お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜

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第1章 執事来訪

決められた未来

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 それから数時間がたち、夜8時を過ぎた頃。

 ディナーをすませ、お風呂に入った結月ゆづきは、ドレッサーの前で、恵美めぐみに髪を乾かして貰っていた。

 腰元まで伸びた長く艶やかな黒髪。

 まだ、湿ったその髪を、温かいドライヤーの風が少しづつ乾かしていく。

 そして、それが、ふわりとなびくほどになれば、その後、恵美はくしを手にし、丁寧にとかしながら話しかけてきた。

「お嬢様、五十嵐さんとは、お話されましたか?」

 今日来たばかりの『執事』について問いかけられ、結月は鏡越しに恵美をみつめる。

「えぇ、少しだけ。挨拶をした後、矢野と共に出ていってしまったから、本当に少しだけだけど」

「あはは。五十嵐さん、今日は、屋敷の説明や管理の仕方について、矢野さんや斎藤さんから教わってばかりでしたからね! でも、明日からは、もう少しお話できると思いますよ!」

「そうね。そう言えば、恵美さんの言っていたとおり、とても綺麗な顔立ちをした方だったわ」

「あ! やっぱりお嬢様も、そう思います! イケメンですよね、五十嵐さん!」

「そうね。恵美さんは、五十嵐のような方がなの?」

「え!?」

 まるで友達のような雑談を繰り広げる中、結月がはなった一言に、恵美は顔を赤くする。

「タ、タイプというか……これから一緒に暮らすとなると、少しドキドキしてしまうというか」

「ドキドキ?」

「だ、だって、あんなカッコイイ人と、一つ屋根の下で暮らすんですよ!」

「?」

 だが、その後、意味が分からないと言うように、結月は首を傾げ、恵美は眉をしかめた。

 普通、この年頃の女の子なら、もっとドキドキしたり、キャーキャーいってもいいばすだ。

 そう、例え、お嬢様でも!!

「お嬢様! 執事とはいえですよ! しかも、あんなにカッコイイんです!! もっとこう、胸がキュンとなったり、目があって恥ずかしいとか、そんな感情はわかないのですか!?」

「えっと、それは……そういうものなのかしら?」

「そういうものですよー!! あの、失礼ですが、お嬢様は、今までに恋をされたことは?」

「え?」

 その言葉に、結月は言葉をつまらせた。

 そして、その後、鏡から視線をそらした結月は、恵美を直に見つめる。

「えっと……わ」

 少し食い気味に問う恵美に、結月は恥じらいながら答えた。

 そう、結月は生まれてこの方、恋というものをしたことがなかった。

「えぇぇ、もったいないですよ! もっと、恋しましょう!!」

「そ、そんなこと言われても……っ」

「そんなことではありません! いいですか! 恋とは、とても素敵なものです! 別に両想いにならずとも、片思いでもいいのです! どなたか、気になる方など……あ! でも、お嬢様の高校、女子校でしたね!? どうしよう。どこかにいませんかね、執事や使用人以外で、恋に落ちそうな……」

「あの、恵美さん。私は、いいわ」

「え?」

「恋に憧れはあるけど、それは私には、なものだから」

 結月は笑い、そして、悲しそうに恵美を見つめた。

 結月は、この阿須加家の一人娘。

 それ故に、のちにこの家を継ぐため、父が選んだ相手と、結婚させられることが決められていた。

 だからこそ、結月にとって『恋』とは『無意味なもの』でしかないなのだろう。

「そんなっ……では、やっぱり、いつかは顔も知らない相手と、縁談をくまされてしまうのですか!?」

「ええ……でも、これも全て阿須加家のためだもの」

 切なげに瞳を伏せた結月をみて、恵美は同じ女として、ひどく胸をしめつけられた。

 そう、結月の未来は、親によって決められていた。

 そしてそれを、結月自身よく理解していた。

 たとえ恋をして好きな人が出来ても、いつかは諦めて、好きでもない男と結婚しなくてはならない。

 それを考えたら、確かに、恋なんてしない方がいいのかもしれない。

「ぅ、~~お嬢様ぁぁっ」

 だが、その瞬間、恵美が泣き出して

「え、恵美さん!? ちょっと、泣かないで!」

「だって、年頃の女の子が、自由に恋もできないなんてぇ~」

「大丈夫よ。それにほら、恋なら、お父様が選んだ相手とすればいいわけだし」

「そうじゃないんです! そうじゃないんですよぉ~! もう、こうなったら旦那様が連れてきた方が、お嬢様を幸せにできる素敵な方でなければ、私、絶対許しませんからぁ!」

 ぐずぐずと泣く恵美。

 それを見て、結月は腰かけていた椅子から立ち上がると、恵美の手を優しく握りしめた。

「ありがとう、恵美さん。今の恵美さんのように、この屋敷のみんなが、私の事を大切に思ってくれるわ。私は、恋なんてしなくても、家族のようなあなた達と楽しく暮らせるなら、それで十分なの」

 涙目の恵美を慰めるように、結月が、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 "男児"として産まれていれば、また違ったのかもしれない。

 だが、娘として産まれてしまったばかりに、結月の両親は、ほとんど結月の相手をしようとはしなかった。

 結月の両親が、結月にかける愛情は、全て『お金』だけ。

 広大な屋敷に、身の回りの世話をする使用人や執事。

 きらびやかな衣装や装飾品。

 そして、女性としての品位を身につけるための教養の数々。

 そんな贅沢を、何不自由なく与えられた。

 だが、だった。

 そして、そんな両親の変わりに、結月の面倒を見続けてきてくれたのが、この屋敷の使用人たちだった。

 実の両親よりも、家族としての実感があるほど、結月にとってこの屋敷の者たちは、なによりも『大切な存在』だった。

「それより、そろそろ夕食の時間でしょ?」

「あ! そうでした!」

 ぐずつく恵美に問いかければ、恵美は思い出したように声を上げた。

「お嬢様は、このあとは?」

「私は、明日の予習をしたあと、本でも読もうかと」

「もう、程々にしてくださいよ~! お嬢様、朝弱いんですから!」

「ふふ、そうね。でも、起きれなかったら、また恵美さんが起こしてくれるでしょ?」

「あはは! それも、そうですね!」

 二人笑い合うと、恵美は夕食をとるため、結月の部屋をあとにした。

 すると結月は、扉が閉まるのを確認したのち、机の前まで移動すると、その上に置かれた、を手に取った。

(そう言えば、昼間のあれは何だったのかしら?)

 昼間、執事がやってきた時。

『……綺麗になったな』

 か細い声だったが、彼は、確かにそう言っていた。

 そして、それは、まるで自分のことを知っているような口ぶりだった。

 それに、それだけではない。

『どこかで、お会いしたことがあったかしら?』

 そう問いかけたあと、彼はとても傷ついたような顔をしていた。

(何か……傷つけるようなことを言ってしまったのかしら? それとも、本当にどこかで)

 ──会ったことがあるの?

 視線を落とし、再度その箱をみつめると、結月は、今日初めて会った執事の姿を思い浮かべた。

 だが、その後、どんなに思い出そうとしても、結月の記憶の中に「五十嵐 レオ」という存在があらわれることはなかった。
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