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・第四十話「開戦の事」

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 東吼トルク帝国帝都栄京エディバルク。白大理石の円柱とアーチとドームで造られたレーマリア帝国首都ルームに比べ、碁盤の目のように仕切られた四角い朱塗りの建物が並ぶ、正反対だがしかしルームに迫る勢いの大都にて。

「我が東吼トルク帝国は度重なる貿易に於ける不当な扱い、レーマリア領内に於ける東吼トルク人聖職者の殺害に対し、レーマリア帝国に宣戦を布告するものである。疾く去り、祖国に伝えるがよい、大使よ」

 東吼トルク・レーマリア帝国間の外交交渉はその日、遂にレーマリア帝国大使に対し黄金と青石で飾られた一際巨大な建造物である宮殿の御前会議に呼び出した東吼トルク帝国皇帝スルタンが決裂と宣戦を布告する事で破綻した。

 東吼トルク帝国皇帝スルタンメールジュク一世は諸将諸臣を跪かせ、平服を強いたレーマリア大使を三段高い床の上に置かれた大玉座の上から見下ろした。

 壮年男盛り、緑青を発していない銅像のような黄色がかった赤銅褐色の肌と黒い口髭、平らな額から一直線に突き出した鼻梁を持つ荒々しく削り上げたような彫りの深い顔。

 背丈は男性の平均より高い程度だが肌色と同じく青銅のように頑健で贅肉のひとかけらも無い頑健さで、金着財宝を賭け連ねた結果布地なのにまるで金属鎧に見える程の豪奢な装束、東吼トルク文化で王冠の代わりに用いられるこれも金糸銀糸に宝玉を縫い込んだ頭巾のおかげで、全信金属質の不退転な意思を具現する像の如き印象を与える。

 そしてその印象は正にその通りなのだ。彼メールジュク一世は卑賤の身から一代で成り上がり、武将となっては戦で数多の敵を殺すだけでなく己のパシャを殺し、パシャとなっては戦で数多の国を滅ぼすだけでなく己の婚姻同盟する他のパシャを嫁諸共殺し、一代で東吼トルクを平定しかつて同格であったパシャ達を大臣パシャへと貶め皇帝スルタンとなり、剽悍だがバラバラの遊牧騎馬民族だった東吼トルクをその土地と結びつかぬ有様故に実行可能な大胆な改革を以て帝国へと変えた、アルキリーレが出来なかった事を成し遂げた男だ。

 この都も統一した軍で民を駆り立て、これ程の規模を短時間に造ってのけた。それがまた威光を増す。レーマリアだけでなく南黒ナンゴクにも侵攻し、東南黒ナンゴクにレーマリアの北南黒ナンゴク属州程度の領地を確保している。王の権威は血塗られた軍事的勝利により、勝利は一切の情を配したあらゆる手を用いるが同時に一度良心を捨てその流れに乗れば栄達を容易にする機械じみた容赦ない判断基準によってもたらされていた。皇帝スルタンと友に心を捨て、勝利と栄達にのみ邁進するものは幾らでも地位も富も得る事が出来た。

「これは全く、不寛容と偏見の結果と抗議いたします、東吼トルク皇帝陛下」

 大国の大使でありながら苦悶苦渋で背を丸くした老レーマリア大使は執政官コンスルに内心不備を詫びながら、この場で処刑される事すら覚悟の上で呻いた。

 これは全く不当な宣戦であった。貿易に於ける不当な扱いとは東吼トルク側に一方的に有利な条件を突きつけてそれを拒絶されたことを指しており、レーマリア領内に於ける東吼トルク人聖職者の殺害は元老ベルスコニス・シルビを唆していた東吼トルク側工作員であった僧侶バラームゾニフヤ師であり、レーマリア当局は殺めてはいない。威迫者マヒアスも汚職元老も相次ぐ逮捕でそれどころではなく、明らかに口実にする為に東吼トルク側が自分達で口実にする為に失敗者を始末した事を擦り付けたものだ。

「勝手に言うがいい。咎めはせぬ。お前達の国から欲するまま奪うだけだ。お前達レーマリア帝国もかつて最低限の口実があれば戦を仕掛けた。別に恨みなど無い。当時の東吼トルクがそうされるに値する弱さという罪があった。今は我が東吼トルクに弱さという罪は無い。弱さという罪はお前達の側にある。故に今度は我々が行う。それだけだ」

 それは四方諸族相手に戦をし属州を切り取っていた尚武の時代、今のレーマリア人は皆生まれてすらいない頃の話だ。悪政は報いるとはいえ、不当な報いだ。

「下がれ」

 だが抗議すら許さず、虫でも払うようにメールジュク一世は大使を退出させた。殺す程の値打ちも無いと言わんばかりに。


「諸将、諸ベイ、諸長官アミール、諸大臣パシャ、子等よ。いよいよ時が来た」

 大使が這々の体で退場した後、メールジュク一世は玉座から、集う家臣達と数人の息子達、即ち皇子達に告げた。様々な政略結婚で後宮に押し込んだ女に生ませ、できの悪い者は殺し、外戚の影響が強い者は外戚を殺し、互いに競い合わせ追い落とし合わせ殺し合わせる……強大と殺し合って生き延びた皇帝自らの実体験から構築された、暗君を造らぬ為の制度で、今生き残っているうち戦向きの者達。

「繁栄に値せぬ弱者レーマリアは滅ぼす。繁栄はそれに値する者に与えられる。テンゲリの如く何者にも影響を受けず何者に対しても影響をもたらす強き者、即ち余と余が率いる東吼トルク帝国である。その構成員たりうるよう邁進せよ。さすれば繁栄はそなた等にも与えられるであろう。欲するものを掴み取るがよい!」

 短く、端的に、銅鐘のようにガンと響く声で告げる。勝て、報償を得る程優秀背ある事を示せ、出来なければ死ねと。

「「「「「「「「「ははーーーーーー!!!」」」」」」」」」

 一際大きな背丈と縦長の頭巾と長い外套を羽織るシルエットからまるで丸太の幽霊かカーテンの掛かった柱を思わせる陰気で長身面長長髭の軍大臣パシャアドミリハが。

 髑髏と猛禽を足したような痩せた顔の宗教大臣パシャジャヴィーティア師が。

 冷たい目と高貴な物腰、かつては皇帝スルタンの座を狙う程だった名家出身の陸軍長官アミールズイミシュトが。

 丸々と脂ぎった禿頭肥満体で南黒ナンゴク出身者の海軍長官アミールバルリアとその配下の諸ベイ海軍将軍達が。

 硬い髭を左右に跳ねさせた短躯だが人に倍するが如き肩幅と長い腕が目立つ猩々の如く野性味ある陸軍筆頭将軍ガルジュンとその配下諸ベイ諸将が。

 黒尽くめの装束に白仮面に白軽装鎧で死神めいた姿の僧侶バラーム将軍シディナン師が。

 父に似た赤銅色の肌と灰がかった黒髪、彫像めいた父とは違う画廊のような野心を燃やす青年の顔をした皇子将軍マイスィルが。

 そのマイスィル皇子より年下で、レーマリアで言えばレオルロより少し年上で少し長身程の、兄マイスィルよりやや色味の薄い肌と黒がかった金髪、山猫のような美しさと鋭さが入り交じったような容姿をした少年皇子将校セフトメリムが。

 獰猛な雄叫びを挙げて、宣戦に従った。

 戦が始まる。レーマリア軍より遙かに巨大で強壮な軍勢が動き出す!
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