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・第五十九話「決戦の事(中編)」

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 ピイイイーッ!ピイイイーッ!ピイイイーッ!

 それまで慎重に距離を取っていたレーマリア軍だが、気球から鳴り響いた鏑矢が戦の始まりを告げた。

「始めええええい!!」

 キイイイン!

 アルキリーレが号令を下し、気球から放たれたのとまた違う鏑矢を鳴らした。

(これで、多くの人が死ぬ。カエストゥス達と同じような人間が)

 胸によぎる思いを打ち消す。それは事実だが、戦わなければもっと多くの人間が酷い目に遭う。負ければ猶更。勝って、なるべく犠牲を減らす事が出来る才能を持っているのは、この場では己なのだから。

「チェーストーッ!!」

 アルキリーレの叫びが戦場に木霊する。一瞬、過去に散々打ち破られた戦奴歩兵バジバズークと第三軍残党が、戦場の反対側にいるのにざわめいた程に。

 決戦が始まった。


 最初はお互い騎兵部隊はまずは温存して射撃戦から始まった。双方共に様々な射撃武器・兵器を打ち合う。

 両軍の射撃兵器に関する扱い、射撃戦の傾向には若干の違いが存在した。レーマリア軍はベレテ川側に射撃を集中し、東吼トルク側は街道側に射撃を集中したのだ。

 これはレーマリア側はアルキリーレ率いる部隊の突撃を少しでも支援する為であり、東吼トルク側は戦奴歩兵バジバズークを逃さない為の督戦射兵ジャンダルマが街道側に集中配置されているからという理由があった。

 レーマリアの重機関弩ヘビーマシンボウが唸りを挙げて敵陣を薙ぎ倒すが、その射撃はアルキリーレが使った時程の効果を発揮しなかった。

 曲射が可能な投石機マンゴネル等と違い、重機関弩ヘビーマシンボウは直射しなければならぬ。最前線に出る必要があるのだが、そうなると神秘による身体強化で極めて重く頑丈な鎧を纏えるアルキリーレと違い、敵の射撃から射手を守らなければならぬ。盾を掲げて守りながら運用するとなると、風穴を穿つにしても薙ぎ払うにしても、存外効率よく運用できないのだ。

 更に。

「ジャヴィーティアに伝えよ、例の大型連弩の所在を」

 当然東吼トルク側も重機関弩ヘビーマシンボウを警戒している。故に皇帝スルタンはその所在判明と同時に、即座に事前に命じておいた対処を行えと宗教大臣パシャジャヴィーティアと祈祷僧侶兵タオ-フィーに命令を下した。

「〈天よ、天教テンゲリを奉じぬものに、上下秩序を弁えぬ劣弱者に捌きを齎したまえ、汝の信徒に天象の剣を用いさせ給え〉……!」

 戦場に即席の祭壇を設え、祈祷僧侶兵タオ-フィーを率い祈祷を行っていた宗教大臣パシャジャヴィーティアの祈りが、明確な対象を以て結実する。その結果!

 ZDGAM!
「うわーっ!?」
「落雷!?」
天教テンゲリの神秘だ!」
重機関弩ヘビークロスボウが!?」

 一瞬、ありえない速度で一天俄かに掻き曇り、突然の落雷が重機関弩ヘビークロスボウを破壊しそれを操作していた兵士達を吹き飛ばした!

「くっ……!」
「見たか単神教モナド、神秘の質が違うわ!」

 祭壇の中心、呻く敵本陣の教帝を幻視しながら祈祷僧侶兵タオ-フィー達の祈祷を束ね宗教大臣パシャジャヴィーティアが嗤う。レーマリアの単神教モナド側も司祭プリースト達が防御の為の祈祷を行っている為流石に本陣直撃とまでは出来ないが、そこ以外なら照準が間に合わぬ移動目標を除けば一点集中を行えば単神教モナド側の防御を天教テンゲリの集団祈祷は時間をかければ突破が可能なのだ。

 即ちレーマリア側に長期戦は不可能! 

「尤も、最初から兵力差で不利なんだから、長期戦は無理なんだがな」

 落雷に僅かに表情を引き攣らせながらも本陣に留まるカエストゥスがそう呟くが、しかしレーマリア軍は潰えぬ。女性中隊マニプルスが参加したことを切っ掛けで、かつて尚武国家だった頃の勇武ヴィルトゥスを取り戻したかのように。いや、あるいはそれは、かつての侵略的なそれよりも良い勇武ヴィルトゥスかもしれない。

 そして。

「報告します!ベレテ川の水量が増大!」
「来たか!」
「者共! 突撃チェスト準備!」

 河川流量の増大。それが、レーマリア側の攻勢の始まりを告げた。本陣では事前準備を行ったチェレンティが、河川側陣地ではアルキリーレが声を上げた。

 水量増大といっても、川岸に水が溢れる程ではない。短時間、水深が深くなり流れが急流となるだけだ。

 携帯投火機ポレミコン・ピロを搭載した短艇カッターが通れるほど深く、そしてその通る短艇カッターが騎兵並の速度で移動できる程速く!

「行くぞ、野郎共! 俺達の港を奪いやがったやつらにぶちかませぇ!」
「応っ!!」

 急流と化した河川を駆け下るのは東吼トルク海軍が戦法を変えた為出番を失った短艇カッター達。今は昼間だが、射撃兵達はお互い的の射撃兵に攻撃を集中している事を夜の闇の代わりの防御策として、川を流れ下る事で陸戦に介入。

「成程、これが狙いか」
「うわああああああっ!?」

 皇帝スルタンがアルキリーレの狙いを理解する中、レベテ川岸に展開していた東吼トルク騎兵隊を、携帯投火機ポレミコン・ピロの炎が襲った!

 レオルロが当初考え果たせなかった、携帯投火機ポレミコン・ピロの陸戦投入。それは実際、レオルロもアルキリーレも多少引く程派手な効果を齎した。直接食らった者は焼死するだけでなく、なかなか消えない炎は慌てて逃げようとすればかえって地面にぶちまけられた炎に突っ込む羽目になる。馬はまして大混乱だ。

「陛下! 宗教大臣パシャ猊下より伝令! 風雨による消火祈祷を意見具申!」
「無用。あれは海戦兵器だ、水では消えぬ。攻撃に集中! 親衛隊イェニチェリ、獣騎兵隊、短艇カッターを撃て! 騎兵隊を前進させろ! 炎で死にたくなければ前に出ろと伝えるのだ!」

 アクアリア攻略などではレオルロが作った運河を神秘で攻略した東吼トルク軍だが、まさかそう使うとは思わなかったという用法では祈祷が間に合わぬ。

 だが皇帝スルタンは動揺せぬ。雨を呼ぼうかというジャヴィーティアの提案を無駄だと退け、自軍の意識を迎撃射撃戦へ集中させた。更に混乱する騎兵隊を射撃戦で〈援護〉し、前進させようとする。戦奴歩兵バジバズーク督戦射兵ジャンダルマでなくとも、東吼トルクの軍法は苛烈だ。

「くっ、野郎共生きてるか……戦場を出たぞ、東吼トルク野郎共が見えなくなって暫くしたら船を降りるぞ!」

 近衛隊イェニチェリや獣騎兵からの反撃で短艇カッター隊も無論犠牲を出したが、それでも彼らは川の流れのままに早々に戦線を離脱した。

 これは海でも川でも使用出来て担いで陸を渡る事も出来る長船ロングシップが海軍の基本だった北摩ホクマ出身のアルキリーレの発案を、水路網を整えたレオルロの技術で加速、活動を制限された海軍の複雑な感情を兼ね合わせて調整しそして何より、東吼トルク軍が戦力をこの場に進駐する過程で侵略した土地を確保する為に置い西東吼トルク人達の戦意が低い事からこの一瞬の交戦の後そのまま下流に流れて戦場を去った後敵に占領されたアクアリアに流れ着く前に船を降りて徒歩で脱出できる事を確かめたチェレンティの情報管理能力もある一撃で。

「歩兵隊、展開。近衛隊イェニチェリ射撃停止、迎撃準備。獣騎兵達は城象獣マストドンの隊列と方向を調整せよ。来るぞ」

 皇帝スルタンは冷静に迎撃態勢を整えさせるが、少なくともこれでレベテ川側の騎兵隊の戦力は大きく減少した。戦場に確かな混乱、勝機を齎す炎。暗雲を祓うが如きそれに照らされながら、アルキリーレが叫んだ。

突撃開始チェストイケ!狙うは皇帝スルタンの首一つぞ!!」
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