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第二部
三章 離婚条件を確認しましょう-7
しおりを挟むディアミドはバッと顔を上げ、周囲を見回した。声が聞こえてきたのは、最近流行だというカフェのオープンテラスだった。そこにブリギッドの姿が見えた。
(やっと見つけた! ブリギッド!!)
駆け寄ろうと一歩踏みだし、足が地面に凍り付いた。
ブリギッドがデレデレと頬を赤らめ、恋する乙女のようにうっとりとしていたのだ。
(なんだ、あの表情は……)
ディアミドは動揺した。
ブリギッドの向かいには、美青年が座っていた。長い緑の髪を束ねており、中性的な顔つきだ。デザイナーというだけあり、洗練された服装をしている。ブティック・ケニーの店主、ケニスである。
しかも、互いに満ち足りたように微笑み合っているではないか。
ブリギッドは男嫌いで有名で、ニーシャ以外の男には興味がないようだった。事実、ディアミドにも塩対応極まっている。
しかし、今はとても楽しげだった。
(男嫌いではなかったのか? 中性的な男なら大丈夫だというのか?)
ケニーはディアミドとは誠意反対の男だった。胸の奥がズキリと痛む。反射的に建物の影に身を潜めた。
狼の性質でもある敏感な耳が、ふたりの声を拾う。
「このケーキも可愛らしいですよね。こういう意向を洋服にも反映できないかしら?」
「さすが、奥様は私のミューズです。たとえば、こんなふうに帽子にするのはいかがでしょう?」
ケニスの言葉にディアミドは耳を疑う。
(ブリギッドをミューズと呼ぶとは! やはり流行の貴婦人への崇拝なのか?)
ディアミドの心臓が早鐘を打つ。
「まぁ、素敵! ケニーのアイデアは素晴らしいわ」
ブリギッドは謙遜も否定もせず、当たり前のように受け入れている。
ニーシャも口を挟まない。
(三人にとって、ブリギッドがミューズなのは自明なのか!? いや、ブリギッドは女神だが、しかし……、なぜブリギッドがケニスを愛称で呼ぶ?)
混乱するディアミドの前で、三人は顔を寄せ合い楽しそうに語らっている。
「そして、奥様にはヘッドドレスでこのように……」
「ああん、最高ですぅ……!」
キャピキャピと浮かれた様子のブリギッドの声。
柔らかく共感するケニス。
「あのね、だったらね、ここは金色がいいな」
ニーシャが会話に加わる。
「ニーシャ様はお目が高いですね、たしかに金色がよろしいでしょう」
ケニスが同意する。
「ほんと? ケニーに褒められると、僕、うれしい!」
ニーシャが喜べば、ブリギッドも喜ぶ。
そんな三人の様子を、周囲の人々も温かい目で見守っている。
「まぁ、仲がよいわね」
「テラスでお絵かきだなんて……」
道行く人々の声が耳に入り、ディアミドは落ち込んだ。
たしかに、三人の会話はとても仲睦まじい。自分との会話しているときとは雲泥の差だ。
ディアミドは国王軍や聖騎士隊の長として、簡潔に誤解のないよう話す癖がある。どうしても、断定調や命令口調になってしまうのだ。
女性が苦手で関わりを避けてきたこともあり、気の利いた会話などできない。ブリギッドに対しても、つっけんどんな話し方になってしまう。
ニーシャに対しても命令口調となり、おびえさせてしまうこともしばしばだ。
今まではそれを疑問に思っていなかった。ブリギッドは気にしていないようだったし、ニーシャに関しては、男なら慣れるべきだと思っていた。
しかし、こうやって楽しそうな三人を目の当たりにしてしまうと、いかに自分が高圧的だったか気がつかされた。
ディアミドは自分自身を鑑みる。体も大きく、声も低い。威圧的なオーラを放ち、周囲からは強面の軍人・鉄壁の侯爵と恐れられている。男の中の男だと、騎士たちからは羨望のまなざしを向けられているが、それがブリギッドにとって好ましい要素なのは不明だ。
しかしケニスは、ディアミドとは正反対だ。体の線は細く、話し方も穏やかである。柔らかでスタイリッシュな雰囲気を持ち、女性的なのだ。
(彼なら、男嫌いなブリギッドでも好感を持つかも知れないな。俺のことは俺ほど冷たくあしらうのに、ヤツの話には盛り上がっていたのがその証拠だ)
ディアミドは意気消沈し、屋敷へと戻っていった。
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