英雄の世紀

博元 裕央

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・断章⑧【アメリカ合衆国、ワシントン州レインボーヒル】

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「お前は完全に包囲されている!武装を解除して投稿しなさい!」

 アメリカ合衆国、ワシントン州レインボーヒル。

 警官隊が一つの建物を包囲して叫んでいた。全員対超人アサルトライフルで武装しているが、その表情には恐怖があった。

「奴は一体……」

 相手は、超人だ。揉め事を起こして暴れ出し……多勢の警察による山狩り部隊を壊滅状態に陥れた。

「あいつが手加減をしたか?」

 それに対して、警官の横にふらりと現れた男がそう呟いた。

 あいつが本気で暴れていれば、こんな程度では済まないと。

「あなたは?」
「部下を受け取りに来た」
「部下ですと?」

 その男の言葉に、警官ははっとしてその男を見た。その姿は、アメリカでは知らぬ者など居ない。

「俺はキャプテンUSA。奴……ファストブラッドは俺が育てた」

 アメリカでも最も過激と評されるヒーローだ。だが、今その表情には、彼を知る者ならば長い付き合いのソルジャーステイツ以外だれでも驚くだろう深い沈痛の色があった。

「育てた?」
「お前らが全員殺されなかったのが不思議だ。選んで、訓練して、ベトナムで戦わせたのは俺だ。俺が選び、鍛え、共にベトナムで戦った。あの男はゲリラ戦にかけては、右に出る者はないプロだ」

 その言葉には有無を言わせぬ説得力があった。山野で暴れたあの超人は、殆ど姿すら見せずに狩りに来た相手を逆に狩った。

「俺は貴様等からファストブラッドを守りに来たわけじゃない。貴様等をファストブラッドから守る為に来たんだ。貴様等の力になろう」
「わ、分かった……」

 故に、そしてまたキャプテンUSAの武名を知る故に、警官隊はキャプテンUSAの指示に従った。

「ファストブラッド!!」

 そして、キャプテンUSAは建物の中に入り、叫んだ。

「よく聞け、武器を捨てろ、状況を考えろ! 完全に包囲されて、逃げ道は無い!外を見ろ! 武装した警官200人がM1600対超人アサルトライフルでお前を狙ってるんだ。お前一人で戦争を引き起こして……ヒーローも来る。今止めないとお前は殺されるか、スーパーヴィランとして狩られる事になる。ここはベトナムじゃないぞ! アメリカだ! 戦争は終わった、終わったんだ!」

 かつての上官の前に、元ヒーロー、ファストブラッドは姿を現した。奪った銃を持ち、ボロボロのコスチューム、泥まみれ、ギラギラとした瞳。

「勝手に決めるな! 何も終わっちゃいない! 戦争は続いてるんだ! 俺の戦争は俺の中で今でも!」

 泣くようにファストブラッドは吼えた。吼え叫んだ。

「あんたの話に乗せられて勝つ為に必死に戦ったが、結局は勝てなかった、負けたがる奴等がいたからだ!やっと帰ってくれば、空港で俺達を出迎えたのは、唾を吐きかけながら、聞くに堪えない言葉を吐くデモ隊だ! 腐った卵やレンガまで浴びせてきやがった!あいつらにそんな資格あんのか!」

 戦場は地獄だったが、真の崩壊は国内世論からだった。故に、帰ってもまた地獄だったと。

「今はもう、過去のことだ」
「あんたにはそうだろうがな! 俺にはちっとも良くなってない! 少なくともベトナムには一緒に戦う味方が居たが! ここじゃ一人で、世間の爪弾きだ!」

 それには、どうしてもキャプテンUSAの言葉も濁る。

「スーパーヒーロー部隊の最後の一人が、こんな所で死ぬのか!? 恥曝しな真似はするな!」

 それでも、死ぬなと留めようとするキャプテンUSAだが。

「戦場では武装ヘリも飛ばした、戦車も操縦した!1 00万ドルの兵器も任された! それが国では、駐車係の仕事すら無いんだ!あぁあーっぁあっ!」

 絶叫し、ファストブラッドは武器を投げ出した。だがそれは戦うのを止めたというよりは、錯乱の体で。

「あ゛ーっ!ぅーっ……惨めすぎる……帰ってきたのが……間違いだ……俺も死にゃよかったんだ、皆何処へ行ったんだ……みんな死んだ……! 大勢戦友がいたのに……いい奴等だった……誰も守れなかった……もう、七年にもなるのに……毎晩夢に見る……俺は仲間の千切れた足を探したけど何処探しても無い……どこにもない……! ……追い払えないんだ……うう、うううう、う……」

 泣き喚きながら突っ伏す嘗ての部下に、キャプテンUSAは。

「俺を殴れ」

 全てを聞いて、しばしの沈黙の後。ミスターUSAのその言葉に、ファストブラッドははっと顔を上げた。

「俺を殴れ!」

 ミスターUSAは、満座に響けとばかりに大音声で叫んだ。

「俺はUSAアメリカだ! 俺を殴れ! USAアメリカを殴れ!」

 己に出来る事はそれしかない。アメリカの名を冠する男として、殴られるに値する事を眼前の男にしてしまったアメリカを守る者として、アメリカの代表として怒りと無念を受け止めるのだと宣言した。

「……」

 包囲した者達が息を呑む中。

「ッ、ウォアアアアアアア~ッ!」
 SMAAASH!

 ファストブラッドの拳がミスターUSAの頬を捉えた。

「そのくらいじゃねえだろう!」
「オオオオオオオッ!」
 ZBASH!

 大木のような太首と石臼のような頑丈な顎でそれを受け止め、ミスターUSAは叫んだ。ファストブラッドは吼えた。吼えて、悲憤の象徴としての拳を叩き付けた。

「もっと来いっ!」

 口角から滲んだ血を散らしてミスターUSAは叫んだ。

「AAAAAAAAGH!」

 叫びながら、泣きながら、泣き止むまでファストブラッドは拳を振るい続けた。

 ミスターUSAは、それを全て受け止めた。

 事件は終わった。
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