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・第十一話「教帝若き天才を紹介し蛮姫それを導く事(前編)」
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「レオルロ!出ておいで!例のお客様だよ!」
ペルロ十八世が案内しアルキリーレを連れていったのは、宮堂内の一室に設えられた工房であった。
(何じゃここは……)
そこは山野が大半の北摩で暮らしてきたアルキリーレからすれば、まるで理解不能の不可思議空間であった。
天井から鳥の骨格みたいなもの、丸い紙の張り子、特大の蜻蛉と水車と船の帆を混ぜたような何か、無数の図面がぶら下げられ、戸棚には無数のガラス瓶や動植物や鉱石の標本や図書館にあったような本だけではない書付の束、卓の上には奇妙な形に磨き上げられた硝子、金属の筒、アルコールランプ、壁にはここまで宮殿で見たどれよりも素晴らしい出来栄えの絵画や彫刻、床には投矢機に似ているが明らかにもっと複雑なものや一体どう使うのか皆目見当のつかない機械、その他足の踏み場もない程の箱やガラクタ……
「はーい、猊下!」
ガタガタガタガタ、ゴトゴトドタバタ!
そしてペルロ十八世の呼ぶ声にそれらを凄まじい音を立てて乱雑にかき分けながらやってきたのは、この国では珍しく身綺麗なお洒落をしていない……
(子供?)
と言っていいくらいの若者だった。アルキリーレから頭一つくらい低い。白衣と革の前掛けが服装的な特徴だ。前掛けには大きなポケットが幾つもついていて、そこに工具が山ほど突っ込んである。
そんな出で立ちだが、ふわふわの金髪で、目は緑柱石のような緑。大変に可愛らしい。まるで宮堂を飾る彫刻の一種、小天使像のようだ。
「君が執政官様の戦の相談役? 僕はレオルロ・ダ・ヴォルダ! 教帝猊下お抱えの天才画家兼天才彫刻家兼天才学者兼天才技術者兼天才職人兼天才発明家さ! 今度天才武器職人にもなる!」
「待て待て待て今幾つ兼ねよったと!?」
聞き取り切れなかったが兎に角凄い自信だ。驚くアルキリーレ。ふふーん、と得意そうに胸を張るレオルロ。普通だったら本当かとなりかねな所だが……
「確かにまあ、天才画家で天才彫刻家だっちゅうは俺んごたる武骨者にも分かるど。ここまで山程見た美術品ん中でも、この部屋に有る絵画と彫刻が一等格別じゃ。となれば、他の腕にも期待が持てるの」
「分かるんだ!」
壁の絵画やそこここに置かれた彫刻を見て、アルキリーレはそう判断した。そのアルキリーレの言葉に、ぱああ、とめっちゃ明るい顔になるレオルロ。カワイイ。
実際世辞ではなく、その出来映えは卓抜していた。遠近感、陰影、骨格や筋肉の流れまでの際限、謎めいた魅惑、理想の追求。ことに戦士であるアルキリーレとしては骨格や筋肉の理解に舌を巻いた。この年齢でこれを作るというのは、完全に才能でやっているという事だ。凄まじいとすら言えた。
(単なる教帝の小姓じゃあなかったとか、すまんと)
とか一瞬直球単純かつ失礼な考えをした事を内心謝るアルキリーレである。
「他にも都市の上下水道の再設計、天文を観測しての正確な暦の製作、もっと効率のいい金属の採掘精錬法の発明、新型のポンプやサイフォンや風車水車や工具の発明、新しい塗料や幾つかの薬の発明、望遠鏡や顕微鏡の発明、新しい速い船の設計もしたよ!その内空だって飛ぶ!」
「いいのうこの子! めっちゃ欲しか!」
芸術面での評価に気を良くして、もっともっと出来るよと自慢するレオルロに、それが本当なら王だった頃に知ってたら攫ってでも召し抱えて北摩の文明化に使ったぞ、と、思わず欲望がポロリするアルキリーレ。
「設計した船は現在製造の準備中ではありますが、上下水道の改善や暦、金属は既に実用しています。実際この子は天才の中の天才です……だからこそ宗教指導者である私が正式に雇用する事で、異端だの禁忌だの難癖を付けさせず、のびのび才能を発揮してもらっています」
傍らのペルロも保証する。そしてまた、宗教指導者が技術者を囲っている理由も示す。それは彼の極めて寛容かつ配慮と先見性のある気質を示すものでもあり。
(中々大した男ばい)
故郷の神官は旧弊で保守的な者が多く、中々苦労させられただけあって、そんなペルロの行動もアルキリーレの中で評価が高くなる。そんなペルロにそこまでさせるレオルロに対しての評価も。
「そりゃあ凄か……まあ空は多神教で鷲を象徴とする奴も飛びよるが」
「それはあくまで限定的に、身軽になって木から木、建物から建物に飛ぶ程度でしょ。そうじゃなくて神秘を使わずもっと高く遠く、本当の鳥みたいに飛ぶの!」
だが最後の飛ぶという目標に対しては北摩にも似たような神秘が有った為あまりピンとこなかったアルキリーレの言葉に、北摩の多神教についても知っている事を示しながら、神秘に対してそんなんじゃないのと技術者らしいプライドを示しながら天井の〈鳥の骨格みたいなもの、丸い紙の張り子、特大の蜻蛉と水車と船の帆を混ぜたような何か〉を指し示すレオルロ。
「ほおー、それは凄かのう。色々使いでがありそうじゃっど」
それをどう完成させればどういう原理で飛ぶのか流石に皆目見当がつかないアルキリーレであるが、つられて吊られたそれらを見上げる。
「レオルロ」
夢中になると止まらない天才らしい少年の側面を知っているので、ペルロはレオルロの名前を呼んで今の本題について話す事を促した。
「まあ、それはもう少し時間がかかると思うけどね。今は戦争の話だろ? 僕は武器だって作れるんだ、絶対役に立つよ?」
それを聞いてレオルロはがたごとと音を立てながら大きな箱を持ってきた。何種類もの武器をそこから取り出す。
ところが、こっからが大変であった。
ペルロ十八世が案内しアルキリーレを連れていったのは、宮堂内の一室に設えられた工房であった。
(何じゃここは……)
そこは山野が大半の北摩で暮らしてきたアルキリーレからすれば、まるで理解不能の不可思議空間であった。
天井から鳥の骨格みたいなもの、丸い紙の張り子、特大の蜻蛉と水車と船の帆を混ぜたような何か、無数の図面がぶら下げられ、戸棚には無数のガラス瓶や動植物や鉱石の標本や図書館にあったような本だけではない書付の束、卓の上には奇妙な形に磨き上げられた硝子、金属の筒、アルコールランプ、壁にはここまで宮殿で見たどれよりも素晴らしい出来栄えの絵画や彫刻、床には投矢機に似ているが明らかにもっと複雑なものや一体どう使うのか皆目見当のつかない機械、その他足の踏み場もない程の箱やガラクタ……
「はーい、猊下!」
ガタガタガタガタ、ゴトゴトドタバタ!
そしてペルロ十八世の呼ぶ声にそれらを凄まじい音を立てて乱雑にかき分けながらやってきたのは、この国では珍しく身綺麗なお洒落をしていない……
(子供?)
と言っていいくらいの若者だった。アルキリーレから頭一つくらい低い。白衣と革の前掛けが服装的な特徴だ。前掛けには大きなポケットが幾つもついていて、そこに工具が山ほど突っ込んである。
そんな出で立ちだが、ふわふわの金髪で、目は緑柱石のような緑。大変に可愛らしい。まるで宮堂を飾る彫刻の一種、小天使像のようだ。
「君が執政官様の戦の相談役? 僕はレオルロ・ダ・ヴォルダ! 教帝猊下お抱えの天才画家兼天才彫刻家兼天才学者兼天才技術者兼天才職人兼天才発明家さ! 今度天才武器職人にもなる!」
「待て待て待て今幾つ兼ねよったと!?」
聞き取り切れなかったが兎に角凄い自信だ。驚くアルキリーレ。ふふーん、と得意そうに胸を張るレオルロ。普通だったら本当かとなりかねな所だが……
「確かにまあ、天才画家で天才彫刻家だっちゅうは俺んごたる武骨者にも分かるど。ここまで山程見た美術品ん中でも、この部屋に有る絵画と彫刻が一等格別じゃ。となれば、他の腕にも期待が持てるの」
「分かるんだ!」
壁の絵画やそこここに置かれた彫刻を見て、アルキリーレはそう判断した。そのアルキリーレの言葉に、ぱああ、とめっちゃ明るい顔になるレオルロ。カワイイ。
実際世辞ではなく、その出来映えは卓抜していた。遠近感、陰影、骨格や筋肉の流れまでの際限、謎めいた魅惑、理想の追求。ことに戦士であるアルキリーレとしては骨格や筋肉の理解に舌を巻いた。この年齢でこれを作るというのは、完全に才能でやっているという事だ。凄まじいとすら言えた。
(単なる教帝の小姓じゃあなかったとか、すまんと)
とか一瞬直球単純かつ失礼な考えをした事を内心謝るアルキリーレである。
「他にも都市の上下水道の再設計、天文を観測しての正確な暦の製作、もっと効率のいい金属の採掘精錬法の発明、新型のポンプやサイフォンや風車水車や工具の発明、新しい塗料や幾つかの薬の発明、望遠鏡や顕微鏡の発明、新しい速い船の設計もしたよ!その内空だって飛ぶ!」
「いいのうこの子! めっちゃ欲しか!」
芸術面での評価に気を良くして、もっともっと出来るよと自慢するレオルロに、それが本当なら王だった頃に知ってたら攫ってでも召し抱えて北摩の文明化に使ったぞ、と、思わず欲望がポロリするアルキリーレ。
「設計した船は現在製造の準備中ではありますが、上下水道の改善や暦、金属は既に実用しています。実際この子は天才の中の天才です……だからこそ宗教指導者である私が正式に雇用する事で、異端だの禁忌だの難癖を付けさせず、のびのび才能を発揮してもらっています」
傍らのペルロも保証する。そしてまた、宗教指導者が技術者を囲っている理由も示す。それは彼の極めて寛容かつ配慮と先見性のある気質を示すものでもあり。
(中々大した男ばい)
故郷の神官は旧弊で保守的な者が多く、中々苦労させられただけあって、そんなペルロの行動もアルキリーレの中で評価が高くなる。そんなペルロにそこまでさせるレオルロに対しての評価も。
「そりゃあ凄か……まあ空は多神教で鷲を象徴とする奴も飛びよるが」
「それはあくまで限定的に、身軽になって木から木、建物から建物に飛ぶ程度でしょ。そうじゃなくて神秘を使わずもっと高く遠く、本当の鳥みたいに飛ぶの!」
だが最後の飛ぶという目標に対しては北摩にも似たような神秘が有った為あまりピンとこなかったアルキリーレの言葉に、北摩の多神教についても知っている事を示しながら、神秘に対してそんなんじゃないのと技術者らしいプライドを示しながら天井の〈鳥の骨格みたいなもの、丸い紙の張り子、特大の蜻蛉と水車と船の帆を混ぜたような何か〉を指し示すレオルロ。
「ほおー、それは凄かのう。色々使いでがありそうじゃっど」
それをどう完成させればどういう原理で飛ぶのか流石に皆目見当がつかないアルキリーレであるが、つられて吊られたそれらを見上げる。
「レオルロ」
夢中になると止まらない天才らしい少年の側面を知っているので、ペルロはレオルロの名前を呼んで今の本題について話す事を促した。
「まあ、それはもう少し時間がかかると思うけどね。今は戦争の話だろ? 僕は武器だって作れるんだ、絶対役に立つよ?」
それを聞いてレオルロはがたごとと音を立てながら大きな箱を持ってきた。何種類もの武器をそこから取り出す。
ところが、こっからが大変であった。
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