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・第五十七話「蛮姫愛を語る事(後編)」

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 アルキリーレは深呼吸をすると、一拍置いて。

「皆。有難う。改めて、皆に思いを伝えたく思う」
「「「「「!?」」」」

 そう、北摩ホクマ訛りのレーマリア語ではなく、正式なレーマリア語で言った。それだけ丁寧に思いを伝えたいのだという意気込み。男たちは驚く。驚かざるを得ない。きちんと話す為の努力を陰で積んでいたのだという感動と、それに加えて……改めてそのように話すアルキリーレの、荒々しさの取り払われた女性的な魅力に度肝を抜かれまた改めて意表を突かれ、これまでとは別の角度から魂を掴まれて。

「皆、好きだから。皆に一番好きだと言おうと思う。妙な言葉だと言うのは分かっているが、落ち着いて最後まで聞いて欲しい」

 そしてアルキリーレは語りはじめた。それは確かに奇妙な言葉だが、しかし、男達は受け入れる事にした。愛を知らなかった女の、必死の訴えだ。受け止めずして何が男か。故に、一人一人に向けて、アルキリーレは言葉を紡いでいく。


「戦士としてはアントニクスが一番好きだ。お前と共に戦う程心強い事はない。そしてお前より良い心を持つ戦士を私は知らない。同じ戦士としてお前が共にいれば私にとっては幸いだ。お前の支えをとても好もしく思う。これからも共に戦いたい」
「……そうだろうよ。俺も、俺より強い奴ぁ初めて会ったからな。お前と共に戦えて光栄だぜ! ああ、幸せだとも!」

 まず、アルキリーレはアントニクスに告げる。色白の頬が少し赤い。北摩ホクマの悪い所を持っていない北摩ホクマ人という、アルキリーレからすればある意味最も評価に値する存在で。とてもとても助けになっており、大好きだと。

 そしてアントニクスも応える。お前ほど凄い奴は会った事が無い、大好きだと。

 にやりと互いに笑う。快い名誉ある戦士同士の共感があった。


「チェレンティ、ええと、その」
「ああ……無理はするなよ。恥ずかしいというものが大変な事なのだと、恥の多い人生を送っているせいで俺は知っているからな。はは、全く、そこはちょっと自慢できる成長の糧を得たという事か」

 そしてアルキリーレは次にチェレンティの名を呼んだ。少し言い淀む。その頬は前より赤い……こうして思いを告白するのは、やはりアルキリーレには中々難しいらしくて。そんなアルキリーレを実体験を以て慰めるチェレンティ。ほろ苦い笑みに、アルキリーレは成長した魅力を改めて感じて。獅子の鬣のような金髪を掻くと、照れを払って言葉を紡ぐ。

「気恥ずかしくてな、ああ、助かった。頭の中、性格や考え方が合うという意味ではチェレンティが一番好きだ。お前とはもっと早く仲間になりたかった」
「……レーマリアでは、はみ出し者だったからな。俺もだよアルキリーレ。こうしてお前と出会えた事は何を置いてもいいくらいの幸せだったが、お前と同じ国に生まれ、お前に故郷で天下を取らせてやりたかったと思う程……お前と一緒に居たい」

 そう言うアルキリーレの視線は、かつて争った事すらも大事な思い出だと、温かく思いの籠ったもので。チェレンティも同じ顔をして答える。野望破れたとても悔い無しと。二人は、確かによく似ていた。故にこその通じ合う思いがあった。培われた、本当に息の合う友情の心地よさがあった。


 そして引き続きアルキリーレはレオルロに言葉を向ける。漸く心が慣れてきたのか、今度は言い淀みは無かった。

「レオルロ、才気輝く立派な奴としてはレオルロが一番好きだ。レオルロの輝きを見るのが好きだ。お前の事を守り、お前の才能が花開く道を切り開いてやりたいと思う。私は戦いの話しか出来なかったが、お前と戦い以外のことを知っていくのは大好きで。もっとお前の話が聞きたい、お前の活躍とその成果を見ていたい。そしてお前は、戦い以外にもっと色々な事が出来るんだから……それを見てみたいし、絶対立派な大人になって欲しいし、してみせる」
「……絶対立派になってみせるさ、アルキリーレが僕の事を好きで好きでたまらなくなるくらい立派な大人に」

 お前のその可能性が、とても愛おしい、慈しみたい。アルキリーレはそう言ってレオルロを愛でる。

 レオルロはそれに、胸を張って答えた。きっとこの出会いは、この誓いは、自分を生涯奮い立たせ続けるだろうと思いながら。

 親子のように、姉弟のように。それ以上に。家族めいた強い愛情がそこにあった。


「ペルロ猊下」
「はい、アルキリーレさん。どうぞ、心赴くままに」

 レオルロに語り終えて、ペルロに向き直る。次々想いを紡ぐアルキリーレを、ペルロは優しく待ち、導く。

「心が救われたという意味では、ペルロ猊下、貴方が一番好きだ。貴方に会えて良かった。貴方のおかげで、様々な知識を得て、視野が開けた。自由を支援してくれて、大いに助かった。この国の叡智と広い懐を示してくれた。偉大な人、立派な人だ」
「貴方は知的で、誠実で、魅力的な人だ。貴方の心を少しでも救えたというのなら、私の人生に意味はあったと、そう思える」

 教主としての深い知性に裏付けられた気遣いと、諸々の庇護。恩深く、そしてそんな在り方に大きく助けられた。様々な相談が、大きく視界を広げてくれた。己を大きく変えてくれたと、アルキリーレはペルロに感謝し。

 ペルロは答える。アルキリーレは変わったというが、それは変わる事が出来る立派な人だったからだ。貴方を導く事が出来て、貴方の幸せに寄与する事が出来て良かったと、ペルロは熱っぽく語った。アルキリーレはそんなペルロに、改宗こそしなかったが強い尊崇の念を抱いていた。


「カエストゥス」
「……柄にもなく初恋をした少年のように胸が高鳴っているよ」

 そして最後にアルキリーレはカエストゥスに正面から向き合った。プレイボーイらしからず、カエストゥスは照れた。アルキリーレの表情が、一際真剣に見えたからだ。それが欲目でなければいいな、とカエストゥスは思った。

「……お前はモテるからな」

 カエストゥスの例えにアルキリーレは苦笑すると。改めて、真剣な表情で告げる。

「……もしもお前が私の事を一番好きなら、私はとても幸せだ。ごめん、上手く言えない。けど、あのときお前が声を掛けてくれなければ、私は……カエストゥス、お前に会えて良かった。何もかも無くしたけど、お前に会えた事に比べればそんな事なんでもない。私はようやく私になれた。それが何より嬉しい」

 アルキリーレは悩みながら、懸命に想いを告げた。カエストゥスが気の利いた返事をしようとするのを、手で遮って続けた。まだ、言い足りないと。

「っ……!」

 そんな仕草をするアルキリーレの、まあ待てと言う余裕もない、赤らんだ頬と潤んだ瞳にカエストゥスは胸を貫かれていた。

「お前に会って、漸く私は優しいというものがどういうものか、楽しいというものがどういうものか、穏やかな日々というものがどういう事かを知る事が出来た。皆と知り合わせてくれた。お前の回りの女達も、私にとっては初めての同性の友達だ」

 カエストゥスが気にしていた多情を、アルキリーレは構わない、彼女達も私の大事な人、大事な友情、大事な友達だと受け止めて。そして更に言う。

「初めてだ。私に好きって言ってくれた、私を愛すると言ってくれた。私が愛されるに値すると言ってくれた。皆そう言ってくれた。皆大好きだ。私は沢山の愛に恵まれたが、カエストゥスはその切っ掛けを作ってくれた」

 熱心に、熱烈に。そういうアルキリーレの言葉は、慣れない正式レーマリア語の故に、どんどん拙くなっていくが。

「一番最初から私を愛してくれた。一番最初から私を救ってくれたと思う。……上手く言えない。皆一番愛してるが、カエストゥスも一番愛してる。だから私も! 私も一番最初から愛してる!」

 拙く。上手く伝えきれず。もどかしげに。だからこそ必死に。強く。心の底から。

 アルキリーレは、愛を叫んだ。

 理解出来なかった恋と愛を。まだ理解しきれているとは言い切れないけど。これから理解しきれるかどうかも分からないけど。それでも、恋する事に恋しているし、愛する事を愛している。愛する事を尊ぶ時点で、その心は愛を知っている。アルキリーレは人を愛したいと願い、愛そうとしている。

 そう、物語という形でも愛を愛そうとする恋愛物語のように。断じて現実れんあいの模倣ではない、一つの恋愛の在り方として。かつて読んだ恋愛物語と違って、誰と結ばれるとか結ばれないとか、戦乱しゃかいのせいも本人のせいもあって中途半端でも、愛する事を尊んでいる。愛に向かって歩んでいる。故に、確かにこれは恋愛なのだ。

「……ああ。有り難う、アルキリーレ。愛している。愛しているとも」

 だからカエストゥスも、この場の五人の一人として受けた愛を、それでも、何より大事な愛として受け止めた。


 そうして、カエストゥスも、ペルロも、レオルロも、チェレンティも、アントニクスも。全員に想いを告げて。

 故にアルキリーレは、改めて更に五人皆に告げる。

「お前達が私に生きる意味をくれた。だから私は戦う。守るのはお前達と、私の愛、私の魂だ。だから、私には命を賭けて戦う理由が、何が何でも勝たねばならない理由が私自身の内にもある」

 私がレーマリアの為に命を賭ける理由はこれだと。私はお前達を、命を擲つ程に愛していると。

「私はまだ恋も愛も完全には理解していない。この戦いが終わった後、もっともっと恋や愛を語りたいと思うが、何時になるかは分からない。それでも私は、恋も、愛も、恋しく思うし愛したい。……だからもう少し待って欲しい。その為にも共に戦って欲しい。共に勝って欲しい。お前達皆を私は命を賭けて守りたいんだ。……いいだろうか?」

 誰を一番愛していると、言うのは今はまだ出来ないが。いつか必ず言誰かを一番愛していると言う事になるとしても、そうだとしてもお前達全員命懸けで守りたい位には好きなのは絶対に変わらないしこれから命を賭けるのだ、と。

「「「「「ああ!!!!!共に、戦おう!!!!!」」」」」

 女にそこまでさせて何で男に異が唱えられようか。アントニクスが、チェレンティが、レオルロが、ペルロが、カエストゥスが吼えた。皆何れも黄金の獅子アルキリーレの伴侶に相応しく。

「……ありがとう! 愛している!」

 そんな彼等に報いられるだけ報いるべく、アルキリーレも吼えた。

 故に、彼等彼女らの恋愛物語は、これより最後の戦いを迎える。この夜、更に様々に語り明かしながら。それを力として。

 一つ大事な物語がここにある。それは、愛した事がない者もこのように恋愛物語となれる事だ。何かを大切に思い愛するのならばきっと愛はそこにあるのだと。愛を知らなかった獅子の物語はここに示す。

 そして進む。この恋愛物語を幸せな結末ハッピーエンドに届かせる為に、命を賭けて生きて戦う。
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