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・第三十七話「東吼との戦争までの間に天才と語らう事」

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「……どうだ?」

 過ごす日々の中のある日。想定される対東吼トルク戦争準備の一つという理由を付けて、アルキリーレはレオルロの工房に足を運んでいた。

「う、うん、いいよ、触るね」

 事実として戦争の為の準備もしている事に違いはない。以前レオルロが見せてアルキリーレに駄目出しされた武器の改良、そして何より、練兵に用いた間に合わせの継ぎ接ぎではないアルキリーレ用の鎧のオーダーメイド。

 その為に採寸が必要というレオルロに対して、今アルキリーレは惜しげもなく裸身を晒していた。昼下がりの陽光の中に露わになるのが、一際非日常的な色香と美を強調した。

 古傷が幾つかあるとはいえその体は長身で均整がとれ、戦士としての引き締まった美しさと女性としての華やかな美しさを両立していた。北の大地に育まれた白い肌を、金色の長髪が縁取る。

(凄い……////赤面

 自分から採寸が必要だとませた風で言ったにも関わらず、こうも景気よく脱がれると巻き尺を持ちながら鼻血を出さないのが精一杯なくらい赤面してしまうレオルロ。天才といえ微妙な年齢である。

「ふふ。筋と骨の加減ば掴めたか?」

 喉を鳴らしてからかうように笑いながら、そんなレオルロの手を寧ろ逆に取って、己の腕や腰回りに触れさせていくアルキリーレ。からかうようにかどうかは分からないが兎に角挑発的で刺激的だ。

「~~~~っ、わ、分かった、採寸終わったからもう服着ていいからね!?」

 必死に巻き尺を操って図った数値を、慌てて顔をそむけるようにしてペンで紙に書きつけながらレオルロは叫んだ。工房に設置された水源から冷たい水を汲んで呷り落ち着く。

(はあ、これで平然としてたとか、カエストゥスもアルキリーレも大人すぎるだろ)
「おう。こいで鎧が出来でくっとじゃな? ふふ、ちょいとからかって悪かったのう。レーマリアには裸婦の絵や彫像があるからよかち思うたが」

 衣擦れの音をさせながら服を着るアルキリーレの言葉が、動揺したレオルロの意識を落ち着かせる。アルキリーレからすれば、落ち着いて考えれば工房にはレオルロの書いた絵や彫刻もありが、その中には裸婦ものは無かったなあ、と改めて認識して。

「うん、大丈夫。基礎設計は出来てるから後は数字と可動範囲を反映するだけでいける。ぴったり合って、それでいて衝撃を受けても歪まず動けるようにする」

 転がった試作品を弄りながら、レオルロはようやく落ち着いた。

「……」

 その後、ふとアルキリーレの言葉に、レオルロは改めて芸術家魂をそそられた。

「アルキリーレ。絵、書いていいかな」
「ん? また脱ぐとか?」
「裸じゃない奴ね!? 普通に座ってくれてるだけでいいから! あんまし動かないでいてくれれば多少動いてくれても問題ないから!」
「分かった。よかど」

 また艶笑冗談を言うアルキリーレに慌てつつも多少動いても全然問題ないという天才ならではの把握能力を見せ、アルキリーレはそれを是とした。

 椅子に座りアルキリーレは行儀よく座り、レオルロはペンと木炭と何種類かの紙をかき集めると、素描とスケッチをすらすらと重ねていく。

「おお……」

 その素早さ、正確さ。芸術には門外漢のアルキリーレも息を呑むものだ。すらすらと軽く手が動くと、そこに神秘的なまでに、シンプルな白と黒だけで驚く程様々な要素を掌握した画像が現れていくのだ。

「……少しちくと動いていても問題なかなら、かたいがなっか?」
「勿論」

 しゃんとした天才少年芸術家の表情になったレオルロの顔を見て、アルキリーレはそう言った。相談したい事が思い浮かんだのだ。レオルロは集中し、研ぎ澄まされた精神状態で頷く。

「連弩と携帯式投火器ポレミコン・ピロの改良についてじゃが……」
「うん。注文通り脆弱性は克服した。その分大きくなったけど、それをどう使うかはアルキリーレの考え次第。でもアルキリーレの考えを聞かせておいてくれればそれに合わせて調整できる」

 アルキリーレは最初ぽつぽつと実務的な事について語った。大型化による頑丈化、大型化という代償をどう緩和して活用するか。

 それに関する相談は、すぐに済んだ。そして、アルキリーレ個人の相談になった。

「……こいは、ゆっさに関係なか話じゃが」
「うん、いいよ」

 レオルロの思考と視線は研ぎ澄まされ、紡ぐ言葉と並行して絵も冴えていた。

 アルキリーレの顔、手指、座り姿。幾つかの断片が何枚かの紙を彩る。アルキリーレが動く度、別々の角度の顔が描かれる。軍事について語る時の迷いない表情、何気ない素の顔、穏やかな表情、悩み陰る表情。どれも美しく、これらを元に、恐らくレオルロは美しい油絵を描けるだろう。穏やかな女性としてのアルキリーレも、戦場に立つアルキリーレも。……今重なる素描からすれば、レオルロはあえて前者を書きたい様子らしかった。

お主おはんは絵ば書き、彫刻を作り、町の仕組みを作り、他にも色々な物ば作る。お主おはんは様々な物を残す。本来の多神教ヴィドガムにおいてそいは嘉すべき事じゃ。実にほんのこて立派じっぱで、羨ましかくらいじゃ」

 本来の、と漬けたのは、現代の多神教ヴィドガムが武に偏り過ぎている為であるが、多神教ヴィドガムは称えられる事績を残した者こそが尊ばれる。それは本来なら芸術や文明などでも同じだ。アルキリーレはそういった偏りから意外と自由で、レオルロの在り方をとても評価している。故にこその相談なのだが。

おいは戦で世ば変える、そいがおいがこの世に残す物、おい物語チェストと考えちょった」

 北摩ホクマでの戦いを思う。それが潰えた今、己が生きた証は何だろう。

「……アルキリーレはきっとレーマリアを救うよ。大体今の段階だって、カエストゥス達を守って、歴史を動かしてる。それは僕が、最高の芸術にして残してあげる」

 そんなアルキリーレに、芸術に集中しながらも慈愛の表情でレオルロは答える。

「かくありたかのう。じゃがその為に、おいは己ん中から色んなもんば削ぎ落として来た。情も恋も愛も。ここに来て、それが口惜しい」
「アルキリーレ……」

 見た事の無い表情に、レオルロは筆を止めた。

「のう、レオルロ。ゆっさで国を守っ事、まつりごとで乱れた国を立て直す事、芸術や街を作っ事。それらは、恋や愛に劣るともか」
「……僕はそうとは思わない。断じて。だからこそ僕は僕の才能をそういう事に投じてるんだ。その中では、戦や政や街作りの方が芸術に勝るという人もいるかもしれないけど……芸術は国に誇りをもたらし、人の魂を救う事だってある。神の行いに近いものだ、決して劣るものなんかじゃないと思うし……アルキリーレの振るう刃は、ペルロ十八世猊下の説かれる言葉やカエストゥス執政官コンスルの仁政には出来ない事をする、一殺多生の護国の刃だと僕は信じる。アルキリーレの戦いが人々を守り、その結果多くの命が育まれる、それは愛や恋や芸術や政治と同じく尊い事だ」

 真剣に尋ねるアルキリーレ。愛も恋も知らないコンプレックス。……そんなものをこの人は抱えるべきではないとレオルロは信じて応じた。

 愛や恋は人を救うものであるべきで、人を苦しめたり劣等感をもたらすものであってはならない。

 そして人を救うものは、等しく皆尊く、そこに貴賤があってはならないし、何より、愛や恋が二人で幸せになるように、人を救う者は救われていいのだと。

 筆を強く握りながら、レオルロは芸術家としての言葉でアルキリーレを救う。

「……有り難うあいがて御座るござもす

 真摯な少年の言葉に、アルキリーレは深々と頭を下げた。

 だが己が救われるだけでは駄目だと思うのだと、アルキリーレは頭を上げ言葉を重ねる。しかし……

おいは幾らか救われた気がしもす。じゃっどん、お主等おはんらに、どう報いればよかろう。どげん風に接すれば良かとじゃ、お主等おはんらの恋や愛に、何を返せるじゃろう……それがよく分からんのは、やはり悔しか」
「アルキリーレ……」

 その言葉は尊くて。思わずレオルロもじんと来て、思い過去を持つアルキリーレの尚優しい心に胸が詰まったが。

「……恋愛には色事がつきまとう事くらいは分かるで、そいで返してみんかと思うたが、カエストゥスは慣れたもんじゃから平然として有難味も無さそうじゃったし、お主おはんは逆に悶々としよるし……」
「ちょっと待って」

 続く言葉は……ちょっと突っ込み対象だった。

「……まさかと思うけど脱いだのはサービスというか報いる心算で?」

 恐る恐る問うレオルロに対して。

「……」

 アルキリーレは、え、駄目なの? という表情で。

「マジかよ」

 とりあえずその方向性は変えた方がいいんじゃないかなというアドバイスが、その後ぐだぐだなムードで繰り広げられる羽目になったのだった。
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