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・上巻「サイバーパンクは定石をなぞるだけではない」
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ノヴァ・ロンデニウムの夜闇の中をオレ、企業テロリストのH・S-17は駆ける。華氏90度を越える昔は異常だった気温の大気を切り裂いて。基礎機械強化されただけの体にしては上出来な速度だと思うが、生憎オレ程度の人生見積価値しかない奴じゃあ、光学迷彩だのはオレの生命を維持する為に使うには高価すぎるから貰える訳が無い。
だから基礎機械強化をされた体に纏うのは、肌に塗り固めた最低限の防弾機能を持つ暗色の第二皮膚一着だけだ。
(対象を拉致或いは大脳を回収せよ。本件で動く予算は君の人生見積価値を上回っている)
命令を思い出す。要するに自己の生存より業務を優先せよって事だ。
糞ったれ。だがま、確かに仕方ねえ。その科学者、Drケビン・ウェイン・ギブスンが一体何の理論を研究しているのか、説明されてもさっぱり分からなかった程度の脳みそだ。値打ちが低いと言われるのも悔しいが納得だ。
辛うじて理解できたのは要約した結論だけだった。それを理解できたのも別にオレのおつむがいいって訳じゃねえし……
パラレルワールド。
ここではないどこかを見たり行ったりする、最終的にはそういう事に至る研究。
知識法違反で燃やされた親父の蔵書にあった言葉だ。だから知ってると言う訳にはいかなかった。
尤も、知識法はあくまでそれにかこつけて治安撹乱分子を燃やす為の法だ。雌犬に徹してりゃ問題はない。実際お上はサイバネを通じてこっちの記憶を読めるって噂すらある。それが事実なら思った時点でアウトだろ。だからそいつは嘘かもしれないが、嘘だとしたら……
(っと、来やがったか!)
考えはそこでチャンネルチェンジ。クロームシルバーの蛇とムカデの中間じみた監視システムが物陰から音も無く滑り出る、それよりたっぷり15フレームは早く……それだけあれば余裕だ……腕のサイバーフレームからオレはフィストガンを展開してエイム。
最初の一匹を仕留めながら、意識加速を始めていた。現実加速と比べればチャチな上に使い心地も最悪、長期使用は脳が焦げるが、酒や麻薬と違い生きるのに役立つからまだましだ。
現実加速ならもっと颯爽と動けるんだろうが、生憎使ったことがねぇので詳しくは分からねえ。思考より遥かに遅くラグった現実を、旧式世界の人間が故障しかけの古いパソコンをフリーズしないよう用心して動かす様に、さりとて思考加速が無駄になるほど鈍臭く動かして撃たれるなんて間抜けをしないように、相手の動く順番を見極め、相手の狙う先を見定め、射線を避けて先んじて潰していく。足運びをシミュレートし、計算される機動を何度か試行しパターンを見い出し、それを相手が見切っていない事を確認し。
黒にぴったりと包まれた機械の芯が入った体を踊らせ、黒くステルス染髪した髪を振り乱し、次々現れる虫けらを蹴散らし駆け抜けた。
そして、オレは施設の最奥へと辿り着いたのだが……奥には先があった、ある意味でな。
「おい!? 何だこりゃ、どうなってんだ、おい!? 何が起きる!?」
「イディオットめ! 自分で破壊しておきながら何を言うのですか!?」
結論から言うとビズは失敗とは言いたくないが確実にヤバい事になった。
踏み込んだ件の科学者の潜伏施設の中にあった、世界中が生き延びるのにカツカツになって金で真っ平らに舗装され人間が人権を捨てて人間に値札をつけて評価するようになる前の、ギーグボーイ好みの娯楽にCGで描かれてそうなアレな機械があからさまにヤバい音を立てて発光する。
黙ってれば上級資本家階級で通りそうな白髪オールバックの老科学者が目を剥いて怒鳴った。威嚇射撃がヤバい所に当たるのは想像してなかったが、これオレのせいなのか!?
「何が起こるかだと!? そんな事……」
その男、Dr.ケビンがそう言いかけた瞬間、俺達は光に包まれて……
落下。
どしん! ばふん! ぶわふっ!
視覚が補正を得て回復した瞬間、俺は柔らかい何かに突っ込んだ。復活した視界がそれに包まれて塞がる。何だ、布? 毛?
「がっ!? (何だぁ!? こ、これっ……!?)」
直後、全視野に一斉にアラート。電波リンク、ネットリンク、衛星リンク、DLリンク、ARリンク、アプリリンク、アカウントリンクが全部一度に切断されただと。信じられねえ。サイバネの能力が事実上半減したも同然の絶体絶命的状況って以上に、万象接続のノヴァ・ロンデニウムでんな事ありえる筈が、
「きゃぅ!? な、何ですのっ!?」
どこかで聞いた事があるような無いような声。同時に音。音紋データに無い……データベースへのアクセスがオフラインなので更新が止まっているが……とはいえ聴覚強化機能は健在。それが銃の作動音だと気づいてオレは咄嗟に発砲した。バカらしい事に大量の回線切断エラーがARで視界に出まくって殆ど前が見えず、耳に頼っての発砲だったが。
BLAM!
ぶしゅううううっ!
「うわぁっ!? (何だ!? 蒸気!? 湯気!?)」
慌ててエラーアラートを切りまくり少し空いた視界が白に染まった。一瞬だけ見えた。凄い手の込んだ素材と縫製の高価そうな夜着を着た金髪の女が、布の状況から咄嗟にベッドの下から引っ張り出したと思しき〔ここでオレは漸く自分がワゴン車程もありそうなでかいベッドに落ちた事、さっきの感触が恐ろしく高級そうなシーツと毛布だった事に気づいた〕骨董じみた革張りの表面を持つトランクと真鍮色の金属蛇腹の管で繋がった蒸気パイプで造った様な拳銃の、トランク部分にオレの弾が当たり、そこから猛烈に湯気が噴出してきたのだ。
「お嬢様!?」
(やばい!?)
偉く広い部屋の外から声。まずい。ベッドの質からするとどう考えてもここ上級資本家の家か何かだ。そんな所でオレ程度の人生見積価値の人間がこんな騒ぎをしたら間違いなく清算だ。まだ死にたくない。生きる理由も無いが、生きる理由もないまま死にたくない!
「お、大人しくしろ!?」
「きゃあ!?」
咄嗟に俺は目の前の女からそのトランク・ガン? を引ったくり、その同世代と思しき体を捕まえて小脇に抱えた。この状況で生き延びられる可能性は、こいつを捕まえて敵対する上級資本家と取引する、それでも99%途中で失敗し消されるだろうが、その位しか思い付かなかった。
サイバーアームには同じ位の体格の女は軽く、漸くエラーを吐く回線接続機能を切り終えたサイバーアイセンサーはこの女が他には何も武器を持っておらず、どころか今日珍しい完全な生身である事を示していた。一体どんな籠の鳥だ?
ベッドを蹴り室内を走る。どこも恐ろしく高級そうだ。信じられねえ事に天然木の家具や天然繊維の壁紙や絨毯だ。流石上流階級と思うが最近の流行からすりゃゴテゴテしてるなとパニクったせいか頭の一部が冷静に思いながら駆け抜けて窓を開け、フィストガンからワイヤーバレットを
「な、」
撃とうとしてオレは、相手がその気なら死ぬだろう程の隙を晒して開けた窓の前に立ち竦んだ。
「なん、」
窓の外は無機質なノヴァ・ロンデニウムじゃなかった。
19世紀風の建物がそのまま超高層ビルになった様な建物が立ち並んでいた。
LED電球じゃなく優雅な意匠のガス灯が点っていた。
ドローン技術の急速な発展から応用されたFMVの代わりに、蒸気機関で動いているらしき大小様々の飛行船がゆったり空に浮かんでいた。
道行く人々が皆優雅で古典的な服を着て、タブレットでもインプラントでもなく、モールス信号機と小さなパンチシートと腕木通信機、砂粒程の歯車が無数に詰まった硝子筒が付いた懐中時計を見ていた。
19世紀風巨大ビルの側面に、大型液晶モニターではなく自動人形が演劇を行う壁面舞台が取り付けられていた。
重機程もある複雑に装飾された自動人形蒸気動力馬が、列車程もある馬車を引いていた。
ホロ・ネオンの代わりに大きなランプの中に不思議に揺らめく立体映像が浮かぶ原理不明の謎技術が用いられていた。
どれもこれも蒸気機関動力で、あちこちが蒸気を吹いていた。
「何だこりゃああああ!?」
オレは叫んだ。どう見てもノヴァ・ロンデニウムじゃねえ! どこだここ!?
そう思いかけて俺は気づいた。違う。どこ、じゃない。ここはノヴァ・ロンデニウムとどこというレベルじゃなく違うんだ。
パラレルワールド。Drケビンの研究。つまり、そういう事なのか。
「え、ええっと、どうなさいましたの、でしょうか?」
「あっ」
あっけにとられてた事に小脇に抱えた女からの声で気づかされた。見れば駆け込んできたさっき外叫んでたらしき執事さんが、何だかでかい金管楽器の様だが多分よく分からんが武器らしい何かを油断なく構えているし、流石にこれはもう逃げる訳にもいかないだろう。というか、誘拐されそうな状況だというのにこのお嬢さん、えらくおっとりと声を掛けてきてるし、正直投降した方がまだマシそうか?
「な」
「あら?」
それを見極めようと脇に抱えていたお嬢ちゃんを下ろし、顔を見て。オレは愕然としたが、向こうも驚いた。
ウェーブを描く金髪で、青い目で、オレと違って薄汚れても、頬に修理する金が無いから自然回復で塞いだままの傷跡が走ってもいないし。何より表情が違う。
だが。
上流階級のお姫様じみたこの娘の顔は、髪を黒く染める前の俺に瓜二つというか俺の顔だった。自分の顔なのに髪型と表情と服装が違うだけでこうも違うのかと、一瞬奇妙に胸が疼いたが。
向こうも驚いた顔で、目を見張り、口許を押さえて。
「まさか貴方は私の生き別れの妹!?」
「え、いるのそういうの!? じゃまさか俺は元々こっちの」
「いえ全然。お芝居ではそういう設定かなって……」
「あほかあああ!?」
俺の突っ込みが全く違う世界の夜空に響いて消える。
一体これ、どうなっちまうんだ!?
だから基礎機械強化をされた体に纏うのは、肌に塗り固めた最低限の防弾機能を持つ暗色の第二皮膚一着だけだ。
(対象を拉致或いは大脳を回収せよ。本件で動く予算は君の人生見積価値を上回っている)
命令を思い出す。要するに自己の生存より業務を優先せよって事だ。
糞ったれ。だがま、確かに仕方ねえ。その科学者、Drケビン・ウェイン・ギブスンが一体何の理論を研究しているのか、説明されてもさっぱり分からなかった程度の脳みそだ。値打ちが低いと言われるのも悔しいが納得だ。
辛うじて理解できたのは要約した結論だけだった。それを理解できたのも別にオレのおつむがいいって訳じゃねえし……
パラレルワールド。
ここではないどこかを見たり行ったりする、最終的にはそういう事に至る研究。
知識法違反で燃やされた親父の蔵書にあった言葉だ。だから知ってると言う訳にはいかなかった。
尤も、知識法はあくまでそれにかこつけて治安撹乱分子を燃やす為の法だ。雌犬に徹してりゃ問題はない。実際お上はサイバネを通じてこっちの記憶を読めるって噂すらある。それが事実なら思った時点でアウトだろ。だからそいつは嘘かもしれないが、嘘だとしたら……
(っと、来やがったか!)
考えはそこでチャンネルチェンジ。クロームシルバーの蛇とムカデの中間じみた監視システムが物陰から音も無く滑り出る、それよりたっぷり15フレームは早く……それだけあれば余裕だ……腕のサイバーフレームからオレはフィストガンを展開してエイム。
最初の一匹を仕留めながら、意識加速を始めていた。現実加速と比べればチャチな上に使い心地も最悪、長期使用は脳が焦げるが、酒や麻薬と違い生きるのに役立つからまだましだ。
現実加速ならもっと颯爽と動けるんだろうが、生憎使ったことがねぇので詳しくは分からねえ。思考より遥かに遅くラグった現実を、旧式世界の人間が故障しかけの古いパソコンをフリーズしないよう用心して動かす様に、さりとて思考加速が無駄になるほど鈍臭く動かして撃たれるなんて間抜けをしないように、相手の動く順番を見極め、相手の狙う先を見定め、射線を避けて先んじて潰していく。足運びをシミュレートし、計算される機動を何度か試行しパターンを見い出し、それを相手が見切っていない事を確認し。
黒にぴったりと包まれた機械の芯が入った体を踊らせ、黒くステルス染髪した髪を振り乱し、次々現れる虫けらを蹴散らし駆け抜けた。
そして、オレは施設の最奥へと辿り着いたのだが……奥には先があった、ある意味でな。
「おい!? 何だこりゃ、どうなってんだ、おい!? 何が起きる!?」
「イディオットめ! 自分で破壊しておきながら何を言うのですか!?」
結論から言うとビズは失敗とは言いたくないが確実にヤバい事になった。
踏み込んだ件の科学者の潜伏施設の中にあった、世界中が生き延びるのにカツカツになって金で真っ平らに舗装され人間が人権を捨てて人間に値札をつけて評価するようになる前の、ギーグボーイ好みの娯楽にCGで描かれてそうなアレな機械があからさまにヤバい音を立てて発光する。
黙ってれば上級資本家階級で通りそうな白髪オールバックの老科学者が目を剥いて怒鳴った。威嚇射撃がヤバい所に当たるのは想像してなかったが、これオレのせいなのか!?
「何が起こるかだと!? そんな事……」
その男、Dr.ケビンがそう言いかけた瞬間、俺達は光に包まれて……
落下。
どしん! ばふん! ぶわふっ!
視覚が補正を得て回復した瞬間、俺は柔らかい何かに突っ込んだ。復活した視界がそれに包まれて塞がる。何だ、布? 毛?
「がっ!? (何だぁ!? こ、これっ……!?)」
直後、全視野に一斉にアラート。電波リンク、ネットリンク、衛星リンク、DLリンク、ARリンク、アプリリンク、アカウントリンクが全部一度に切断されただと。信じられねえ。サイバネの能力が事実上半減したも同然の絶体絶命的状況って以上に、万象接続のノヴァ・ロンデニウムでんな事ありえる筈が、
「きゃぅ!? な、何ですのっ!?」
どこかで聞いた事があるような無いような声。同時に音。音紋データに無い……データベースへのアクセスがオフラインなので更新が止まっているが……とはいえ聴覚強化機能は健在。それが銃の作動音だと気づいてオレは咄嗟に発砲した。バカらしい事に大量の回線切断エラーがARで視界に出まくって殆ど前が見えず、耳に頼っての発砲だったが。
BLAM!
ぶしゅううううっ!
「うわぁっ!? (何だ!? 蒸気!? 湯気!?)」
慌ててエラーアラートを切りまくり少し空いた視界が白に染まった。一瞬だけ見えた。凄い手の込んだ素材と縫製の高価そうな夜着を着た金髪の女が、布の状況から咄嗟にベッドの下から引っ張り出したと思しき〔ここでオレは漸く自分がワゴン車程もありそうなでかいベッドに落ちた事、さっきの感触が恐ろしく高級そうなシーツと毛布だった事に気づいた〕骨董じみた革張りの表面を持つトランクと真鍮色の金属蛇腹の管で繋がった蒸気パイプで造った様な拳銃の、トランク部分にオレの弾が当たり、そこから猛烈に湯気が噴出してきたのだ。
「お嬢様!?」
(やばい!?)
偉く広い部屋の外から声。まずい。ベッドの質からするとどう考えてもここ上級資本家の家か何かだ。そんな所でオレ程度の人生見積価値の人間がこんな騒ぎをしたら間違いなく清算だ。まだ死にたくない。生きる理由も無いが、生きる理由もないまま死にたくない!
「お、大人しくしろ!?」
「きゃあ!?」
咄嗟に俺は目の前の女からそのトランク・ガン? を引ったくり、その同世代と思しき体を捕まえて小脇に抱えた。この状況で生き延びられる可能性は、こいつを捕まえて敵対する上級資本家と取引する、それでも99%途中で失敗し消されるだろうが、その位しか思い付かなかった。
サイバーアームには同じ位の体格の女は軽く、漸くエラーを吐く回線接続機能を切り終えたサイバーアイセンサーはこの女が他には何も武器を持っておらず、どころか今日珍しい完全な生身である事を示していた。一体どんな籠の鳥だ?
ベッドを蹴り室内を走る。どこも恐ろしく高級そうだ。信じられねえ事に天然木の家具や天然繊維の壁紙や絨毯だ。流石上流階級と思うが最近の流行からすりゃゴテゴテしてるなとパニクったせいか頭の一部が冷静に思いながら駆け抜けて窓を開け、フィストガンからワイヤーバレットを
「な、」
撃とうとしてオレは、相手がその気なら死ぬだろう程の隙を晒して開けた窓の前に立ち竦んだ。
「なん、」
窓の外は無機質なノヴァ・ロンデニウムじゃなかった。
19世紀風の建物がそのまま超高層ビルになった様な建物が立ち並んでいた。
LED電球じゃなく優雅な意匠のガス灯が点っていた。
ドローン技術の急速な発展から応用されたFMVの代わりに、蒸気機関で動いているらしき大小様々の飛行船がゆったり空に浮かんでいた。
道行く人々が皆優雅で古典的な服を着て、タブレットでもインプラントでもなく、モールス信号機と小さなパンチシートと腕木通信機、砂粒程の歯車が無数に詰まった硝子筒が付いた懐中時計を見ていた。
19世紀風巨大ビルの側面に、大型液晶モニターではなく自動人形が演劇を行う壁面舞台が取り付けられていた。
重機程もある複雑に装飾された自動人形蒸気動力馬が、列車程もある馬車を引いていた。
ホロ・ネオンの代わりに大きなランプの中に不思議に揺らめく立体映像が浮かぶ原理不明の謎技術が用いられていた。
どれもこれも蒸気機関動力で、あちこちが蒸気を吹いていた。
「何だこりゃああああ!?」
オレは叫んだ。どう見てもノヴァ・ロンデニウムじゃねえ! どこだここ!?
そう思いかけて俺は気づいた。違う。どこ、じゃない。ここはノヴァ・ロンデニウムとどこというレベルじゃなく違うんだ。
パラレルワールド。Drケビンの研究。つまり、そういう事なのか。
「え、ええっと、どうなさいましたの、でしょうか?」
「あっ」
あっけにとられてた事に小脇に抱えた女からの声で気づかされた。見れば駆け込んできたさっき外叫んでたらしき執事さんが、何だかでかい金管楽器の様だが多分よく分からんが武器らしい何かを油断なく構えているし、流石にこれはもう逃げる訳にもいかないだろう。というか、誘拐されそうな状況だというのにこのお嬢さん、えらくおっとりと声を掛けてきてるし、正直投降した方がまだマシそうか?
「な」
「あら?」
それを見極めようと脇に抱えていたお嬢ちゃんを下ろし、顔を見て。オレは愕然としたが、向こうも驚いた。
ウェーブを描く金髪で、青い目で、オレと違って薄汚れても、頬に修理する金が無いから自然回復で塞いだままの傷跡が走ってもいないし。何より表情が違う。
だが。
上流階級のお姫様じみたこの娘の顔は、髪を黒く染める前の俺に瓜二つというか俺の顔だった。自分の顔なのに髪型と表情と服装が違うだけでこうも違うのかと、一瞬奇妙に胸が疼いたが。
向こうも驚いた顔で、目を見張り、口許を押さえて。
「まさか貴方は私の生き別れの妹!?」
「え、いるのそういうの!? じゃまさか俺は元々こっちの」
「いえ全然。お芝居ではそういう設定かなって……」
「あほかあああ!?」
俺の突っ込みが全く違う世界の夜空に響いて消える。
一体これ、どうなっちまうんだ!?
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