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・第二十二話「黒幕怒り対策を講じる事」

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 チェレンティ・ボルゾ。元老院議員でボルゾ家の当主。

 年齢的にはカエストゥス・リウスの一歳下で背丈もカエストゥスから頭半分くらい低く、体つきは華奢だ。

 だがその黒絹のような髪に縁どられた紫の瞳を輝かせる容姿は、冷静にして高貴な美女と見紛う程の美貌。己の黒髪と合わせた黒を基調とした服を好むが、高級な布地の艶やかな黒色に黒灰色ダークグレー炭灰色チャコールグレー等を添えた絶妙な着こなしは黒が基調なのに豪奢さを感じると言われ、教帝より教帝らしく執政官コンスルより執政官コンスルらしいとすら言われる威風の持ち主。

 何より嘗ては執政官コンスルを輩出する程の名門貴族であったが執政官コンスルを務めた先々代が急死した後没落し、一時期は借金に追われる様だったボルゾ家を、父を隠居に追いやって実権を掌握してからごく短時間で再び一流名門に相応しい資産を回復。元老院における改革派の領袖となるまでに成り上がった英才。

 峻烈な上昇志向の持ち主ではあるが、国を思う感情は世代交代後の若手として様々に改革を志してきたカエストゥスやペルロと似ていると思われていた。

 ……カエストゥス・リウスが知るチェレンティ・ボルゾはそんな人間だった。


「今頃は悪意に鈍いお前カエストゥスも、あの北摩ホクマ人に尻を蹴り上げられ気づいた頃か」

 レーマリア帝国首都ルーム、リウス家屋敷や都心からは離れたやや郊外に近い所にあるボルゾ家屋敷。

 一時期は荒れ放題だったものを修繕した、宮殿じみたリウス家と比べると貴族的ではあるが庭の壁や門等がごつく庭番小屋や鐘楼等防御拠点としても使用可能なような仕掛けを施した設備を配し、もう少し防備に気を使った城館めいた建物の書斎で、チェレンティ・ボルゾは一人思索し呟いた。

 威迫者マヒアスを操り東吼トルクと通じ、権力奪取を目論む仮面の御方マスケラとして。

北摩ホクマ人……バルミニウスアルキリーレ・ゲツマン・ヘルラス。今少し立てば東吼トルクと並ぶ帝国の脅威になると思っていた。政権が崩壊したと聞いた時には少し帝国の寿命が稼げたと思っていたが……まさか俺の前に立ちはだかるとはな……」

 アルキリーレが男装していた時の名で呼びながら、チェテンティは長い脚を組み、書物と薬瓶を積み上げた少しレオルロの工房を思わせる机に乗せると、背筋を伸ばして天井を眺めた。そして、その行動の理由を呟く。

「時間がない。故に、死んでもらわねばならぬ奴等がいる」

 カエストゥス、そしてペルロ十八世は、改革志向だ。それに関しては、目的は同じだ。事実これまで、元老院においては寧ろ手を取り合ってきた。

 だが、カエストゥスとペルロの改革は、遅きに失した。血を流さない、平穏な改革。そんなやり方では間に合わないという事が東吼トルクとの闘いで分かった筈だ。なのに相も変わらず甘い夢を見ている。

 まだレーマリア帝国が滅ばないと思っている・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 元老院に残った世代交代に応じない怠惰な老いぼれや中年共と同じだ。

 アルキリーレもこの国の軍事的腐敗を目の当たりにした筈だ。なのになぜ、カエストゥス等に従う。追い落とされたとはいえそれは生来の性別というどうしようもない理由、かつて覇者であった事に代わりはあるまい、時世が見えぬ筈も無かろうに。

 違う。レーマリアは滅ぶ・・・・・・・・

 今仮の和平を結んでいる東吼トルク帝国、そう東吼トルク帝国・・だ。既に奴らはかつての東吼トルク民族・・ではない。

 かつてのパシャ首長アミール族長ベイ大臣パシャ長官アミールベイとして上意下達の支配機構に組み込み、宗教勢力である僧侶バラームすら従えた皇帝スルタンによる絶対帝政。

 民政や経済の分野では兎も角、統率においてはレーマリアを既に凌いでいる。軍事力に置いては言うまでもない。

 そんな彼等にとって、今の和平は唯、本格的攻撃の為の準備期間に他ならない。近日中、奴らは再度宣戦し、その時は本気の征服戦争を仕掛けてくる。そうなれば、レーマリア帝国は終わりだ。

 そして皇帝スルタンがそこまで考えているかは兎も角、レーマリア帝国の崩壊は四方諸族全てを巻き込む戦乱の時代の幕開けを告げるだろう。

 どれ程国を富ませても、そこから奪う者を駆逐する術を持たないのであればそんな富は奪われる為に蓄積したも同じ。

 威迫者マヒアスに関してもそうだ。犯罪組織を叩き潰せない弱い国家が国民の富を守れるものか。尤も、今では己が威迫者マヒアスを統率する立場となったが。だが己が物心ついた頃のボルゾ家は威迫者マヒアスに支配されているも同然だった。父も母も裏では虐げられ弄ばれていた。母は、早くに亡くなった。果たして己は父の実子かどうか。

 そんな事はどうでもいい。全てが許せない事に代わりはなかった。威迫者マヒアスの事実上の一員となって活動し、頭角を現し、逆に奴等を支配した。さすれば己は救われた。故に、このレーマリア帝国には、強く優秀な者による支配という救済が必要なのだと理解した。

 故にこそ皇帝スルタン専制に反発する一部の東吼トルク家臣共とまで通じた。

 だがこんな野合は一時的なものだ。何れ国政を握り別途の実力手段を構築したら、己達の代表が天下を取るのだと逆上せ腐った威迫者マヒアス共は皆殺しだ。己の利権維持に汲々とする元老院の老いぼれや中年共と変わらぬ東吼トルクの抵抗勢力にも帝国諸共にこの世から退場してもらう。

 そう。己が帝国の支配者と並ねば、この国は滅ぶ。……カエストゥスに怨みは無い。ただ手ぬるいだけだ。そして、カエストゥスに成り代わった後に粛清を実施する事は容易だが、元老院を粛正した後にカエストゥスに交代を要求する事は難しい。本当は元老院の者共の方こそを殺し尽くしたいのだが、利権と主従とでがんじがらめの巨大な塊になったあいつらを潰すにはより上位の権限が必要だ。元老院の爺と中年共の一部には俺よりも先に威迫者マヒアスとすら裏でつるんでいた者もいた。そのつるんいでた威迫者マヒアス共を叩き潰して己の組織に従えた。その情報を握る事でその屑共を操る力を得た。今執政官コンスルが倒れれば代替わりで己がその座を手に出来る。だが、執政官コンスルの座を手にしなければその屑共を粛正する権限は得られず……そしてその権限は、血を流せない軟弱な臆病者カエストゥスに握られている。

(その軟弱さは罪だ)

 思考に集中する。

 目指す〈目的〉を確認する。祖国の救済。その為の執政官コンスル就任。その為のカエストゥス・リウスの追い落とし。その障害となる存在の排除。

 手持ちの〈手段〉を確認する。まず何よりも己の頭脳。威迫者マヒアス。脅迫で抱き込んだ元老院議員共。東吼トルク大臣パシャとのコネとそこから引き出しうる支援後日を思えば多用は要警戒だが。蓄えた資産で雇う各国出身の流れの傭兵達。そして……剣闘士達。

(……アントニクス)

 中でも、同志たる最強の剣闘士の事を思う。あいつならば、バルミニウスアルキリーレ・ゲツマン・ヘルラスとて倒しうると。

 チェレンティはそれらの手駒を動かしていく。勝利を掴む為に。
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