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1巻

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 ……というのも、人見知りの彼はブリギッドがいるときにしか歌わない。そのことを、ブリギッド本人は知らないが。

「頑張ってー!! ニーシャきゅん!!」

 ブリギッドは必死にジャンプしながら、ウチワを振った。
 ニーシャはそれを見てはにかむように笑った。そして、大きく息を吸う。
 ヒタと、ブリギッドは動きを止めた。ニーシャのソロが始まるのだ。
〝天使の歌声〟と呼ばれる、澄んだ高い歌声が孤児院に響く。まるでステンドグラスから降り注ぐ光のような、優しくそれでいて華やかな声だ。
 界隈かいわいではクリスタルボイスと有名で、「すさんだ心を浄化する力があるのでは?」とまで言われていた。
 先ほどまで震えていたのが嘘のような伸びやかな声に、周囲がシンと静まりかえる。
 ブリギッドはウチワを胸に抱え、涙を流す。心にしみ入る歌声なのだ。ブリギッドだけではなく、多くの人たちがその歌声に魅了され、心を震わせていた。
 ニーシャのソロが終わると同時に感嘆の吐息が満ちて、少しの間を置いてから大きな歓声が広がる。

「ニーシャきゅん……すき……」

 ブリギッドはウチワを抱きしめ、うっとりとため息を零したのだった。


 翌日。
 柔らかな日が差し込む昼下がり、ブリギッドは孤児院の二階にいた。クビになったのを幸いとばかりに、少し仕事を休みボランティアに精を出すことにしたのだ。

(違約金ボーナスが出るんだもの。少しぐらいの推し活休日を楽しんでも、バチは当たらないでしょう?)

 そう思い、推し活グッズ製作の手伝いにやってきた。
 ブリギッドが作っているのは、小さなテディベアだ。推しカラーのそれは作るのに手間はかかるが、グッズの中でも好評かつ、価格設定が高くできるため利益率がよい。
 ニーシャの髪に近い色の白いクマに、ニーシャの瞳の色の青いボタンで目をつけていく。
 そんなブリギッドの周りには、子どもたちが集まっていた。前世が教員だったからか、子どもから好かれやすい。
 幼児たちはブリギッドのスカートにまとわりつき、少しでも彼女に触れようとする。また、少し大きな子どもたちは彼女のそばで、手軽に作れて材料も安く、色の組み合わせによって簡単に推しグッズとなるミサンガを作っていた。さらに大きな子どもたちは推しカラーのウチワや、いらなくなった紙でショッピングバッグを作っている。
 これらもすべてブリギッドのアイデアだ。
 一体完成したところで、ひと息ついて二階の窓から外を見る。そこではミニコンサートに参加する子どもたちが一生懸命に歌の練習をしていた。
 なかでもとりわけ美しい少年は、ブリギッドの推し、ニーシャである。ニーシャは子どもたちから離れ、ひとり木陰に佇んでいた。彼は群れるのが苦手なのだ。

「はぁぁ、今日も健やかですね……」

 ニーシャを見て拝んでいると、孤児院の副院長がブリギッドの横に立った。副院長は優しげな祖母のような雰囲気で、子どもたちの信頼を得ていた。

「確認してみましたが、やはりブリギッド様でもニーシャとの養子縁組は無理だそうです。孤児院の決まりで、独身の方は養子縁組できないようになっているとのことです」
「そうですか、決まりですものね……」

 ブリギッドはニーシャを自分の養子として迎えられないかと副院長に打診していた。
 この孤児院では養子に行ったあと子どもが苦労しないように、養子縁組の条件を厳しく定めている。
 また、子どもの意思も尊重していて、どれだけ条件がよくても、本人が嫌と言えば養子には出されない。ニーシャには裕福な家庭で何不自由なく暮らしてほしいと望んでいるが、人見知りが激しい彼はすべての申し出を断っていると聞く。
 このままでは小説のように不幸な運命になってしまうだろうと心配していた矢先、ニーシャから『ブリギッドの養子ならいい』と言われたのだ。
 ブリギッドは自分の養子になると、貧しさで苦労をかけてしまうとニーシャに説明した。しかし、彼はそれでもいいと答えたのだ。
 推しの言葉にブリギッドは舞い上がった。
 養父母が決まってしまえば、赤の他人である自分は会えなくなってしまう。ならば無理をしてでも、ニーシャを養子にしたいと決意したのだ。

「ブリギッド様ならニーシャのよいお母様になれると思うのですが」

 副院長は残念そうだ。

「はぁ、やっぱり誰かと結婚するしかないかしら……。でも、私と結婚したいなんて人いないから、持参金をたくさん貯めないと無理よね」
「そんなことおっしゃらないで。ブリギッド様なら、よい方から愛される幸せな結婚ができますよ」
「幸せな結婚……ですか?」

 転生前も独身だったブリギッドには想像ができない。生活に追われた日々で恋愛などしてこなかった。
 生まれ変わっても貧乏でデビュタントすらできず、舞踏会に着ていくドレスもない。仕事ばかりの毎日で、出会うのはセクハラ親父くらい。さらに、各家庭で見せつけられる醜悪な愛憎劇に、結婚への夢はなくなっていた。

「うーん、私には無理そうです」

 ブリギッドは苦笑いした。
 そのときである。
 木陰に佇んでいたニーシャの前に、黒髪で長身の男が現れた。そして、唐突にニーシャの腕を引っ張る。
 ニーシャは嫌々と頭を振った。尻尾しっぽはキュルンと足のあいだに挟まり、耳はすっかり倒れてしまう。
 ブリギッドは、幼気な子どもを攫おうとする男の様子を見てカッとなる。

「天使に何をするー!! 変質者!!」

 ブリギッドは反射的に叫び、窓から男に向かって飛び降りた。

(子どもに危害を加える者は、前世でも今世でも許さない!)

 武闘派の家系で育ったブリギッドは父譲りの勇猛果敢ゆうもうかかんさに、前世の記憶が混ざり合い、この世界の常識をやすやすと越えていく。
 男は驚き、思わず怯みニーシャの手を離す。スカートがバサッと広がり、下着が見えそうになるのにたじろいで目を逸らした瞬間、その両足に男の首は捕らえられた。そして股に頭を挟まれたまま、地面に転がってしまう。

(やった! 護衛侍女を目指して武術を習ってきたことが役に立ったわ!)

 ブリギッドは思わず力を込めた。すると、ピクリと男の左手が痙攣けいれんし、パタリと地面に落ちた。

「あ、やりすぎた……かも?」

 ブリギッドはソロッとスカートをめくり、確認する。
 男は卒倒していた。

「……死んでないわよね?」

 ブリギッドは男の鼻に手を近づけてみる。息はしているようだ。

「死んでないわね」

 ニーシャが驚いた顔でブリギッドを見てくるので、安心させるようにニッコリと微笑む。そして立ち上がった。

「ニーシャくん、大丈夫だった?」
「うん」
「もう安心よ? 悪者は退治してあげたから!」

 そう言うと、ニーシャはギュッとブリギッドに抱きついた。

(きっと、とっても怖かったのね)

 ブリギッドはヨシヨシとニーシャの頭を撫でた。
 そのとき、院長が走り寄ってきて、男をユサユサと揺する。

「だ、大丈夫ですか! フローズヴィトニル侯爵閣下!!」
「……フローズヴィトニル侯爵? この変質者が!?」

 その名を聞いて、ブリギッドの背中にはタラリと冷や汗が伝った。男を指さし、院長に問いかける。
 院長はコクリとうなずいた。

「変質者ではありません」
「嘘でしょ!?」

 院長はフルフルと頭を振った。
 ブリギッドはそろそろと指先を丸め、何事もなかったかのように背中に隠す。

「嘘だと言って……」

 院長は悲しそうな顔をしてから目を瞑り、手を結び合わせた。

「……ブリギッド様に神の赦しがありますように……」

 ブリギッドは顔面蒼白になる。

(やってしまった……! この国最強の軍人、フローズヴィトニル侯爵閣下を倒してしまった……!!)

 フローズヴィトニル侯爵は黒髪に黄金の瞳を持つ、たくましい男だ。百九十センチを超えるスラリとした長身に、鋼のような肉体、鋭い眼光の煌めきから、サーベルに例えられることもある。
 誰もが振り返るほど美しく、二十七歳にして侯爵という身分。
 そのうえ、王国唯一のソードマスターでもあり、ギムレン王国軍の元帥と聖騎士隊せいきしたいの隊長も兼任している。
 王国軍とは国の軍隊で、周辺各国の脅威などから自国民を守るのが職務だ。対して聖騎士隊せいきしたいとは、モンスターから信者や教会を守るために作られた、二十人ほどの教会直属の組織である。
 フローズヴィトニル侯爵は寡黙で無表情なことから近寄りがたいが、仕事は完璧で信頼されているらしい。
 そんな皆の憧れの存在は独身主義者という噂で、どんなに美しい令嬢が声をかけても、どんなに条件のよい結婚でも、一向に首を縦に振らないという。そのため、鉄壁の心の持ち主とも呼ばれていた。
 ブリギッドは彼をマジマジと見てあることに気がつく。

「あー!! 昨日のミニコンサートで前に立ってた壁男かべおとこ!!」

 ブリギッドが指さす。

(っていうか! 原作ではニーシャを致命傷の一歩前まで追い込んだ人だ! 彼がいなかったらニーシャきゅんは主人公になんかやられなかったのに!!)

 推しの敵を見て、思わず睨みつけるブリギッド。
 Web小説の中のニーシャは、その神をも恐れぬ所業しょぎょうから人扱いされず狂犬として、教会に殺されたのだ。
 しかし、倒れた男を見てハッとする。現状、加害者はどう考えてもブリギッドである。

(……どうしよう。不敬だと罰せられる? 損害賠償? 慰謝料請求? いったいいくらになるの? いっそのこと殺して埋める? そうよ、そうすればニーシャきゅんの安全も……)

 錯乱するブリギッド。

(なら、目撃者全員るしかないわね? それには……)

 グルリとあたりを見渡すと、そこにはニーシャがいる。

(……いいえ、ニーシャきゅんにそんなもの見せるわけにはいかないわ!)

 ブリギッドは足先で、フローズヴィトニル侯爵の靴をチョンチョンと突いてみた。すると、フローズヴィトニル侯爵がムクリと起き上がる。

「ひぃぃぃぃ!! お許しください!!」

 ブリギッドはニーシャを抱きかかえながら謝った。
 フローズヴィトニル侯爵は体についた草を払い、コキコキと首を鳴らす。

(殺されるっ!)

 ブリギッドはニーシャを背にかばい、男を見上げた。
 しかし、フローズヴィトニル侯爵は無表情のままつっけんどんに告げる。

「なんのことだ。何事もなかった」
「え? 卒倒してませんでした?」
「そんなことはない」
「いえ、私に倒されてまし――」

 ブリギッドがそこまで言いかけたところ、院長に慌てて口を塞がれた。ブンブンと首を横に振っている。
 そこでようやくブリギッドはハッとした。

(お貴族様の言うことは絶対ってことね?)

 軍神とも呼ばれるフローズヴィトニル侯爵が、女に倒されたとあっては面目めんぼくが立たない。なかったことにしたいのだ。

「お前、名は」
「ブリギッド・グリンブルスティと申します」

 ブリギッドは反射的に名乗る。

「……ブリギッド・グリンブルスティか……」

 フローズヴィトニル侯爵がギロリとブリギッドを睨む。金色の目が獰猛どうもうに光る。次に、ブリギッドにすがりつきながら震えているニーシャに目を向けた。

「ニーシャ、お前とその令嬢はどういった関係だ?」

 ニーシャはブリギッドを見て考える。フローズヴィトニル侯爵の怒りを買えば、ブリギッドが罪に問われると思った。

(……このおじさん、さっき『俺の養子になれ』って言った! 僕を養子にしたいってことだよね? 院長さんも口をはさめないくらいえらい人みたい。このままだと、このおじさんに連れてかれちゃうかも! だったら……)

 そして、意を決したように唾を呑んだ。

「ま、……ママ!!」
「ママ? お前の母なのか? お前の母は――」
「ママ! ママ! ママ!!」

 フローズヴィトニル侯爵の言葉を遮るように、ニーシャは叫んだ。そしてブリギッドによりギュッとしがみつく。

「はぅ……。ニーシャきゅぅん……」

 ブリギッドは推しからの『ママ』呼びに、キューンと胸を打ち抜かれた。思わずクラリと倒れそうになる。
 そんなブリギッドをフローズヴィトニル侯爵は軽蔑するような目で睨んだ。

「お前、俺は変質者ではない。ディアミド・フローズヴィトニルだ。覚えておけ」

 そう吐き捨てるときびすを返し、孤児院の中に入っていく。
 ブリギッドは絶望し院長を見る。

「……今の、どういう意味だと思います? 慰謝料請求するぞってことですか? あああ、うち、お金ないのに! クビになったばっかりなのに~!!」

 ニーシャはそんなブリギッドのスカートをキュッと掴み、上目遣いで見る。

「大丈夫?」

 心配してくれたニーシャに対して、ブリギッドは安心させようとニコリと笑う。

「大丈夫よ! もっといっぱい稼げばいいだけだから! ニーシャくんは心配しないで!」

 ブリギッドの脳天気な返答に、院長は大きくため息をついたのだった。


 翌日。
 ブリギッドはガヴァネスの紹介所に向かっていた。

(もう少しのんびりボランティアしたかったけど……しかたがないわね)

 昨日のフローズヴィトニル侯爵とのトラブルで、慰謝料を請求される可能性があると恐れを抱き、仕事に復帰することにしたのだ。
 ブリギッドの所属する紹介所は、一流ガヴァネスのみを扱っている。賃金は一般的なガヴァネスより高く、セクハラなどの規約違反があればその家への紹介は取りやめて、違約金の支払いなどを科す。
 ブリギッドは前の職場の主人からもらった数々のラブレターを、規約違反の証拠として持ってきていた。

「このお手紙、一通いくらになるかしら? せっかくニーシャきゅんに課金しようと思っていたのに、変態侯爵への慰謝料に消えるのかしら……」

 ため息をつきながら、紹介所のドアを開ける。すると、紹介所の中にいた人々がザッとブリギッドに注目した。

「ブリギッド嬢だ! 次は我が家のガヴァネスになってほしい。今までの給与の一・三倍出す!」
「いえ、私の家なら一・五倍出すわ!」

 ブリギッドがガヴァネスをクビになった噂が広がっていたのだろう。合格請負人とも呼ばれる彼女は人気が高い。

「お申し込みは紹介所を通してお願いいたします。一番給与の高いところにお勤めしますわ」

 ブリギッドはにこやかに笑いながらあしらうと、希望者のあいだで競りが始まる。
 それを横目に奥の受付を見ると、そこには昨日クビになったカット家の主人ローリーとその妻の姿があった。

「ブリギッド嬢! 妻がすまなかった! クビと言ったのは嘘だ! 娘の面倒を見てほしい!! 給与は今の二倍だ、どうだ!!」
「あなた! 二倍って何を言ってるの!!」

 ローリーがすがりついてくる一方で、カット夫人は憎々しげに睨んでくる。

「ほら! お前も謝れ!! ブリギッド嬢は人気のガヴァネスなんだ! 受験の神様なんだ。代わりはいないんだぞ!!」

 ローリーはカット夫人の頭をむりやりに押さえつける。

「いえ、もう無理です。家庭内の環境が乱れるほうがお子さんの教育によくないですから。別の方を捜してください」

 ブリギッドはすげなく答えると、ツカツカと受付まで歩き、紹介所の会長に今までローリーからもらったラブレターの数々を手渡した。

「カット家の規約違反です」

 シレッと手渡すと、会長はそれを見て顔をしかめた。

「カット様。こちらの紹介所では、今後お宅への紹介はできかねます。ブリギッドとは契約打ち切りとさせていただきます」
「……そんな!!」
「ついては、違約金のお支払いですが……」

 周囲からクスクスと笑い声があがる。
 その言葉だけで、手紙がなんなのかわかってしまったのだ。ローリーがブリギッドに懸想けそうして、恋文を渡したのだと。

「ここのガヴァネスにセクハラなんて」
「信じられない」
「成り上がりはこれだから……」

 小さなささやきがローリーを責め、夫人は羞恥でワナワナと震える。

「では、私はこれで」

 ブリギッドは今日中に次の仕事は決まらないだろうと紹介所から帰ろうとする。すると、カット夫人が追いかけてきた。

「アンタ!!」

 カット夫人が手を振り上げる。
 その瞬間、ブリギッドは内心ほくそ笑んだ。

(叩いてくれれば、さらに違約金が跳ね上がる! それに慰謝料も!!)

 叩かれるために目を瞑り体の力を抜く。体を硬くして耐えるより、叩かれる方向に受け流したほうが痛くない。

「……? あれ?」

 来るべき衝撃が待っても一向に来ず、ゆっくりと目を開ける。
 そこには、カット夫人の手首を掴むとある男がいた。

「……チッ。余計なことを……」

 ブリギッドは思わず舌打ちをしてしまう。せっかくの収入源が奪われたのだ。
 同時に、カット夫人が男を見て息を呑む。

「っ!! フローズヴィトニル侯爵閣下……!」

 フローズヴィトニル侯爵はウジ虫を見るような目をカット夫人に向け、そのまま手を離した。
 カット夫人は恐れのあまりその場にヘナヘナと座り込む。一方、周囲の女性たちは侯爵の美しさにため息をついた。

「ブリギッド・グリンブルスティ」

 フローズヴィトニル侯爵はブリギッドを見た。その瞳からはなんの感情も汲み取れない。

「変態侯爵……じゃない! 閣下! 慰謝料請求であれば、場所を変えて――」
「俺と結婚するように」

 ブリギッドが言いかけると、フローズヴィトニル侯爵はそれを遮って告げた。
 ガヴァネスの紹介所はシーンと静まりかえり、誰もが我が耳を疑った。
 王国の軍神と呼ばれるフローズヴィトニル侯爵は女性たちの憧れだが、誰にもなびかないと有名だ。

「……は?」

 ブリギッドは一瞬凍りついてから我に返った。

「お前は俺と結婚するのだ。いいな」

 フローズヴィトニル侯爵はそう申しわたすと、片手を上げた。

「連行せよ」

 フローズヴィトニル侯爵が連れてきた騎士たちがブリギッドの両脇につき、腕を取った。

「え? なんで? 閣下は独身主義者ではなかったの!? は?」
「では、参ります。ブリギッド嬢」

 屈強な騎士たちはニッコリと微笑み、ブリギッドをズルズルズルと引っ張っていく。

「ええええええ??」

 叫ぶブリギッドはそのままフローズヴィトニル侯爵家に引っ立てられていったのだった。



   第二章 軍神からのプロポーズ


 ディアミド・フローズヴィトニル侯爵家の執務室は飾り気のない無機質な部屋だった。
 ブリギッドはふたりのマッチョな騎士に両腕を掴まれ、大人しく立たされていた。ディアミドの後ろに控える執事も、元軍人なのか老マッチョだ。

「閣下、これはいったいどういうことでしょう?」

 ブリギッドはできるだけ冷静を装って、ディアミドを見た。心臓はバクバクで、頭はパニック状態だ。
 彼は冷たい表情をしていて、どう見ても結婚を申し込んだ男とは思えない。

「どういうこととは?」
「先ほどは私が叩かれるのを邪魔をしたあげく、こんなところまで連れてくるとは」
「お前は叩かれたかったのか?」

 変態か? と言わんばかりの目でディアミドがブリギッドを見る。

「叩かれれば慰謝料が請求できました」
「噂どおりの守銭奴しゅせんどだな」
「……お褒めにあずかり光栄です」

 ブリギッドは虚勢きょせいを張りつつ微笑んだ。

「お前のことを少し調べた」

 ディアミドがそう言うと、そばに控えていた執事が紙を開き、内容を読み上げる。

「子爵令嬢ブリギッド・グリンブルスティ。二十三歳。八年前、父のグリンブルスティ子爵が行方不明となり、病弱な母クリドナと十三歳の弟グルアと暮らしている。子爵家には領地がなく、現在は王宮に仕事もない。ガヴァネスとして働いている。貧困のためデビュタント経験はなく、社交界デビューもしていない。恋愛経験なし。身長百五十三センチメートル、体重四十五キログラム、スリーサイズは――」
「ちょっと! 何を勝手に調べているんですか!!」

 ブリギッドは執事の声を遮った。

「結婚相手の身辺調査は基本だろう」

 ディアミドはシレッと答える。


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