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・第四十五話「機動戦と騎兵戦の事(後編)」

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 森の中に馬を伏せ、泥と落ち葉を被り、アルキリーレは敵を待っていた。

 レーマリア軍主力は、敵第一軍を迎撃する位置に置いてきての分離行動。故に敵が把握しているレーマリア軍の位置はそちらで、そこから分離した騎兵部隊の行動が相手に読まれなかった事、逆にアルキリーレ達が敵軽騎兵アサンジ隊の位置を捕捉して待ち伏せる事が出来たのには、四つもの理由があった。

 一つは、数の差。軽騎兵アサンジ隊が総勢三千五百現在この場に三千なのに対しアルキリーレ直卒の最精鋭騎兵部隊は六百。少なければ見つかりにくく、多ければ見つかりやすい。尤も、普通だったら六百で三千に挑むのは無謀だが。

 二つは、力の差。軽騎兵アサンジ隊は偵察部隊も出していたが、それは各地を探る関係上当然せいぜい百人程度の少数部隊をバラバラと散らす事になる。加えて軽騎兵アサンジは相手の背後を突く事と民衆から奪う事を目的とした連中だ、その程度の相手なら、剣闘士グラディアトルを含む最精鋭部隊なら、会敵しても逃がさず即座に始末し、情報の漏洩を防ぐ事が出来る。

 そして三つは、レーマリア側の情報収集体制だ。地図を見るだけでなく戦の前からアルキリーレは戦場になる事が想定される土地を駆け回り、地勢を把握していた。そして各地で地方軍団アウクシリアが立てこもる拠点から、伝令兵、船、狼煙、鏑矢、伝書鳩、神秘等を利用して各地の情報を連絡する制度を構築させていた。

 そして最後の四つ目が、新しい情報収集手段である。

 覚えているだろうか、レオルロの研究を。レオルロは、空を飛ぶ機械を作りたがっていた。鳥の骨格みたいなもの、蜻蛉と水車と船の帆を混ぜた様なもの、翼持つ機械の模型を天井にぶら下げていた。無論、そうそう完成するものではない。他の物はあと何十年も掛かるかもしれない。だが、最も初歩的で限定的な機能しかないものならば、完成しうる。それがここで実践投入されていた。丸い紙の張り子の模型を原型とするもの。それを気密性の高い軽い布と籠を使い大型化した……熱気球だ。

 無論この時代に気球に乗せて飛べる程の軽い動力源は作れない。風任せに飛べばどこに落ちて敵に捕獲されるか分からない。余程風の流れがはっきり予測できる時を除けば、その場で上下するだけの代物だ。だが、天候に合わせ空の色に溶け込むよう何色か用意されたそれは、言わばどこにでも建造不能なほど高い見張り塔を立てられるに等しい。騎兵隊に随伴してはいないが、先の伝令手段を使ってこの熱気球による観測情報をも受け取ってアルキリーレは出撃したのである。

 故に。

穿ち抜けチェストェォオオオオオオァッ!!」

 奇襲は成立した。

「チェストォオオオオオッ!」

 アルキリーレが先頭切って突撃し、剣闘士グラディアトル教帝近衛隊ケレレス執政官親衛隊プラエトリアニの混成騎兵隊はアルキリーレの咆哮を真似て叫びながら突貫した。

 穿ち抜け。北摩ホクマ軍法の一つ。鏃の如き体制を作り、投擲武器や馬上長弓で乱れさせ長柄武器で突き崩す。

「迎撃しろ! 弓放て!」

 シディナンは命令し、統率の神秘を行使する。その神秘の力で軽騎兵アキンジ達と騎馬の動揺を即座に解除し統率し機械のように即座の弓射迎撃を行わせんとする。

 東吼トルクは弓が強い。馬上複合短弓の技術はレーマリアの短弓や北摩ホクマの長弓に勝っており、その後それを応用し歩兵の弓も強力にした。弓射こそ本領なのだ。が。

「KIIIIEEEEEEEEEEEEE!!!!」
「「「「「「~~~~っ!?」」」」」」

 アルキリーレも神秘を行使した。獅子の咆哮。支配と恫喝、二つの力が激突し。

「っっっ!?!?」
「ひゃっはあああっ!」

 支配と恫喝、加えて奇襲。奇襲の衝撃分後者が勝った。かなりの数の軽騎兵アキンジが動揺する。だがそれでも一部の剽悍獰猛な軽騎兵アキンジ達は弓を構えた。

騎兵連弩クロスカービン放て!」
「はいっ!」

 同時アルキリーレ軍も射撃武器を構えていた。北摩ホクマ軍なら投槍か投斧、か馬上長弓を使う所で、これまでレーマリア軍がここで用いていたのは馬上短弩カラコールだが、アルキリーレが見る所、これがどうにも役に立たぬ代物であった。小さいから威力も射程も低く、そしてどうせ馬上では一発しか打てない。相手の馬上複合短弓の射程に入ると同時にぶっ放してしまうが射程も威力も小さいため有効打にならない。そして撃ったら馬上短弩カラコール騎兵は踵を返してしまう為、遊兵化してしまう。

 それを見て連弩の研究をしていたレオルロに作らせた幾つかの連弩の種類の内の一つが、この騎兵連弩クロスカービンだ。短剣程のサイズの馬上短弩カラコールより大きく、剣程の全長。片手で持てるギリギリのサイズ。引金を引き続ければ装填した十発の太矢クォレルを連射可能。戦場で使うには故障しやすい連弩の問題点と、小さいから威力と射程が足りない馬上短弩カラコールの弱点を解決するためにアルキリーレがレオルロに無理を言って開発させた代物である。具体的にどう無理を言ったかと言うと抱きしめ一回分くらいのやる気で出来た。

「どうせ馬上再装填ば出来んとなら最初に装填した太矢クォレル共ば撃つ間保てば良か!」

 設計思想をアルキリーレはそう語った。事前に弾倉に装填した複数の太矢クォレル連射が終わったら壊れるギリギリまで威力と射程を高め使い捨てる。レーマリアが物資潤沢だからこそ出来る暴挙。無論連戦に問題はあるが、そもそも最初の一戦で負けては意味がないのだというチェスト的発想から生まれた兵器。騎兵を想定した的で威力を確かめたこの武器が戦場で出した成果は……

「ぎゃあああっ!」
「くうっ!」

 効果大! 元より軽装の軽騎兵アキンジは短時間の連射で大きなダメージを受けていた。そして奇襲の衝撃と瞬間的な大火力に晒されながらでは、撃つ直前に引き絞らなければならない弓は引き絞り切る前に撃ってしまう事が大半で、汚したとはいえ質の良い鎧を持つレーマリア騎兵ならばギリギリ耐える者が大半!

「馬鹿共! 来るぞ、抜刀ぉっ! (我々東吼トルク軽騎兵アキンジが射撃戦で撃ち負ける!? だがこれ程の火力なら敵は大半が弩騎兵……!?)」

 混乱する味方を号令と神秘で立て直すシディナンだが、直後その常識的判断から異なる光景を見た。森の中に伏せている時は恐らく鞍に備えられた槍掛鞘ホルスターが横倒しに出来るようになっていたのか……立ち上がった全ての騎兵がまるで林の如く見えるように、全員鞍に槍を引っかけている。馬が立ち上がった事により、重心のバランスで槍掛鞘ホルスターが傾き槍が立ったのだ。騎兵連弩クロスカービンを手放した騎兵達がその槍を手に取る。

「槍構えーっ! 突撃チェスト―っ!!」
「おおおおっ!」

 騎兵連弩クロスカービンはギリギリ片手で扱える。撃ち終われば壊れたものは捨て壊れていないものは鞍に引っかけて後で調整して使えばいい。空いた手には敵に激突するまでの間に出来る事がある。

 そしてアルキリーレは騎兵達を鍛え直すにおいて、それまで剣と槍を使う槍騎兵と剣と弩を使う弩騎兵に分化していたものを統合した。しごきまわす過程で槍兵にも弩が使えるように、弩兵にも槍が使えるように鍛えたのだ。これなら遠距離でも近距離でも全員が戦える為事実上兵力が二倍になるに等しい。多勢の兵をそこまで鍛える事は出来ないが、初期から行動を共にしている騎兵だからこそ出来た事。

「ぎゃああああっ!」

 結果レーマリア騎兵の突撃によって接触した東吼トルク軽騎兵アキンジは撃砕された。無論前者は六百後者は多少の偵察兵の分裂を経ているとはいえ三千、大半の兵は未だ存在し続けているが、そもそも略奪対象の村を目指して進んでいた軽騎兵アキンジ達を村の近所の森から襲撃したのだ。比較的兵の薄い後方、将軍のシディナンに近い所から隊列に食い入る事になる。

「突き崩せぇええええっ! チェストぉっ!!」
「チェストーーーーッ!」

 装備を増やしても重量増を最低限とする為の為に馬上槍試合向きの重厚なものから戦場使いのしやすい簡素なものへの槍の更新、追撃戦を行う時は一部装備を仲間に預け軽量化したものを先行させる等他にも工夫は数限り無いが、槍を合わせて更に突撃した間合いでは、騎馬剣闘士グラディアトル部隊の武勇がものを言った。

「おぉらぁっ!!」

 片手で振り回す威力と速度の減少を馬の速度を乗せる事で補いながら、彼もまた実用的な新しい鎧を纏うアントニクスが猛然と鉄棍を振るう。その鉄棍にかかれば、軽騎兵アキンジは振るう曲刀や防ぐ丸盾ごと粉微塵になっていく。他の騎馬剣闘士グラディアトル達も、新しい実用的な鎧を纏い各々得意の武器を振るって敵陣を切り開いていく。

 奇襲による位置取り。軍再編による武勇の優越。それが齎すのは即ち。

貴様きさん、大将首じゃな!!」
「ぬうっ、女!?」

 短時間での、先頭で馬を走らせるアルキリーレと敵将シディナンとの接敵だ。アルキリーレの獲物はこれもレオルロの新しく頑丈な鋼で誂えさせた投擲用の斧数丁と、鞘を柄とするのではなく更に長く堅牢な棒を柄にする事で長剣の間合いから長柄武器の間合いに伸ばした鉈薙刀だ。対してシディナンは指揮棒を兼ねる槍と腰に差した曲刀。

「首ぃ寄越せぇっ!」
天教テンゲリの名において! 行けぃっ!」
「おおおっ!!」
「ひひいいいんっ!!」

 獲物を前にした獅子の笑みを浮かべ突進するアルキリーレに対し、シディナンはまず天教テンゲリの神秘で対抗した。周囲の軽騎兵アサンジ達と既に兵が落馬していた馬達を目下の者を操る支配の神秘の重点使用で操り、捨て身でぶつけさせたのだ。軽騎兵アサンジ数名の連携攻撃で首を取れれば良し、無理でもこの数の馬の津波をぶつければ落馬は免れ得まいと……!

「チェストオオオオオオオオオオオッ!!!!」
「!?」

 だがアルキリーレの斬撃チェストはそれを上回る!兵も馬も、鉈薙刀の大回転でバラバラになって吹っ飛ぶ!千切れ飛んだ兵の腕や馬の頭が他の兵や馬にぶち当たり、投石機マンゴネルでも撃ち込まれたように逆に軽騎兵アサンジ隊が崩れる!

「うおおっ!」

 咄嗟の手綱捌きと鞍上のバランス感覚で飛んできた馬の首を交わし、落馬を免れながら槍を合わせただけ、シディナンは大した将であった。

「KIIIIEEEEEEEEEEEEE!!!!」

 だがそこまでだった。大車輪を描くアルキリーレの鉈薙刀で、槍が折れ腕が飛び。

(何なのだ、これは。これは本当にレーマリア軍なのか!?)

 混乱と疑問を抱えたまま、僧侶バラーム将軍シディナンの首は宙に飛んだ。

「敵将! 打ち取ったりっ!!」

 アルキリーレの叫びが、宙に飛んだシディナンの首を切っ先に刺して掲げたアルキリーレの鉈薙刀が、騎兵機動戦を制した。
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