女神偶像フィギュアイドル

博元 裕央

文字の大きさ
上 下
2 / 2

・パイロットフィルム第一話後編(完)

しおりを挟む
「う、うわあああっ、これは一体!?」
「な、何をしたんじゃ!」

 アドゥヤマン県ネムルト山、コンマゲネ王国推定アンティオコス王墳墓遺跡近郊の知られざる洞窟。

 崩落の危険がある洞窟の中に神殿がある事を突き止め発掘に入り込んだ一行を待っていたのは……正気SAN値を削らんばかりの異常事態だった。

 まずそこにあったのは、成果。正に博士が考えたとおりの過渡期のプロポーションをした偶像達。どころか、それ以上の発見すらあった。

 チャタル・ヒュユクの女神の頭部は復元された物で、元の顔を人類は知らなかった。だが、この洞窟の女神像たちは殆どが破損していたのだが、唯一つ壊れたところの無い完全な女神像があり、それには顔があった。

 その顔はメソポタミアの像や縄文遮光器土偶のような目が極度に大きい像と写実的な像の中間。拙いながらも……何と、さながら漫画やアニメの顔のようだった。とんでもない衝撃的発見。時間と空間を超越した奇跡。

 だがそれは衝撃的だが正気を削る発見ではなかった。正気を削るのは、洞窟の奥の壁面に刻まれたレリーフだ。それを見た途端一行の内の女性研究者が不意に頭を抱えて叫ぶと、そのレリーフを激しく叩いたのだ!

 叩いた手から血が出るほどに強く。……そしてその血が壁に染み込み……よりはっきりと露になるレリーフは偶像と正反対の写実的に微に入り細を穿って描かれた、しかしあまりに非現実的な、メデューサめいて憤怒の顔と禍々しい動物が絡み合った女怪の貌を象った怪奇の紋様イドラ

「わっ、私、の、研究分野は……古代の宗教、中でも呪術呪詛に関する分野だと、知っていた、だろう……」

 壁を激しく叩いた女性研究者が、途切れ途切れ、まるで古いラジオを受信しているような口調で語り出す。ソレと同時に、唯でさえ崩れそうな遺跡が本当に崩れるのではないかという地響きを立て、何と言う事か、奥の石壁が開いていく……

「し、知っとる!だから偶像に関する研究もしたいと……」
「そう、私は知りたかった……人は何故呪うのか、古代の人間の怒りや呪いは今の人間の怒りや呪いと違うのか同じなのか……偶像は古代の呪いにおいて何なのか、偶像の内一部のものは何故砕かれているのか、それは呪術なのか、身代わりなのか、それとも古代ローマや現代アフガニスタンのバーミヤンで起こったような偶像破壊イコノクラスムなのか。何故偶像アイドルは壊されるのか? 偶像イドラは憎まれているのか? 誰に!?」
「よ、よしたまえ! それは危険じゃ! 正気に戻るんじゃ!」

 女性研究者の譫言に、博士は何かに気づいたように叫ぶ。

 何故博士は気づいたのか、何に気づいたのか。博士の研究はフィクションのキャラクターを巡る対立を終わらせる為のものだと。その博士が危険視するものは。

「まさか……その、そいつらは……」

 ずしずしと未知の力で開いた石壁の向こうには……おお……正に壁に刻まれたのとそっくりな、憤怒の形相と蜘蛛、蝙蝠、蜥蜴、蠍、蛇、植物、蜂、猛禽、狼……様々な動物の要素を宿した異形の体を持つ女怪達の干からびた骸! それが血を吸って……おお……おお……! 戻ってくる! 蘇ってくる!

「……今の世でもフィクションのキャラクターを憎み呪う人間が居るなら……昔にもフィクションのキャラクターを憎み呪う人間が居た筈……現実より人を引きつけるフィクションのキャラクターへの憎しみ……偶像イドラの破壊の何割かは実はそういう……憎み妬み呪う心と仮説を……そして人間は何故何千年も何万年も呪い続けている? 科学的に考えて呪いに効果なんて、呪われているのではないかと思う事による影響以外は存在しない筈なのに? 本当に? 本当に呪いなんて存在しない? いや……」

 無線が混信するように、複数の声色が女性研究者の声に混淆する。

 助手は理解した。呪いが存在するのであれば、あの怪物を刻んだ石壁は、怪物を石壁に刻みつける事で、怪物は石だと定義し石化させていたのだと。此処は偶像を憎む怪物達が偶像を破壊していた住処で、その怪物を打ち破った者が封印を……

「我等の呪いは存在する! 憎い! 偶像イドラ! 偶像フィギュアに惹かれる者共! 認めぬ! 許さぬ! 語るに及ばぬ! 議論など愚か、唯排除するのみ! 我等は議論愚ギロング族! 全て! 壊し殺してくれるわ~っ!」
「ああああああああああっ! そんな!? やめろ、彼女はそんな人では……!?」

 振り向いた女性研究者の顔は牙剥く海賊達と同じ表情! 恐怖と悲しみと絶望に博士が悲鳴を上げる中、血を得て呪いを破った怪物達、議論愚ギロング族が這い出してくる!

「ぐわあああっ!?」
「博士ぇえっ!?」

 人と獣が融合した女怪・議論愚ギロング達の一人、蜘蛛の異形を宿した個体が真っ先に躍り出て、外骨格的な爪を宿した骨ばった腕を獰猛な速度で繰り出した。博士がばっさりと切り傷を刻まれ、血を流して倒れる。助手が悲鳴を上げた。

「ふぁははは! ぐ、偶像フィギュアを愛する者よ、死……う、違う、私は……」

 憑依された女性研究者はその惨劇に僅かに商機を取り戻して頭を抱え、必死にその正気を取り戻そうするが。

「ふぃぎゃあああああああああ!」
「しぃねえええええええええっ!」
「う、お、お……!?」

 周囲に溢れた議論愚ギロング達が咆哮を放ち、それによって正気を削られ、正気に戻れず更に悶絶する。

「しゃあああああっ!」

 そして再び前に出た議論愚ギロング達の一人が、博士を庇う助手を狙う……

 その、時。

 博士を庇う助手は、咄嗟に惑った。その手には、この遺跡の中出唯一完全な形を保っていた、石で出来た女神の偶像フィギュア。 それなりの大きさはある。議論愚ギロングの鉤爪は鋭く、手で防ごうとすれば手を切り裂かれてしまうだろうが、これで受け止める事がもし出来れば、あるいは腕を斬られずに済むかもしれない。もしくはこれを投げつければ、怯ませる事が出来るかもしれない。

(でもっ……!?)

 だがこれは貴重な、本当に貴重な最後の遺産だ。議論愚ギロング達の破壊活動からも歴史による風化からも生き延び、むしろ逆にこの遺跡と封印を見守るように残ってきたものだ。それを……

「(駄目だっ!)博士っ! うあっ!?」

 人類の財産を失う訳には行かない、例え命を懸けても。助手名判断した。偶像フィギュアを庇いながら、倒れた博士を手で引っ張って議論愚ギロングの追撃から間一髪逃がす。しかしそうなれば、追撃は助手自身を襲い……

「しぃいいいいっ!」
「がっ、あああっ!?」
「助手君~っ!?」

 片手に偶像フィギュアを抱え、片手で博士を後ろに逃がした助手の無防備な体を、議論愚ギロングの爪が切り裂いた。蜘蛛を思わせる節くれ立った沢山の手と複数の目を持つ議論愚ギロングが残忍に笑う。転がり逃れた、だが一寸先は闇の博士が絶望に叫ぶ。

 膝から崩れ落ちる助手。牙を剥く蜘蛛議論愚ギロング。薄い胸から溢れ出る血が、華奢な手を伝ってまだ握られている偶像フィギュアに伝って……

 その瞬間。女性研究者の血で議論愚ギロングの封印が解かれたように。

 血を注がれた偶像フィギュアが。

 光を放った。


(これ……は……)

 光の中、助手は幻を見ていた。

 輝いているとはいえ、美しい幻という程では無かった。人によっては、滑稽とも、不格好とも、みっともないとも言うかも知れない幻だった。

 架空のものを、祈り、慈しみ、愛し、作り上げようとする。

 数万年変わらない人の営み。

 恋のように激しいものもあれば、愛のように優しいものもあれば、信仰のように苛烈なものもあれば、英雄のように人を駆り立てるものもあれば、盛り場のように目つっぽくも後ろ暗く濁ったものもあった。

 だけれども、それを見て。

 滑稽でも不格好でもみっともなくても。

 次々表れては消えていくそういった思いを。

 可愛らしいと、愛おしいと慈しんだのだ。あってよいと、守ろうと思ったのだ。

 それは助手自身の思いであり、この偶像フィギュアを刻んだ者の思いであり……そして。

 後にフリュギアの女神キュベレと呼ばれる、人の思いから作られた多様な豊穣を守らんとする女神の偶像アイドルそのものが抱く願いだった。

 そう、フリュギアの豊饒な偶像フィギュアと対面し、見つめ合い、理解し合い、そして融合しとけあいながら、助手と呼ばれた少年は理解した。


「キ……!」
「キシャアアアアッ!?」

 光が消えた時、助手と呼ばれた少年だった者・・・・は、己を取り囲む議論愚ギロング達が遠巻きに威嚇めいた咆吼を放っているのに気づいた。

「えっ……?」

 視線を巡らす。気づく。地面、小石の上に斜めになって落ちたスマートフォン。

 自撮りセルフィモードになっていたそれが、己の姿を映している。

「ずぇえええええええええっ!?」

 ついさっきまで己が手にしていた、古代の豊満エッチ偶像フィギュア。殆ど裸同然の姿だったのだが、それでも、宗教的な、殆ど飾りめいた意匠らしい紋様がいくつか付いていたのだけど。

(分かる。これは、その格好だ。そして、それを付ける肉体は……)

 ……スマホに映る助手と呼ばれた少年だった者・・・・は、博士が持ち込んだような最新流行のドスケベ美少女フィギュア風に古代の豊満ドスケベ偶像フィギュアをリメイクしたかのような姿に変身TSしていたのだ!

「嘘でしょ!? 大体何で、えっと、いや、そうなんだけどね!?これって何の……!?」

 コケティッシュな美少女アイドル顔、メロンがついているような胸とそれと同等以上の質量を持つ尻、そしてそれを支えるぶっとい太股!

 少年の自我は当然混乱した。何が起ったのかと。だが、既に眼前に議論愚ギロングという怪物が存在している事から、普通ではあり得ないと思う事を素直に考えられた。考えざるを得なかったというか。

議論愚ギロングは存在し、封印されていた。つまり議論愚ギロングを封印した神秘の力は存在する。それが、これ!?)

「しゃあああああっ!」

 何とか理解する。己の変身は即ち議論愚ギロングを封じる為の力なのだと。だが直後、最初に助手少年に襲いかかった結果最も突出した位置にいた蜘蛛議論愚ギロングが襲いかかってくる!

 どう戦ったらいいか、まだまるで分からなかった。少年だった者・・・・は断片的な知識で動かざるを得なかった。

 だが、真面目な研究学生の頭脳は、咄嗟に堅実な手を手繰り寄せていた。

 手ではなく、脚だったが。

 即ち襲いかかる蜘蛛議論愚ギロングを……全力で蹴ったのだ。

 ZDOM!

 ……小型の砲を撃ったような音が響いた。

「ギシャアアアアッ!?」

 骨を軋ませ、蜘蛛議論愚ギロングが吹っ飛ぶ。

「うっわ……」

 少年だった者・・・・は驚いた……誇張されたドスケ美少女ベフィギュアそのものな、人体としてのバランスすれすれのぶっとい太股ならば相応の脚力があるのではないかと判断しての攻撃選択だったのだが……明らかに幾らぶっとい太股だといってもその見た目以上の威力を発揮していた。それも神秘の力か。非現実的な女神には実際に非現実的な超常の力を持っていて欲しいという願い祈りがもたらす神秘の力。

「っ……よしっ!!」

 ならば戦うしかない。少年だった女神・・は身構える。

 ……身構えたときに揺れる大きな胸の感触にはまるで慣れなかったが……

 神秘の力が体を巡るのが感じられた。じわじわと今の自分、偶像フィギュアにして偶像アイドルたる存在の、神秘の力の近い形が体に馴染んでくる。戦える、勝てる、と感じられた。

 議論愚ギロング共が吼える。背後には半身を起こして呆然とする博士。前には議論愚ギロングの群れの中、頭を抱えて蹲る女性研究者。


 どちらも助けなければ・・・・・・・・・・守る為に戦うのだ・・・・・・・・

 議論愚ギロング達は、そんな人々を否定しかしない。理解もせず、己だけの理を通し、踏み躙ろうとしている。他国を侵略する独裁者のように、男も女も、関係のある人も無い人も巻き込み、争いと断絶を作りながら。阻止しなければならない。そして。


 遙かな過去からもう少し先の未来まで繋がる戦い、女神にして偶像フィギュア+アイドルたるもの、女神偶像フィギュアイドルと呼ばれる変身TSヒロインの戦いが今、始まった。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

刀剣男
2022.03.27 刀剣男

なんだろうこの妙な説得力は?
過去と現代にわたる人類の普遍性をその視点から語ろうとは。
真面目に受け取るべきか、バカバカしいと笑えば良いのか。

とりあえず、人間ていつになっても人間なんだなと、そんな真理を見た気持ちです。

博元 裕央
2022.03.29 博元 裕央

正に!
昨日と今日とは同じなんじゃないか、これは昔も形を変えて存在していた事なのではないか。
そういう問題提起であり、そして、だから笑いを持って和と許容を訴える話です。
新しい視点になったのであれば幸いです。お読みいただきありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

俺の娘、チョロインじゃん!

ちゃんこ
ファンタジー
俺、そこそこイケてる男爵(32) 可愛い俺の娘はヒロイン……あれ? 乙女ゲーム? 悪役令嬢? ざまぁ? 何、この情報……? 男爵令嬢が王太子と婚約なんて、あり得なくね?  アホな俺の娘が高位貴族令息たちと仲良しこよしなんて、あり得なくね? ざまぁされること必至じゃね? でも、学園入学は来年だ。まだ間に合う。そうだ、隣国に移住しよう……問題ないな、うん! 「おのれぇぇ! 公爵令嬢たる我が娘を断罪するとは! 許さぬぞーっ!」 余裕ぶっこいてたら、おヒゲが素敵な公爵(41)が突進してきた! え? え? 公爵もゲーム情報キャッチしたの? ぎゃぁぁぁ! 【ヒロインの父親】vs.【悪役令嬢の父親】の戦いが始まる?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

令和の俺と昭和の私

廣瀬純一
ファンタジー
令和の男子と昭和の女子の体が入れ替わる話

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。