中心蔵

博元 裕央

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・浅野内匠頭

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 無念――――

 この切腹の場でそうは思ったが、家臣達への思いが松の廊下での刃傷の時も今に至っても無い事に、我ながら己の不徳ぶりに呆れ返り苦笑を禁じ得ない。

 返す返すも、吉良が斬り合おうともせぬとは不覚であった。町奴の殺しのように脇差を構えてぶつかり刺すのでは応戦が出来ず吉良の面目が立つまいし一思いに殺しては己の遺恨も晴れぬと思ったのが過ちであった。止められた己の膂力の無さも情けなかったが、やはり戦は大名火消のようにはいかなんだか。

 武士、たり得なかった。二重三重の意味で。家臣への感情を持てなかった事は兎も角として、戦殺し合いの膂力が足りなんだ事と、何より。

 面目の為には殺す。それを出来なんだのが何より口惜しい、それが武士というものでは無かったか。

 面目の為には殺す。源平合戦の昔から、それが武士では無かったか。

 今の世は武士の世ではない。自力にて戦えぬ武士は武士ではない。我等はもう、公家と何ら変わり無い存在となってしまった。

 何が元和偃武、何が天下太平だ。

 家康め。家康め。何が神君だ。家康め。泰平の世とやらが、平和とやらが、武士の面目を守ってくれるとでも思ったか。

 法度等、悪口雑言村八分、侮蔑差別因循姑息の前には出る幕が無い。刃傷沙汰にでも及ばねば法度は動き出さぬ。法度が動き出す領域と、人が人を害する領域の間には広い広い空白がある。その空白の領域でなら、人は武力によらずに人を好きなだけ傷つける事が出来るし、その領域において立ち回る手段を得手とせぬ人間は一方的に嬲られるばかりなのだ。

 法度に従う事で、人は己の手で武を振るって己を守る必要が無くなり、平和に幸せに暮らせるようになるか。

 大半はなるだろう。だがその大半に含まれぬ所で、人は唯奪われ傷つけられるだけとなる。

 人は何も新しく得てはいない。新たに泰平を作り出す神仏めいた力を手に入れたのではない。唯単に、己の誇りで振るえる力と泰平を交換したに過ぎぬ。平和を手にした分、人の他の部分は確実に目減りしているのだ。

 何れ刀も失われるであろう。人は牛馬と同じく、己の尊厳を守る為に戦うことを許されずただ嬲られながら仕事場と寝所を行き来し老いて死ぬ家畜になるだろう。

 どれだけ世が移り変わろうとも、それは変わらぬ。どれだけ泰平が増えたように見えようと、それは要するに力と誇りをより多く食いちぎった分だけ肥え太ったように見えているだけに過ぎぬのだ。

 絶対に、そんな世と己は共存できぬ。切腹の激痛の最中、全てを呪った。
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