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第3章 独占欲の行方
誰にも渡さない
しおりを挟む結月を送り届けたあと、レオは一人、屋敷に向かって車を走らせていた。
今頃、どんな顔をしてるだろう?
少し混み合う朝の時間帯。信号待ちで止まった車の中で、レオはクスリと笑いながら、結月に行ったイタズラのことを思い出す。
先ほど、結月のポケットの中に、こっそりチョコレートを忍ばせた。
勿論、校則違反なのは知っているし、執事としてあるまじきことなのもわかってる。
だが、それでも──
(……食べたかな?)
そんな期待を、微かに込める。
だが、ここ一ヶ月、結月の様子を見てきたが、学校ではかなりの優等生で通っているようだった。先生からの評判もよく、他の女子生徒の模範になるような立ち位置。
ならば、きっと結月は、チョコレートを口にしたりはしないだろう。
「……まぁ、いいか」
チョコレートを食べて、すぐに思い出せるなんて、元々思ってはいない。
しかも、この8年間、結月の記憶を無理に思い出させようとする者は、きっといなかったのだろう。
それに、仮に思い出させようとしても、レオのことに触れる者などいるはずがない。
なぜなら、レオとのことは、屋敷の誰一人として知らない、二人だけの秘密だったから。
「……しかし、結構キツいものだな。忘れられるのは」
一向に変わることのない信号機を見つめながら、レオはぽつりと呟いた。
たとえ、それが事故によるものだったとしても、忘れて欲しくはなかった。
他のどんな記憶を忘れても、自分との記憶だけは、覚えていて欲しかった。
もし、このまま結月が思い出さなかったら
あの時間も
あの約束も
なにもかも、ただの『幻』に終わってしまうのだろうか?
全て、なかったことになってしまうのだろうか?
「はぁ……」
思わず、ため息がもれた。
レオとて、不安がない訳ではなかった。
このまま記憶が戻らなければ、いつの日か、別の男を選ぶ日だって来るかもしれない。
もし、そうなったら……
「ふ……らしくないな」
瞬間、信号が赤から青に変わった。前の車が進み出したのを確認すると、レオは、すぐに気持ちを切り替え、また車を走らせる。
弱音なんて、吐いてはいられない。
それに、例え思い出せなかったとしても、元から、誰にも渡すつもりなんてないのだから……
✣✣✣
暫く車を走らせると、その先で、阿須加の屋敷が見えてきた。
青い屋根の西洋の屋敷。それを囲うように立つ塀はとても高く、外から中の様子を伺うことは出来ない。
まるで、他人を寄せ付けない、外界から遮断された空間。唯一入れるのは、使用人が利用する小さな裏口と、正面の門だけ。
「……?」
だが、その門の前まで来ると、少年が一人立っているのが見えた。
紺色のブレザーに赤と緑のチェックのズボンは、この町・星ケ峯にある公立高校の制服だ。
レオは一旦車を止めると、中から出て、門の前で、ジッと屋敷の中を見つめる少年に声をかけた。
「悪いけど、そこ退《ど》いてくれないかな? 中に入れないんだけど」
「…………」
レオの呼びかけに、少年が視線をむける。
近くでみると、年齢は17~8歳。髪がツンと跳ねていて、どこか生意気そうな雰囲気をした男子高校生だった。
「あんたは?」
「私は、この屋敷の執事ですよ」
「……ふーん」
退いてほしいと、お願いしたにもかかわらず、その場から決して動くことはなく、少年は、頭の先からつま先まで、じっとレオを見つめた。そして
「なぁ、執事って、ご主人様のいうことなら、なんでも聞きてくれんの?」
「えぇ。お望みとあれば、どんなことでも」
「じゃぁ、ドラクエのレベル99まで上げてっていったら、上げてくれる?」
「お安い御用ですよ」
「マジかよ!? スゲーな!!」
「それより、君は?」
「あー、うちの母親が鍵忘れてて出てったみたいで、これ、渡しといてくれません?」
「母親?」
「あー、矢野です。矢野智子」
自宅の鍵なのか、少年はレオに鍵を差し出しながら、そう言った。
(へー……この子、矢野さんの)
矢野とプライベートな話をしたことはないが、確か高校生の息子が二人いると、前に冨樫《とがし》が言っていたのを思い出した。
「君、名前は?」
「浩史」
「浩史くんか……鍵を忘れるなんて、案外そっそっかしい所もあるんだね、矢野さんも」
「まーな」
優しげな笑顔を浮かべながら、レオは雑談を繰り返す。
あの厳しい矢野の息子なら、かなりの真面目くんかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
どちらかというと彼は、クラスの中心にいそうな、ちょっと浮ついたタイプだ。
「あのさ、ここのお嬢様って可愛いの?」
だが、次の瞬間、突拍子もないことを聞かれて、レオは思考と止める。
「俺と同い年って聞いてるけど?」
「…………」
矢野から聞いているのか、同い年と言うことは、彼も結月と同じ高校3年生なのだろう。
だが、屋敷の主については、守秘義務がある。
「申し訳ないけど、お嬢様のことは、一切、お答え出来ません」
「あー、ブスなんだ」
「ふざけるな。メチャクチャ可愛いよ、うちのお嬢様は!」
ニッコリ笑いながらも、威圧的な表情をうかべた。
思った以上に、かなりのクソガキだった!!
矢野は、どういう教育してるんだ。
しかも母親が仕えている屋敷のお嬢様に向かってブスとは、ほかの屋敷のお嬢様が聞いたら、矢野は即刻クビだろう。
「大体、うちのお嬢様が、可愛いかろうが、そうでなかろうが、君には関係ないだろ?」
「関係なくはねーよ。だって、どうせ口説くなら、可愛い女の子の方がいいだろ?」
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