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・別の宇宙、別の物理法則~征天大星ビコウオー~
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これは、地球や天の川銀河が存在する宇宙とは別の宇宙の物語。
星々の間を駆け抜けた白い小さな宇宙船が、とある惑星の大気へ断熱圧縮で赤熱しながら墜落していく。水流を思わせる青い光の壁を周囲に展開するが、しかしそれはあまりにも頼りなげだ。
「〈六丁六甲〉、〈五方掲諦〉、〈四値功徳〉、〈護教伽藍〉、展開! この、程度で、死んで、たまるか……!」
何処か子馬を思わせるデザインの宇宙船の中、不可視のフィールドで守られた顔以外を頭巾と法衣を組み合わせその下に全身タイツを着たような宇宙服で守ったまだあどけなくも可憐な顔に必死の表情を浮かべた少年が必死に操縦し、青い光の壁を操作する。
それはこの銀河……宙原宙華銀河で広く使用される道力と呼ばれるエネルギー源による力だ。
それを包囲し、火刑を執行するが如く観測するのは、巨大な瓦屋根を載せた朱塗りの宮殿めいた形をした何隻もの宇宙戦艦と、その周囲を飛び回る派手派手しい黄色い甲冑と古典的な宇宙服を融合させたような姿をした、身の丈百五十尺程の人型機械。
現実を改変し相対性理論を無視させるエネルギーたる道力をあまねく宙原宙華銀河に行き渡らせ支配する星間帝国、討帝朝の艦隊だ。
「標的の墜落を確認。任務完了か、どうぞ」
「……任務完了と確認せず。〈黄巾力士〉隊、総員降下準備」
黄色い道力人型機械=〈黄巾力士〉隊からの通信に、朱色の宮殿型戦艦から叱咤めいた命令が飛ぶ。
「玄奘は特一級抹殺対象だ。加えて奴は、〈真反如意新教〉の断片を有している。あれは生存の役に立つものではないけれど……万が一にもその断片を残す訳にはいかない。降下せよ、〈清星〉せよ」
〈黄巾力士〉達が一斉に包拳礼を取ると、大気圏内に熱をものともせず落下していく。〈清星〉、即ち惑星の全生命と生命存続可能環境の完全殲滅命令。だが返答の震えはそれを恐ろしいと思っての事ではない。それしきの事は、数多の星を支配するが故に、幾らでも他がある星の命等塵も同然と、幾らでもやってきていた。そうではなく、宮殿型宇宙戦艦からその指令を飛ばす者達への恐れだ。
討帝朝は強大にして退廃。暴政は極まり、吸い上げた税は即ち支配者の為と圧政を行う力に注がれる。その両面の結実が、即ち星仙と呼ばれる超人達だ。不死に最も近い生命と、宇宙戦艦を上回る力を持つ、星をも揺るがす現実革命を成し遂げる道力を有する超絶巨大人型兵器〈封神〉を有している。そしてその力は、帝朝を守る為には誰に対しても容赦無くかつ容易く振るわれる。逆らえば命は無いのだ。
「何時まで食ってるのさ、二郎真君」
宮殿型宇宙戦艦楼台、司令官として祭壇と玉座を組み合わせた席に座す二人農地、緑色の肌と白い髪を持つ、しかし造作自体は美少女とも美少年ともとれる姿をした植物型宇宙人がもう一人に問うた。
「至急増援を呼ぶべきだ。〈真反如意新経〉が完成すればどうなるか知っているだろう。それに、ここは、あの惑星・五行だぞ」
ずっはずっはずっはずっは……
やかましい音を立てて飽食を形にしたようなどろりと油の回った山盛りの麺を啜るもう一人は、かつては美麗であったであろう顔を醜く肥満させた肉塊めいた大男は、暫く無視して食事を続けたあと、傲岸不遜な笑みを浮かべた。
「だから何だ、哪吒。あいつは、俺が倒し、俺が捕らえたんだぞ……久々に会うのが楽しみなくらいさ」
「……まあ、とっくにくたばってるかもしれないけどね」
真面目一方の捲簾沙大将が権力争いに敗れ辺境に左遷され、宇宙水軍最高責任者の筈の朱元帥が破戒を極め天蓬元帥ならぬ奔放元帥の異名で呼ばれ、反乱軍も散在する中、それでも尚繁栄を謳歌する討帝朝。彼二郎真君はそれを担う最強の星仙である。階級も哪吒より上で、従わねばならぬ。故に哪吒はそう吐き捨てた。
「……〈征天大星〉、果たして健在なのやら」
「はーっ、はーっ、はーっ……」
惑星・五行。討帝朝に抗う逃亡犯の少年・玄奘は、顔面を不可視に守る選択式バリア越しに供給される薄い大気にぜいぜいと息をつき、岩山の前に不時着した宇宙船から這い出した。
白い宇宙法衣は煤と砂塵で汚れぼろぼろになっていた。その白い法衣はこの銀河においては禁断とされる技術、物経を修めた物の証しだが、あどけないが可憐な顔達と合わせ、少年でありながらどこか花嫁めいてすら見えるのだが、最早捨てられる人形のようだった。
酸欠ぎみの脳にここまでの血塗れの逃避行、同志全てを失っていく孤立無援の殉教の旅路を思い出す。
この時代、討帝朝に対する反乱軍は幾つか存在していた。
反乱軍首魁はそれぞれ魔王を号し、〈大星〉と呼ばれる〈黄巾力士〉を遥かに上回り〈封神〉に匹敵する人型道力兵器を有している。即ち牛魔王の〈兵天大星〉、蛟魔王の〈征海大星〉、鵬魔王の〈混沌大星〉、獅蛇王の〈悲惨大星〉、獅猴王の〈透風大星〉、偶獣王の〈機神大星〉。
だがそれらも民の希望ではない。魔王達は自らの争いの為に民を虐げ破壊を巻き散らかす。それを討伐せんとする官軍が更に苛斂誅求を極め、それを攻撃する魔王達が更なる破壊を巻き起こす。
希望は無い。絶望しかない。故に玄奘少年はここに一人でいる。
だからそれにも、玄奘は期待を抱いていなかったのだが。
「……! !」
それでも尚、その美しさに息を呑んだ。
それは、美しい顔だけが人めいた肌を持っているという点で、顔のみ肌が見える少年と何処か似ていたが、それ以外は全て違っていた。
それは金銀財宝で作られた女神像のようであった。顔は、そこだけ美麗で無感情な超越的美女の人肌持つ顔。そこ以外は全て、宝石と金属で作られた人形機械といった姿をしている。そんな女が、石の山に磔になって眠っていた。
石猿、即ち亜人型珪素生命体との事だったが、そんな無機質な説明が似つかわしくない程にそれは美しかった。
官軍全てをかつて敵に回し、世界を滅ぼさんと暴れまわった〈大星〉の原典。万の星を征した反逆者。女神の体と巨神の体を二つ持つ、銀河唯一の特殊存在。
即ち、今目の前にある人としての肉体の名を美猴王。〈大星〉としての名を……
「〈征天大星〉、起きろ」
その名で玄奘は呼び掛けた。その手に奇妙な道力のものではない結印を宿しながら。
「……物経反応を確認。功徳パターン、菩薩・非該当、如来・非該当、羅漢・非該当……」
「分かっている」
かっ、とビコウオーは目を見開いた。鏡のようなその瞳に、そして淡々としたその分析に、怖じ気を払うように玄奘は続けた。
「拙僧は唯の法師だ。だけど、お前にとって蜘蛛の糸だ。拙僧は〈真反如意新経〉の断片を持っている。銀河西方領域、禁忌惑星・浄土に行く。そして」
玄奘は叫ぶように語った。絶望と憤怒。本来物経を扱うのに適さない精神。だがそれでも尚、その狂おしい思いを。
「本来この宇宙に存在しなかった力、道力を抹消する。道力文明を崩壊させる。討帝朝を倒す為に。そのせいで全ての人類が星の海を渡る手段を失い、この銀河が滅ぶとしても!」
「……」
その思いを、吟味するかのように静かにビコウオーは聞いた。
「手を貸せ〈征天大星〉。お前の枷を解いてやる。そうすればお前は自由だ、物経の力を得ればもうたかが二郎真君なんかに負けない。お前は討帝朝と戦った。お前も討帝朝を倒したい筈だ。その為に犠牲を強いる覚悟があるなら、僕に手を貸せ!」
そして。
「……拘束真言の破戒を確認」
山が、揺れ始めた。
「ですが」
その振動に我が意を得たりの表情を浮かべかけた玄奘に、ビコウオーは告げた。
「貴方の旅を助けましょう。その旅を共にしましょう。ですが、私はその果てに改めて問う事としましょう。本当にこの銀河を滅ぼしたいのかを……それでも構わないのであれば、力を貸しましょう」
その謎めいた言葉に、一瞬様々な考えが玄奘少年の脳裏と表情をよぎったが。
「……構わない、立ってくれ! 共に旅をしよう!」
玄奘少年の喉からはそう叫びが迸った。
かくして、取経の旅が始まる。多くの運命を巻き込んで。
星々の間を駆け抜けた白い小さな宇宙船が、とある惑星の大気へ断熱圧縮で赤熱しながら墜落していく。水流を思わせる青い光の壁を周囲に展開するが、しかしそれはあまりにも頼りなげだ。
「〈六丁六甲〉、〈五方掲諦〉、〈四値功徳〉、〈護教伽藍〉、展開! この、程度で、死んで、たまるか……!」
何処か子馬を思わせるデザインの宇宙船の中、不可視のフィールドで守られた顔以外を頭巾と法衣を組み合わせその下に全身タイツを着たような宇宙服で守ったまだあどけなくも可憐な顔に必死の表情を浮かべた少年が必死に操縦し、青い光の壁を操作する。
それはこの銀河……宙原宙華銀河で広く使用される道力と呼ばれるエネルギー源による力だ。
それを包囲し、火刑を執行するが如く観測するのは、巨大な瓦屋根を載せた朱塗りの宮殿めいた形をした何隻もの宇宙戦艦と、その周囲を飛び回る派手派手しい黄色い甲冑と古典的な宇宙服を融合させたような姿をした、身の丈百五十尺程の人型機械。
現実を改変し相対性理論を無視させるエネルギーたる道力をあまねく宙原宙華銀河に行き渡らせ支配する星間帝国、討帝朝の艦隊だ。
「標的の墜落を確認。任務完了か、どうぞ」
「……任務完了と確認せず。〈黄巾力士〉隊、総員降下準備」
黄色い道力人型機械=〈黄巾力士〉隊からの通信に、朱色の宮殿型戦艦から叱咤めいた命令が飛ぶ。
「玄奘は特一級抹殺対象だ。加えて奴は、〈真反如意新教〉の断片を有している。あれは生存の役に立つものではないけれど……万が一にもその断片を残す訳にはいかない。降下せよ、〈清星〉せよ」
〈黄巾力士〉達が一斉に包拳礼を取ると、大気圏内に熱をものともせず落下していく。〈清星〉、即ち惑星の全生命と生命存続可能環境の完全殲滅命令。だが返答の震えはそれを恐ろしいと思っての事ではない。それしきの事は、数多の星を支配するが故に、幾らでも他がある星の命等塵も同然と、幾らでもやってきていた。そうではなく、宮殿型宇宙戦艦からその指令を飛ばす者達への恐れだ。
討帝朝は強大にして退廃。暴政は極まり、吸い上げた税は即ち支配者の為と圧政を行う力に注がれる。その両面の結実が、即ち星仙と呼ばれる超人達だ。不死に最も近い生命と、宇宙戦艦を上回る力を持つ、星をも揺るがす現実革命を成し遂げる道力を有する超絶巨大人型兵器〈封神〉を有している。そしてその力は、帝朝を守る為には誰に対しても容赦無くかつ容易く振るわれる。逆らえば命は無いのだ。
「何時まで食ってるのさ、二郎真君」
宮殿型宇宙戦艦楼台、司令官として祭壇と玉座を組み合わせた席に座す二人農地、緑色の肌と白い髪を持つ、しかし造作自体は美少女とも美少年ともとれる姿をした植物型宇宙人がもう一人に問うた。
「至急増援を呼ぶべきだ。〈真反如意新経〉が完成すればどうなるか知っているだろう。それに、ここは、あの惑星・五行だぞ」
ずっはずっはずっはずっは……
やかましい音を立てて飽食を形にしたようなどろりと油の回った山盛りの麺を啜るもう一人は、かつては美麗であったであろう顔を醜く肥満させた肉塊めいた大男は、暫く無視して食事を続けたあと、傲岸不遜な笑みを浮かべた。
「だから何だ、哪吒。あいつは、俺が倒し、俺が捕らえたんだぞ……久々に会うのが楽しみなくらいさ」
「……まあ、とっくにくたばってるかもしれないけどね」
真面目一方の捲簾沙大将が権力争いに敗れ辺境に左遷され、宇宙水軍最高責任者の筈の朱元帥が破戒を極め天蓬元帥ならぬ奔放元帥の異名で呼ばれ、反乱軍も散在する中、それでも尚繁栄を謳歌する討帝朝。彼二郎真君はそれを担う最強の星仙である。階級も哪吒より上で、従わねばならぬ。故に哪吒はそう吐き捨てた。
「……〈征天大星〉、果たして健在なのやら」
「はーっ、はーっ、はーっ……」
惑星・五行。討帝朝に抗う逃亡犯の少年・玄奘は、顔面を不可視に守る選択式バリア越しに供給される薄い大気にぜいぜいと息をつき、岩山の前に不時着した宇宙船から這い出した。
白い宇宙法衣は煤と砂塵で汚れぼろぼろになっていた。その白い法衣はこの銀河においては禁断とされる技術、物経を修めた物の証しだが、あどけないが可憐な顔達と合わせ、少年でありながらどこか花嫁めいてすら見えるのだが、最早捨てられる人形のようだった。
酸欠ぎみの脳にここまでの血塗れの逃避行、同志全てを失っていく孤立無援の殉教の旅路を思い出す。
この時代、討帝朝に対する反乱軍は幾つか存在していた。
反乱軍首魁はそれぞれ魔王を号し、〈大星〉と呼ばれる〈黄巾力士〉を遥かに上回り〈封神〉に匹敵する人型道力兵器を有している。即ち牛魔王の〈兵天大星〉、蛟魔王の〈征海大星〉、鵬魔王の〈混沌大星〉、獅蛇王の〈悲惨大星〉、獅猴王の〈透風大星〉、偶獣王の〈機神大星〉。
だがそれらも民の希望ではない。魔王達は自らの争いの為に民を虐げ破壊を巻き散らかす。それを討伐せんとする官軍が更に苛斂誅求を極め、それを攻撃する魔王達が更なる破壊を巻き起こす。
希望は無い。絶望しかない。故に玄奘少年はここに一人でいる。
だからそれにも、玄奘は期待を抱いていなかったのだが。
「……! !」
それでも尚、その美しさに息を呑んだ。
それは、美しい顔だけが人めいた肌を持っているという点で、顔のみ肌が見える少年と何処か似ていたが、それ以外は全て違っていた。
それは金銀財宝で作られた女神像のようであった。顔は、そこだけ美麗で無感情な超越的美女の人肌持つ顔。そこ以外は全て、宝石と金属で作られた人形機械といった姿をしている。そんな女が、石の山に磔になって眠っていた。
石猿、即ち亜人型珪素生命体との事だったが、そんな無機質な説明が似つかわしくない程にそれは美しかった。
官軍全てをかつて敵に回し、世界を滅ぼさんと暴れまわった〈大星〉の原典。万の星を征した反逆者。女神の体と巨神の体を二つ持つ、銀河唯一の特殊存在。
即ち、今目の前にある人としての肉体の名を美猴王。〈大星〉としての名を……
「〈征天大星〉、起きろ」
その名で玄奘は呼び掛けた。その手に奇妙な道力のものではない結印を宿しながら。
「……物経反応を確認。功徳パターン、菩薩・非該当、如来・非該当、羅漢・非該当……」
「分かっている」
かっ、とビコウオーは目を見開いた。鏡のようなその瞳に、そして淡々としたその分析に、怖じ気を払うように玄奘は続けた。
「拙僧は唯の法師だ。だけど、お前にとって蜘蛛の糸だ。拙僧は〈真反如意新経〉の断片を持っている。銀河西方領域、禁忌惑星・浄土に行く。そして」
玄奘は叫ぶように語った。絶望と憤怒。本来物経を扱うのに適さない精神。だがそれでも尚、その狂おしい思いを。
「本来この宇宙に存在しなかった力、道力を抹消する。道力文明を崩壊させる。討帝朝を倒す為に。そのせいで全ての人類が星の海を渡る手段を失い、この銀河が滅ぶとしても!」
「……」
その思いを、吟味するかのように静かにビコウオーは聞いた。
「手を貸せ〈征天大星〉。お前の枷を解いてやる。そうすればお前は自由だ、物経の力を得ればもうたかが二郎真君なんかに負けない。お前は討帝朝と戦った。お前も討帝朝を倒したい筈だ。その為に犠牲を強いる覚悟があるなら、僕に手を貸せ!」
そして。
「……拘束真言の破戒を確認」
山が、揺れ始めた。
「ですが」
その振動に我が意を得たりの表情を浮かべかけた玄奘に、ビコウオーは告げた。
「貴方の旅を助けましょう。その旅を共にしましょう。ですが、私はその果てに改めて問う事としましょう。本当にこの銀河を滅ぼしたいのかを……それでも構わないのであれば、力を貸しましょう」
その謎めいた言葉に、一瞬様々な考えが玄奘少年の脳裏と表情をよぎったが。
「……構わない、立ってくれ! 共に旅をしよう!」
玄奘少年の喉からはそう叫びが迸った。
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