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「……婚約者殿。なにか魔法をかけられていますね?」
俺が問えば、クラリス嬢はその場に膝をつき、顔を覆った。
「ソードマスターのあなたに隠そうとした、わたくしが愚かでした。おっしゃるとおり、私は呪われた女です。だから、婚約破棄をいたしましょう」
(ああ……、リド様だけには知られたくなかったのに……)
「いや、婚約破棄の必要はない」
「いけません。わたくしは傷物です。聖騎士であるあなたに相応しくありませんわ」
(だから、好きでもない傷物女から自由にしてあげなくては)
「俺にとって、婚約者殿以上の女はいない」
俺がキッパリと答えると、クラリス嬢は驚いたように顔を上げた。
頬が薄紅色づいて、いつも以上に可愛らしい。
俺の心臓にはドスドスと大型の恋の槍が刺さってくる。
あまりの痛さに思わず胸を押さえた。
「っ、だって、わたくしと、あなたは、政略的な……婚約で……」
「たしかに、そうだった」
「あなたはわたくしを……」
(好きではないでしょう?)
顔を赤らめ、それ以上は言葉にできないクラリス嬢の姿がいじらしい。
「っうっ!」
特大の槍が心臓に突き刺さり、俺は思わず呻いて、クラリス嬢の前に膝をついた。
「大丈夫ですか!? 心臓が痛いのですか!?」
(やっぱり、わたくしの呪いのせいだわ。このままではリド様を殺してしまう……!!)
クラリス嬢は慌てて立ち上がろうとした。
俺はその手を取る。
「お離しになって! わたくしの呪いがあなたにも及ぶかもしれません!」
「俺は聖騎士だ。それくらい解いてみせる」
「どうしてそんなことをおっしゃるの?」
クラリス嬢は潤んだ瞳で俺を見ている。
「たかが呪いなどのせいで婚約破棄などしたくないのだ」
「たかが呪いですって? あなたが死ぬかもしれないのですよ?」
「婚約者殿は優しいな。俺のことを心配してくれるのか」
俺の言葉を聞き、クラリス嬢はカッと顔を赤くした。
「そんなことありませんわ!!」
(心配するなんて、当たり前ですわ!!)
以前だったら嫌われていると誤解しただろう言葉が、今では愛しさに溢れている。
キュンキュンと締め付けられる胸がそろそろ限界を超えそうだ。
「心配だなんて、そんな、そんなんじゃありませんから! ただ、聖騎士様に不名誉なことがあってはならないと」
「やはり心配してくれているのだな」
「これ以上たわごとを言うのはおやめになって!!」
(離れなくてはいけないのに、どんどん好きになってしまうから!)
「たわごとではない。俺は婚約者殿が好きだ」
俺は精一杯の勇気を振り絞って告げると、クラリス嬢は驚いたように顔を上げた。
「……! 嘘をおっしゃらないで!」
「嘘ではない。俺は婚約者殿が愛おしい」
俺はジッとクラリス嬢を見つめた。
クラリス嬢は身をよじるようにして俺の視線から顔を背ける。
(うそ! 愛おしいだなんて!! 嬉しすぎるわ! だったら、わたくし……。いいえ! 期待しちゃ駄目よ。だって、今だってわたくしの名を呼ばないわ。どこでだって、婚約者殿って……)
クラリス嬢の頭上のモヤが赤くクッキリと浮き上がってくる。
(ああ、こうやって、わたくしだけ心を乱されて、どんどんどんどん好きになってしまうのだわ。それが怖いわ……)
「クラリス嬢」
勇気を出して名前を呼ぶ。
美しく尊い名を、俺が呼んで穢してはいけないと、ずっとずっと思っていた。
その思いが彼女に誤解を与えたのだ。
「……名前を……初めて、呼んでくださいましたね……」
クラリス嬢はゆっくりと顔を上げた。
しっとりと潤んだ青い瞳が美しい。
彼女が俺を見つめるのに連動するように、赤いモヤの切っ先が俺に向いた。
標準を俺に定めたのだ。
しかし、俺は怖くなかった。
「クラリス嬢、俺と結婚をしてください」
膝をつき、彼女の手の甲に口づける。
「わたくしでも……いいのですか? 呪われた女です。あなたを殺すかもしれない女です」
涙目になってきくクラリス嬢。
「クラリス嬢、あなたになら殺されてもいい。でも、聖騎士の俺がそんなことはさせないが」
俺が答える。
「……! リド様! ずっと、わたくしも好きでした……!」
クラリス嬢が答えると同時に、赤いモヤが俺に向かって発動した。
その切っ先が、俺の心臓をドギャンと射ぬく。
あまりの幸福感に、俺は死んだ。
リーンゴーンと教会の鐘が鳴る。
そうだ、教会を建てよう。
いや、ここが教会だった。
胸を押さえ、呻く俺にクラリス嬢が慌てる。
「やはり、呪いが……」
「いや、呪いはもうない」
事実、クラリス嬢の心の声はもう聞こえない。
頭上にあったモヤは、最後にハートの形となり、俺を狙った。
そこで俺は理解した。
これは、概念的に『殺す』呪いなのだと。
だったら受け止めよう、と覚悟を決めたのだ。
そして、俺は見事にクラリス嬢の可愛らしさに撃ち殺された。
もう、コンプレックスだらけで、正直になれなかった俺はいない。
俺の顔を覗きこむ彼女の頬にそっと手を伸ばした。
ビクリと彼女は体を硬くする。
もう、心の声は聞こえない。
しかし、だったら聞けば良いのだ。
「触れてもよいか?」
俺が聞けば、クラリス嬢は真っ赤な顔で小さく頷いた。
「……ええ」
「キスしても?」
「ええ」
教会の鐘が鳴る。
鳥の羽ばたきが聞こえる。
もう、彼女の声は聞こえない。
ふたりの鼓動だけが、重なって聞こえた。
完
俺が問えば、クラリス嬢はその場に膝をつき、顔を覆った。
「ソードマスターのあなたに隠そうとした、わたくしが愚かでした。おっしゃるとおり、私は呪われた女です。だから、婚約破棄をいたしましょう」
(ああ……、リド様だけには知られたくなかったのに……)
「いや、婚約破棄の必要はない」
「いけません。わたくしは傷物です。聖騎士であるあなたに相応しくありませんわ」
(だから、好きでもない傷物女から自由にしてあげなくては)
「俺にとって、婚約者殿以上の女はいない」
俺がキッパリと答えると、クラリス嬢は驚いたように顔を上げた。
頬が薄紅色づいて、いつも以上に可愛らしい。
俺の心臓にはドスドスと大型の恋の槍が刺さってくる。
あまりの痛さに思わず胸を押さえた。
「っ、だって、わたくしと、あなたは、政略的な……婚約で……」
「たしかに、そうだった」
「あなたはわたくしを……」
(好きではないでしょう?)
顔を赤らめ、それ以上は言葉にできないクラリス嬢の姿がいじらしい。
「っうっ!」
特大の槍が心臓に突き刺さり、俺は思わず呻いて、クラリス嬢の前に膝をついた。
「大丈夫ですか!? 心臓が痛いのですか!?」
(やっぱり、わたくしの呪いのせいだわ。このままではリド様を殺してしまう……!!)
クラリス嬢は慌てて立ち上がろうとした。
俺はその手を取る。
「お離しになって! わたくしの呪いがあなたにも及ぶかもしれません!」
「俺は聖騎士だ。それくらい解いてみせる」
「どうしてそんなことをおっしゃるの?」
クラリス嬢は潤んだ瞳で俺を見ている。
「たかが呪いなどのせいで婚約破棄などしたくないのだ」
「たかが呪いですって? あなたが死ぬかもしれないのですよ?」
「婚約者殿は優しいな。俺のことを心配してくれるのか」
俺の言葉を聞き、クラリス嬢はカッと顔を赤くした。
「そんなことありませんわ!!」
(心配するなんて、当たり前ですわ!!)
以前だったら嫌われていると誤解しただろう言葉が、今では愛しさに溢れている。
キュンキュンと締め付けられる胸がそろそろ限界を超えそうだ。
「心配だなんて、そんな、そんなんじゃありませんから! ただ、聖騎士様に不名誉なことがあってはならないと」
「やはり心配してくれているのだな」
「これ以上たわごとを言うのはおやめになって!!」
(離れなくてはいけないのに、どんどん好きになってしまうから!)
「たわごとではない。俺は婚約者殿が好きだ」
俺は精一杯の勇気を振り絞って告げると、クラリス嬢は驚いたように顔を上げた。
「……! 嘘をおっしゃらないで!」
「嘘ではない。俺は婚約者殿が愛おしい」
俺はジッとクラリス嬢を見つめた。
クラリス嬢は身をよじるようにして俺の視線から顔を背ける。
(うそ! 愛おしいだなんて!! 嬉しすぎるわ! だったら、わたくし……。いいえ! 期待しちゃ駄目よ。だって、今だってわたくしの名を呼ばないわ。どこでだって、婚約者殿って……)
クラリス嬢の頭上のモヤが赤くクッキリと浮き上がってくる。
(ああ、こうやって、わたくしだけ心を乱されて、どんどんどんどん好きになってしまうのだわ。それが怖いわ……)
「クラリス嬢」
勇気を出して名前を呼ぶ。
美しく尊い名を、俺が呼んで穢してはいけないと、ずっとずっと思っていた。
その思いが彼女に誤解を与えたのだ。
「……名前を……初めて、呼んでくださいましたね……」
クラリス嬢はゆっくりと顔を上げた。
しっとりと潤んだ青い瞳が美しい。
彼女が俺を見つめるのに連動するように、赤いモヤの切っ先が俺に向いた。
標準を俺に定めたのだ。
しかし、俺は怖くなかった。
「クラリス嬢、俺と結婚をしてください」
膝をつき、彼女の手の甲に口づける。
「わたくしでも……いいのですか? 呪われた女です。あなたを殺すかもしれない女です」
涙目になってきくクラリス嬢。
「クラリス嬢、あなたになら殺されてもいい。でも、聖騎士の俺がそんなことはさせないが」
俺が答える。
「……! リド様! ずっと、わたくしも好きでした……!」
クラリス嬢が答えると同時に、赤いモヤが俺に向かって発動した。
その切っ先が、俺の心臓をドギャンと射ぬく。
あまりの幸福感に、俺は死んだ。
リーンゴーンと教会の鐘が鳴る。
そうだ、教会を建てよう。
いや、ここが教会だった。
胸を押さえ、呻く俺にクラリス嬢が慌てる。
「やはり、呪いが……」
「いや、呪いはもうない」
事実、クラリス嬢の心の声はもう聞こえない。
頭上にあったモヤは、最後にハートの形となり、俺を狙った。
そこで俺は理解した。
これは、概念的に『殺す』呪いなのだと。
だったら受け止めよう、と覚悟を決めたのだ。
そして、俺は見事にクラリス嬢の可愛らしさに撃ち殺された。
もう、コンプレックスだらけで、正直になれなかった俺はいない。
俺の顔を覗きこむ彼女の頬にそっと手を伸ばした。
ビクリと彼女は体を硬くする。
もう、心の声は聞こえない。
しかし、だったら聞けば良いのだ。
「触れてもよいか?」
俺が聞けば、クラリス嬢は真っ赤な顔で小さく頷いた。
「……ええ」
「キスしても?」
「ええ」
教会の鐘が鳴る。
鳥の羽ばたきが聞こえる。
もう、彼女の声は聞こえない。
ふたりの鼓動だけが、重なって聞こえた。
完
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