8 / 8
8
しおりを挟む「私はカールと共に生きます」
カシャンと、王太子の剣が落ちた。
「まさか、……なんで、貴女は行方知れずだと」
「新しく王太子となった方と結婚せよと言われ私は城を飛び出しました。城には侵入者や逃亡者を防ぐための呪いがかけてあり、私はそれにかかってしまいました。声を奪い、小さな黒い惨めな雛にしてしまう呪い。でも、醜くなった姿の私を誰かが大切にしてくれたら、解ける呪いです。今カールが私を『大切な人』と呼んでくれたから、最後の呪いが解け、声を取り戻しました」
「……信じられない」
「証拠はこれです」
ノアは首に下げた袋の中から、天空の王家の紋章の刻まれた指環を出した。
「なんで、コイツなんだ……」
異母弟は絶望した顔で呟いた。
僕もだ。
会ったこともないのに、どうして、僕なんだろう。
「昔、罠を解いて、足を治してくれたのよ。お母様と一緒に」
ノアはあの日のあの白い鳥人だったのだ。罠にかかった鳥人の女の子を森で助けたことがあった。足を怪我していたから、母と僕とで治したのだ。
鳥にとって、足は羽ばたくために重要な場所だから、母はそう言っていた。
コン。テーブルにカップが置かれる音が響いた。古森の魔女らしく、祖母が瞳を不穏に光らせて、こちらを見ていた。
「ノア、翼を仕舞ってこちらへおいで。そこの馬鹿どもは戦意を失ったみたいだからね。女の子が剣の前に立つもんじゃないよ」
ノアは素直に祖母の隣に戻る。
「アンタたちが思い違いしているようだから、教えてやるよ」
祖母は言った。
「国王、ああ、ムカつく男だよ。私の天使を奪っていったあの男。あの男の病気が悪化してるのは薬を飲んでいないからさ」
「薬だと? 王国の薬師が付きっきりでついているのだぞ!?」
「王は何時から体調を崩された? 愛妾が亡くなってからではないかい?」
「……」
「あの子は薬草師だったんだよ。国王は体調の悪さを知られたくなくてね、あの子を後宮へ入れた」
「……そんな……」
異母弟は顔を青ざめさせた。
「国王の命を繋ぐものを殺しちまってさ、どうしょうもない王妃様だね。あの子が死んだ後も、カールが処方をしていたけれど、少し効き目が良くなかった。あの薬は、愛情が要だからね」
「おばあちゃん、ゴメン。僕、知らなくて」
僕は言われたままに、ただただ薬を処方していただけだ。
愛情をこめていたか問われれば、それほど込めていなかった。
だって、父王がいなければ、僕ら親子は古森で幸せに暮らしていけたと思っていたからだ。
「お前は悪くないさ、アタシが言わなかったんだから」
おばあちゃんは、笑った。
「さて、もう一つ。アンタのお姉さんかい? その子も同じ病気じゃないのかい?」
「姉上が?」
「体調を崩したのはいつからだい?」
「結婚が決まってからだ」
「多分、だったら同じだよ。アンタは知らないかもしれないけれど、きっと王妃様はご存じだろうよ」
「だ、だったら! ここに薬があるんだろう!! 薬をよこせ!!」
「冗談はおやめ。国王ですらそんな物言いはしなかったよ」
おばあちゃんはピシャリと言い切った。
「それに言っただろう? その薬は愛情が要なんだと。大切な相手から大切だと思われること。それが肝要なんだ。そんな愛をこめてやれる人はいるかい?」
異母弟は俯いた。
異母姉は政略結婚だ。難しいかもしれなかった。
「死ぬのを待つしかないのか?」
「まだ若いからね、もしかしたら、ほかの愛を見つけたら死なないかもしれない。存外女は強いものだから、万が一があるかもしれないよ」
「兄上……。姉上に薬を作ってやってくださいませんか」
異母弟から久々に兄と呼ばれて驚いた。
異母弟は嫌々ながらといった様子で頭を下げた。
「多分、姉は、貴方が好きだった」
僕は驚いて、目をしばたたかせた。
「そんなことはないはずです。僕は間違いなく嫌われていましたよ。ろくに挨拶もしてくれませんでしたし、見た目を悪く言われてました」
泥水のような髪、汚らしい目で見ないで、私の横に並ばないで。
そう言って、ツンと突き放されたことを覚えている。
「あの日の出来事は私の策略ではなかった。しかし、それを好機に利用したのは認めます。あれが本当に貴方の暴力でなかったのなら、姉の意志なんだと私は思う」
「政略結婚が嫌だっただけだよ」
「だったとしても、救いの手を貴方に求めた。私や母ではなく、貴方に」
僕はため息を吐いた。
ノアは不安そうに、僕をジッとうかがっている。
「作り方を教えます。僕が作っても薬にならない。これからは殿下が、姉上と国王陛下に薬を処方してください」
「でも!」
「きっと僕が処方するよりは効き目があると思います。少なくとも、殿下は姉上も父上も大切にしてくれると思うから」
異母弟は納得しがたい顔をしてる。
「僕にはノアがいる。ノアより大切な子はいない。ノアが不安に思うことは、僕はしたくないから」
きっぱりとそう言えば、異母弟は渋々頷いた。
「あと、解毒剤、カールから貰っていきなよ。あたしゃ本当に知らないんだからね。今じゃカールの方が立派な薬草師だ」
祖母が言い放つと、異母弟は顔を青くした。
「申し訳なかった、兄上。無礼を承知でお願いする。解毒剤をあの騎士へ処方してやってはくれないか」
顔を青ざめさせて、一介の騎士のために頭を下げる姿に、異母弟も捨てたものではないと思う。
「ここさえ守れれば僕は良いんだ。このまま手を引いてくれるなら処方するよ」
「ありがとう」
異母弟はもう一度頭を下げた。
「天空の姫君におかれましては、知らなかったこととはいえ多大なるご無礼をお許しください」
異母弟は膝をついて首を垂れる。
ノアは笑った。
「もう私を求めない、そうしてくれれば父には話しません」
「ええ、もちろんです」
それから騎士の治療をし、異母弟へ薬草の調合法を教えた。彼らは、これに関する恩と謝罪を、古森の統治権を僕に渡すことであらわしてくれた。
「ノア、僕らを守ってくれてありがとう」
「ううん、カールはずーっと私を守ってくれていたから。醜かった私ですら、大切にしてくれた」
「黒いノアも可愛かったよ」
そう言えば、ノアは嬉しそうに笑った。
「ノアは本当の名前があるんだよね?」
「私たちは、結婚するときに新しい名を伴侶から貰うの。だから、私はノアでいい?」
「もちろん!」
僕は首に下げてあった、母の形見の指輪をそっと外した。そして、ノアの左手を取る。
「好きだよノア。結婚してください。今はこれしかなくて、立派な教会とかじゃないんだけど、でも、受け取ってくれたら嬉しいな」
ノアは瞳を潤ませて頷いた。
薬指にそれを通せば、ポロリと涙がこぼれる。
「じゃ、私も」
ノアは先ほど見せた王家の紋章の入った指環を出した。
「それは良くないんじゃない?」
「いいのよ。声と姿が戻ったら、好きな人に渡しなさいと母に言われているの」
「……すき……」
顔が熱くなる。僕はおずおずと左手を出した。薬指に金の指輪が通っていく。
「おめでとう」
祖母が祝福して、三人で笑った。三人ぽっちの結婚式。でも、僕らは幸せだ。
そして、その後、改めて天空の城で僕らは盛大な式を挙げた。
しかし、ノアと僕は、そのまま古森で薬を作って暮らした。
たくさんの子供にも恵まれて、古森は一層豊かになった。
いつしか、カールとノアの物語は、古森の王と天空の姫のおとぎ話となって、今も伝わっている。
32
お気に入りに追加
73
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる