80 / 155
第二章 後編
第十七話
しおりを挟む
「始め!!」
戦闘が始まった瞬間、私は速攻「駿馬」を使って敵に接近した。
そして速度を維持したまま、全力の「隼斬り」を見舞った。
相手はこれに反応し、剣を立てて防御の体勢を取った。
次の瞬間、敵の剣は手から外れて落ち、本体もそれに振り回されてバランスを崩して尻もちをついた。
私は無意識の内に追撃しようとしたのだが、道場主の「そこまで」という、よく通る制止の声によって、雷に打たれたように止まった。
門下生達は呆気にとられて何一つ音を立てなかった。
道場主が
「両者の健闘を称えよ」と指示してからようやく、雨粒のような拍手が聞こえ始めた。
私はほっと胸を撫で下ろし、対戦相手の手を取って立ち上がらせようとした。
だが、
「立てない。腰が抜けちゃったの…」と彼女は首を横に振った。
門下生二人に支えられ、彼女は退場した。
私は密かにバセリアとハイタッチを交わした。
落ち着いてから、「さて」と道場主は言った。
「次にグレアさんと戦うのは、ゲンフだ。準備しろ」
次に入場したのは、私よりやや年上とみられる中肉中背の少年。
私は休憩を止めて、試合に臨んだ。
この試合も結局「駿馬」と「隼斬り」二発で、向こうの攻撃を受ける間もなく、すぐに終わらせてしまった。
もしかして、私は案外強いのだろうか。それとも流派の相性か。
さらに休憩を挟んで立ち合った三人目は、バセリアと似た、長身で目付きの鋭い女性だった。
しかし、この剣士にも、結局試合開始と同時に「駿馬」で突撃して剣を落とさせ、呆気なく勝利となった。
「…」
道場主は、峻厳な顔のまま、石像のようにしばらく沈黙していた。
まさかとは思うが、ひょっとして、彼らの面目を潰してしまったのではないか、と私は水を飲みながら危惧した。
だがそんな心配もよそに、道場主は次なる使者を指名した。
「クオーテ、お前が出ろ」
「了解しました」
出て来たのは、夜の湖のような深青色の、ところどころ跳ねた長い髪と水色の吊り目が特徴的な、私より少し年上に見える美少年。
「グレアさん」
「はい」
「こいつは『見習い』の枠に収まらないかもしれない。それでもいいでしょうか?」
「構いません」
格上…いや、互角に張り合ってくる相手が出て来たということか。
少年は剣を構え、風に揺れる小枝のように、ゆったりとフットワークを始めた。
立ち姿が格段に美しいわけではないが、果たしてどれほどの技術を見せてくれるだろうか。
「始め!!」
戦闘開始と同時に、私は足に魔力を込め、思いっきり地面を蹴り、突進する。
その勢いを最大限に活用し、想像上の隼を空間ごと切り落とす。
少年は今までの対戦相手と違って、防御しなかった。
代わりに姿勢を低くして、私の足に木剣を伸ばした。
「くっ」
その意図に気付いた私は、思わず前方向への加速度を維持したまま飛び上がり、相手とすれ違って地面に転がった。
相手の木剣の先端は、''ちょうど私の脛の辺り''にまだ留まっていた。
向こうは機動力を奪うつもりだ。いや、あの正確性から説明するなら、「今頃奪っている予定」だったろう。
相手はすぐに回れ右してこちらに近付き、素早く剣を振った。
私はそれを辛うじて防いだ。
そして急いで立ち上がろうとしたが、その過程にあって不完全な体勢で足払いを受け、再び地面にぶつかった。
尻餅を付く私の頭に素早く剣が振り下ろされる。
「そこまで」
私が思わず恐怖で目を閉じた時、試合は終了した。
「立てますか?」
少年は優しく語りかけ、手を差し出してくれた。
「はい」
私はその手を取って立ち上がった。
まるで意趣返しだ。
私は最初に負かしたあの子の意趣返しを食らっているのだ。
少年や師匠に復讐の意思は感じられなかったが。
拍手と驚嘆に包まれながら、私は退場した。
続いて、バセリアと最初に指名された青年が対戦した。
さすがというべきか、文字通り瞬く間に勝負は決していた。
次に指名された威厳ある中年男性の剣士も、その次に呼ばれた血気盛んな少年も、一撃で沈黙した。
そんな「ワンサイドゲーム」を見かねたのか、とうとう向こうの大将が重い腰を上げた。
「私と立ち合って頂いてもよろしいですか、バセリアさん」
「ああ。構いません」
二人は各々自分の流派の基礎的な構えを取った。だが、どちらも我々見習いとは比べ物にならない程美しい。
静かな鬼気が空気中をゆっくりと渦巻く。
観戦者全員が、固唾を呑んで見守っていた。
そして、とうとう審判が手を振り上げる。
「始め!!」
刹那、窓が破れ、太く長い緑色のものが勢いよく飛び出してきた。
戦闘が始まった瞬間、私は速攻「駿馬」を使って敵に接近した。
そして速度を維持したまま、全力の「隼斬り」を見舞った。
相手はこれに反応し、剣を立てて防御の体勢を取った。
次の瞬間、敵の剣は手から外れて落ち、本体もそれに振り回されてバランスを崩して尻もちをついた。
私は無意識の内に追撃しようとしたのだが、道場主の「そこまで」という、よく通る制止の声によって、雷に打たれたように止まった。
門下生達は呆気にとられて何一つ音を立てなかった。
道場主が
「両者の健闘を称えよ」と指示してからようやく、雨粒のような拍手が聞こえ始めた。
私はほっと胸を撫で下ろし、対戦相手の手を取って立ち上がらせようとした。
だが、
「立てない。腰が抜けちゃったの…」と彼女は首を横に振った。
門下生二人に支えられ、彼女は退場した。
私は密かにバセリアとハイタッチを交わした。
落ち着いてから、「さて」と道場主は言った。
「次にグレアさんと戦うのは、ゲンフだ。準備しろ」
次に入場したのは、私よりやや年上とみられる中肉中背の少年。
私は休憩を止めて、試合に臨んだ。
この試合も結局「駿馬」と「隼斬り」二発で、向こうの攻撃を受ける間もなく、すぐに終わらせてしまった。
もしかして、私は案外強いのだろうか。それとも流派の相性か。
さらに休憩を挟んで立ち合った三人目は、バセリアと似た、長身で目付きの鋭い女性だった。
しかし、この剣士にも、結局試合開始と同時に「駿馬」で突撃して剣を落とさせ、呆気なく勝利となった。
「…」
道場主は、峻厳な顔のまま、石像のようにしばらく沈黙していた。
まさかとは思うが、ひょっとして、彼らの面目を潰してしまったのではないか、と私は水を飲みながら危惧した。
だがそんな心配もよそに、道場主は次なる使者を指名した。
「クオーテ、お前が出ろ」
「了解しました」
出て来たのは、夜の湖のような深青色の、ところどころ跳ねた長い髪と水色の吊り目が特徴的な、私より少し年上に見える美少年。
「グレアさん」
「はい」
「こいつは『見習い』の枠に収まらないかもしれない。それでもいいでしょうか?」
「構いません」
格上…いや、互角に張り合ってくる相手が出て来たということか。
少年は剣を構え、風に揺れる小枝のように、ゆったりとフットワークを始めた。
立ち姿が格段に美しいわけではないが、果たしてどれほどの技術を見せてくれるだろうか。
「始め!!」
戦闘開始と同時に、私は足に魔力を込め、思いっきり地面を蹴り、突進する。
その勢いを最大限に活用し、想像上の隼を空間ごと切り落とす。
少年は今までの対戦相手と違って、防御しなかった。
代わりに姿勢を低くして、私の足に木剣を伸ばした。
「くっ」
その意図に気付いた私は、思わず前方向への加速度を維持したまま飛び上がり、相手とすれ違って地面に転がった。
相手の木剣の先端は、''ちょうど私の脛の辺り''にまだ留まっていた。
向こうは機動力を奪うつもりだ。いや、あの正確性から説明するなら、「今頃奪っている予定」だったろう。
相手はすぐに回れ右してこちらに近付き、素早く剣を振った。
私はそれを辛うじて防いだ。
そして急いで立ち上がろうとしたが、その過程にあって不完全な体勢で足払いを受け、再び地面にぶつかった。
尻餅を付く私の頭に素早く剣が振り下ろされる。
「そこまで」
私が思わず恐怖で目を閉じた時、試合は終了した。
「立てますか?」
少年は優しく語りかけ、手を差し出してくれた。
「はい」
私はその手を取って立ち上がった。
まるで意趣返しだ。
私は最初に負かしたあの子の意趣返しを食らっているのだ。
少年や師匠に復讐の意思は感じられなかったが。
拍手と驚嘆に包まれながら、私は退場した。
続いて、バセリアと最初に指名された青年が対戦した。
さすがというべきか、文字通り瞬く間に勝負は決していた。
次に指名された威厳ある中年男性の剣士も、その次に呼ばれた血気盛んな少年も、一撃で沈黙した。
そんな「ワンサイドゲーム」を見かねたのか、とうとう向こうの大将が重い腰を上げた。
「私と立ち合って頂いてもよろしいですか、バセリアさん」
「ああ。構いません」
二人は各々自分の流派の基礎的な構えを取った。だが、どちらも我々見習いとは比べ物にならない程美しい。
静かな鬼気が空気中をゆっくりと渦巻く。
観戦者全員が、固唾を呑んで見守っていた。
そして、とうとう審判が手を振り上げる。
「始め!!」
刹那、窓が破れ、太く長い緑色のものが勢いよく飛び出してきた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
ナンパなんてしてないでクエスト行ってこい!
直哉 酒虎
ファンタジー
ある日異世界転生してしまった芹澤恵莉奈。
異世界にきたのでセリナと名前を変えて、大好きだったアニメやゲームのような異世界にテンションが上がる。
そして冒険者になろうとしたのだが、初めてのクエストで命の危機を感じてすぐ断念。
助けられた冒険者におすすめされ、冒険者協会の受付嬢になることを決意する。
受付嬢になって一年半、元の世界でのオタク知識が役に立ち、セリナは優秀な成績を収めるが毎日波乱万丈。
今日もクエストを受注に来た担当冒険者は一体何をやらかすのやら…

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!

忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
嵌められ勇者のRedo LifeⅡ
綾部 響
ファンタジー
守銭奴な仲間の思惑によって、「上級冒険者」であり「元勇者」であったアレックスは本人さえ忘れていた「記録」の奇跡により15年前まで飛ばされてしまう。
その不遇とそれまでの功績を加味して、女神フェスティーナはそんな彼にそれまで使用していた「魔法袋」と「スキル ファクルタース」を与えた。
若干15歳の駆け出し冒険者まで戻ってしまったアレックスは、与えられた「スキル ファクルタース」を使って仲間を探そうと考えるも、彼に付与されたのは実は「スキル ファタリテート」であった。
他人の「宿命」や「運命」を覗き見れてしまうこのスキルのために、アレックスは図らずも出会った少女たちの「運命」を見てしまい、結果として助ける事となる。
更には以前の仲間たちと戦う事となったり、前世でも知り得なかった「魔神族」との戦いに巻き込まれたりと、アレックスは以前とと全く違う人生を歩む羽目になった。
自分の「運命」すらままならず、他人の「宿命」に振り回される「元勇者」アレックスのやり直し人生を、是非ご覧ください!
※この物語には、キャッキャウフフにイヤーンな展開はありません。……多分。
※この作品はカクヨム、エブリスタ、ノベルアッププラス、小説家になろうにも掲載しております。
※コンテストの応募等で、作品の公開を取り下げる可能性があります。ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる