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1巻
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「しかし、これはわからなかった。なぜ、ニーシャはお前を『ママ』と呼んだ? 男嫌いと有名で、恋愛経験のないお前だ。隠し子だとしても、年齢的にも不自然だ。お前はニーシャのなんだ?」
「ファンです!!」
ブリギッドは元気よく答えた。転生者だとは誰にも言えないが、前世からの古参ファンなのだ。死んでも忘れない筋金入りの強火担である。
「初めてニーシャくんを見たとき運命だと思いました。彼を幸せにしてあげたい……。ただそれだけです」
ディアミドは怪訝な顔で、うっとりと答えるブリギッドを見る。
「よくわからんが、母ではないということだな? では、とりあえず俺と結婚しろ」
「なんのことです?」
「お前は俺と結婚するのだ」
「……はっ!! まさか昨日の慰謝料のつもりでしょうか? 我が家にお金がないからって、私の体で? やめて! 私に乱暴する気なんだわ! 官能小説みたいに!」
ブリギッドは変態を見るような目をディアミドに向けた。
「馬鹿なことを言うな! お前は腕利きのガヴァネスと聞いたが、礼儀作法は専門外か?」
「子女を拉致して結婚を迫る男に礼儀など必要ありません! ニーシャくんにまで手を出して、この破廉恥男!」
ブリギッドの剣幕に、腕を掴んでいる護衛が噴きだした。
「俺がお前に提案するのは偽装結婚だ。夫婦関係は望まない! 男嫌いのお前にはちょうどよいだろう?」
「そんなもの、私が呑むとお思いですか!? 偽装結婚は教会が禁じているんですよ」
ブリギッドはフンと鼻を鳴らした。
(閣下と偽装結婚なんてしたら、ニーシャきゅんの継母になる夢が叶わなくなる!)
さすがに偽装結婚の分際で孤児を養子にしたいなど無理がある。
「ブリギッド・グリンブルスティ。俺はお前の弱みを知っているぞ」
ディアミドは深い声で名を呼び、ブリギッドに視線を向けた。
「は? 何を言われても閣下には屈しません!」
ブリギッドはキッとディアミドを睨み上げた。今までだって散々いろいろ言われてきたが、すべて受け流してきたのだ。今さら脅されようが、怖くはない。
勝ち気なブリギッドに、ディアミドの胸は高揚する。久々に強敵を見つけたような興奮が身を包んでいた。
「そうか……。残念だ。俺と結婚すれば、偽装妻代として毎月今の給金の十倍、賃金を払おう」
「っ!! そ、それは……」
ブリギッドはその条件に唾を飲み込んだ。ガヴァネスを続けていても、その給与はもらえまい。しかし、ブンブンと頭を振る。
「そんな、金で私が買えるとでも? これでも子爵令嬢のプライドはあるんです!!」
内心はお金が欲しい。金にならないプライドよりお金が重要だと、そう思っている。けれど、ニーシャを養子にする夢は諦められない。
「そうか? それに……子爵家の借金はすべて侯爵家で肩代わりする」
「……くぅ! ひ、卑劣な……!」
ブリギッドは顔を赤らめ視線を逸らす。
陥落寸前のブリギッドの両腕を掴む騎士のひとりは、「何を見せられているんだ」と小さくぼやく。
「まだ足りないのか? 欲張りな女だな……。なら、しかたがない。これもくれてやる」
「……や、やめ! もう、これ以上は……」
「は、もう無駄だ。お前は俺を怒らせたからな」
「っぅく、私は……それでも……屈しない……」
ブリギッドは唇を噛み、ディアミドを睨んだ。
ディアミドはなぜだかドキリと胸が高鳴る。
(なんだろう……この女、泣かせてみたい……)
初めて持った感覚がゾクゾクと背中を駆け上がっていく。
(予定外だが……この女を泣かせるためなら、かまわないだろう)
ディアミドは予定していた以上の条件を示す。
「弟のために、貴族の通う王立魔法学園の推薦状を書いてやる。学費はもちろん、進学に関わるすべての費用は侯爵家が支払おう」
「っあ、はぁん!」
ブリギッドはぐらついた。
弟のグルアは現在、軍隊入隊を目指す国王軍幼年学校にいる。
王立魔法学園に入学するためには試験以外に家庭調査と面接があり、母子家庭で貧しいグリンブルスティ家は不利だった。それに入学金も払えない。
そのためグルアは王立魔法学園中等部の受験を諦めたのだ。
幼年学校を卒業したあとは軍属につくが、国王軍の士官になるためには、王立魔法学園を卒業しなければならない。このままだと、グルアは一生を一兵卒で終えることになるだろう。
だが、ディアミドから推薦状をもらえたら、王立魔法学園への編入も可能だ。弟の未来を考えると、お金には代えられない価値がある。
さらに、受験費用から入学金、制服など諸々王立魔法学園にかかる費用はすべて支払ってくれると言っているのだ。自分はともかく、弟には惨めな思いをさせたくない。
「お前が侯爵夫人となれば、弟は没落子爵の子息としてではなく、侯爵夫人の弟として入学できる。それに、社交界で活躍できるだろう」
「あ、あ、もう、もうやめ……て……おね……が……い……もう……これ以上は……」
「いや、だめだ」
「これ以上……いったい……何を……しようとするの……」
ブリギッドの目には涙がたまっていく。あともう少しで零れてしまいそうだった。ニーシャと家族のあいだで、天秤がぐらついている。
必死に堪える姿がディアミドの加虐心を煽ることに、ブリギッドは気がつかない。
「お前の母に王宮医を送ってやる」
「っくっ、そんなっ! だめ、それはっ!」
「ふ、これか、これがいいのか? ならば、最先端の医療で治療し、最上級の看護を受けさせてやるぞ」
「ぁぁぁぁぁっ! いや、そんな……、そんな、私……こんな男に屈したく……ない……のに……」
ブリギッドの目からホロリと涙が零れた。
母の病気の原因はわかっていない。貧しさゆえに医者を呼べず、市販の対処薬を飲ませるしかない生活。その薬すら思うようには買えず、庭や森で摘んできたハーブなどでごまかしているほどだ。
(私さえ偽装結婚すれば……お母様の病気が治るかもしれない……。でも、でも……ニーシャきゅんは……)
「もう、無理……私、これ以上……、ああ、お母……様……」
ガクリとうなだれる。
ディアミドはその涙を見て満足げに微笑んだ。
執事や騎士たちは、初めて見せるディアミドの微笑みにギョッとしてたじろぐ。その笑みは恐ろしいほど妖艶だった。
ディアミドはブリギッドに近寄ると、顎を持ち上げてザマス眼鏡を取った。
眼鏡で隠されていて気がつかなかったが、屈辱を堪え赤らむ頬に、震える唇。大きな黒い瞳が涙に濡れとても美しい。白い頬を涙がホロホロと転がっていく。首筋には、乱れた金の髪がひと筋張りついていた。
頑なに視線を合わせまいとするのは、最後の抵抗なのだろう。
(やはりこの女……ほかの女とは違う。触れると、なんともいえない温かな気持ちになるのはなぜだ?)
ディアミドは今までに感じたことのない胸の高鳴りを覚え、ハァとため息をつく。そして、指先で零れた涙を優しく拭った。手袋に涙がしみる。
その姿は一枚の絵画のようで、騎士たちは固唾を呑んで見守った。
「お前はほかの女と何かが違う……」
「……?」
ブリギッドは意味がわからず首をかしげる。
騎士と執事がコソコソと「今の閣下の声だよな?」「幻聴ではないですよね?」「信じられません」とつぶやいているが、ディアミドは無視して、ブリギッドの耳元に唇を寄せた。そして、そっとささやく。
「俺と結婚しろ。そしてニーシャの継母になれ。偽装結婚の期間は、ニーシャが王立魔法学園に入学するまで。……どうだ?」
そのひと言に、ブリギッドは遂に完落ちした。
「あぁぁぁぁ! 推しの継母になれるなんてっ! お願い! 私と結婚してぇ!!」
ブリギッドの雄叫びに、騎士たちは思わず手を離し耳を塞いだ。
それはディアミドも執事も同様だ。
「私がニーシャきゅゅうんの継母……。ニーシャきゅんには何不自由なく、最高の家庭環境を用意しなくっちゃ! 今まで苦労してきたんだもの。なんの不安もなく健やかに生きていけるように……。まずはニーシャくんのお洋服ね! ニーシャくんならなんでも似合うでしょうねぇ。上質な半ズボンに、ソックスガーター……ぁぁ尊い……」
ゲヘゲヘと気味の悪い笑いを浮かべるブリギッドに、周囲は顔が引きつってしまう。
(前世の私、どれだけ徳を積んだのかしら? あのセクハラもパワハラも、モンペからのクレームも地獄の残業も、きっとニーシャきゅんの継母になるための苦行だったんだわ)
ブリギッドはそう思い、血走る目で執事を見た。このチャンスを逃してはならない。
「さぁ、契約書を作りましょう! 今のお話、皆様、聞いてましたよね? きちんと契約書に盛り込んでください!!」
ブリギッドの華麗なる手のひら返しに、執事は恐れおののいた。
「……旦那様、予定とはだいぶ違う条件となりましたが……」
執事はディアミドを窺い見る。
「いい。さっき俺が言ったとおりにしろ。二言はない」
ディアミドがキッパリと答えると、執事は静かにうなずいた。
「ところで、閣下はニーシャくんのなんなんです?」
ブリギッドはハタと気がつく。
「まさか、……ニーシャくんを手込めにするために私を利用して? だったら私は結婚なんかしませんからね!!」
ブリギッドにあらぬ疑いをかけられて、ディアミドは焦る。同時に、そんなことで焦っている自分に驚く。
「違う!! 俺は、叔父だ。ニーシャは放浪癖のある兄が、旅先で作った子どもだ」
「っ! は? ニーシャくんの叔父様? これは失礼いたしました!!」
(ってことは、ニーシャきゅんは狂犬じゃなく、狼だったってこと!? しかも、フローズヴィトニル侯爵家といったら〝狼の王〟と呼ばれる銀狼の一族よ、それじゃ、平民の成人秘蹟じゃ獣性を抑えきれるわけないじゃない!)
ブリギッドは混乱する。
平民に比べて貴族は獣人の能力も獣性も強いため、成人秘蹟は特殊なものとなる。強い神聖力を持つ高位の司祭が選ばれ、儀式を強力にするための振り香炉や、高価な奉納品が必要となり、とても費用がかかるのだ。
「五年前、兄が亡くなり周辺の整理をしてみて存在がわかった。ずっと捜していたが見つからず、たまたま孤児院のミニコンサートで見つけたのだ。そこで、俺が引き取ることにした」
ディアミドが説明する。
(原作にはなかった孤児院のミニコンサートで、ニーシャくんの正当な保護者が見つかったのね)
ブリギッドはホッとした。ひとつ、ニーシャの運命を変えられたと思ったのだ。
「それはよかったです」
ディアミドは静かにうなずく。
「ニーシャは侯爵家の後継者だ。なんとしても養子にしたい。しかし、独身者は引き取りができないと断られた。だから偽装結婚をして、ニーシャの継母となる相手を捜しているのだ」
「でも、なぜ、私を選んだんですか?」
ディアミドは真面目な表情のまま口を開く。
「ニーシャがお前を『ママ』と言ったからだ。話を聞けば、ニーシャは今まで養子の申し出をすべて断っているそうではないか。それに、ニーシャは俺を恐れている。養子に申し込んでも断られるだろう」
「たしかに」
「そんなとき、お前がニーシャを養子にしようと考えていると聞かされた。そして、俺からニーシャを体を張って守ろうとした。だから、ニーシャの母にはお前が適任だと思ったんだ」
ディアミドはあの瞬間を思い出し、満足げに目を細めた。
孤児のために侯爵に立ち向かうなど、ニーシャに深い愛がなければできない。それに、ブリギッドに触れられた――制圧された――とき、今までにない気持ちに包まれた。
ディアミドは成人秘蹟を受けたものの、強い獣性を残しているという秘密を抱えていた。狼の耳は消すことはできても、触れてくる者はすべて払いのけたいという衝動、他者に対する攻撃性を消すことはできないのだ。
その性質は軍人としてはよいのだが、家庭人としては不適格である。それに、抑えられない獣の心は、人として恥ずべきだという教義もあった。そのため、内密に獣性を抑える薬を司教からもらい、その見返りとして教会へ絶対的忠誠を誓っている。
しかし、ブリギッドにはそんな衝動を感じないどころか、幸せな気持ちにすらなったのだ。
(なぜなのか。この現象をたしかめてみたい)
ディアミドはそう思う。
一方、事情を知らないブリギッドは、ただただうれしかった。
(この人だったらニーシャくんを幸せにしてくれるかもしれない!)
ディアミドもニーシャの幸せを第一に考えていると思ったのだ。
「わかりました。謹んでお受けいたします。つきましては、閣下にお願いがあります」
「なんだ」
「子どもの健全な育成のためには、周囲の大人の不仲はいけません! ニーシャくんの前では、仲がいいように振る舞ってください」
「わかった」
「ニーシャくんの前で私のことをぞんざいに扱わないように! 間違っても、『お前』などと呼ばないでください」
「わかった、ブリギッド」
「よくできましたね、閣下」
ブリギッドはガヴァネスの癖で、子どもを褒めるように微笑んだ。
それを聞き、ディアミドは目をしばたたかせた。強面の軍人、鉄壁の侯爵である彼にそのような態度を取る人間はいない。
「……コホン。ブリギッド、あなたも俺を名前で呼ぶべきだと思うが」
指摘されブリギッドはギクリとする。親戚以外の男性を名前で呼んだ経験は少ない。しかも相手は侯爵だ。
「あ、はぃ、あの、ディ、ディア……ミド……?」
ブリギッドはモジモジと照れながら呼んでみる。
「ああ、よいな」
ディアミドは小さく笑う。
「はぅっ……!」
ブリギッドは不意に胸を打たれた。仏頂面のディアミドの希少な笑顔は、かすかに推しのニーシャに似ている。
(大人になったニーシャくんの笑顔ってきっとこんな感じよね。最高すぎない??)
胸を押さえてよろめくブリギッドに、ディアミドは怪訝な表情を浮かべる。
「どうした」
「いえ、ディアミドは本当にニーシャくんの叔父様なのですね……。よく似てらっしゃいます」
「髪も目も色が違うが」
ディアミドは自嘲した。黒髪と金の瞳はコンプレックスだからだ。フローズヴィトニル侯爵家の後継者は、代々銀髪に青い瞳だと決まっている。
「笑ったところがそっくりですよ」
「俺はニーシャに似ているのか……」
ディアミドは小さくつぶやく。そのひと言でなぜか心が軽くなった。ひとつうなずいてから、ブリギッドに告げる。
「まずはブリギッドの家族にご挨拶し、婚姻契約書を教会に提出。その後、ニーシャを迎えに行こう」
ディアミドの言葉にブリギッドは席を立つ。そして、軍隊式に敬礼した。
「不肖ブリギッド、ニーシャくんのために、最善を尽くさせていただきます!!」
その様子に、ディアミドは思わず噴きだした。
「どこの隊に所属だ?」
「ニーシャくん親衛隊です!!」
ブリギッドは胸を張って答えると、ディアミドは声をあげて笑った。
騎士たちは女性との会話だというのに珍しく楽しげな様子のディアミドを、ニヨニヨした目で眺める。
「あ! ……でも」
ブリギッドは思う。
(うちの実情を見たら結婚契約自体を反故にされないかしら。そうだとしたら……困るわ)
グリンブルスティ子爵家の惨状をディアミドに見られたくない。父が行方不明になってから、メイドなどは解雇し、母子三人で暮らしている。使わない部屋は閉鎖し、使用している部屋しか掃除はしていない。
(それに、私はいくら馬鹿にされてもいいけれど、お母様と弟が馬鹿にされるのは耐えられない)
そう考えると、どうしてもディアミドが自宅にくるのは阻止したかった。
「親には私から伝えるので、挨拶は大丈夫です! お手数ですし」
「いや、きちんと結婚の挨拶に行くべきだ」
ディアミドはブリギッドの正面に腰かけ、真剣な眼差しを向ける。
「いえ、そこまでしていただかなくても……。書類だけ出していただければ……」
「本来なら一年前には婚約し、盛大な結婚式を挙げるべきなのだ。それを書類だけですまそうとしている以上、こちらの誠意をみせなければ」
生真面目な顔で、ディアミドは言い切った。
(……義理堅く真面目なんだから……)
ブリギッドは困りつつ、真っ直ぐなディアミドを好ましく思う。一瞬流されそうになり、ブンブンと頭を横に振った。
「いや、でも、大丈夫です!」
「そういうわけにはいかない」
「だって、偽装結婚なのに……」
「だからこそ、きちんと挨拶すべきだ。偽装結婚という不誠実な関係ではあるが、それ以外のところでは俺は誠実に努めたい。頼む。挨拶をさせてくれ」
ディアミドは黄金の眼差しでブリギッドをジッと見つめた。
「……頼む」
だめ押しのように頭を下げられ、ブリギッドは押し切られてしまった。それからディアミドが契約書を早速作成してくれた。
「契約書の確認だ」
ブリギッドは契約書の内容を復唱する。
「期間はニーシャくんが王立魔法学園中等部へ入学するまで……えーっと、七年契約ってことですね?」
「そうだ」
「妻としては愛せない……初夜の儀式では体を合わせない。はいはい。私もいりません」
ぞんざいなブリギッドの言い方に、ディアミドはなぜかムッとしてしまう。
「社交界には妻として出席する……ニーシャくんが社交界になじむには必要でしょうね」
「ああ。それに、離婚前提だと思われたら困る。教会は政略結婚を認めていても、偽装結婚を禁じているからな」
「……今さらながら、突然の結婚は怪しすぎません? 絶対に養子を取るための結婚だと思われますよ?」
「なら、俺があなたに惚れたことにする」
業務的に答えるディアミドを見て、ブリギッドは訝しむ。
「そんなこと閣下にできるんですか?」
ディアミドは無表情でうなずく。
(……いや、無理でしょ?)
ブリギッドは思ったが追及するのはやめた。そんなことよりもニーシャの継母になるほうが大事だ。
「あと、私に対する支払いは条件どおり……と……」
「離婚の際には財産分与もする。確認して問題なければサインを書け」
ブリギッドは勧められるまま羽根ペンをインクにつけた。そして、ハタとディアミドを見る。
「……あの、閣下は本当にこれでよろしいんですか? あまりに私にだけ条件がよくて……」
「侯爵家にすればたいした金ではない」
「それに……その……、閣下であれば私でなくても、ほかのご令嬢と愛し愛される結婚ができるのでは……? そういう方と結婚してご自身のお子様を得て、幸せな家庭を作ったほうがよいのでは? 閣下のお年ですと、七年は長いのではないかと」
「俺は子どもを作る気がないからな。そんな男と結婚したら子どもが欲しい女には迷惑だろう」
ディアミドは当たり前のように言う。
「なぜ、お子様を欲しがらないのですか? まさか……やっぱり………少年がお好きなのでは……」
ブリギッドは自分の顔が青ざめていくのを感じる。ただ継母になるだけではだめだ。ニーシャにとってよい環境を用意したい。自分の欲のために、ニーシャを幼児性愛者の犠牲にするわけにはいかない。
「違う!! 俺の子どもがいる状況は、ニーシャにとってもよくない。権力争いに巻き込ませるつもりはないんだ」
「なぜ、そこまでニーシャくんを後継者に?」
ディアミドの説明にブリギッドはホッと胸をなで下ろしつつ、不可解でならない。
いくら兄の子どもだとしても、母のわからぬ子どもであれば庶子扱いになる。それに今の侯爵はディアミドだ。普通に結婚し、自分の子を後継者にすればよい。頑なにニーシャにこだわる理由が見当たらない。
(もしかして、女性を愛せないのかしらね? 鉄壁と言われるほど女性を避けるもの。そういえば、閣下と司教猊下のラブロマンスの噂を聞いたことがあるわ。私はどちらかといえば逆だけど……。どちらにしても眼福なのは間違いない!)
前世のブリギッドはBLを嗜んでいた。
「ファンです!!」
ブリギッドは元気よく答えた。転生者だとは誰にも言えないが、前世からの古参ファンなのだ。死んでも忘れない筋金入りの強火担である。
「初めてニーシャくんを見たとき運命だと思いました。彼を幸せにしてあげたい……。ただそれだけです」
ディアミドは怪訝な顔で、うっとりと答えるブリギッドを見る。
「よくわからんが、母ではないということだな? では、とりあえず俺と結婚しろ」
「なんのことです?」
「お前は俺と結婚するのだ」
「……はっ!! まさか昨日の慰謝料のつもりでしょうか? 我が家にお金がないからって、私の体で? やめて! 私に乱暴する気なんだわ! 官能小説みたいに!」
ブリギッドは変態を見るような目をディアミドに向けた。
「馬鹿なことを言うな! お前は腕利きのガヴァネスと聞いたが、礼儀作法は専門外か?」
「子女を拉致して結婚を迫る男に礼儀など必要ありません! ニーシャくんにまで手を出して、この破廉恥男!」
ブリギッドの剣幕に、腕を掴んでいる護衛が噴きだした。
「俺がお前に提案するのは偽装結婚だ。夫婦関係は望まない! 男嫌いのお前にはちょうどよいだろう?」
「そんなもの、私が呑むとお思いですか!? 偽装結婚は教会が禁じているんですよ」
ブリギッドはフンと鼻を鳴らした。
(閣下と偽装結婚なんてしたら、ニーシャきゅんの継母になる夢が叶わなくなる!)
さすがに偽装結婚の分際で孤児を養子にしたいなど無理がある。
「ブリギッド・グリンブルスティ。俺はお前の弱みを知っているぞ」
ディアミドは深い声で名を呼び、ブリギッドに視線を向けた。
「は? 何を言われても閣下には屈しません!」
ブリギッドはキッとディアミドを睨み上げた。今までだって散々いろいろ言われてきたが、すべて受け流してきたのだ。今さら脅されようが、怖くはない。
勝ち気なブリギッドに、ディアミドの胸は高揚する。久々に強敵を見つけたような興奮が身を包んでいた。
「そうか……。残念だ。俺と結婚すれば、偽装妻代として毎月今の給金の十倍、賃金を払おう」
「っ!! そ、それは……」
ブリギッドはその条件に唾を飲み込んだ。ガヴァネスを続けていても、その給与はもらえまい。しかし、ブンブンと頭を振る。
「そんな、金で私が買えるとでも? これでも子爵令嬢のプライドはあるんです!!」
内心はお金が欲しい。金にならないプライドよりお金が重要だと、そう思っている。けれど、ニーシャを養子にする夢は諦められない。
「そうか? それに……子爵家の借金はすべて侯爵家で肩代わりする」
「……くぅ! ひ、卑劣な……!」
ブリギッドは顔を赤らめ視線を逸らす。
陥落寸前のブリギッドの両腕を掴む騎士のひとりは、「何を見せられているんだ」と小さくぼやく。
「まだ足りないのか? 欲張りな女だな……。なら、しかたがない。これもくれてやる」
「……や、やめ! もう、これ以上は……」
「は、もう無駄だ。お前は俺を怒らせたからな」
「っぅく、私は……それでも……屈しない……」
ブリギッドは唇を噛み、ディアミドを睨んだ。
ディアミドはなぜだかドキリと胸が高鳴る。
(なんだろう……この女、泣かせてみたい……)
初めて持った感覚がゾクゾクと背中を駆け上がっていく。
(予定外だが……この女を泣かせるためなら、かまわないだろう)
ディアミドは予定していた以上の条件を示す。
「弟のために、貴族の通う王立魔法学園の推薦状を書いてやる。学費はもちろん、進学に関わるすべての費用は侯爵家が支払おう」
「っあ、はぁん!」
ブリギッドはぐらついた。
弟のグルアは現在、軍隊入隊を目指す国王軍幼年学校にいる。
王立魔法学園に入学するためには試験以外に家庭調査と面接があり、母子家庭で貧しいグリンブルスティ家は不利だった。それに入学金も払えない。
そのためグルアは王立魔法学園中等部の受験を諦めたのだ。
幼年学校を卒業したあとは軍属につくが、国王軍の士官になるためには、王立魔法学園を卒業しなければならない。このままだと、グルアは一生を一兵卒で終えることになるだろう。
だが、ディアミドから推薦状をもらえたら、王立魔法学園への編入も可能だ。弟の未来を考えると、お金には代えられない価値がある。
さらに、受験費用から入学金、制服など諸々王立魔法学園にかかる費用はすべて支払ってくれると言っているのだ。自分はともかく、弟には惨めな思いをさせたくない。
「お前が侯爵夫人となれば、弟は没落子爵の子息としてではなく、侯爵夫人の弟として入学できる。それに、社交界で活躍できるだろう」
「あ、あ、もう、もうやめ……て……おね……が……い……もう……これ以上は……」
「いや、だめだ」
「これ以上……いったい……何を……しようとするの……」
ブリギッドの目には涙がたまっていく。あともう少しで零れてしまいそうだった。ニーシャと家族のあいだで、天秤がぐらついている。
必死に堪える姿がディアミドの加虐心を煽ることに、ブリギッドは気がつかない。
「お前の母に王宮医を送ってやる」
「っくっ、そんなっ! だめ、それはっ!」
「ふ、これか、これがいいのか? ならば、最先端の医療で治療し、最上級の看護を受けさせてやるぞ」
「ぁぁぁぁぁっ! いや、そんな……、そんな、私……こんな男に屈したく……ない……のに……」
ブリギッドの目からホロリと涙が零れた。
母の病気の原因はわかっていない。貧しさゆえに医者を呼べず、市販の対処薬を飲ませるしかない生活。その薬すら思うようには買えず、庭や森で摘んできたハーブなどでごまかしているほどだ。
(私さえ偽装結婚すれば……お母様の病気が治るかもしれない……。でも、でも……ニーシャきゅんは……)
「もう、無理……私、これ以上……、ああ、お母……様……」
ガクリとうなだれる。
ディアミドはその涙を見て満足げに微笑んだ。
執事や騎士たちは、初めて見せるディアミドの微笑みにギョッとしてたじろぐ。その笑みは恐ろしいほど妖艶だった。
ディアミドはブリギッドに近寄ると、顎を持ち上げてザマス眼鏡を取った。
眼鏡で隠されていて気がつかなかったが、屈辱を堪え赤らむ頬に、震える唇。大きな黒い瞳が涙に濡れとても美しい。白い頬を涙がホロホロと転がっていく。首筋には、乱れた金の髪がひと筋張りついていた。
頑なに視線を合わせまいとするのは、最後の抵抗なのだろう。
(やはりこの女……ほかの女とは違う。触れると、なんともいえない温かな気持ちになるのはなぜだ?)
ディアミドは今までに感じたことのない胸の高鳴りを覚え、ハァとため息をつく。そして、指先で零れた涙を優しく拭った。手袋に涙がしみる。
その姿は一枚の絵画のようで、騎士たちは固唾を呑んで見守った。
「お前はほかの女と何かが違う……」
「……?」
ブリギッドは意味がわからず首をかしげる。
騎士と執事がコソコソと「今の閣下の声だよな?」「幻聴ではないですよね?」「信じられません」とつぶやいているが、ディアミドは無視して、ブリギッドの耳元に唇を寄せた。そして、そっとささやく。
「俺と結婚しろ。そしてニーシャの継母になれ。偽装結婚の期間は、ニーシャが王立魔法学園に入学するまで。……どうだ?」
そのひと言に、ブリギッドは遂に完落ちした。
「あぁぁぁぁ! 推しの継母になれるなんてっ! お願い! 私と結婚してぇ!!」
ブリギッドの雄叫びに、騎士たちは思わず手を離し耳を塞いだ。
それはディアミドも執事も同様だ。
「私がニーシャきゅゅうんの継母……。ニーシャきゅんには何不自由なく、最高の家庭環境を用意しなくっちゃ! 今まで苦労してきたんだもの。なんの不安もなく健やかに生きていけるように……。まずはニーシャくんのお洋服ね! ニーシャくんならなんでも似合うでしょうねぇ。上質な半ズボンに、ソックスガーター……ぁぁ尊い……」
ゲヘゲヘと気味の悪い笑いを浮かべるブリギッドに、周囲は顔が引きつってしまう。
(前世の私、どれだけ徳を積んだのかしら? あのセクハラもパワハラも、モンペからのクレームも地獄の残業も、きっとニーシャきゅんの継母になるための苦行だったんだわ)
ブリギッドはそう思い、血走る目で執事を見た。このチャンスを逃してはならない。
「さぁ、契約書を作りましょう! 今のお話、皆様、聞いてましたよね? きちんと契約書に盛り込んでください!!」
ブリギッドの華麗なる手のひら返しに、執事は恐れおののいた。
「……旦那様、予定とはだいぶ違う条件となりましたが……」
執事はディアミドを窺い見る。
「いい。さっき俺が言ったとおりにしろ。二言はない」
ディアミドがキッパリと答えると、執事は静かにうなずいた。
「ところで、閣下はニーシャくんのなんなんです?」
ブリギッドはハタと気がつく。
「まさか、……ニーシャくんを手込めにするために私を利用して? だったら私は結婚なんかしませんからね!!」
ブリギッドにあらぬ疑いをかけられて、ディアミドは焦る。同時に、そんなことで焦っている自分に驚く。
「違う!! 俺は、叔父だ。ニーシャは放浪癖のある兄が、旅先で作った子どもだ」
「っ! は? ニーシャくんの叔父様? これは失礼いたしました!!」
(ってことは、ニーシャきゅんは狂犬じゃなく、狼だったってこと!? しかも、フローズヴィトニル侯爵家といったら〝狼の王〟と呼ばれる銀狼の一族よ、それじゃ、平民の成人秘蹟じゃ獣性を抑えきれるわけないじゃない!)
ブリギッドは混乱する。
平民に比べて貴族は獣人の能力も獣性も強いため、成人秘蹟は特殊なものとなる。強い神聖力を持つ高位の司祭が選ばれ、儀式を強力にするための振り香炉や、高価な奉納品が必要となり、とても費用がかかるのだ。
「五年前、兄が亡くなり周辺の整理をしてみて存在がわかった。ずっと捜していたが見つからず、たまたま孤児院のミニコンサートで見つけたのだ。そこで、俺が引き取ることにした」
ディアミドが説明する。
(原作にはなかった孤児院のミニコンサートで、ニーシャくんの正当な保護者が見つかったのね)
ブリギッドはホッとした。ひとつ、ニーシャの運命を変えられたと思ったのだ。
「それはよかったです」
ディアミドは静かにうなずく。
「ニーシャは侯爵家の後継者だ。なんとしても養子にしたい。しかし、独身者は引き取りができないと断られた。だから偽装結婚をして、ニーシャの継母となる相手を捜しているのだ」
「でも、なぜ、私を選んだんですか?」
ディアミドは真面目な表情のまま口を開く。
「ニーシャがお前を『ママ』と言ったからだ。話を聞けば、ニーシャは今まで養子の申し出をすべて断っているそうではないか。それに、ニーシャは俺を恐れている。養子に申し込んでも断られるだろう」
「たしかに」
「そんなとき、お前がニーシャを養子にしようと考えていると聞かされた。そして、俺からニーシャを体を張って守ろうとした。だから、ニーシャの母にはお前が適任だと思ったんだ」
ディアミドはあの瞬間を思い出し、満足げに目を細めた。
孤児のために侯爵に立ち向かうなど、ニーシャに深い愛がなければできない。それに、ブリギッドに触れられた――制圧された――とき、今までにない気持ちに包まれた。
ディアミドは成人秘蹟を受けたものの、強い獣性を残しているという秘密を抱えていた。狼の耳は消すことはできても、触れてくる者はすべて払いのけたいという衝動、他者に対する攻撃性を消すことはできないのだ。
その性質は軍人としてはよいのだが、家庭人としては不適格である。それに、抑えられない獣の心は、人として恥ずべきだという教義もあった。そのため、内密に獣性を抑える薬を司教からもらい、その見返りとして教会へ絶対的忠誠を誓っている。
しかし、ブリギッドにはそんな衝動を感じないどころか、幸せな気持ちにすらなったのだ。
(なぜなのか。この現象をたしかめてみたい)
ディアミドはそう思う。
一方、事情を知らないブリギッドは、ただただうれしかった。
(この人だったらニーシャくんを幸せにしてくれるかもしれない!)
ディアミドもニーシャの幸せを第一に考えていると思ったのだ。
「わかりました。謹んでお受けいたします。つきましては、閣下にお願いがあります」
「なんだ」
「子どもの健全な育成のためには、周囲の大人の不仲はいけません! ニーシャくんの前では、仲がいいように振る舞ってください」
「わかった」
「ニーシャくんの前で私のことをぞんざいに扱わないように! 間違っても、『お前』などと呼ばないでください」
「わかった、ブリギッド」
「よくできましたね、閣下」
ブリギッドはガヴァネスの癖で、子どもを褒めるように微笑んだ。
それを聞き、ディアミドは目をしばたたかせた。強面の軍人、鉄壁の侯爵である彼にそのような態度を取る人間はいない。
「……コホン。ブリギッド、あなたも俺を名前で呼ぶべきだと思うが」
指摘されブリギッドはギクリとする。親戚以外の男性を名前で呼んだ経験は少ない。しかも相手は侯爵だ。
「あ、はぃ、あの、ディ、ディア……ミド……?」
ブリギッドはモジモジと照れながら呼んでみる。
「ああ、よいな」
ディアミドは小さく笑う。
「はぅっ……!」
ブリギッドは不意に胸を打たれた。仏頂面のディアミドの希少な笑顔は、かすかに推しのニーシャに似ている。
(大人になったニーシャくんの笑顔ってきっとこんな感じよね。最高すぎない??)
胸を押さえてよろめくブリギッドに、ディアミドは怪訝な表情を浮かべる。
「どうした」
「いえ、ディアミドは本当にニーシャくんの叔父様なのですね……。よく似てらっしゃいます」
「髪も目も色が違うが」
ディアミドは自嘲した。黒髪と金の瞳はコンプレックスだからだ。フローズヴィトニル侯爵家の後継者は、代々銀髪に青い瞳だと決まっている。
「笑ったところがそっくりですよ」
「俺はニーシャに似ているのか……」
ディアミドは小さくつぶやく。そのひと言でなぜか心が軽くなった。ひとつうなずいてから、ブリギッドに告げる。
「まずはブリギッドの家族にご挨拶し、婚姻契約書を教会に提出。その後、ニーシャを迎えに行こう」
ディアミドの言葉にブリギッドは席を立つ。そして、軍隊式に敬礼した。
「不肖ブリギッド、ニーシャくんのために、最善を尽くさせていただきます!!」
その様子に、ディアミドは思わず噴きだした。
「どこの隊に所属だ?」
「ニーシャくん親衛隊です!!」
ブリギッドは胸を張って答えると、ディアミドは声をあげて笑った。
騎士たちは女性との会話だというのに珍しく楽しげな様子のディアミドを、ニヨニヨした目で眺める。
「あ! ……でも」
ブリギッドは思う。
(うちの実情を見たら結婚契約自体を反故にされないかしら。そうだとしたら……困るわ)
グリンブルスティ子爵家の惨状をディアミドに見られたくない。父が行方不明になってから、メイドなどは解雇し、母子三人で暮らしている。使わない部屋は閉鎖し、使用している部屋しか掃除はしていない。
(それに、私はいくら馬鹿にされてもいいけれど、お母様と弟が馬鹿にされるのは耐えられない)
そう考えると、どうしてもディアミドが自宅にくるのは阻止したかった。
「親には私から伝えるので、挨拶は大丈夫です! お手数ですし」
「いや、きちんと結婚の挨拶に行くべきだ」
ディアミドはブリギッドの正面に腰かけ、真剣な眼差しを向ける。
「いえ、そこまでしていただかなくても……。書類だけ出していただければ……」
「本来なら一年前には婚約し、盛大な結婚式を挙げるべきなのだ。それを書類だけですまそうとしている以上、こちらの誠意をみせなければ」
生真面目な顔で、ディアミドは言い切った。
(……義理堅く真面目なんだから……)
ブリギッドは困りつつ、真っ直ぐなディアミドを好ましく思う。一瞬流されそうになり、ブンブンと頭を横に振った。
「いや、でも、大丈夫です!」
「そういうわけにはいかない」
「だって、偽装結婚なのに……」
「だからこそ、きちんと挨拶すべきだ。偽装結婚という不誠実な関係ではあるが、それ以外のところでは俺は誠実に努めたい。頼む。挨拶をさせてくれ」
ディアミドは黄金の眼差しでブリギッドをジッと見つめた。
「……頼む」
だめ押しのように頭を下げられ、ブリギッドは押し切られてしまった。それからディアミドが契約書を早速作成してくれた。
「契約書の確認だ」
ブリギッドは契約書の内容を復唱する。
「期間はニーシャくんが王立魔法学園中等部へ入学するまで……えーっと、七年契約ってことですね?」
「そうだ」
「妻としては愛せない……初夜の儀式では体を合わせない。はいはい。私もいりません」
ぞんざいなブリギッドの言い方に、ディアミドはなぜかムッとしてしまう。
「社交界には妻として出席する……ニーシャくんが社交界になじむには必要でしょうね」
「ああ。それに、離婚前提だと思われたら困る。教会は政略結婚を認めていても、偽装結婚を禁じているからな」
「……今さらながら、突然の結婚は怪しすぎません? 絶対に養子を取るための結婚だと思われますよ?」
「なら、俺があなたに惚れたことにする」
業務的に答えるディアミドを見て、ブリギッドは訝しむ。
「そんなこと閣下にできるんですか?」
ディアミドは無表情でうなずく。
(……いや、無理でしょ?)
ブリギッドは思ったが追及するのはやめた。そんなことよりもニーシャの継母になるほうが大事だ。
「あと、私に対する支払いは条件どおり……と……」
「離婚の際には財産分与もする。確認して問題なければサインを書け」
ブリギッドは勧められるまま羽根ペンをインクにつけた。そして、ハタとディアミドを見る。
「……あの、閣下は本当にこれでよろしいんですか? あまりに私にだけ条件がよくて……」
「侯爵家にすればたいした金ではない」
「それに……その……、閣下であれば私でなくても、ほかのご令嬢と愛し愛される結婚ができるのでは……? そういう方と結婚してご自身のお子様を得て、幸せな家庭を作ったほうがよいのでは? 閣下のお年ですと、七年は長いのではないかと」
「俺は子どもを作る気がないからな。そんな男と結婚したら子どもが欲しい女には迷惑だろう」
ディアミドは当たり前のように言う。
「なぜ、お子様を欲しがらないのですか? まさか……やっぱり………少年がお好きなのでは……」
ブリギッドは自分の顔が青ざめていくのを感じる。ただ継母になるだけではだめだ。ニーシャにとってよい環境を用意したい。自分の欲のために、ニーシャを幼児性愛者の犠牲にするわけにはいかない。
「違う!! 俺の子どもがいる状況は、ニーシャにとってもよくない。権力争いに巻き込ませるつもりはないんだ」
「なぜ、そこまでニーシャくんを後継者に?」
ディアミドの説明にブリギッドはホッと胸をなで下ろしつつ、不可解でならない。
いくら兄の子どもだとしても、母のわからぬ子どもであれば庶子扱いになる。それに今の侯爵はディアミドだ。普通に結婚し、自分の子を後継者にすればよい。頑なにニーシャにこだわる理由が見当たらない。
(もしかして、女性を愛せないのかしらね? 鉄壁と言われるほど女性を避けるもの。そういえば、閣下と司教猊下のラブロマンスの噂を聞いたことがあるわ。私はどちらかといえば逆だけど……。どちらにしても眼福なのは間違いない!)
前世のブリギッドはBLを嗜んでいた。
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