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・第三十一話「蛮姫対筆頭剣闘士対決の事(後編)」

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「KIEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」
「KIREEEEEEEEEE!!」

 対峙したアルキリーレとアントニクスは、互いにチェストとはまた違う叫び声をあげて猛然と打ち合った。鉄棍と長柄鉈、お互いの武器が何本にも分裂して見える程の凄まじい速度での連打連打連打!

 立木打ち。これまでも何度かアルキリーレが戦闘で見せた、一撃必殺ではなく相手が粉々になるまで止まらない連打だ。北摩ホクマでは立っている木を伐採するまでぶちのめす事で鍛錬する為こう言う。

「あんたは強いが俺ぁチェレンティに恩義がある! あいつが目指す〈革命〉! 俺等のような属州民には希望だ! だから一緒に戦うと誓った、軟弱なカエストゥスやペルロ十八世には無い断固たる姿勢! 俺ぁ昔から戦いたかった!剣闘士グラディアトルとしてじゃなく、世界と! だけど俺ぁ頭が悪いから……だからあいつと戦う! あいつに足りない所があるとお前は言ったが、なら俺が補う!」

 この短時間だが高速激烈で濃密な戦いで初めて二人は足を止めての殴り合いとなった。アントニクスは叫んだ。戦う理由を、己が己を勝つべき存在と信じられる理由を、力の源を、即ち己の生き様チェストを。

 その間にも一言毎に鉄棍が唸りを上げて長柄鉈を圧し折らんと、アルキリーレを叩きのめさんと竜巻の様に襲い掛かる。大鷲の爪と嘴の如く早く、大樹を圧し折る程に重く。アントニクスの周囲を星空が包んだ。否、鉄棍と長柄鉈の打ち合いの余りの激しさに、火花が散って星空のように瞬いているのだ。

盛風力の輩ばかじからやろうよの! その意気や良し! お主おはんは良か武者ぼっけもんじゃ! 真面目でぎいがてく良い在り方みごちたい!じゃが!」

 アルキリーレも吼え返す。長柄鉈の鞘を継ぎ足した柄の長さを十全に使い、刃を高速かつ精密に動かし続ける。

哀れだぐらしかお主おはんでは無理むいじゃ! お主おはんとは同じ旗の元戦えておればよかったが……!」

 簡易城塞の中で、貴賓室の中で、あるいは後方、己が率いる暗殺軍勢の中で。それを聞いた男達は皆驚いた。アルキリーレは明確にアントニクスの力量・器に限度があると明確かつ冷徹に指摘していたが、しかしそれでも尚、共に戦えておればと、それ程までに他者を高く評価するのは誰の目から見ても初めてだった。

(お前は北摩人ほくまもんの悪い所を殆ど持たぬ北摩人ほくまもんじゃ)

 アルキリーレが彼を評価した理由はそれだった。強く、それでいて純粋だ。

 故郷ホクマの人間の様な、凝り固まった差別や因習や蛮性から自由だ。

 それをアルキリーレは高く評価した。しかし……

「残念だがお前等わいどんには仁慈と倫理と希望と、そがんして兵法と経験が足りないたっしらん!」

 それでもアントニクスとチェレンティの進む道と自分達は違う道を進むし、その為にお前達を打ち破らなければならんと、その理由をアルキリーレは吼えた。

 アントニクスとチェレンティの〈革命〉には、カエストゥスのような仁慈が無く、無理に成し遂げれば返って多大な犠牲を招く。無論二人の〈革命〉にも理はある。二人が唱えた問題点は是正せねばならぬ。だがそれは他の手段によってだ。

 そしてそれはアントニクスとチェレンティの〈革命〉には、ペルロ十八世が体現する倫理が無いが故であり、またそれは、レオルロが発明を志すような未来への希望が無く、破壊しなければ世界を変えられないという失望しかないからだ。

 先にチェレンティに言った通り、かつてのアルキリーレと同じ失敗の道だ。

 そして何より。

「アントニクス!お主おはんにに! そがんしてお主おはんを通じてお主おはんが奉じるチェレンティにも! これからここでそれを教えてやろうそよいっかせっやろう!」
「何だとぉおおおおおっ!!!?」

 アルキリーレが吼えた。それは王の道を示す獅子の咆吼であり、そして同時に一人の人間としての言葉であった。威厳と論理、力の恐ろしさと人としての理が、二重に叩き付けられる。獅子の神秘!

 そしてその間にも、アルキリーレとアントニクスの剣戟は続いていた。その流れが、既に変わり始めていた。獅子の咆吼に抗うアントニクスを、更に押し流す流れ。

 元より剣よりも分厚い鉈とはいえ、長大で太い鉄棍と打ち合って折れぬのは材質的な頑丈さだけでは無い。それは明らかに、衝撃を受け流し、またそもそも己に有利な角度で武器を激突させるアルキリーレの技量によるものだ。

 そしてその技量は当然、唯単に激突時の破損を防ぐだけではない。

 アルキリーレの立木打ちは、アントニクスのそれより隙が無く、洗練されていて、斬撃の軌道がより鋭く速く最短距離を取っていた。アントニクスの膂力に頼った立木打ちと違う、より左肘を動かさず脇を締めた特徴的な構えから繰り出される斬撃がそれを可能としていた。アントニクスの一撃毎に一撃と少し……アントニクスが1撃を繰り出す間に1撃と次の攻撃の0.1撃程度の動きを済ませているくらいの速度差。それが積み重なる。2撃対2.2撃、3撃対3.3撃、4撃対4.4撃、5撃対5.5撃、6撃対6.6撃、7撃対7.7撃、8撃対8.8撃、9撃対9.9撃。

 そして10撃対11撃!アルキリーレの手数が一手上回った!

「チェストォッ!」

 一撃あれば十分だった。激しいぶつかり合いの最中自由を得たアルキリーレの一撃は、アントニクスの手甲を叩き割り、その太い腕に痛打を与えた。咄嗟にアントニクスは、腕を大鷲の鉤爪の如く硬くする神秘を全力で行使した。それが辛うじてアントニクスの腕を切断させなかった、が。

「ぐっあああああああっ!!!???」

 アントニクス、絶叫。一撃で手甲は砕け散り、腕が折れた。乱打の応酬により凄まじい速度が掛かっていた鉄棍は、片手の握力では保持仕切れずアントニクスの手を離れ吹っ飛んだ。

「馬鹿なッ!?」
「ッ……!?」

 チェレンティの驚愕が叫びとなって闘技場コロセウムに木霊する中。

 ぴた、と、アルキリーレは息を呑むアントニクスの喉笛に鉈の切っ先を突きつけた。少しでも動けば、首を飛ばすと。

 打ち崩された他の剣闘士グラディアトル達が理解した。膠着状態で競り合うその他の者達も戦いながら感じていた。この二人の戦いで全てが決まったと。

 それは同時にチェレンティ・ボルゾとアントニクスの限界を示していた。チェレンティは謀略家であっても将帥ではなく、陰謀の才は有っても軍を率いる才能は無く。暗殺の場を整える事は出来たが、その場においては兵を只管ぶつける事しか出来なかった。そしてアントニクスは、身体能力においても神秘においてもアルキリーレにひけを取る事は無かったが、技巧と、何より戦闘を戦術的・戦略的に考えて立ち回り勝つ為にどう戦えばいいか、どう戦えば勝てるかという道筋を作りその道に戦闘を沿わせていく力に欠けていた。言うなれば、力の比べ合いスペック勝負しか出来ていなかった。故に。

おいの、勝ちじゃっ!!」

 アルキリーレは吼えた。
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