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・パイロットフィルム第一話後編(完)
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「う、うわあああっ、これは一体!?」
「な、何をしたんじゃ!」
アドゥヤマン県ネムルト山、コンマゲネ王国推定アンティオコス王墳墓遺跡近郊の知られざる洞窟。
崩落の危険がある洞窟の中に神殿がある事を突き止め発掘に入り込んだ一行を待っていたのは……正気を削らんばかりの異常事態だった。
まずそこにあったのは、成果。正に博士が考えたとおりの過渡期のプロポーションをした偶像達。どころか、それ以上の発見すらあった。
チャタル・ヒュユクの女神の頭部は復元された物で、元の顔を人類は知らなかった。だが、この洞窟の女神像たちは殆どが破損していたのだが、唯一つ壊れたところの無い完全な女神像があり、それには顔があった。
その顔はメソポタミアの像や縄文遮光器土偶のような目が極度に大きい像と写実的な像の中間。拙いながらも……何と、さながら漫画やアニメの顔のようだった。とんでもない衝撃的発見。時間と空間を超越した奇跡。
だがそれは衝撃的だが正気を削る発見ではなかった。正気を削るのは、洞窟の奥の壁面に刻まれたレリーフだ。それを見た途端一行の内の女性研究者が不意に頭を抱えて叫ぶと、そのレリーフを激しく叩いたのだ!
叩いた手から血が出るほどに強く。……そしてその血が壁に染み込み……よりはっきりと露になるレリーフは偶像と正反対の写実的に微に入り細を穿って描かれた、しかしあまりに非現実的な、メデューサめいて憤怒の顔と禍々しい動物が絡み合った女怪の貌を象った怪奇の紋様!
「わっ、私、の、研究分野は……古代の宗教、中でも呪術呪詛に関する分野だと、知っていた、だろう……」
壁を激しく叩いた女性研究者が、途切れ途切れ、まるで古いラジオを受信しているような口調で語り出す。ソレと同時に、唯でさえ崩れそうな遺跡が本当に崩れるのではないかという地響きを立て、何と言う事か、奥の石壁が開いていく……
「し、知っとる!だから偶像に関する研究もしたいと……」
「そう、私は知りたかった……人は何故呪うのか、古代の人間の怒りや呪いは今の人間の怒りや呪いと違うのか同じなのか……偶像は古代の呪いにおいて何なのか、偶像の内一部のものは何故砕かれているのか、それは呪術なのか、身代わりなのか、それとも古代ローマや現代アフガニスタンのバーミヤンで起こったような偶像破壊なのか。何故偶像は壊されるのか? 偶像は憎まれているのか? 誰に!?」
「よ、よしたまえ! それは危険じゃ! 正気に戻るんじゃ!」
女性研究者の譫言に、博士は何かに気づいたように叫ぶ。
何故博士は気づいたのか、何に気づいたのか。博士の研究はフィクションのキャラクターを巡る対立を終わらせる為のものだと。その博士が危険視するものは。
「まさか……その、そいつらは……」
ずしずしと未知の力で開いた石壁の向こうには……おお……正に壁に刻まれたのとそっくりな、憤怒の形相と蜘蛛、蝙蝠、蜥蜴、蠍、蛇、植物、蜂、猛禽、狼……様々な動物の要素を宿した異形の体を持つ女怪達の干からびた骸! それが血を吸って……おお……おお……! 戻ってくる! 蘇ってくる!
「……今の世でもフィクションのキャラクターを憎み呪う人間が居るなら……昔にもフィクションのキャラクターを憎み呪う人間が居た筈……現実より人を引きつけるフィクションのキャラクターへの憎しみ……偶像の破壊の何割かは実はそういう……憎み妬み呪う心と仮説を……そして人間は何故何千年も何万年も呪い続けている? 科学的に考えて呪いに効果なんて、呪われているのではないかと思う事による影響以外は存在しない筈なのに? 本当に? 本当に呪いなんて存在しない? いや……」
無線が混信するように、複数の声色が女性研究者の声に混淆する。
助手は理解した。呪いが存在するのであれば、あの怪物を刻んだ石壁は、怪物を石壁に刻みつける事で、怪物は石だと定義し石化させていたのだと。此処は偶像を憎む怪物達が偶像を破壊していた住処で、その怪物を打ち破った者が封印を……
「我等の呪いは存在する! 憎い! 偶像! 偶像に惹かれる者共! 認めぬ! 許さぬ! 語るに及ばぬ! 議論など愚か、唯排除するのみ! 我等は議論愚族! 全て! 壊し殺してくれるわ~っ!」
「ああああああああああっ! そんな!? やめろ、彼女はそんな人では……!?」
振り向いた女性研究者の顔は牙剥く海賊達と同じ表情! 恐怖と悲しみと絶望に博士が悲鳴を上げる中、血を得て呪いを破った怪物達、議論愚族が這い出してくる!
「ぐわあああっ!?」
「博士ぇえっ!?」
人と獣が融合した女怪・議論愚達の一人、蜘蛛の異形を宿した個体が真っ先に躍り出て、外骨格的な爪を宿した骨ばった腕を獰猛な速度で繰り出した。博士がばっさりと切り傷を刻まれ、血を流して倒れる。助手が悲鳴を上げた。
「ふぁははは! ぐ、偶像を愛する者よ、死……う、違う、私は……」
憑依された女性研究者はその惨劇に僅かに商機を取り戻して頭を抱え、必死にその正気を取り戻そうするが。
「ふぃぎゃあああああああああ!」
「しぃねえええええええええっ!」
「う、お、お……!?」
周囲に溢れた議論愚達が咆哮を放ち、それによって正気を削られ、正気に戻れず更に悶絶する。
「しゃあああああっ!」
そして再び前に出た議論愚達の一人が、博士を庇う助手を狙う……
その、時。
博士を庇う助手は、咄嗟に惑った。その手には、この遺跡の中出唯一完全な形を保っていた、石で出来た女神の偶像。 それなりの大きさはある。議論愚の鉤爪は鋭く、手で防ごうとすれば手を切り裂かれてしまうだろうが、これで受け止める事がもし出来れば、あるいは腕を斬られずに済むかもしれない。もしくはこれを投げつければ、怯ませる事が出来るかもしれない。
(でもっ……!?)
だがこれは貴重な、本当に貴重な最後の遺産だ。議論愚達の破壊活動からも歴史による風化からも生き延び、むしろ逆にこの遺跡と封印を見守るように残ってきたものだ。それを……
「(駄目だっ!)博士っ! うあっ!?」
人類の財産を失う訳には行かない、例え命を懸けても。助手名判断した。偶像を庇いながら、倒れた博士を手で引っ張って議論愚の追撃から間一髪逃がす。しかしそうなれば、追撃は助手自身を襲い……
「しぃいいいいっ!」
「がっ、あああっ!?」
「助手君~っ!?」
片手に偶像を抱え、片手で博士を後ろに逃がした助手の無防備な体を、議論愚の爪が切り裂いた。蜘蛛を思わせる節くれ立った沢山の手と複数の目を持つ議論愚が残忍に笑う。転がり逃れた、だが一寸先は闇の博士が絶望に叫ぶ。
膝から崩れ落ちる助手。牙を剥く蜘蛛議論愚。薄い胸から溢れ出る血が、華奢な手を伝ってまだ握られている偶像に伝って……
その瞬間。女性研究者の血で議論愚の封印が解かれたように。
血を注がれた偶像が。
光を放った。
(これ……は……)
光の中、助手は幻を見ていた。
輝いているとはいえ、美しい幻という程では無かった。人によっては、滑稽とも、不格好とも、みっともないとも言うかも知れない幻だった。
架空のものを、祈り、慈しみ、愛し、作り上げようとする。
数万年変わらない人の営み。
恋のように激しいものもあれば、愛のように優しいものもあれば、信仰のように苛烈なものもあれば、英雄のように人を駆り立てるものもあれば、盛り場のように目つっぽくも後ろ暗く濁ったものもあった。
だけれども、それを見て。
滑稽でも不格好でもみっともなくても。
次々表れては消えていくそういった思いを。
可愛らしいと、愛おしいと慈しんだのだ。あってよいと、守ろうと思ったのだ。
それは助手自身の思いであり、この偶像を刻んだ者の思いであり……そして。
後にフリュギアの女神キュベレと呼ばれる、人の思いから作られた多様な豊穣を守らんとする女神の偶像そのものが抱く願いだった。
そう、フリュギアの豊饒な偶像と対面し、見つめ合い、理解し合い、そして融合しながら、助手と呼ばれた少年は理解した。
「キ……!」
「キシャアアアアッ!?」
光が消えた時、助手と呼ばれた少年だった者は、己を取り囲む議論愚達が遠巻きに威嚇めいた咆吼を放っているのに気づいた。
「えっ……?」
視線を巡らす。気づく。地面、小石の上に斜めになって落ちたスマートフォン。
自撮りモードになっていたそれが、己の姿を映している。
「ずぇえええええええええっ!?」
ついさっきまで己が手にしていた、古代の豊満な偶像。殆ど裸同然の姿だったのだが、それでも、宗教的な、殆ど飾りめいた意匠らしい紋様がいくつか付いていたのだけど。
(分かる。これは、その格好だ。そして、それを付ける肉体は……)
……スマホに映る助手と呼ばれた少年だった者は、博士が持ち込んだような最新流行のドスケベ美少女フィギュア風に古代の豊満偶像をリメイクしたかのような姿に変身していたのだ!
「嘘でしょ!? 大体何で、えっと、いや、そうなんだけどね!?これって何の……!?」
コケティッシュな美少女顔、メロンがついているような胸とそれと同等以上の質量を持つ尻、そしてそれを支えるぶっとい太股!
少年の自我は当然混乱した。何が起ったのかと。だが、既に眼前に議論愚という怪物が存在している事から、普通ではあり得ないと思う事を素直に考えられた。考えざるを得なかったというか。
(議論愚は存在し、封印されていた。つまり議論愚を封印した神秘の力は存在する。それが、これ!?)
「しゃあああああっ!」
何とか理解する。己の変身は即ち議論愚を封じる為の力なのだと。だが直後、最初に助手少年に襲いかかった結果最も突出した位置にいた蜘蛛議論愚が襲いかかってくる!
どう戦ったらいいか、まだまるで分からなかった。少年だった者は断片的な知識で動かざるを得なかった。
だが、真面目な研究学生の頭脳は、咄嗟に堅実な手を手繰り寄せていた。
手ではなく、脚だったが。
即ち襲いかかる蜘蛛議論愚を……全力で蹴ったのだ。
ZDOM!
……小型の砲を撃ったような音が響いた。
「ギシャアアアアッ!?」
骨を軋ませ、蜘蛛議論愚が吹っ飛ぶ。
「うっわ……」
少年だった者は驚いた……誇張されたドスケ美少女ベフィギュアそのものな、人体としてのバランスすれすれのぶっとい太股ならば相応の脚力があるのではないかと判断しての攻撃選択だったのだが……明らかに幾らぶっとい太股だといってもその見た目以上の威力を発揮していた。それも神秘の力か。非現実的な女神には実際に非現実的な超常の力を持っていて欲しいという願いがもたらす神秘の力。
「っ……よしっ!!」
ならば戦うしかない。少年だった女神は身構える。
……身構えたときに揺れる大きな胸の感触にはまるで慣れなかったが……
神秘の力が体を巡るのが感じられた。じわじわと今の自分、偶像にして偶像たる存在の、神秘の力の近い形が体に馴染んでくる。戦える、勝てる、と感じられた。
議論愚共が吼える。背後には半身を起こして呆然とする博士。前には議論愚の群れの中、頭を抱えて蹲る女性研究者。
どちらも助けなければ。守る為に戦うのだ。
議論愚達は、そんな人々を否定しかしない。理解もせず、己だけの理を通し、踏み躙ろうとしている。他国を侵略する独裁者のように、男も女も、関係のある人も無い人も巻き込み、争いと断絶を作りながら。阻止しなければならない。そして。
遙かな過去からもう少し先の未来まで繋がる戦い、女神にして偶像たるもの、女神偶像フィギュアイドルと呼ばれる変身ヒロインの戦いが今、始まった。
「な、何をしたんじゃ!」
アドゥヤマン県ネムルト山、コンマゲネ王国推定アンティオコス王墳墓遺跡近郊の知られざる洞窟。
崩落の危険がある洞窟の中に神殿がある事を突き止め発掘に入り込んだ一行を待っていたのは……正気を削らんばかりの異常事態だった。
まずそこにあったのは、成果。正に博士が考えたとおりの過渡期のプロポーションをした偶像達。どころか、それ以上の発見すらあった。
チャタル・ヒュユクの女神の頭部は復元された物で、元の顔を人類は知らなかった。だが、この洞窟の女神像たちは殆どが破損していたのだが、唯一つ壊れたところの無い完全な女神像があり、それには顔があった。
その顔はメソポタミアの像や縄文遮光器土偶のような目が極度に大きい像と写実的な像の中間。拙いながらも……何と、さながら漫画やアニメの顔のようだった。とんでもない衝撃的発見。時間と空間を超越した奇跡。
だがそれは衝撃的だが正気を削る発見ではなかった。正気を削るのは、洞窟の奥の壁面に刻まれたレリーフだ。それを見た途端一行の内の女性研究者が不意に頭を抱えて叫ぶと、そのレリーフを激しく叩いたのだ!
叩いた手から血が出るほどに強く。……そしてその血が壁に染み込み……よりはっきりと露になるレリーフは偶像と正反対の写実的に微に入り細を穿って描かれた、しかしあまりに非現実的な、メデューサめいて憤怒の顔と禍々しい動物が絡み合った女怪の貌を象った怪奇の紋様!
「わっ、私、の、研究分野は……古代の宗教、中でも呪術呪詛に関する分野だと、知っていた、だろう……」
壁を激しく叩いた女性研究者が、途切れ途切れ、まるで古いラジオを受信しているような口調で語り出す。ソレと同時に、唯でさえ崩れそうな遺跡が本当に崩れるのではないかという地響きを立て、何と言う事か、奥の石壁が開いていく……
「し、知っとる!だから偶像に関する研究もしたいと……」
「そう、私は知りたかった……人は何故呪うのか、古代の人間の怒りや呪いは今の人間の怒りや呪いと違うのか同じなのか……偶像は古代の呪いにおいて何なのか、偶像の内一部のものは何故砕かれているのか、それは呪術なのか、身代わりなのか、それとも古代ローマや現代アフガニスタンのバーミヤンで起こったような偶像破壊なのか。何故偶像は壊されるのか? 偶像は憎まれているのか? 誰に!?」
「よ、よしたまえ! それは危険じゃ! 正気に戻るんじゃ!」
女性研究者の譫言に、博士は何かに気づいたように叫ぶ。
何故博士は気づいたのか、何に気づいたのか。博士の研究はフィクションのキャラクターを巡る対立を終わらせる為のものだと。その博士が危険視するものは。
「まさか……その、そいつらは……」
ずしずしと未知の力で開いた石壁の向こうには……おお……正に壁に刻まれたのとそっくりな、憤怒の形相と蜘蛛、蝙蝠、蜥蜴、蠍、蛇、植物、蜂、猛禽、狼……様々な動物の要素を宿した異形の体を持つ女怪達の干からびた骸! それが血を吸って……おお……おお……! 戻ってくる! 蘇ってくる!
「……今の世でもフィクションのキャラクターを憎み呪う人間が居るなら……昔にもフィクションのキャラクターを憎み呪う人間が居た筈……現実より人を引きつけるフィクションのキャラクターへの憎しみ……偶像の破壊の何割かは実はそういう……憎み妬み呪う心と仮説を……そして人間は何故何千年も何万年も呪い続けている? 科学的に考えて呪いに効果なんて、呪われているのではないかと思う事による影響以外は存在しない筈なのに? 本当に? 本当に呪いなんて存在しない? いや……」
無線が混信するように、複数の声色が女性研究者の声に混淆する。
助手は理解した。呪いが存在するのであれば、あの怪物を刻んだ石壁は、怪物を石壁に刻みつける事で、怪物は石だと定義し石化させていたのだと。此処は偶像を憎む怪物達が偶像を破壊していた住処で、その怪物を打ち破った者が封印を……
「我等の呪いは存在する! 憎い! 偶像! 偶像に惹かれる者共! 認めぬ! 許さぬ! 語るに及ばぬ! 議論など愚か、唯排除するのみ! 我等は議論愚族! 全て! 壊し殺してくれるわ~っ!」
「ああああああああああっ! そんな!? やめろ、彼女はそんな人では……!?」
振り向いた女性研究者の顔は牙剥く海賊達と同じ表情! 恐怖と悲しみと絶望に博士が悲鳴を上げる中、血を得て呪いを破った怪物達、議論愚族が這い出してくる!
「ぐわあああっ!?」
「博士ぇえっ!?」
人と獣が融合した女怪・議論愚達の一人、蜘蛛の異形を宿した個体が真っ先に躍り出て、外骨格的な爪を宿した骨ばった腕を獰猛な速度で繰り出した。博士がばっさりと切り傷を刻まれ、血を流して倒れる。助手が悲鳴を上げた。
「ふぁははは! ぐ、偶像を愛する者よ、死……う、違う、私は……」
憑依された女性研究者はその惨劇に僅かに商機を取り戻して頭を抱え、必死にその正気を取り戻そうするが。
「ふぃぎゃあああああああああ!」
「しぃねえええええええええっ!」
「う、お、お……!?」
周囲に溢れた議論愚達が咆哮を放ち、それによって正気を削られ、正気に戻れず更に悶絶する。
「しゃあああああっ!」
そして再び前に出た議論愚達の一人が、博士を庇う助手を狙う……
その、時。
博士を庇う助手は、咄嗟に惑った。その手には、この遺跡の中出唯一完全な形を保っていた、石で出来た女神の偶像。 それなりの大きさはある。議論愚の鉤爪は鋭く、手で防ごうとすれば手を切り裂かれてしまうだろうが、これで受け止める事がもし出来れば、あるいは腕を斬られずに済むかもしれない。もしくはこれを投げつければ、怯ませる事が出来るかもしれない。
(でもっ……!?)
だがこれは貴重な、本当に貴重な最後の遺産だ。議論愚達の破壊活動からも歴史による風化からも生き延び、むしろ逆にこの遺跡と封印を見守るように残ってきたものだ。それを……
「(駄目だっ!)博士っ! うあっ!?」
人類の財産を失う訳には行かない、例え命を懸けても。助手名判断した。偶像を庇いながら、倒れた博士を手で引っ張って議論愚の追撃から間一髪逃がす。しかしそうなれば、追撃は助手自身を襲い……
「しぃいいいいっ!」
「がっ、あああっ!?」
「助手君~っ!?」
片手に偶像を抱え、片手で博士を後ろに逃がした助手の無防備な体を、議論愚の爪が切り裂いた。蜘蛛を思わせる節くれ立った沢山の手と複数の目を持つ議論愚が残忍に笑う。転がり逃れた、だが一寸先は闇の博士が絶望に叫ぶ。
膝から崩れ落ちる助手。牙を剥く蜘蛛議論愚。薄い胸から溢れ出る血が、華奢な手を伝ってまだ握られている偶像に伝って……
その瞬間。女性研究者の血で議論愚の封印が解かれたように。
血を注がれた偶像が。
光を放った。
(これ……は……)
光の中、助手は幻を見ていた。
輝いているとはいえ、美しい幻という程では無かった。人によっては、滑稽とも、不格好とも、みっともないとも言うかも知れない幻だった。
架空のものを、祈り、慈しみ、愛し、作り上げようとする。
数万年変わらない人の営み。
恋のように激しいものもあれば、愛のように優しいものもあれば、信仰のように苛烈なものもあれば、英雄のように人を駆り立てるものもあれば、盛り場のように目つっぽくも後ろ暗く濁ったものもあった。
だけれども、それを見て。
滑稽でも不格好でもみっともなくても。
次々表れては消えていくそういった思いを。
可愛らしいと、愛おしいと慈しんだのだ。あってよいと、守ろうと思ったのだ。
それは助手自身の思いであり、この偶像を刻んだ者の思いであり……そして。
後にフリュギアの女神キュベレと呼ばれる、人の思いから作られた多様な豊穣を守らんとする女神の偶像そのものが抱く願いだった。
そう、フリュギアの豊饒な偶像と対面し、見つめ合い、理解し合い、そして融合しながら、助手と呼ばれた少年は理解した。
「キ……!」
「キシャアアアアッ!?」
光が消えた時、助手と呼ばれた少年だった者は、己を取り囲む議論愚達が遠巻きに威嚇めいた咆吼を放っているのに気づいた。
「えっ……?」
視線を巡らす。気づく。地面、小石の上に斜めになって落ちたスマートフォン。
自撮りモードになっていたそれが、己の姿を映している。
「ずぇえええええええええっ!?」
ついさっきまで己が手にしていた、古代の豊満な偶像。殆ど裸同然の姿だったのだが、それでも、宗教的な、殆ど飾りめいた意匠らしい紋様がいくつか付いていたのだけど。
(分かる。これは、その格好だ。そして、それを付ける肉体は……)
……スマホに映る助手と呼ばれた少年だった者は、博士が持ち込んだような最新流行のドスケベ美少女フィギュア風に古代の豊満偶像をリメイクしたかのような姿に変身していたのだ!
「嘘でしょ!? 大体何で、えっと、いや、そうなんだけどね!?これって何の……!?」
コケティッシュな美少女顔、メロンがついているような胸とそれと同等以上の質量を持つ尻、そしてそれを支えるぶっとい太股!
少年の自我は当然混乱した。何が起ったのかと。だが、既に眼前に議論愚という怪物が存在している事から、普通ではあり得ないと思う事を素直に考えられた。考えざるを得なかったというか。
(議論愚は存在し、封印されていた。つまり議論愚を封印した神秘の力は存在する。それが、これ!?)
「しゃあああああっ!」
何とか理解する。己の変身は即ち議論愚を封じる為の力なのだと。だが直後、最初に助手少年に襲いかかった結果最も突出した位置にいた蜘蛛議論愚が襲いかかってくる!
どう戦ったらいいか、まだまるで分からなかった。少年だった者は断片的な知識で動かざるを得なかった。
だが、真面目な研究学生の頭脳は、咄嗟に堅実な手を手繰り寄せていた。
手ではなく、脚だったが。
即ち襲いかかる蜘蛛議論愚を……全力で蹴ったのだ。
ZDOM!
……小型の砲を撃ったような音が響いた。
「ギシャアアアアッ!?」
骨を軋ませ、蜘蛛議論愚が吹っ飛ぶ。
「うっわ……」
少年だった者は驚いた……誇張されたドスケ美少女ベフィギュアそのものな、人体としてのバランスすれすれのぶっとい太股ならば相応の脚力があるのではないかと判断しての攻撃選択だったのだが……明らかに幾らぶっとい太股だといってもその見た目以上の威力を発揮していた。それも神秘の力か。非現実的な女神には実際に非現実的な超常の力を持っていて欲しいという願いがもたらす神秘の力。
「っ……よしっ!!」
ならば戦うしかない。少年だった女神は身構える。
……身構えたときに揺れる大きな胸の感触にはまるで慣れなかったが……
神秘の力が体を巡るのが感じられた。じわじわと今の自分、偶像にして偶像たる存在の、神秘の力の近い形が体に馴染んでくる。戦える、勝てる、と感じられた。
議論愚共が吼える。背後には半身を起こして呆然とする博士。前には議論愚の群れの中、頭を抱えて蹲る女性研究者。
どちらも助けなければ。守る為に戦うのだ。
議論愚達は、そんな人々を否定しかしない。理解もせず、己だけの理を通し、踏み躙ろうとしている。他国を侵略する独裁者のように、男も女も、関係のある人も無い人も巻き込み、争いと断絶を作りながら。阻止しなければならない。そして。
遙かな過去からもう少し先の未来まで繋がる戦い、女神にして偶像たるもの、女神偶像フィギュアイドルと呼ばれる変身ヒロインの戦いが今、始まった。
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