手に、身も心も全て捧げる。

 今、女子校に通わさせられているのも『余計な虫』を寄せ付けさせないためだ。

 それ故に、男性とお付き合いした経験もなく、キスひとつ知らない結月にとって、本の中の話は、酷く現実離れしたものだった。

(でも、確かにこの執事、ちょっと五十嵐に似てるかも?)

 「なにかの参考になるかも」と言っていた有栖川の言葉を思い出し、結月は、再び本を開いた。

 主人公のお嬢様が恋をする、相手役の執事。

 性的な部分は別にして、その口調や容姿、そして、物静かでどこかミステリアスな雰囲気は、確かに五十嵐を思わせる。のだが……

(うーん……でも、全然、参考にならないわ)

 似ているだけあり、少しは五十嵐の行動や気持ちを理解できるかも?……と、思ったのだが、内容が内容なだけに、全く参考にならなかった。

 もし五十嵐が、この小説のように、自分に邪な感情を抱いていたら、即刻にしなくてはなるまい。

「はぁ……続き、どうしよう」

 先程のページを見つめながら、一つ息をつくと、結月はこの先に進むべきかを迷う。

 きっと内容は、更に過激になる。
 だが、妙に引き込まれる話でもあった。

 官能的なシーンも露骨な表現はなく、女性が好むだけあり、綺麗な文脈と甘い言葉に満ちていた。それに

(この二人……最後、どうなるのかしら?)

 その結末が、妙に気になった。

 お嬢様と執事。
 身分違いの禁断の恋。

 それは、どんなに愛し合っていても、結ばれるはずのない恋だったから。

「お嬢様!」
「きゃ!?」

 だが、その瞬間バサッという音と共に、目の前の文庫本が、突然、手元から取り上げられた。

 肩を弾ませ、何事かと振り向くと、結月が腰掛けていたソファーの後ろには、取り上げた文庫本を手にして立つ、五十嵐の姿があった。

「い、五十嵐……なんで、勝手に……っ」

 突然、現れた執事に結月は困惑する。
 すると、執事は少し呆れた顔をして

「ちゃんとノックはしましたよ。でも、返事がないので、てっきり電気も消さずに寝てしまわれたのかと……」

「え? そうだったの?」

 色々考えていたせいで、どうやらノックに気づかなかったらしい。

(……あ、もう11時過ぎてるんだ)

 そして結月は、部屋の時計を目にして、もうそんな時間なのかと驚いた。

 本を読んでいて気づかなかったが、確かに五十嵐が、いつ見回りに来てもおかしくない時間だ。

「お嬢様、本に夢中になるのはいいですが、そろそろお休みにならないと」

「あ、そうね」

「はい。ただでさえ、お嬢様は朝が弱いですからね。夜更かしをすると、また起きられなくなってしま、い……ます……よ?」

「?」

 だが、なぜか五十嵐の言葉が、突然つまりだした。

 結月がどうしたのかと、再び五十嵐を見上げれば、五十嵐の視線は、さっき結月が読んでいた文庫本に注がれていた。

「あ!?」

 そして、その本の内容を思い出した瞬間、結月は顔を真っ赤にして立ち上がった。

 しかも、今、五十嵐が目にしているのは、例のがあるページ!!

「い、五十嵐、それ返して!!」

 全身がカッと熱くなるを感じて、結月は、その本を取り返そうと、咄嗟に手を伸ばす。

 だが、結月が本を掴む寸前、五十嵐は、ひょいと頭上高くその文庫本を持ち上げると、身長差があるせいか、結月の手は文庫本に届くことなく、空中で止まってしまう。

「あ……、ッ」

 恥ずかしさでいっぱいになった顔で、五十嵐を見つめれば、五十嵐は表情一つ変えず、頭上に掲げた、文庫本を見つめていた。

 静かな室内には、パラリとページをめくる音。

 そして、それから暫くし、五十嵐は手にしていた本をパタンと閉じ

「へー、これはなかなか、ですね」

「っ……」

 その内容に、一通り目を通した後、執事は、意地悪そうに笑った。すると、結月は

(き、消えたい……っ)

 と、今にも泣きそうな顔で、そう思ったのだった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...