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・パイロットフィルム第一話前編
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トルコ共和国南東アナトリア地方アドゥヤマン県。
「本当に今度こそなんですか、博士ぇ~」
「今度こその筈なんじゃよ、助手君」
赤茶色の土煙を立てながら、たった三人の考古学調査隊がピックアップトラックに乗って人里離れた荒野を進んでいた。
三人の内訳は、むっつりとした表情をサングラスで隠しハンドルを握るタフそうな壮年女性研究者が一人、多少疲労した様子の小柄で華奢な体格とあどけなく可愛げのある容姿のおかげで殆ど少年めいた印象の学生が一人、コントか! と言いたくなるようなベッタベタな白髪白髭眼鏡の博士が一人だ。
座席の空いた部分と荷台には、発掘危惧と記録と参考資料、そして衝撃で中身を壊さないように作られたケースに収納された、幾つもの石像や粘土像。ここまでの調査旅行で発掘されたものだ。
中央アナトリア地方コンヤ県にある紀元前6850年前の古代都市チャタル・ヒュユク、南東アナトリア地方シャンウルファ県にある紀元前一万年前の古代神殿ギョベクリ・テベ。その間の諸地域を、この一団は調査していた。
それは紀元前一万年前から紀元前6850年前の時間を旅しているとも言えた。
そして、博士の専門分野は古代における偶像一般であった。即ち、幾つかの動物のレリーフと丁字型を基本とした抽象的な石像に刻まれた時代から、後には同じこのアナトリアの地であるフリュギアから信仰を広めた女神キュベレに繋がったかもしれない、かの名高きチャタル・ヒュユクの獅子を従える豊満な女神像までの時間に位置する偶像をこの一団は探し回ってきた。
「ギョベクリ・テベの丁字石像からチャタル・ヒュユクの女神に至までの偶像デザインの変遷、その参考になる未発見の粘土像や石像を今回の調査旅行で幾つも見つけてきた。あるところではチャタル・ヒュユクの女神をもう少し細くしたような座像、有るところでは丁字石像をもう少し人間的にしたような立像。その点と点を結んだ線の先にワシが探すものが……さながら国や文明を超えて愛されたキュベレ女神の力の如く世界を一変させる、考古学的発見だけでは無く世界に平和をもたらす発見がある筈なんじゃよ」
「それなんですけど~」
運転をしている女性研究者が寡黙なのと違い、饒舌に喋る博士に対して学生助手が疑問を呈した。
「僕はここの遺跡発掘に手慣れているからという事でスカウトされたんですが……確かにこの地の偶像の変遷が解明される事は考古学的・文化人類学・宗教学的に大きな発見だと思いますけど、その、何でまた世界平和? それと、その」
困惑の表情で、発掘した像を収めたものではない箱を開ける。そこにはノートパソコンと紙の資料と、そして。
「何で、美少女フィギュアが参考資料に?」
何故かアニメや漫画やソーシャルゲームの美少女フィギュアが幾つも収められていたのだ。
「……全くだ」
この疑問には、運転する壮年女性の研究者もハスキーな声で唸るように同意する。短く髪を刈りごついサングラスを掛けて骨太な体格も立派なので、さながら理解不能と計算を繰り返す女アンドロイドソルジャーといった風だ。
「うむ、そういえば発掘に夢中で詳しく言ってなかったのう。それじゃあ、改めて説明しておこうかの」
問いに対してそう言うと、博士は七枚のプリントアウト画像を取り出した。上から一枚づつ見せていく。
「まずこれを見てくれ」
「チャタル・ヒュユクの女神ですよね」
それはチャタル・ヒュユクの遺跡で有名な、そしてこの発掘旅行で似たような者を幾つか発見した非常に豊満な女性を象った像だ。
「うむ。ヴィレンドルフのヴィーナス等欧州での発掘例もあるように、こういう像は各地に存在する。それが母性や出産に関わる誇張による呪術的崇拝なのか、当時の栄養と健康と体型の関係等の影響による人類の性的嗜好の変遷を示す性的芸術の示相化石的存在なのか諸説有る訳じゃが……次にコレを見てくれ」
そう言って博士が取り出した二枚目の画像は……例の美少女フィギュアの題材になった、数多有るソーシャルゲームの中でも一際性的な誇張が過激なキャラクターだ。物凄いボリュームの乳尻太股! それは連続して示された豊満な女神像にボリュームだけ見れば近いかもしれず……
「まさか、豊満女神像は古代のその、エッチぃキャラクターだと?」
「それだけではないよ。今時はそういう俗説はありふれておる」
戦慄する助手の発言に、ちっちっちと舌を鳴らして教授は紙を摘まんだまま指を振った。それを否定しないが、その先があるのだと。
「これとこれを見たまえ」
「ギョベクリ・テベのシンプルな石像と……昔の魔女っ子か何かのキャラクターでしょうか?」
三枚目、写真。これも似たような石像を発掘した、チャタル・ヒュユクの女神より更に古い時代の石像だ。四枚目、その次に示された画像は、すとんとしたシンプルな線で書かれた、可愛らしい細身な少女のイラスト。大分昔の女児向けアニメか何かのキャラクターのように助手には見えた。確かコレも、フィギュアが資料として持ち込まれていた筈。
「そしてこれを見てくれ」
「コレは? 少し昔のゲームかアニメの女性キャラクターのようですが……」
五枚目。最初に見せた一際セクシーな爆乳キャラと比べればスマートでしなやかだが、先に見せられた昔の魔法少女と比べれば明らかにスタイルのいいキャラクター。
だが、何か違和感を覚える……
「服装を見れば分かるじゃろう? このキャラクターは作られた当時、本来は巨乳のセクシーキャラとしてデザインされたものじゃ」
「えっ……ああっ!?」
言われてみれば確かにそうだ。このキャラクターは巨乳のセクシーキャラだ。だが何故即座にそう感じ取れなかった?
「当時と言った通り、これは大体二十~三十年くらい前のキャラクターじゃ。そして最近リメイクされてのう、それがこれじゃ」
「おっ……おっぱいが大きくなってるっ!?」
六枚目。五枚目と同じキャラクターだが今風の画風。明らかに胸が大きくなっている。そしてそうなって初めて巨乳キャラだと実感が湧く!
「博士、これは一体!?」
こんなシチュでベタな台詞を吐く助手に、我が意を得たりと博士は笑った。
「そう、二次元キャラのおっぱいは明確に大きくなってきておる。じゃがこれはいかなる理由によってか? ただ果てしない受け手の欲望の増大と作り手の更なる刺激の投入といった激辛ブームめいた商業主義的過剰インフレーションのウロボロスか? それとも日本における実在女性のプロポーションが実際平均身長などと共に増大傾向にある影響か? それともその両方か? ……そこで、七枚目じゃ」
そして博士は最後の画像を出す。写真。それは博士にも助手にも運転席の女性研究者にも見慣れたものだ。ここまでの旅で発掘した、チャタル・ヒュユクの女神より細く、ギョクベリ・テベの丁字像より遙かに肉体としてふくよかな女性像たち。
「ッ……ああっ、そ、そんなっ!? こんな、事が!?」
「ふぉっふぉっふぉっ、気づいたかね助手君!」
「……言いたい事は分からんでもないが……」
その類似が暗示する仮説に気づき、こんな事にいちいち律儀に戦慄の表情を浮かべてくれる助手、歓喜の笑いを浮かべる博士。気づかないでもないがマジでその仮説を提唱するのかよという風に片手をハンドルから離さないまま片手でこめかみを抑える女性研究者。
「そう……古代にも同じ事が起きていたのなら、商業主義的インフレーションや平均体格の改善では説明がつかないではないか。少なくともそれだけではないのではないか? となるわけじゃ。諸君、考古学からすれば専門外とは思うが、超正常刺激という言葉は知っておるかな?」
爛々と目を光らせ、博士は己が仮説を開陳した。
「……そのくらいは知っている。動物の本能が、抱卵や繁殖時の性的選択において実際の対象より極端に誇張された現実的にありえない対象についてより強く反応する事だろう? 現実の卵より大きい卵を抱こうとして托卵に引っかかったり、現実の雌よりも極端な配色の模型に雄が縋り付いたりする」
「ヴィレンドルフのヴィーナスやチャタル・ヒュユクの女神のような過剰に豊満な象や、神話に於ける角のある神々や悪魔、帽子や髪型に関する風習にも影響があるかも知れないとも聞きますけど……」
「その通り。黒い棒でトノサマバッタの雄が釣れるトノサマバッタ釣りも同じじゃな。最近の子はああいう遊びはせんようじゃが」
女性研究者と学生助手がそれぞれ答え、博士はその通りじゃと頷いた。だが、ヴィレンドルフのヴィーナスの段階でそうかもしれないと言うのであれば、その類例であるチャタル・ヒュユクの女神もまたそうだとしてそれが如何なる新発見に繋がるというのかと、博士以外の二人は首を傾けかけ……
「逆もまた真という事……?」
「その通りじゃ!」
何故博士がキャラクターと偶像の比較を研究しているのか。
そこから、助手が答えに辿り着いた。我が意を得たりと博士が叫ぶ。
「ヴィレンドルフのヴィーナスやチャタル・ヒュユクの女神が、たまたまその方向性に至ったのでは無く徐々に至ったとするならば、それは現代と同じであり……古代の女神が超正常刺激の産物であったのであれば、現代のキャラクターもまた同じ事。人が今も昔も乳尻太股を盛ってしまうのは超正常刺激に基づく本能という事になる」
そして博士は語った。それが平和に繋がると考える理由を。
「人は今やより良くあろうとするあまりあらゆる物事について何が正しいのか正しくないのかを求め、とうとう自分達が求めた筈の自由にすら攻撃を始めてしまった。まるで免疫機能が却って健康を害するアレルギーのように。フィクションの中のキャラクターが性的かどうか等でいきり立ち、フィクションのキャラクターを愛して生きている人間を排除しようとするのは正に偏見のアレルギーじゃ。じゃから、過剰な性的さを求めるのが生命の本質であり人類史の必然であると証明できたなら、それは排斥の対象たる異常ではないと示せる。そうすれば、人類から争いを一つ減らす事が出来る。それは、平和の一助であり、例え一助でしかないとしても、平和の方向に一歩でも歩み出る、文化の流れの方向性を動かす事は大切な平和への道となるのではないかと思うんじゃ……」
「博士……」
博士の祈りに、助手は感動してその手を取った。博士の研究に助手は魅入られていた。女性研究者はまだ半信半疑という様子だったが、博士と助手の間にはこの瞬間深く強い絆が生まれていた。手を握り返し、博士は宣言する。
「美少女フィギュアの変遷と土偶・石像の比較に関するデータは揃いつつある。傾向分析的に次の遺跡で最も過渡期的な偶像が発見される筈じゃ。そうすればデータが揃う。論文が作れる。頑張ろう!」
「はい!」
そうして、車は最後の発掘予定地に向かったのだが……
「本当に今度こそなんですか、博士ぇ~」
「今度こその筈なんじゃよ、助手君」
赤茶色の土煙を立てながら、たった三人の考古学調査隊がピックアップトラックに乗って人里離れた荒野を進んでいた。
三人の内訳は、むっつりとした表情をサングラスで隠しハンドルを握るタフそうな壮年女性研究者が一人、多少疲労した様子の小柄で華奢な体格とあどけなく可愛げのある容姿のおかげで殆ど少年めいた印象の学生が一人、コントか! と言いたくなるようなベッタベタな白髪白髭眼鏡の博士が一人だ。
座席の空いた部分と荷台には、発掘危惧と記録と参考資料、そして衝撃で中身を壊さないように作られたケースに収納された、幾つもの石像や粘土像。ここまでの調査旅行で発掘されたものだ。
中央アナトリア地方コンヤ県にある紀元前6850年前の古代都市チャタル・ヒュユク、南東アナトリア地方シャンウルファ県にある紀元前一万年前の古代神殿ギョベクリ・テベ。その間の諸地域を、この一団は調査していた。
それは紀元前一万年前から紀元前6850年前の時間を旅しているとも言えた。
そして、博士の専門分野は古代における偶像一般であった。即ち、幾つかの動物のレリーフと丁字型を基本とした抽象的な石像に刻まれた時代から、後には同じこのアナトリアの地であるフリュギアから信仰を広めた女神キュベレに繋がったかもしれない、かの名高きチャタル・ヒュユクの獅子を従える豊満な女神像までの時間に位置する偶像をこの一団は探し回ってきた。
「ギョベクリ・テベの丁字石像からチャタル・ヒュユクの女神に至までの偶像デザインの変遷、その参考になる未発見の粘土像や石像を今回の調査旅行で幾つも見つけてきた。あるところではチャタル・ヒュユクの女神をもう少し細くしたような座像、有るところでは丁字石像をもう少し人間的にしたような立像。その点と点を結んだ線の先にワシが探すものが……さながら国や文明を超えて愛されたキュベレ女神の力の如く世界を一変させる、考古学的発見だけでは無く世界に平和をもたらす発見がある筈なんじゃよ」
「それなんですけど~」
運転をしている女性研究者が寡黙なのと違い、饒舌に喋る博士に対して学生助手が疑問を呈した。
「僕はここの遺跡発掘に手慣れているからという事でスカウトされたんですが……確かにこの地の偶像の変遷が解明される事は考古学的・文化人類学・宗教学的に大きな発見だと思いますけど、その、何でまた世界平和? それと、その」
困惑の表情で、発掘した像を収めたものではない箱を開ける。そこにはノートパソコンと紙の資料と、そして。
「何で、美少女フィギュアが参考資料に?」
何故かアニメや漫画やソーシャルゲームの美少女フィギュアが幾つも収められていたのだ。
「……全くだ」
この疑問には、運転する壮年女性の研究者もハスキーな声で唸るように同意する。短く髪を刈りごついサングラスを掛けて骨太な体格も立派なので、さながら理解不能と計算を繰り返す女アンドロイドソルジャーといった風だ。
「うむ、そういえば発掘に夢中で詳しく言ってなかったのう。それじゃあ、改めて説明しておこうかの」
問いに対してそう言うと、博士は七枚のプリントアウト画像を取り出した。上から一枚づつ見せていく。
「まずこれを見てくれ」
「チャタル・ヒュユクの女神ですよね」
それはチャタル・ヒュユクの遺跡で有名な、そしてこの発掘旅行で似たような者を幾つか発見した非常に豊満な女性を象った像だ。
「うむ。ヴィレンドルフのヴィーナス等欧州での発掘例もあるように、こういう像は各地に存在する。それが母性や出産に関わる誇張による呪術的崇拝なのか、当時の栄養と健康と体型の関係等の影響による人類の性的嗜好の変遷を示す性的芸術の示相化石的存在なのか諸説有る訳じゃが……次にコレを見てくれ」
そう言って博士が取り出した二枚目の画像は……例の美少女フィギュアの題材になった、数多有るソーシャルゲームの中でも一際性的な誇張が過激なキャラクターだ。物凄いボリュームの乳尻太股! それは連続して示された豊満な女神像にボリュームだけ見れば近いかもしれず……
「まさか、豊満女神像は古代のその、エッチぃキャラクターだと?」
「それだけではないよ。今時はそういう俗説はありふれておる」
戦慄する助手の発言に、ちっちっちと舌を鳴らして教授は紙を摘まんだまま指を振った。それを否定しないが、その先があるのだと。
「これとこれを見たまえ」
「ギョベクリ・テベのシンプルな石像と……昔の魔女っ子か何かのキャラクターでしょうか?」
三枚目、写真。これも似たような石像を発掘した、チャタル・ヒュユクの女神より更に古い時代の石像だ。四枚目、その次に示された画像は、すとんとしたシンプルな線で書かれた、可愛らしい細身な少女のイラスト。大分昔の女児向けアニメか何かのキャラクターのように助手には見えた。確かコレも、フィギュアが資料として持ち込まれていた筈。
「そしてこれを見てくれ」
「コレは? 少し昔のゲームかアニメの女性キャラクターのようですが……」
五枚目。最初に見せた一際セクシーな爆乳キャラと比べればスマートでしなやかだが、先に見せられた昔の魔法少女と比べれば明らかにスタイルのいいキャラクター。
だが、何か違和感を覚える……
「服装を見れば分かるじゃろう? このキャラクターは作られた当時、本来は巨乳のセクシーキャラとしてデザインされたものじゃ」
「えっ……ああっ!?」
言われてみれば確かにそうだ。このキャラクターは巨乳のセクシーキャラだ。だが何故即座にそう感じ取れなかった?
「当時と言った通り、これは大体二十~三十年くらい前のキャラクターじゃ。そして最近リメイクされてのう、それがこれじゃ」
「おっ……おっぱいが大きくなってるっ!?」
六枚目。五枚目と同じキャラクターだが今風の画風。明らかに胸が大きくなっている。そしてそうなって初めて巨乳キャラだと実感が湧く!
「博士、これは一体!?」
こんなシチュでベタな台詞を吐く助手に、我が意を得たりと博士は笑った。
「そう、二次元キャラのおっぱいは明確に大きくなってきておる。じゃがこれはいかなる理由によってか? ただ果てしない受け手の欲望の増大と作り手の更なる刺激の投入といった激辛ブームめいた商業主義的過剰インフレーションのウロボロスか? それとも日本における実在女性のプロポーションが実際平均身長などと共に増大傾向にある影響か? それともその両方か? ……そこで、七枚目じゃ」
そして博士は最後の画像を出す。写真。それは博士にも助手にも運転席の女性研究者にも見慣れたものだ。ここまでの旅で発掘した、チャタル・ヒュユクの女神より細く、ギョクベリ・テベの丁字像より遙かに肉体としてふくよかな女性像たち。
「ッ……ああっ、そ、そんなっ!? こんな、事が!?」
「ふぉっふぉっふぉっ、気づいたかね助手君!」
「……言いたい事は分からんでもないが……」
その類似が暗示する仮説に気づき、こんな事にいちいち律儀に戦慄の表情を浮かべてくれる助手、歓喜の笑いを浮かべる博士。気づかないでもないがマジでその仮説を提唱するのかよという風に片手をハンドルから離さないまま片手でこめかみを抑える女性研究者。
「そう……古代にも同じ事が起きていたのなら、商業主義的インフレーションや平均体格の改善では説明がつかないではないか。少なくともそれだけではないのではないか? となるわけじゃ。諸君、考古学からすれば専門外とは思うが、超正常刺激という言葉は知っておるかな?」
爛々と目を光らせ、博士は己が仮説を開陳した。
「……そのくらいは知っている。動物の本能が、抱卵や繁殖時の性的選択において実際の対象より極端に誇張された現実的にありえない対象についてより強く反応する事だろう? 現実の卵より大きい卵を抱こうとして托卵に引っかかったり、現実の雌よりも極端な配色の模型に雄が縋り付いたりする」
「ヴィレンドルフのヴィーナスやチャタル・ヒュユクの女神のような過剰に豊満な象や、神話に於ける角のある神々や悪魔、帽子や髪型に関する風習にも影響があるかも知れないとも聞きますけど……」
「その通り。黒い棒でトノサマバッタの雄が釣れるトノサマバッタ釣りも同じじゃな。最近の子はああいう遊びはせんようじゃが」
女性研究者と学生助手がそれぞれ答え、博士はその通りじゃと頷いた。だが、ヴィレンドルフのヴィーナスの段階でそうかもしれないと言うのであれば、その類例であるチャタル・ヒュユクの女神もまたそうだとしてそれが如何なる新発見に繋がるというのかと、博士以外の二人は首を傾けかけ……
「逆もまた真という事……?」
「その通りじゃ!」
何故博士がキャラクターと偶像の比較を研究しているのか。
そこから、助手が答えに辿り着いた。我が意を得たりと博士が叫ぶ。
「ヴィレンドルフのヴィーナスやチャタル・ヒュユクの女神が、たまたまその方向性に至ったのでは無く徐々に至ったとするならば、それは現代と同じであり……古代の女神が超正常刺激の産物であったのであれば、現代のキャラクターもまた同じ事。人が今も昔も乳尻太股を盛ってしまうのは超正常刺激に基づく本能という事になる」
そして博士は語った。それが平和に繋がると考える理由を。
「人は今やより良くあろうとするあまりあらゆる物事について何が正しいのか正しくないのかを求め、とうとう自分達が求めた筈の自由にすら攻撃を始めてしまった。まるで免疫機能が却って健康を害するアレルギーのように。フィクションの中のキャラクターが性的かどうか等でいきり立ち、フィクションのキャラクターを愛して生きている人間を排除しようとするのは正に偏見のアレルギーじゃ。じゃから、過剰な性的さを求めるのが生命の本質であり人類史の必然であると証明できたなら、それは排斥の対象たる異常ではないと示せる。そうすれば、人類から争いを一つ減らす事が出来る。それは、平和の一助であり、例え一助でしかないとしても、平和の方向に一歩でも歩み出る、文化の流れの方向性を動かす事は大切な平和への道となるのではないかと思うんじゃ……」
「博士……」
博士の祈りに、助手は感動してその手を取った。博士の研究に助手は魅入られていた。女性研究者はまだ半信半疑という様子だったが、博士と助手の間にはこの瞬間深く強い絆が生まれていた。手を握り返し、博士は宣言する。
「美少女フィギュアの変遷と土偶・石像の比較に関するデータは揃いつつある。傾向分析的に次の遺跡で最も過渡期的な偶像が発見される筈じゃ。そうすればデータが揃う。論文が作れる。頑張ろう!」
「はい!」
そうして、車は最後の発掘予定地に向かったのだが……
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