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三章 虎狼狸とニラ雑炊

虎狼狸とニラ雑炊-9

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 誠吾は幾日か畑に通い菜売りの少女を調べた。
 祖父と暮らしているらしい。祖父が畑で野菜を育て、それを売りに行くのが少女の仕事のようだった。

 働き者な娘だった。畑仕事しかしない祖父のために、一切の家事を引き受けている。朝は早くから、夕方までコマネズミのように働いている。まだ遊びたい盛りだろうに、少し気の毒なほどだった。

(良い娘だ。きっと、大人になれば良い嫁さんになるだろう)

 誠吾は感心した。

(冲さんはこの子を疑ってるようだが、あり得ない。こんなにいい子だ。そもそも、まだ子どもだぜ? 毒を盛るなんて考えもしねぇだろう。あれから、食あたりも起きていない。今日でこの少女を調べるのをやめよう)

  誠吾は思った。
  
 しかし、そのときだった。刈り取った青菜を籠に入れた少女が、外へ出てきた。いつもよりこぎれいな着物だった。今から青菜を売りに出るのだろう。畑の脇の木の下へ行くと、そこに生えていた水仙をコソコソと刈り取った。

  今は花の季節ではない。水仙の葉だけを切り、鑑賞するとはあまり考えられなかった。少女は籠に積まれていた大きなニラの束に、その水仙を混ぜ込んだ。
 水仙を刈り取ってわざと混ぜたのだと気づき、誠吾はゾッとする。まったく意味がわからないからだ。

 自分が好いている男の商売を邪魔する理由が思いつかない。袖にされている様子でもなかった。どちらかといえば、仲がよく見えた。
 商いが上手くいけば、ニラを少女が作り、雑炊を男が作って、ふたりで所帯を持つことだって夢ではないかもしれなかった。

(それなのに)

 しかし今、ついに少女がニラと水仙を混ぜ、束にするのを見てしまった。
 明らかにほかの束より太い束。「一番良いニラ」といって、雑炊売りに渡していた束と同じだ。

 少女はウキウキした足取りで、雑炊売りの長屋へ向かう。

 誠吾は長屋の近くで菜売りの少女を呼び止めた。ニラ雑炊売りに売る前に止めなくてはいけない。

「そのニラをひとつくんねぇ」

 少女は鱗文様の手ぬぐいの奥でにこやかに笑うと、普通の束を誠吾に手渡す。

  誠吾は首を振った。

「そっちじゃねぇ、こっちの太いヤツだ」

 誠吾に言われ、少女は弾かれたように顔を上げた。そして、曖昧に笑う。

「これはお得意さんのだから」
「俺が倍の値段で買うよ」
「でも、約束だから」
「だったら、お得意さんの分、俺が金を払う。謝りついでにそいつに二束やってくんねぇ」
「でも、」
「なんでぇ? 売れない理由があるのかい? ニラなど全部同じだろう?」

 たたみかけるように誠吾に問われ、少女は逃げようときびすを返した。

 そこへニラ雑炊売りがやってきた。

「どうしたんだい? 今朝は遅かったから」

 心配げに声をかけられ、菜売りの少女は声を震わせた。

「あ、あの、お人が……ニラを」

 菜売りの少女の声を誠吾が遮った。

「ああ、このあいだのニラ雑炊が旨くってね、こっちでニラを買ってみようと思ったんだ」

 雑炊売りは誠吾を見た。

「ああ、このあいだの……。なんだか、食あたりになっちまったって、岡っ引きの旦那から聞きやした。すみません」

 ペコリと頭を下げる。

「いや、悪いねぇ。あんたのせいじゃないかもしれないんだが。大事をとって全部捨ててもらって助かったよ」
「いいえ、岡っ引きの旦那が言うようにあれからは椀一杯分食ってから商いに出るようにしてるんで、もう安心ですよ」

 雑炊売りがそう言うと、菜売りの少女は顔を青ざめさせた。「食べてから?」と小声が漏れる。

 誠吾は彼女が動揺するのを見逃さなかった。

「それで、どうだい」
「俺は腹が痛くなることはねぇです」
「そりゃ、俺の見たて違いだったな。すまねぇなぁ。で、まぁ、腹は痛くなったが、ニラ雑炊が旨かったんでね、うちで作らせてみたんだけどよ、同じ味にならねぇってんで、おんなじニラがほしくてさ、娘さんに頼んでるんだよ」

 誠吾の話を聞いて、「真似したって、おんなじ味にはならねぇですよ」と雑炊売りは軽く笑った。

 誠吾は少女の肩に手を置いた。

「なぁ、このでかい束を売っちゃあくれねぇか。あの兄さんに売る分だったんだろ? 俺が兄さんの分をふた束買ってやるからよ」

 そう言ってから、誠吾は小さな声で少女の耳元に囁く。

「こいつには水仙が混じっててるんだろう? あの兄さんが味見したら死んじまうかもしれないぜ」

 菜売りの少女は一旦息を止めた。そして、ハクハクと空気を吸う。

「なんだい。具合でも悪いのかい? 無理をしちゃあいけないよ」

 心配そうに菜売り女の顔を覗きこむ、ニラ雑炊売り。
 少女は、首を横に振った。そして消え入るような声で「違うんです」と呟いた。
 自分心配する男の顔が胸に痛かったのだ。

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