お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第1章 執事来訪

約束

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 お嬢様の食事や入浴などの業務をすませたあと、使用人たちは、やっと夕食の時間を迎える。

 赤い絨毯が続く廊下から一歩キッチンに入ると、そこには食器棚が数台にならんでいて、その手前には、使用人が食事をとるためのダイニングテーブルがあった。

 8人がけの長方形型のテーブル。

 この屋敷にしては簡素なテーブルだが、白いクロスの上にはブルーのテーブルランナーが敷かれていて、その上には、ガーベラの花を生けた花瓶が飾られていた。

 だからか、休憩室を兼ねたこの場所は、どこかオシャレなレストランのような、そんなおもむきすら感じさせた。

 そして、壁一枚隔てたその更に奥には、冷蔵庫やオーブンなど、様々な調理機器が立ち並ぶ調理スペースがあった。

 広々とした厨房を管理しているのは、この屋敷のシェフである、冨樫とがし 愛理あいり。29歳。

 ショートカットの明るい髪色をした、快活そうなお姉さんだ。

 お嬢様の食事と使用人たちの"まかない"を用意するのは勿論、食材の買い出しから仕込み、お客様用のワインの買い付けや管理まで、全て冨樫が受け持っているようだった。

「五十嵐くん、お腹すいたでしょ~?」

 レオがキッチンに顔をだすと、その奥の厨房から、同時に冨樫が顔を覗かせた。

「食べよっかー。恵美、準備終わった?」

「はい。おわりました! 五十嵐さんも、どうぞ席に」

「ありがとうございます」

 恵美がフォークやナイフなどを準備し声をかけると、レオは冨樫と恵美の向かいの席に腰掛けた。

 食卓の上には、三人分の食事。

 今夜夕食を、この屋敷でとるのは、この三人だけなのだろう。

「矢野さんは、のメイドだったんですね」

 いただきます──と手を合わせたあと、不意にレオが問いかけた。

 今日、レオの指導にあたっていたメイド長の矢野 智子。

 てっきり住み込みのメイドかと思っていたが、夕方、お嬢様の帰宅を見届け、別邸からの仕事を片付けたあと、夕方6時すぎには荷物をまとめ、足早に屋敷から出ていった。

「矢野さんは、所帯持ちだからね~。高校生のお子さんが二人いて、いつも朝7時にきて、大体夕方6時にはあがっちゃうよ! あと、運転手の斎藤さんは、奥さんと二人暮らしで、夕飯だけでも奥さんと食べたいからって、今、一時帰宅してる」

「一時帰宅?」

「うん。この屋敷で住み込みで働いてるの、私と恵美だけだから、前の執事が辞めてからは必然的に、女だけになっちゃってさ。だから、それからは、斎藤さんが用心棒として泊まり込んでくれてるの」

「あ、でも、五十嵐さんがセキュリティ関係の仕事を覚えたら、また通いに戻るといっていました!」

「……そうなんですね」

 冨樫に続き、恵美も話に加わると、レオは思考を巡らせる。

「じゃぁ、夜に、この屋敷で過ごすのは、ここにいる3人と、お嬢様だけと言うことですか?」

「まぁ、いずれは、そうなるかな? というわけで、頼りにしてるよ、五十嵐くん!」

「あはは、それは責任重大ですね」

 冨樫が、茶化しながらそう言えば、レオもまたにこやかに答えた。

 どうやら、ゆくゆくこの屋敷に寝泊まりする『男』は、自分一人だけになるらしい。

(女三人に、男一人か……)

 すると、冨樫が作ってくれた肉料理を切り分けながら、レオは考える。

 つまり、昼間の矢野の話から総合すると、深夜、お嬢様と使用人の女二人を守るという役目も、自分は担っているのだろう。

 だが、そんな『守る』という立場にありながら、前任の執事は、お嬢様に恋心を抱いてしまった。

(なるほど、その気になれば、いつでも襲える環境だな……そりゃ、クビにもなる)

 屋敷のセキュリティを管理するとなれば、お嬢様の部屋の鍵を管理していたのも、きっと、その執事。

 お嬢様を野蛮な猛獣から守るつもりが、もう既に屋敷の中に猛獣がいるなんて、セキュリティの意味があったものじゃない。

(まぁ、俺も人のこと言えないか……)

 だが、現に結月に恋心を抱いているレオとて、その執事を悪くいう資格はなかった。

 レオは、そんなことを思いながら、フォークに刺した肉料理を口に運ぶ。

 しっかり下味の付けられた料理は、お嬢様へのディナーの残り物で作られたとはいえ、シェフの腕がいいのか、なんとも美味だった。

「あ。そう言えば、五十嵐くん、彼女いるの?」

 だが、話の腰を折り、冨樫が興味津々に問いかけてきて、横にいた恵美が、ゴホゴホと咳き込む。

「ちょっ、愛理さん!? いきなり、なに聞いてるんですか!?」

「だって、気になるじゃん!」

「だからって、来た当日にきかなくても! あの五十嵐さん、気にしないでくださいね! 聞き流してくださっても」



「え?」

「いますよ、彼女」

 だが、その後、平然とはなたれた言葉に、恵美と冨樫は目を丸くして

「えぇ!? いるんですか!?」

「ほら~、やっぱりいるっていったじゃん、こんなイケメンなんだからさー! ねーねー! 彼女っていくつ? どんな子?」

 顔赤くする恵美をよそに、さも当前とでも言うように、冨樫が目を輝かせる。

 するとレオは、昼間の再会した"お嬢様"の姿を思い浮かべるながら、また愛おしそうに微笑む。

「そうですね。歳は18で、髪が長くて、笑顔が柔らかくて……あとは、少しおっとりとした性格かな? 」

「へー、そうなんだー」

((なんか、うちのお嬢様っぽい感じの人なのかな?))

 レオの話を聞いて、二人は、結月を思い浮かべつつ、見知らぬレオの恋人を想像する。

「でも、女性が主人の屋敷で、住み込みで働くこと。よく彼女さんは許してくれましたね?」

「そうそう! 住み込みだと部屋には呼べないし、それに執事は主人に呼び出されたら、休みでも行かなきゃいけないよ?」

「大丈夫ですよ。今は、少しにいますから」

 そういうと、レオは静かに目を閉じた。

 離れたところ──それは、物理的にではなく、この場合『心』がといったところだが……

「え? 遠距離なの?」

 だが、その返事に、また冨樫が質問してきて

「はい。でも、いつか俺のところに戻って来ますよ。俺たち、もしてるので」


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