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・第二十八話「蛮姫剣闘士軍団相手に大立ち回りの事(前編)」

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(アルキリーレ!)

 チェレンティとのやりとりを聞きカエストゥスは感極まっていた。過酷な北の環境に虐げられた手負いの猛獣の様だった彼女の心は癒され健やかな成長を取り戻そうとしている。まだ恋や愛はよく分からないというのは少しがっくりきたがそれでも構わない。

「カエストゥス!!」

 そう感じた直後、アルキリーレが跳躍しカエストゥスとチェレンティの間に着地する。生きさえすれば時間が解決するのだから今は兎に角生き延びなければっ、と、カエストゥスは身を翻した。男として情けないが、実際アルキリーレの腕一本分よりも弱いんだから今は生存の為の最善手を打ち続けるのが戦いだ。アルキリーレの後ろにカエストゥスが回り、直後。


「チェレンティッ!!」

 叫びと共に風が轟いた


「……!」

 カエストゥスを守る為にチェレンティとカエストゥスの間に飛び込んだ時、アルキリーレは可能であればそのままチェレンティを制圧するつもりでいた。だがそれより早く、同じようにチェレンティとカエストゥスの間、チェレンティ側に飛び込んできた男がいた。燃えるが如き赤がアルキリーレの視界に飛び込む。

「来たかアントニクス! 聞いての通りだ! やれっ!」
(やはり、奴! だが、舞台から観客席まで跳躍しただと!?)

 現れたのは鉢巻きを巻いた赤毛短髪、軽装防具に大鉄棍を帯びた美丈夫だ。一目見て、アルキリーレが強いと見て取った相手だ。

 だが、剣闘士グラディアトル達が足を付ける土の舞台から、この観客席へ。それは神秘無しでは人体には不可能な行為であり、更にそれ程までの跳躍力を付与する神秘をアルキリーレは一つしか知らない。

北摩ホクマ多神教ヴィドガム、大鷲の象徴トーテム! 貴様きさん北摩人ほくまもんか!?」
「混血さ、半分はレーマリアだ! 筆頭剣闘士プリームス・パールスアントニクス、同志チェレンティ・ボルゾの代闘士チャンピオンとして、勝負させてもらうぜ元北摩ホクマ王! 行くぞ!」
「レーマリア帝国執政官コンスル軍略相談役、アルキリーレ・ゲツマン・ヘルラスじゃ! 下郎推参なり、返り討ちじゃ刺客奴しかくめが!!」

 アルキリーレの問いに名乗りを上げる筆頭剣闘士プリームス・パールスアントニクス。名前や口調がレーマリア風なのは混血故か。アルキリーレも堂々と返しながらも、更にかつての覇者として刺客風情が生意気なと挑発も交え身構えた。両腕を顔の前で打ち付けて交差させ引いて腰に構えると同時、チェレンティが見て取ったとおり、額のサークレットと首の首輪、手首の腕輪や帯留バックルが音立てて展開して表面積を増し、それぞれ鉢金、喉鎧、手甲、腹部防具となる。ドレスにも鎖帷子を縫い込み、下着もビスチェ型装甲等を施している。

(服に仕込む以外も、これも。今作れる一番頑丈な素材を使った。百回も作動試験したから、絶対ちゃんと動作する。気をつけて)

 アルキリーレの助言に従い信頼性を重視するようにして、この防具を作ってくれたレオルロの言葉と気遣いがアルキリーレに力を与える。

(今回は防具をつけたドレスって事だからこうしたけど、全く、アルキリーレほどの人に継ぎ接ぎの鎧なんて。今度、僕がきちんと採寸してしっかりオーダーメイドの鎧作ってあげるからね!)

 憧れた人の為になりたいというレオルロの意気は実に快く有り難い。けど採寸の下りはレオルロのやつ、二度目の刺客騒動で風呂場にカエストゥスが来た事と張り合ってちょっと肌を見たり触ったりしたいとも思ってるだろ色餓鬼すけべめ、とアルキリーレは内心見抜いたが、昔よりある心の余裕が寧ろそれを楽しい微苦笑に変換する。助平エロスも生の顕れだと。

「何を!」
「食らえや!」

 ともあれ、刺客如きと扱われ血気に逸って突貫するアントニクスに対して、アルキリーレは如何にも野蛮かつパワフルな先制攻撃を見舞った。ついさっきまでカエストゥスが腰掛けていた椅子を掴んで軽々引っこ抜くと、思い切り叩き付けたのだ!

「何の!」

 大した重量の攻撃である。更に言えばその重量をアルキリーレは獅子の膂力で問答無用に加速していた。しかしそれをアントニクスは長大な鉄棍をまるで枝か杖でも振るようにビュンと振りかざし受け止め粉砕!

「うおおっ!?」
「チェレンティ!? おっと!」

 だが余りに豪快に粉砕した為に、木っ端微塵となった木材や弾け飛んだ鉄の肘掛け等がアントニクスの背後にいたチェレンティにまで降り注いだ。とはいえ素早くバックステップすると、鉄棍から離した片手を激しく振るいアントニクスは素早く全て払い落とした。強く風が巻き起こる。それも大鷲の神秘だ。

「はっ、おいのカエストゥスばらんとしちょるんぞ、少しは苦労せよだれよ!」

 相手がそれに文句を言おうとする前にこっちが腹を立てておるのだと叫ぶと、そのままアルキリーレは己が座っていた椅子、周囲の椅子、と次々掴んで連続投擲!

「こんにゃろっ!」

 だがアントニクスもさるもの、チェレンティより前に出て彼を破片が巻き込まない範囲に立つと、まるで棒で球を打つようにバンバンと飛んでくる椅子を叩き落とし、どころか状況が良い時は弾き返した椅子と椅子をぶつけ相殺していく!

「来い、カエストゥス! こらあ兵子へこ共! 籠城の準備はしたかぁ!?」
「わ、分かっているともおおおおっ!?」
「あ、了解アイアイ女王様マム!」」

 だがアルキリーレは逃げている訳ではない。両手で多数の椅子を投げた後カエストゥスの襟首を片手で引っ掴み引きずり回し、反対側の手で移動する度手近の椅子をあっちへこっちへとぶん投げながら階段を駆け上がり、兵士達に指揮を下した。そう、戦えば良いアントニクスと違い、アルキリーレはまず場を指揮し整える必要があったのだ。

「私は問題ありません!」
「私達も大丈夫っ!」

 教帝ペルロ十八世は貴賓室に教帝近衛隊ケレレスと共に立て籠もっていた。部屋状になっているだけ出入り口を抑え舞台に面した窓からの飛び道具に警戒し脇に寄れば、あそこはそうそう陥落おちはすまい。

 そして最近は大分女王様アルキリーレ調教くんれんが効いてきた執政官親衛隊プラエトリアニはカザベラ、ハイユ、マアリ、オルヴァらカエストゥスの女達を守って、階段近くの石壁周辺に盾を構えて陣取っていた。石壁を防御に使え、階段から上ってくる相手を後ろから殴れ、いざとなれば階段を使えなくもない理想的配置。座席取りの段階からアルキリーレが仕切って仕掛けをしておいた結果だ。

「良か!行け!」
「わ、分かったっ!」

 その防御陣の真ん中に突き飛ばす如くアルキリーレはカエストゥスを放り込んだ。石壁、盾、守りはそれだけではない。戦機は整ったとアルキリーレは判断した。

「!?」

 駆け上がって攻め寄せてきた剣闘士達グラディアトル達が息を呑む。

 アルキリーレが放り投げた椅子は、途中からアントニクスだけを目標としては居なかった。この陣の周囲に放り投げ積み重ね、短時間でバリケードを築いていたのだ!
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