【完結】廃嫡された王子 悪魔と呼ばれた子供を育てる

藍上イオタ

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「私はカールと共に生きます」

 カシャンと、王太子の剣が落ちた。

「まさか、……なんで、貴女は行方知れずだと」
「新しく王太子となった方と結婚せよと言われ私は城を飛び出しました。城には侵入者や逃亡者を防ぐための呪いがかけてあり、私はそれにかかってしまいました。声を奪い、小さな黒い惨めな雛にしてしまう呪い。でも、醜くなった姿の私を誰かが大切にしてくれたら、解ける呪いです。今カールが私を『大切な人』と呼んでくれたから、最後の呪いが解け、声を取り戻しました」
「……信じられない」
「証拠はこれです」

 ノアは首に下げた袋の中から、天空の王家の紋章の刻まれた指環を出した。

「なんで、コイツなんだ……」

 異母弟は絶望した顔で呟いた。
 僕もだ。
 会ったこともないのに、どうして、僕なんだろう。

「昔、罠を解いて、足を治してくれたのよ。お母様と一緒に」

 ノアはあの日のあの白い鳥人だったのだ。罠にかかった鳥人の女の子を森で助けたことがあった。足を怪我していたから、母と僕とで治したのだ。

 鳥にとって、足は羽ばたくために重要な場所だから、母はそう言っていた。


 コン。テーブルにカップが置かれる音が響いた。古森の魔女らしく、祖母が瞳を不穏に光らせて、こちらを見ていた。

「ノア、翼を仕舞ってこちらへおいで。そこの馬鹿どもは戦意を失ったみたいだからね。女の子が剣の前に立つもんじゃないよ」

 ノアは素直に祖母の隣に戻る。

「アンタたちが思い違いしているようだから、教えてやるよ」

 祖母は言った。

「国王、ああ、ムカつく男だよ。私の天使を奪っていったあの男。あの男の病気が悪化してるのは薬を飲んでいないからさ」
「薬だと? 王国の薬師が付きっきりでついているのだぞ!?」
「王は何時から体調を崩された? 愛妾が亡くなってからではないかい?」
「……」
「あの子は薬草師だったんだよ。国王は体調の悪さを知られたくなくてね、あの子を後宮へ入れた」
「……そんな……」
  
 異母弟は顔を青ざめさせた。

「国王の命を繋ぐものを殺しちまってさ、どうしょうもない王妃様だね。あの子が死んだ後も、カールが処方をしていたけれど、少し効き目が良くなかった。あの薬は、愛情が要だからね」
「おばあちゃん、ゴメン。僕、知らなくて」

 僕は言われたままに、ただただ薬を処方していただけだ。
 愛情をこめていたか問われれば、それほど込めていなかった。
 だって、父王がいなければ、僕ら親子は古森で幸せに暮らしていけたと思っていたからだ。

「お前は悪くないさ、アタシが言わなかったんだから」

 おばあちゃんは、笑った。

「さて、もう一つ。アンタのお姉さんかい? その子も同じ病気じゃないのかい?」
「姉上が?」
「体調を崩したのはいつからだい?」
「結婚が決まってからだ」
「多分、だったら同じだよ。アンタは知らないかもしれないけれど、きっと王妃様はご存じだろうよ」
「だ、だったら! ここに薬があるんだろう!! 薬をよこせ!!」
「冗談はおやめ。国王ですらそんな物言いはしなかったよ」

 おばあちゃんはピシャリと言い切った。

「それに言っただろう? その薬は愛情が要なんだと。大切な相手から大切だと思われること。それが肝要なんだ。そんな愛をこめてやれる人はいるかい?」

 異母弟は俯いた。
 異母姉は政略結婚だ。難しいかもしれなかった。

「死ぬのを待つしかないのか?」
「まだ若いからね、もしかしたら、ほかの愛を見つけたら死なないかもしれない。存外女は強いものだから、万が一があるかもしれないよ」
「兄上……。姉上に薬を作ってやってくださいませんか」

 異母弟から久々に兄と呼ばれて驚いた。
 異母弟は嫌々ながらといった様子で頭を下げた。

「多分、姉は、貴方が好きだった」

 僕は驚いて、目をしばたたかせた。

「そんなことはないはずです。僕は間違いなく嫌われていましたよ。ろくに挨拶もしてくれませんでしたし、見た目を悪く言われてました」

 泥水のような髪、汚らしい目で見ないで、私の横に並ばないで。
 そう言って、ツンと突き放されたことを覚えている。

「あの日の出来事は私の策略ではなかった。しかし、それを好機に利用したのは認めます。あれが本当に貴方の暴力でなかったのなら、姉の意志なんだと私は思う」
「政略結婚が嫌だっただけだよ」
「だったとしても、救いの手を貴方に求めた。私や母ではなく、貴方に」

 僕はため息を吐いた。

 ノアは不安そうに、僕をジッとうかがっている。

「作り方を教えます。僕が作っても薬にならない。これからは殿下が、姉上と国王陛下に薬を処方してください」
「でも!」
「きっと僕が処方するよりは効き目があると思います。少なくとも、殿下は姉上も父上も大切にしてくれると思うから」

 異母弟は納得しがたい顔をしてる。

「僕にはノアがいる。ノアより大切な子はいない。ノアが不安に思うことは、僕はしたくないから」

 きっぱりとそう言えば、異母弟は渋々頷いた。

「あと、解毒剤、カールから貰っていきなよ。あたしゃ本当に知らないんだからね。今じゃカールの方が立派な薬草師だ」
 
 祖母が言い放つと、異母弟は顔を青くした。

「申し訳なかった、兄上。無礼を承知でお願いする。解毒剤をあの騎士へ処方してやってはくれないか」

 顔を青ざめさせて、一介の騎士のために頭を下げる姿に、異母弟も捨てたものではないと思う。

「ここさえ守れれば僕は良いんだ。このまま手を引いてくれるなら処方するよ」
「ありがとう」

 異母弟はもう一度頭を下げた。

「天空の姫君におかれましては、知らなかったこととはいえ多大なるご無礼をお許しください」

 異母弟は膝をついて首を垂れる。

 ノアは笑った。

「もう私を求めない、そうしてくれれば父には話しません」
「ええ、もちろんです」


 それから騎士の治療をし、異母弟へ薬草の調合法を教えた。彼らは、これに関する恩と謝罪を、古森の統治権を僕に渡すことであらわしてくれた。



「ノア、僕らを守ってくれてありがとう」
「ううん、カールはずーっと私を守ってくれていたから。醜かった私ですら、大切にしてくれた」
「黒いノアも可愛かったよ」

 そう言えば、ノアは嬉しそうに笑った。

「ノアは本当の名前があるんだよね?」
「私たちは、結婚するときに新しい名を伴侶から貰うの。だから、私はノアでいい?」
「もちろん!」

 僕は首に下げてあった、母の形見の指輪をそっと外した。そして、ノアの左手を取る。

「好きだよノア。結婚してください。今はこれしかなくて、立派な教会とかじゃないんだけど、でも、受け取ってくれたら嬉しいな」

 ノアは瞳を潤ませて頷いた。
 薬指にそれを通せば、ポロリと涙がこぼれる。

「じゃ、私も」

 ノアは先ほど見せた王家の紋章の入った指環を出した。

「それは良くないんじゃない?」
「いいのよ。声と姿が戻ったら、好きな人に渡しなさいと母に言われているの」
「……すき……」

 顔が熱くなる。僕はおずおずと左手を出した。薬指に金の指輪が通っていく。

「おめでとう」

 祖母が祝福して、三人で笑った。三人ぽっちの結婚式。でも、僕らは幸せだ。



 そして、その後、改めて天空の城で僕らは盛大な式を挙げた。
 
 しかし、ノアと僕は、そのまま古森で薬を作って暮らした。
 たくさんの子供にも恵まれて、古森は一層豊かになった。
 


 いつしか、カールとノアの物語は、古森の王と天空の姫のおとぎ話となって、今も伝わっている。
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